ゴーン逮捕で日産を司法取引に走らせた「史上最高額脱税」の可能性 日産のサクセスストーリ 幹部経費どこまでOK?文化の違い 2018年11月27日 戸田一法 :事件ジャーナリスト ゴーン逮捕で日産を司法取引に走らせた「史上最高額脱税」の可能性 写真:ユニフォトプレス 逮捕状の請求を受けた裁判官も、「被疑者の氏名」欄を見て度胆を抜かれたに違いない。日産自動車の経営再建の立役者であるカリスマ経営者、前会長カルロス・ゴーン容疑者(64)が19日、東京地検特捜部に逮捕された。昨今の特捜部は大阪地検が証拠改ざん事件を起こしたり、学校法人「森友学園」への国有地売却に関する決裁文書の改ざん問題では何も立件できなかったりと、捜査能力の低下と相まって信頼は失墜。関係者には「持ち込み(内部告発)で、よほど固い証拠を頂戴したのだろう」という冷ややかな見方もある。事実、日産側は特捜部と捜査協力の見返りに起訴を免れたり、罪を軽くしてもらう「司法取引」で合意していた。(事件ジャーナリスト 戸田一法) “やりたい放題”で余罪続々 ゴーン容疑者は日産の有価証券報告書に自分の役員報酬を計約50億円少なく記載して申告したとして、金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で、右腕だった前代表取締役グレゴリー・ケリー容疑者(62)とともに逮捕された。 2人の逮捕容疑は2011年3月期〜2015年3月期の5年間に計約99億9800万円の報酬を受け取っていたのに、計約49億8700万円と過少に記載した有報を財務省関東財務局に提出した疑い。 特捜部は逮捕容疑とされた約50億円の内訳を明らかにしていないが、日産の株価に連動して報酬を受け取る権利(ストック・アプリシエーション権、SAR)による報酬数十億円分のほか、オランダの子会社から毎年受け取っていた数億円の報酬を記載していなかったとみられる。 日産は19日、ゴーン容疑者の逮捕を受け「早急に企業統治上の問題点を洗い出す」との声明を発表。西川広人社長は同日夜、緊急記者会見し、内部通報をきっかけに数ヵ月前から社内調査を実施し、逮捕容疑となった有報の虚偽記載のほか、私的な目的での投資金支出、会社経費の不正支出が確認されたと発表した。 西川社長が「私的」「不正」などと言い切ったということは、明確な証拠・書類が残っているのだろう。日産が特捜部との司法取引に基づき、全面協力して一切の資料を提供すれば、特別背任罪や業務上横領罪の立件も視野に入る。 関係者の証言や各報道によると、逮捕容疑以外にも直近の3年分(2016年3月期〜2018年3月期)についても、計約29億円と記載されているが、実際には計約30億円多かった疑いがある。特捜部は時効の関係で古い案件から手掛けたとみられるが、いずれ再逮捕容疑となるだろう。 西川社長の言う「私的な目的の投資支出」だが、日産が投資目的で設立したとされるオランダ・アムステルダムの子会社「ジーア」が実はペーパーカンパニーで事業の実態がなかった上、ゴーン容疑者がジーアに幼少時代を過ごしたブラジル(リオデジャネイロ)やレバノン(ベイルート)、アムステルダム、フランス(パリ)に高級住宅を購入させ、無償で利用していたことを指すとみられる。 これは「組織の幹部など組織運営に重要な役割を果たしている者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は組織に損害を加える目的で、その任務に背く行為」であり、特別背任罪に該当するだろう。 また「会社経費の不正支出」は、業務実態がない姉にアドバイザー契約を結ばせ、毎年約1100万円余りを支払わせていたほか、家族旅行や私的な飲食の代金も日産に負担させていたことを指すとみられる。姉はゴーン容疑者が子会社に購入させたリオの住宅で生活しているとされる。 いずれも公私混同の極みだが、姉への支出は特別背任罪か「業務上占有する他人の物を横領」したと判断されれば、業務上横領罪が成立する可能性もある。両罪は法的な適用の解釈が専門家でも意見が分かれるが、家族旅行や私的な飲食の代金は業務上横領罪に問われる可能性が濃厚だ。 捜査急展開に2人のキーマン 今回の逮捕劇は、ゴーン容疑者サイドから見れば「クーデター」、日産サイドから見れば「堪忍袋の緒が切れた」と言えるだろう。 両者の見方は別として、明らかになっている点が事実なら、どう見ても会社の私物化、横暴が過ぎる。ゴーン容疑者に矢が向くのは時間の問題だったのは間違いない。 しかし日産としても、経営トップが現職時に行った犯罪行為であれば、放置すれば法人として罪に問われるのは必至で、ゴーン容疑者の追放とともに傷を少しでも小さく抑えたいという意向が働いたはずだ。 そこで「司法取引」だったのだろう。 日本の司法取引は今年6月、改正刑事訴訟法施行で導入された。容疑者や被告が共犯者など他人の捜査や公判維持に協力する見返りに、自らの起訴を見送ってもらったり、求刑を軽くしてもらったりする制度だ。 対象となるのは贈収賄や談合、脱税、独占禁止法違反などの経済事件のほか、銃器や薬物事件に限定される。個人だけではなく、法人(今回の場合は日産)が処罰対象になり得るケースでは、企業も取引が可能だ。 日本では今年7月までに、タイの発電所建設事業を巡る贈賄事件で、元執行役員が現地の公務員に賄賂を渡したとされる三菱日立パワーシステムズ(MHPS、横浜市)と初めて司法取引が成立。MHPSは捜査に全面協力し、元執行役員は起訴されたが、法人としてのMHPSは不起訴となった。 今回の事件はどうか。ゴーン容疑者がケリー容疑者にメールで有報への虚偽記載などを指示。それを受けて法務担当の外国人執行役員と、別の幹部社員の2人が実行していたとされる。 役員報酬は監査法人による監査の対象外だが、日産の監査法人はゴーン容疑者にSARの報酬を有報に記載するよう進言していた。実は日産は春ごろには既に内部調査に着手し、こうした経緯から2人の実行行為を特定。2人には社内処分の軽減などとともに司法取引に応じるよう提案したとみられる。 日産と特捜部は司法取引制度が導入された6月には既に調整に入っていたとみられ、2人は特捜部と司法取引で合意。これによって捜査は一気に加速したとみられる。いずれ2人は解雇を免れないだろうが、心ばかりの退職金(もしくは報奨金)が用意されているだろう。日産も家宅捜索を受けたが、専門家も口ぶりは慎重ながら「不起訴になるのではないか」との見立てが支配的だ。 史上最高額の脱税の可能性 ではなぜ、ゴーン容疑者は報酬を少なく見せ掛ける必要があったのか。 1つは「高給過ぎる」との批判をかわす目的だったとされる。瀕死だった日産の救世主とはいえ、トヨタ自動車の豊田章男社長は2018年3月期の有報によると、3億8000万円。ルノーから招いたディディエ・ルロワ副社長は10億2600万円。報酬の算定方法なども違い一概に比較はできないが、それでもゴーン容疑者の報酬は格段に高い印象を受ける。 もう1つの可能性は「税逃れ」だ。 筆者は「パナマ文書」が公開された当時、ゴーン容疑者の名前を探したが見つけることはできなかった。納税地がどの国かは不明だが、西川社長は「日本で納税したと思っている」と発言している。 かつて「長者番付」と呼ばれた国税当局による高額納税者の公示が2006年以降に廃止されたため、ゴーン容疑者の納税地が日本であるかどうかを確認するすべはない。租税条約や国税の関連法などによると、複数の国に居住地がある場合、一般的には1年間の半分以上にわたり滞在しているかどうかが判断基準になるが、何ヵ国も渡り歩いている場合は拠点や生活実態、経済基盤などで総合的に判断される。 もし納税地が日本であれば、あえて有報に過少申告したのに、実際に受け取っていた報酬を正直に確定申告していたとは考えにくい。もし正しい所得を申告したとすれば、公表されている有報より過大な所得を申告していたことになり、国税側には後に還付金が発生する懸念も生じる。国税当局がそうした情報を見逃すわけがない。 本来、個人の高額納税者を調査するのは東京国税局であれば課税1部だが、明らかになっている点が事実であれば課税1部から査察部へ移送、もしくは特捜部の捜査を待って一気に査察部が強制調査に着手するかもしれない。いずれ経理ミスのたぐいとされる申告漏れ(無申告加算税、もしくは過少申告加算税)ではなく、所得隠し=脱税(重加算税、刑事罰としての懲役や罰金など)の対象になる可能性が高い。 すべてが脱税と判断され刑事事件の対象になるとは限らないが、国内では史上最高額の脱税事件になる可能性がある。 当然、法人としての日産も無傷では済むまい。巨大企業を担当する調査1部が税務調査を担当すると思われるが「会長職にあった人物による個人的な犯罪」では済まされない。不正経理・申告と認定されれば刑事事件にはならないにせよ、重加算税の対象にはなるだろう。 ほかにも有報を訂正した後、証券取引等監視委員会が調査し、金融庁に課徴金の納付命令を勧告することになりそうだ。金商法では有報への虚偽記載は刑事罰として法人に対し7億円以下の罰金と規定し、行政処分としての課徴金も定めている。不起訴となれば罰金は免れるだろうが、課徴金の納付は避けられないだろう。 一方、ゴーン容疑者の弁護人を元同特捜部長の大鶴基成弁護士が務めることが明らかになった。また、ケリー容疑者は逮捕後、関係者に「役員報酬は適切に記載していた」と説明していることも判明。ゴーン容疑者も「有報に虚偽の記載はしていない」などと容疑を否認しているもようだ。 東京地検特捜部の捜査は始まったばかり。今後の捜査の行方が注目される。 https://diamond.jp/articles/-/186648
2018年11月27日 Andrew Peaple and Kosaku Narioka ゴーン氏失墜で浮き彫り、報酬めぐる文化の違い 日産自動車のカルロス・ゴーン元会長の失墜により、先進国間でも文化の違いによって企業慣行が大きく異なるエリアが残っていることが鮮明になった。それは、幹部報酬だ。 企業の財務報告の方法は近年、国際会計基準の広範な導入を受けて世界的に収れんしつつある。だが経営陣の報酬の開示度合いを巡っては、おおむね各国が引き続き独自のルールを設けている。 ゴーン氏は約50億円の過少申告があったとの容疑で逮捕され、日産から会社資金の流用を指摘される中、会長職を解かれた。同氏は勾留されており、コメントは得られていない。 日産がゴーン氏の報酬について義務付けられている開示の水準は、同氏が会長兼最高経営責任者(CEO)に留任しているルノーよりはるかに低い。パリ株式市場に上場するルノーは、ゴーン氏や他の幹部の報酬について多くの詳細情報を提供している。フランスでの世論の批判を受けて、ゴーン氏は今年、ルノーでの報酬を削減された。 日本企業と欧米企業 米国と英国では通常、企業は幹部報酬についてさまざまな詳細を提供する。ロンドンを拠点とするPwCのパートナー、トム・ゴスリング氏によると、幹部報酬の項目が年次財務報告書の10%以上を占めることも少なくない。そうした国々では、企業は報告書に「全てを含む」よう強いられる。これは、経営陣の基本給やインセンティブに加え、年金や手当の情報も全て提供しなければならないという意味だ。 日本では、幹部報酬に関する情報が相変わらず少ない。2010年以来、上場企業は対象年度に1億円以上の報酬を得た役員を開示するよう法律で義務付けられているにもかかわらずだ。例えば日産は金融庁に提出した直近の年次有価証券報告書で、必要な開示に1ページを割き、ゴーン氏と西川廣人社長の報酬の内容を記載している。 専門家によると、報酬に関する記載の違いは社会的傾向を反映している面もある。日本企業は欧米企業に比べると、従業員と首脳陣の給与はかけ離れていない。一方で欧米の一部の国では会社内外での経済的格差が大きな政治的争点になっている。 日本企業の経営陣の給与水準が相対的に低く、報酬の詳細な報告が重視されない背景には、国際的な経営者争奪戦が少ないことやプライバシー尊重などの要因が挙げられている。 ゴーン氏が日産で得ていた比較的高い報酬は、長期にわたってトップに君臨していたことや、有名日本企業の外国人経営者という珍しい地位も反映していた。一方、その高い報酬は、同氏が強すぎる権力を手にしたと日産社内で見られるようになった一因とも考えられる。 みずほインターナショナル(ロンドン)の上田亮子氏は「(日本企業幹部の)報酬は低いものだったので、あまり報酬自体が大きなガバナンスの問題とはならなかった」と指摘。「他人の財布の中身」をのぞくのは良くないとの伝統的な考えも開示が限定的であった一つの重要な理由だと述べた。 欧米諸国で幹部報酬の詳細開示を求める動きがあったのは少し前だ。英国では、民営化された公益会社の幹部が享受していた高い報酬がメディアで批判されたことを受け、1990年代に政府が一段の開示を求めた。 株主も企業の報酬慣行についての情報、特に経営陣の長期的な業績に連動する報酬の設定に使われる基準が投資家利益に一致するか否かを判断できる材料を要求してきた。 PwCのゴスリング氏は「投資家にとって幹部報酬の設定に関する開示は、取締役会の運営方法や、彼らが経営陣からどれだけ独立しているかを知る手段の一つだ」と述べた。 欧州連合(EU)では来年、英国の現行モデルに基づき株主の権利に関する新たな指針が導入され、報酬開示規則が統一される。 確かに、報酬体系の複雑さが企業の開示水準に影響を与えている面はある。日本企業で一般に開示が少ない一因として、欧米企業の幹部報酬パッケージほど業績ベースの賞与や長期インセンティブプランが利用されてこなかったことがある。 それでも、日産での問題を受け、報酬の分野で一段と透明かつ明確に定義された規則を求める声が噴出する可能性もある。取締役選任の株主投票を行う株主総会の開催後に報酬を報告しているという慣行は見直すべき時期に来ているのかもしれない。 例えば日産が2018年3月期の有価証券報告書(役員報酬のページを含む)を提出したのは6月28日。年次株主総会の2日後だった。 日産のスキャンダルを受けてみずほの上田氏は、日本では「もう性悪説に立って制度設計すべきなのかもしれない」と指摘。「パンドラの箱を開けてしまった」感があるとした。 https://diamond.jp/articles/-/186688
2018年11月27日 Chip Cutter 幹部経費どこまでOK? ゴーン氏逮捕で議論再浮上 企業が幹部に与える最大の特典の1つは、潤沢な経費だろう。だが乱用の疑いが生じれば、キャリア転落の憂き目に遭う恐れがある。 企業幹部による資金流用疑惑を巡っては、自動車業界の大物、カルロス・ゴーン氏の逮捕により、あらためて注目が集まっている。日産・ルノー・三菱の3社連合を束ねてきたゴーン氏は、報酬過少報告に加え、会社経費を不正利用していた疑いが持たれている。日産の内部調査に詳しい筋によると、ゴーン氏は自宅の購入・改装などに、オランダ子会社の資金およそ1800万ドル(約20億3000万円)相当を流用していたもようだ。 関係筋によると、ゴーン氏の家族は、住居を会社持ちだと認識しており、購入は日産自動車の正式な承認手続きを経ていると話している。ゴーン氏のコメントは得られていない。同氏はまだ、正式には起訴されていない。 ここ数年にも、会社資金乱用の疑いで独ダイムラー傘下のメルセデス・ベンツ、英広告大手WPP、旧ヒューレット・パッカードなどの幹部が辞任に追い込まれた。 WPPのマーティン・ソレル氏は4月、CEOを辞任した。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)がこれまで報じたところによると、WPP取締役会はソレル氏が売春婦への支払いに会社資金を充てた疑いを調査している。調査結果については分かっていない。ソレル氏は疑惑を否定している。 マーク・ハード氏は2010年、旧ヒューレット・パッカードのCEOを辞任した。会社の調査により、不正確な経費を申告しており、会社側はそれが請負業者との個人的な関係を隠していたと主張していた。ハード氏は現在、オラクルの共同CEOを務めている。 ダイムラーは11年、会社資金を私的流用していた疑いで、メルセデスベンツの米国部門責任者、アーンスト・リーブ氏を解雇した。 会社への献身が期待されている幹部は、一般社員には理解できないような経費が認められている。個人の事情にあわせた医療サービス、家賃負担、会社ジェット機の私的使用といった具合だ。だがこうした経費の扱いは幅広い解釈の余地や誘惑を生む、とガバナンス(企業統治)や会計の専門家は指摘する。 デラウェア大学の企業ガバナンスに関する組織の統括者、チャールズ・エルソン氏は「CEOは年中無休で稼働しているから、やることはすべてビジネス絡みと主張できる」とし、境界があやふやになると話す。 米内国歳入庁(IRS)や米証券取引委員会(SEC)の規定では、個人と会社の経費を分けるよう定められている。だが、線引きが難しいケースもある。例えば、幹部が会社のジェット機でビジネス関連の会合に出席する際、社外での行動に参加するため配偶者を同伴するといったケースだ。航空法を専門とする法律会社、クーリング・アンド・ハーバースの弁護士、リサ・D・ホルト氏は「そうした移動について、完全にオン・オフの区別が可能なケースはまれであり、線引きが難しい」と話す。 一方、イエール大学のジェフリー・ソネンフェルド教授(経営学)は、当然の権利であり、非難される余地はないと考える幹部に起因する問題もあると話す。「一部の幹部は英雄気取りとなり、自分と他人のお金の境界線を混同し始める」 大手企業のCEOであることの本質やプレッシャーが進化する中、経費も変化している。CEOが効率よく、かつ気持ち良く仕事を遂行する上で、スポーツ競技場のスカイボックス(ガラス張りの特別観覧席)やゴルフクラブ会員権といった手当てよりも、セキュリティー対策や家族を含めたプライベートジェット利用などの方が優先順位が高くなっている。 アップルは昨年12月、セキュリティー対策として、ティム・クックCEOに対し、公私問わず、プライベートジェット機の利用を義務づけると明らかにした。私用目的で利用する場合、コストは追加報酬とみなされ、クック氏は税金を支払うとしている。 企業幹部の雇用契約では、どのような裁量経費が認められるか定めている。だがたとえ、内部監査が最初に承認していても、取締役会は少なくとも定期的にCEOの経費について調べることが望ましい。法律事務所マクダーモット・ウィル・アンド・エメリーの企業ガバナンス専門弁護士、マイケル・ペレグリン氏はこう指摘する。また、何らかの不正が疑われる場合、審査官が取締役に報告できる経路を確保すべきだという。こうした手段を講じなければ「まさにそこから誘惑が生まれる」という。 https://diamond.jp/articles/-/186689 【第199回】 2018年11月27日 上久保誠人 :立命館大学政策科学部教授
ゴーン逮捕は「日産のサクセスストーリー」と捉えるべき理由 ゴーン容疑者の逮捕は、今後日本企業と日本人が世界で生き残っていくための1つの指針を与えているといえる 写真:ユニフォトプレス ルノー・日産自動車・三菱自動車の会長を兼務していたカルロス・ゴーン氏と、日産の代表取締役のグレッグ・ケリー氏が、金融取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)容疑で、東京地検特捜部に逮捕された。日産自動車は臨時取締役会を開き、ゴーン氏の会長職解任を全会一致で決めた。一方、ルノーはティエリー・ボロレ氏を「暫定会長」としたが、ゴーン氏を当面会長職にとどめることを決め、日産とルノーの間で、ゴーン氏逮捕を巡る対応が分かれることになった。 日本のメディアは、ゴーン氏が逮捕の理由となった、2010年度から5年間の99億9800万円の役員報酬を49億8700万円と記述した有価証券報告書の虚偽記載に加えて、海外の高級マンションなど、さまざまな形で行われた毎年10億円程度の日産からの便宜供与を詳細に報じている。ルノーという外資と、ゴーン氏という外国人経営者に20年間に渡って支配された日産の「負」の側面が一挙に噴出しているようだ。 これに対して、この機会にルノーとの関係を清算し、日産・三菱の「日本の民族系資本」としての地位を回復すべきだという主張も出てきているようだ(現代ビジネス『反強欲・反グローバル資本主義という潮流で読み解くゴーン事件』)。だが、筆者はその主張に同意するつもりはない。 むしろ、日産のストーリーは「日本政府からも見捨てられていた会社が、外国のカネと経営者を受け入れ、技術力と勤勉さで立場を逆転し、外資を飲み込む世界屈指の企業グループを形成し、経営の主導権を取り戻した」という、「サクセスストーリー」として語られるべきであり、今後の日本企業と日本人が世界で生き残っていくための、1つの指針を与えているからだ。 英国で考えた「欧米の経営者」と 「日本の技術力」の相性の良さ この連載では、「欧米で経営学を学んだ経営者」と「日本の技術力」の組み合わせは、新たなビジネスモデルとなると主張してきた(第125回・P.4)。筆者が英国の大学で見たものの1つは、将来ビジネス界で成功しようと志す若い学生が、経営学やMBAを専門的に勉強していたことだった。 これは、日本では「現場主義」「ものづくり」への強い「信仰」があり、就活では企業側が、大学時代の成績や、何を学んできたのかをほとんど評価しないことと対照的で興味深かった。欧米と比較することで、日本では「学問」「専門性」は軽視されてきたと言わざるを得ないことがよくわかった。 日本の製造業では、製造部門出身者が取締役会の多数派を占め、代表取締役会長・社長のポジションを占めることが多い。だが、彼らは経営を専門的に学んだわけではない「素人経営者」であるのは明らかだろう。そして、オリンパス、東芝、シャープなど、素人経営者による不祥事、経営の失敗が多発してきた。武田薬品のように、M&Aで獲得した外国企業を日本人が経営できず、社長以下取締役、部長級のほとんどを外国人に切り替えざるを得なかった企業もある(日経ビジネスオンライン『モンゴル人こそ真のグローバル人材』)。 中小企業についても、高い技術力に基づく「ものづくり」への評価が高いが、実は経営は問題が多いのではないだろうか。親会社の言いなりになって、長年蓄積してきた部品の開発・製造ノウハウが詰まった仕様書を親会社に差し出し、それが外国企業に渡り、技術を盗まれ、商権を失っている。これは日本人の誠実さを示す「美談」として扱われてしまうことも多い(第8回)。しかし、見方を変えれば、利益を度外視して親会社への忠誠を誓うのは、「素人経営」の極みではないだろうか。 世界の若手経営者が中小企業を買収すれば、こんなことは起き得ないのではないだろうか。彼らは考え方が「ドライ」だからだ。親会社との関係を始めとして、ものづくりを「聖域化」する裏で隠されてきた中小企業の経営の問題点を、徹底的に洗い出し、純粋に「高い技術力」を生かす経営を、経営学の専門的な観点から考えるはずだ。だから、筆者は「欧米の経営者」と「日本人の技術者」の相性はいいはずと考えるのだ。その仮説を証明する格好の事例が、「ゴーン改革」初期の日産であるように思うのだ。 日産を復活させたゴーン氏の 「理論的経営」を振り返る ここで、業績が長期にわたって低迷し、2兆円の負債を抱えて倒産寸前となり、日本政府も見捨てたといわれた日産が「ゴーン改革」で復活した経緯を振り返ってみたい。1999年にルノーの傘下に入った日産に来たゴーン氏は、これまで長年の慣習と文化に浸り、経営者の経験と勘に依存していた日本企業に、「理論的経営」を導入した。 まず、ゴーン氏は、開発、生産、購買、販売という主要部門が責任をなすり合って意思決定と実行が遅れる縦割り組織の弊害を正すために、「クロスファンクショナル(CFT)チーム」を設置した。解決すべき課題ごとに9つのCFTチームを発足させて、そのチームリーダーを「パイロット」と名付けて40代の課長クラスに任せた。CFTは日産再建策「リバイバルプラン」の原案をわずか4ヵ月で作成した。 「リバイバルプラン」では、国内5工場の閉鎖やグループ従業員の14%に当たる2万1000人の削減、部品調達先を1415社から600社へ削減、航空宇宙部門など本業以外の事業の売却など、総額1兆円のコスト削減を断行した。 このコスト削減策を通じて、ゴーン氏は、日本企業の長年の慣習であり文化であるといえる「系列」を破壊した。部品調達先などとの「系列」関係が、日産社員の天下り先となり、甘えの構造の基になっていると見抜き、容赦なく切り捨てたのである。 また、ゴーン氏は「コミットメント(必達目標)」という概念を導入した。具体的に「リバイバルプラン」では、2001年3月期までの黒字化、2003年3月期までに営業利益率4.5%の達成と有利子負債の50%削減の「3つのコミットメント」を掲げた。 そして、ゴーン氏は、「黒字化できなかったら責任を取って退任する」と宣言した。当時、日本企業の経営者が、「経営責任を取る」と明言するようなことはなかった。どこか曖昧さが許されてきた日本の企業経営に、ゴーン氏は明確な「ノー」を突き付けた。 ゴーン氏の「理論的経営」によって、倒産寸前だった日産は、ルノーの傘下に入ってわずか2年後の2001年3月期決算で、過去最高の当期純利益2500億円を達成したのだ。 ゴーン氏の「自滅」で経営の主導権を 回復する日産の「サクセスストーリー」 元々、日産はルノーよりも企業規模が大きく、開発や生産の能力が劣っているわけではなかった。長年の慣習や文化によるしがらみを断ち切ることができず、経験と勘に依存する経営が問題だっただけだ。「ゴーン改革」で目覚めた日産は、社員が持ち前の「勤勉さ」を発揮したこともあり、業績を急激に回復させた。 現在、ルノーの純利益の半分程度は日産からの利益である。ルノーは日産からの配当金や技術供与がなければやっていけなくなっている。ルノーと日産の立場は逆転した。むしろ日産からすれば、ルノーに利益を吸い取られているという不満が強くなっていった。 しかし、ルノーの大株主であるフランス政府が、2年以上保有する株主の議決権を2倍にする「フロランジュ法」を制定し、ルノーの経営に強く関与するとともに、ルノーと日産を統合させて、日産をフランス企業の傘下に収めようとする動きを見せた。 ゴーン氏はこれに抵抗し、ルノーと日産の経営の独立性を守ろうとしたとされる。だが一方で、ゴーン氏が2018年で切れるルノーCEOの任期を2022年まで延長する代わりに、ルノーと日産の関係を後戻りできない不可逆的なものにすることを、フランス政府と「密約」したと囁かれていた。 そんな時に起きたのが、「ゴーン氏逮捕劇」であった。これは、日産の経営陣が、フランス政府・ルノーによる日産支配の強化策を排除するために仕掛けた闘争であるという見方が存在する。それが事実であるかどうかはさておき、1つだけ言えることは、日産は経営の自立性を取り戻そうとしているということだ。ルノーからの「新しい会長」を派遣するという打診を、日産はきっぱりと拒絶したのだ。 ゴーン氏の失脚という「自滅」の結果とはいえ、本稿の最初に述べたように、「日本政府からも見捨てられていた会社が、外国のカネと経営者を受け入れ、技術力と勤勉さで立場を逆転し、外資を飲み込む世界屈指の企業グループを形成し、経営の主導権を取り戻した」という、日産復活のサクセスストーリーが浮かび上がりつつある。 日産の今後だが、ルノーを排除して「日本の民族系資本」の企業グループに戻ろうとするのは間違った考えだ。現在、ルノー・日産・三菱のアライアンスは、生産台数でトヨタを抜いて世界第2位を誇っている。ルノーと組むことで達成した大成果を、わざわざ捨てることはない。 経営の自立性を回復した日産は、今後は逆にルノーを買収するなど、世界第2位のアライアンスの主導権をどう握るかの戦略を立てることが重要だ。もちろん、ルノーの背後にフランス政府がいるのであれば、日産も安倍晋三政権の後ろ盾を得て、戦略を練る必要があるだろう。 しかし、それは政府によって企業の「民族主義」を強化するという意味ではない。安倍政権は、日産のストーリーをサクセスストーリーと捉えて、外資のカネと経営理論を、日本企業を強化するために利用するという、したたかな戦略を考えるべきなのだ(第57回)。 「日産再生のサクセスストーリー」という ポジティブな側面こそ「本質」である この連載で主張してきたが、日本は外資導入を経済成長につなげられる条件を備えている(第43回)。「有名ブランド」「地理的条件の良さ」「知識・情報の集積」「高い技術力」「質の高い労働力」「政治的リスクの低さ」というグローバルビジネスのための好条件を備える日本は、政府が余計な規制を作って斜陽産業を守るような愚策を取らない限り、世界中からヒト、モノ、カネが集まってきて、「豊かな場所」になるはずなのである。 本連載の著者、上久保誠人氏の単著本が発売されます。『逆説の地政学:「常識」と「非常識」が逆転した国際政治を英国が真ん中の世界地図で読み解く』(晃洋書房) 日本は戦後、「開発主義国家モデル」と呼ばれる独特の国家モデルにより、高度経済成長を達成した。それは、経済成長に必要な人材、産業を政府(中央省庁)の主導により自国内ですべて育成する「自前主義」のモデルであった。
しかし、1990年代以降、経済のグローバル化による大競争に晒された日本企業が多国籍化し、国内産業が空洞化した。それに対応するための構造改革や大学の国際化が取り組まれたが、高度成長の成功体験から抜けられず、日本は「失われた20年」と呼ばれる停滞期に入り込んだままである。 グローバル経済の時代には、もはや「自前主義」は通用せず、諸外国とのネットワークにより分業体制を築くことがより重要となる。しかし、過去の成功体験を忘れることができず、停滞期から抜け出すために、「自前主義」により再び世界一を目指すという方法にどうしてもこだわってしまう。そのため、もはや斜陽産業となった輸出産業を保護しようとしたり、国内空洞化を防ごうと、無理に企業の海外進出を引きとめようとして、結果として経済の停滞を長引かせてきたのだ。「失われた20年」とは、この堂々巡りであったといえる。 今後、日本は「自前主義」にこだわらず、諸外国の力も利用しながら、したたかに、しなやかに経済力を強化していく道を選んでいくべきではないかと考える。「ゴーン氏逮捕」という衝撃的な事件があったために、ネガティブな側面に焦点が当たりがちだが、「日産再生のサクセスストーリー」というポジティブな側面にこそ、我々が考えるべき事の「本質」がある。 (立命館大学政策科学部教授 上久保誠人) https://diamond.jp/articles/-/186649
2018年11月27日 Chip Cutter 幹部経費どこまでOK? ゴーン氏逮捕で議論再浮上
企業が幹部に与える最大の特典の1つは、潤沢な経費だろう。だが乱用の疑いが生じれば、キャリア転落の憂き目に遭う恐れがある。 企業幹部による資金流用疑惑を巡っては、自動車業界の大物、カルロス・ゴーン氏の逮捕により、あらためて注目が集まっている。日産・ルノー・三菱の3社連合を束ねてきたゴーン氏は、報酬過少報告に加え、会社経費を不正利用していた疑いが持たれている。日産の内部調査に詳しい筋によると、ゴーン氏は自宅の購入・改装などに、オランダ子会社の資金およそ1800万ドル(約20億3000万円)相当を流用していたもようだ。 関係筋によると、ゴーン氏の家族は、住居を会社持ちだと認識しており、購入は日産自動車の正式な承認手続きを経ていると話している。ゴーン氏のコメントは得られていない。同氏はまだ、正式には起訴されていない。 ここ数年にも、会社資金乱用の疑いで独ダイムラー傘下のメルセデス・ベンツ、英広告大手WPP、旧ヒューレット・パッカードなどの幹部が辞任に追い込まれた。 WPPのマーティン・ソレル氏は4月、CEOを辞任した。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)がこれまで報じたところによると、WPP取締役会はソレル氏が売春婦への支払いに会社資金を充てた疑いを調査している。調査結果については分かっていない。ソレル氏は疑惑を否定している。 マーク・ハード氏は2010年、旧ヒューレット・パッカードのCEOを辞任した。会社の調査により、不正確な経費を申告しており、会社側はそれが請負業者との個人的な関係を隠していたと主張していた。ハード氏は現在、オラクルの共同CEOを務めている。 ダイムラーは11年、会社資金を私的流用していた疑いで、メルセデスベンツの米国部門責任者、アーンスト・リーブ氏を解雇した。 会社への献身が期待されている幹部は、一般社員には理解できないような経費が認められている。個人の事情にあわせた医療サービス、家賃負担、会社ジェット機の私的使用といった具合だ。だがこうした経費の扱いは幅広い解釈の余地や誘惑を生む、とガバナンス(企業統治)や会計の専門家は指摘する。 デラウェア大学の企業ガバナンスに関する組織の統括者、チャールズ・エルソン氏は「CEOは年中無休で稼働しているから、やることはすべてビジネス絡みと主張できる」とし、境界があやふやになると話す。 米内国歳入庁(IRS)や米証券取引委員会(SEC)の規定では、個人と会社の経費を分けるよう定められている。だが、線引きが難しいケースもある。例えば、幹部が会社のジェット機でビジネス関連の会合に出席する際、社外での行動に参加するため配偶者を同伴するといったケースだ。航空法を専門とする法律会社、クーリング・アンド・ハーバースの弁護士、リサ・D・ホルト氏は「そうした移動について、完全にオン・オフの区別が可能なケースはまれであり、線引きが難しい」と話す。 一方、イエール大学のジェフリー・ソネンフェルド教授(経営学)は、当然の権利であり、非難される余地はないと考える幹部に起因する問題もあると話す。「一部の幹部は英雄気取りとなり、自分と他人のお金の境界線を混同し始める」 大手企業のCEOであることの本質やプレッシャーが進化する中、経費も変化している。CEOが効率よく、かつ気持ち良く仕事を遂行する上で、スポーツ競技場のスカイボックス(ガラス張りの特別観覧席)やゴルフクラブ会員権といった手当てよりも、セキュリティー対策や家族を含めたプライベートジェット利用などの方が優先順位が高くなっている。 アップルは昨年12月、セキュリティー対策として、ティム・クックCEOに対し、公私問わず、プライベートジェット機の利用を義務づけると明らかにした。私用目的で利用する場合、コストは追加報酬とみなされ、クック氏は税金を支払うとしている。 企業幹部の雇用契約では、どのような裁量経費が認められるか定めている。だがたとえ、内部監査が最初に承認していても、取締役会は少なくとも定期的にCEOの経費について調べることが望ましい。法律事務所マクダーモット・ウィル・アンド・エメリーの企業ガバナンス専門弁護士、マイケル・ペレグリン氏はこう指摘する。また、何らかの不正が疑われる場合、審査官が取締役に報告できる経路を確保すべきだという。こうした手段を講じなければ「まさにそこから誘惑が生まれる」という。 https://diamond.jp/articles/-/186689
2018年11月27日 真壁昭夫 :法政大学大学院教授 ゴーン逮捕でルノー・日産・三菱連合に変化、世界自動車大再編も カルロス・ゴーン 写真:ユニフォトプレス ゴーン日産会長の突然の逮捕 3社のアライアンス体制に影響 11月19日、突然、日産自動車のゴーン会長が逮捕された。それに伴い日産自動車は、「当社代表取締役会長らによる重大な不正行為について」のプレスリリースを出し、夜には西川(さいかわ)社長が記者会見を行った。これまでの報道等によると、日産は時間をかけて不正行為の調査を進めてきたことが分かる。 羽田空港にプライベート・ジェット機で到着したゴーン容疑者に、東京地検特捜部は任意同行を求めその後逮捕したようだ。記者会見で西川社長は、ゴーン容疑者が日産の経営再建に重要な役割を果たしたことを認めつつ、1人の人物にあまりに大きな権限が集中し、不正行為の発生を防げなかったと述べた。 今回の問題をより複雑にするのは、ルノー・日産・三菱自動車のアライアンス体制に大きな影響が出ることが予想されることだ。自動車産業は、主要先進国で最も重要な産業分野で、自動車メーカーはいわば「稼ぎ頭」と言ってもよい。 足元で支持率の低迷に直面するフランスのマクロン大統領にとって、ルノー・日産・三菱自動車のアライアンスは自身の経済運営にとって最も重要なファクターの1つと言っても過言ではない。 今後、その3社のアライアンス体制に変化が生じ、世界の自動車業界に波紋が広がることも考えられる。 日産の経営危機を 救ったゴーン容疑者 時計の針を巻き戻せば、1999年3月、経営危機に直面していた日産は、ルノーと資本提携(アライアンス)を結んだ。9月には17人のルノー管理職が日産に送り込まれた。10月に入ると、日産の経営トップに就任したゴーンCOO(最高執行責任者、当時)が“日産リバイバルプラン”を発表した。 その主な目標は、2000年度に黒字化を達成すること、および、2002年度までに連結ベースの売上高営業利益率を4.5%に引き上げることだった。ゴーンは目標が1つでも達成できなければ役員は総退陣すると退路を断ち、組織の改革に取り組んだ。 ゴーン容疑者は目標達成に向け、固定費の削減を進めた。村山工場をはじめとする国内5つの工場の閉鎖や、サプライヤー数を半分に削減することが進められた。“ゴーン、イコール、コストカッター”との印象を持つ人が多いのはこのためだ。 同時に、ゴーン容疑者はルノーとの共用プラットフォームの使用などを進めて新商品開発を強化しつつ、生産拠点を集約することで生産性の向上を目指した。また、ゴーン容疑者は従来の企業間のつながりよりも、競争を重視しグローバルに競争力のあるサプライヤーとの関係強化を徹底した。 当時の国内経済は、金融システム不安を受けて低迷していた。その後、2002年2月からは、米国経済の回復などに支えられてわが国の景気は回復局面に移行した。それに伴い、日産リバイバルプランも徐々に効果を表した。 特に、ゴーン容疑者は中国をはじめとする新興国市場でのシェア拡大を重視した。リーマンショック後の景気低迷を挟みつつ、中国を中心にインド、ブラジル、ロシアなどに進出し、販売台数を伸ばしてきた。 ゴーン容疑者の経営手腕は日産の経営再建とその後の成長に欠かせなかったのである。市場参加者の中には、「ゴーンなくして今日の日産なし」と評する者もいるほどだ。企業文化の異なる自動車メーカーの統合はうまくいかないと考え、ゴーン容疑者が資本関係を維持しつつ各社の自立性を重視したことも大きかった。 想定以上に強かった ゴーン容疑者の権力欲 今回の逮捕容疑(有価証券報告書の虚偽記載、実際の報酬額よりも少ない金額を有価証券報告書に記載していた)、および日産の投資資金の不正使用などは、ゴーン容疑者の権力欲、強欲さがすさまじく強かったことを示している。同氏は、越えてはならない一線を越えてしまったといえる。 大きな原因は2つあるだろう。 まず、ルノーは日産の窮地を救った筆頭株主だ。1999年にルノーは日産自動車の36.8%の株式を取得し、現在の保有比率は43.4%だ。過半数は保有していないものの、事実上の意思決定権はルノーが持っているといってよい。その中で親会社から派遣されたトップ=ゴーン容疑者の意向には従わざるを得ない。それが資本の論理だ。 また、経営者として、ゴーン容疑者は優れた資質を持っている。リバイバルプラン以降の業績がそれを示している。従来の発想では、聖域なき構造改革を進めると同時にグローバルな視点で成長を目指すことは難しかったかもしれない。ゴーン容疑者は日産にとって、困難な目標を成し遂げた救世主といえる。 また、ゴーン容疑者の指揮の下、日産は英語を公用語にした。中途採用人材も増えた。同社の企業文化は大きく変わったのである。その中で、日産再生の立役者であるゴーン容疑者の意見には従わざるを得ないという雰囲気が組織全体に広がったことは想像に難くない。 その結果、ゴーン容疑者の権力欲と強欲さをいさめることは、かなり難しくなったと考えられる。2005年にゴーン容疑者は日産のCEOとルノーのCEOを兼務した。その上、ゴーン容疑者はアライアンスの運営を管理するルノー・日産BV(オランダ・アムステルダムが拠点)のトップにも就いた。同社のトップはルノーCEOが就くと内規に定められていると報じられている。また同社は非公開企業であるため、内部の経営状態などはわかりづらい。 アライアンス体制の最高意思決定権者の地位を手に入れたことによって、ゴーン容疑者の権力基盤は一段と強固になった。それが、長年にわたって有価証券の虚偽記載が行われ、会社資金が不正に使用される原因となった可能性がある。 アライアンスの今後と 世界の自動車業界への波紋 今後、日産とルノーの関係は変化する可能性がある。ルノー・日産・三菱自動車の3社アライアンス体制の背景には、フランス政府の利害が深く、密接に絡んでいることは重要だ。 “産業政策のプロ”との評価を受けてきたマクロン大統領が産業政策を推進するために、国内自動車メーカーの競争力向上は非常に重要である。 自動車のような組立型の産業は雇用増加にもってこいだ。マクロン大統領としては、独フォルクスワーゲンなどを上回るフランスの自動車企業を生み出し、今後のEV開発競争などのイニシアチブを取りたいだろう。日産のリーフをはじめとする電気自動車の開発力は、どう考えても手放すわけにはいかない。 そのためマクロン大統領は、ルノーと日産および三菱自動車の経営統合を重視してきた。ルノー・グループがゴーン容疑者のCEO任期を2022年まで延長した理由は、3社の経営統合を進めるためだろう。ルノーが逮捕されたゴーンCEOの解任を見送った理由は、同氏以外に3社の経営統合を進める手腕を持つ人材が見当たらないからだと考えられる。 今後、フランス政府はルノーに3社の経営統合の実現を求めるだろう。 それは、世界の自動車業界の再編につながる可能性がある。日産が日本企業としての再出発を目指すのであれば、ルノーとの関係は悪化する可能性が高い。その場合、他の自動車メーカーなどが日産に提携などを申し出ることが考えられる。 そうなると、EV技術などの取り込みや生産の効率化を目指して、アライアンスや買収を真剣に検討する企業は増える可能性がある。すでにIT先端企業はEV開発や自動運転テクノロジーの開発を進めている。今後の再編は自動車メーカーだけではなく、異業種を巻き込んだものに発展することも考えられる。 ゴーン容疑者の逮捕を受け、3社アライアンス体制の先行き不透明感は高まった。フランス政府の利害や他の自動車メーカーなどの利害が複雑に絡み、今後の自動車業界はより大きな変化に直面する可能性も高まったと考える。 (法政大学大学院教授 真壁昭夫) https://diamond.jp/articles/-/186625 トップニュース2018年11月27日 / 12:14 / 8時間前更新 焦点:ゴーン会長解任劇で注目、「敏腕」西川日産社長の横顔 Norihiko Shirouzu and Maki Shiraki 3 分で読む [東京 22日 ロイター] - 日産自動車(7201.T)の西川廣人社長兼最高経営責任者(CEO)は、長年「指導役」であったカルロス・ゴーン容疑者を会長職から解任したことで、大義のためなら周りを敵に回すことも辞さないタフなリーダーとしてその名を轟かせることとなった。 自動車業界で最も著名なリーダーの1人であるゴーン容疑者が金融商品取引法違反で19日に逮捕されたことを受け、日産は22日の臨時取締役会で同容疑者の会長職と代表取締役の解任を決めた。 日産関係者は、西川社長について、頭が切れ、厳しく、結果重視だと語る。 今回の逮捕はゴーン容疑者や仏ルノー(RENA.PA)とのアライアンス(提携)に不満を抱く取締役会メンバーによるクーデターだとの疑惑や、失われた評判、司法上や規制上の問題に対処する上で、西川社長はこうした資質を総動員する必要があるだろう。 ある日産幹部は同社長について、とても強くてアグレッシブだと語り、もし業績が彼が求める水準を下回った場合、会議の場で担当者に恥をかかせることもいとわないと付け加えた。 社内では、西川氏のことを慕う人がいる一方、嫌っている人もおり、同氏が非常に厳格であることが嫌われている理由だとこの幹部は語った。 日産は、ゴーン容疑者が会社の資金を私的流用し、報酬を過少申告していたと主張している。東京地検によると、5年間で得た報酬99億9800万円の半分程度しか申告しなかった疑いが持たれている。 ロイターは、東京地検によって勾留されているゴーン容疑者、あるいは同容疑者の弁護士に接触することができなかった。 西川氏は長年ゴーン容疑者の後任として育てられ、昨年社長に就任したばかりだ。 また別の日産幹部は、西川社長が物事を徹底的に追及する性格だと説明。こうした性格が、社内でゴーン容疑者に関する疑惑が浮上した際に取った対応にも反映されたことは確かだろうと語る。 西川社長は非常に規則を重んじる人であり、私用と社用の電話2つを持っているが、家族にかけるときは絶対に社用電話は使わないとこの幹部は言う。 また、日産が国内で無資格者に完成検査を行わせていたことが昨年発覚してから、西川社長は一段と慎重になり、コンプライアンス上の問題は見過ごすことはできないと考えるようになっていたと同幹部は話す。 日産はこの幹部による西川氏の評価についてコメントするのを控えた。また、西川社長からコメントを得ることはできなかった。 11月22日、日産自動車の西川廣人社長兼最高経営責任者(写真)は、長年「指導役」であったカルロス・ゴーン容疑者を会長職から解任したことで、大義のためなら周りを敵に回すことも辞さないタフなリーダーとしてその名を轟かせることとなった。横浜市の本社で19日撮影(2018年 ロイター/Issei Kato) <今や反ゴーン派> 普段は早口な西川社長だが、ゴーン容疑者逮捕を受けて19日夜に開いた記者会見では、弁護士や他の幹部を同席させず、急がず冷静な態度で90分近く質問に答えた。その姿にはソーシャルメディアで称賛の声が上がった。 西川社長が頭を下げて謝罪しなかったこともかなり効果的だったと、日産の元幹部は指摘。まるで自身は個人的に悪くないと示しているかのようだったとこの元幹部は付け加えた。 西川社長はまた、「ゴーン統治の負の側面」を率直に認め、前会長に権力が集中し過ぎていたと説明。ゴーン容疑者は金銭的不正に加え、必要な意見を求めることなしに独断で物事を決定していた時期もあったと明らかにした。 一方、20日開かれた幹部会議では、西川社長はいつもの冷静さを欠いていたと、同会議に出席した2人が明かした。そのうち1人は、社長の目は潤んでいるように見えたと述べ、もう1人は声を震わせる場面もあったと語った。 Nissan Motor Co Ltd 975.7 7201.TTOKYO STOCK EXCHANGE -2.70(-0.28%) 7201.TRENA.PA7211.T 日産とルノーの他の社員同様、西川氏のキャリアもゴーン容疑者の影に隠れてきた。カリスマ的で、「コストカッター」と呼ばれた同容疑者は、日産の5工場を閉鎖して2万1000人をリストラすることにより、負債に苦しむ同社を再生させ、高い評価を得て日本で新境地を開いた。当時、このような大なたを振るえるのは外国人だけだと広く思われていた。 しかし今度は、西川社長が未知の領域に踏み出す番である。 日産、ルノー、三菱自動車工業(7211.T)の3社連合をうまく率いていくことができるのはゴーン容疑者だけだと、多くの専門家はみていた。 自動車産業コンサルティング会社カノラマのマネジングディレクター、宮尾健氏は、3社連合を率いることは西川社長にとって非常に困難であり、日産の株式43.4%を保有する筆頭株主のルノーが支持するか定かではないとの見方を示した。 西川社長はルノーの取締役を10年務めているが、フランス政府と交渉したり、ルノーを率いたり、仏タイヤメーカー、ミシュランの上級幹部を務めたりといったゴーン容疑者のような多岐にわたる経験はない。 だが、西川氏はやり手の交渉人であり、それでなければゴーン容疑者は同氏を社長に選ばなかっただろうと宮尾氏は指摘する。 ゴーン容疑者より数カ月年上で現在65歳の西川氏は40年以上前、東京大学から日産に入社。目立つことは嫌いといわれ、既婚者であるという以外、私生活はあまり知られていない。 キャリアの大半を調達とサプライチェーンの管理に費やし、ゴーン容疑者がコスト削減のため部品供給網を解体するのに貢献した。 2013─16年はチーフ・コンペティティブ・オフィサー(CCO)として、原材料調達費や調整費、企画開発費の節約により、製造費を削減する仕事を任された。西川氏はまた、三菱自動車との資本業務提携交渉でも大きな役割を果たした。 西川氏は数字が全てで、結果を出さない人には厳しいが、自分にも厳しいと、前出の日産元幹部は言う。優しさに欠けるという人がいるかもしれないと、この元幹部は付け加えた。 (翻訳:伊藤典子 編集:山口香子) https://jp.reuters.com/article/nissan-saikawa-idJPKCN1NW07Y
|