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ロシアの「賢帝」プーチンに死角あり
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/01/post-9404.php
2018年1月26日(金)17時30分 ジョン・サイファー(CIA元職員、ニュースサイト「サイファーブリーフ」の国家安全保障アナリスト) ニューズウィーク
プーチンは強い指導者を演じ続ける(写真はマルチボード広告に掲載された大統領選広告のプーチン) Sergei Karpukhin-REUTERS
<皇帝のように振る舞い「強いロシア」を力説するのは、外圧と草の根パワーに対する不安の裏返し>
マイケル・モレル元CIA副長官は先日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領について次のような問いを投げ掛けた。プーチンはロシアの歴代指導者たちの産物なのか。それとも全く新しいものと理解すべきか。
いい疑問だ。プーチンの動機や行動はどこまで本人の人格で説明できるのか。ロシアの皇帝たち、ソ連の指導者たちの文化的・歴史的パターンの影響はどのくらいあるのか。
ロシアの指導者には基本的な型があるという考え方は目新しいものではない。冷戦時代、モスクワに赴任する新任のアメリカ大使はまず「冷戦政策の父」として知られるジョージ・F・ケナンを訪ねて助言を求めた。
ケナンはそのたびに、大学図書館で18〜19世紀のロシア史の本を調べるよう勧めたという。過去の書物からも現代ソ連の指導者と政治について学ぶことは多いというのが彼の持論だった。時代は変わっても、ロシアの指導者は変わらない、と。
とはいえ、ソ連という国家建設は新しい試みだった。彼らはロシアの歴史に決別し、イデオロギーに基づく社会をつくろうとした。KGBは国家権力の要であり、新たな「現代人」創出の最前線だった。こうした未来派ともいうべき新知識人は国家主義的感情を捨て去った。彼らはロシア人ではなくソ連市民だった。
新たな「ソ連人」をつくるという夢を受け入れたプーチンは、大統領就任当初は過去のロシアの独裁者と違って見えた。ソ連崩壊後の初代大統領ボリス・エリツィンの後を引き継いだ当初は、ロシアの親欧米化・民主化を模索。05年にはソ連崩壊は20世紀「最大の地政学的惨事」だったとまで発言している。
だが権力基盤が固まるにつれ、プーチンは次第に政治力と経済力を自らに集中させ、ロシアの文化と歴史の象徴を利用して支持を拡大していった。ソ連の教訓への言及を避け、ロシアのナショナリズムへの共感を力説するようになった。ロシアはいつの時代も外国の脅威にさらされ、力ある指導者だけが安定したロシア国家を守ることができる、というのが彼の考えだった。
真の民主主義は脅威に
もちろん、そうしたロシア的な見方は真実も含んでいる。ロシアには自然の国境がなく、周辺の強国から侵略されてきた。ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官に言わせれば、91年に強かったはずの祖国の崩壊を体験しているプーチンは、「自分がロシアの歴史と考えるものに強いつながり、精神的なつながりを感じている人物」なのだ。
この意味で、過去17年間にわたるプーチンの政策と行動はロシアにおける独裁と父権主義の歴史的パターンに沿っているように思える。プーチンは「賢帝」を演じ、ロシアの強さを強調してきた。
ロシアは近隣国の影響力拡大や欧米への接近を望んでいない。バルカン半島での紛争やNATO拡大、ジョージア(グルジア)、ウクライナ、リビア、エジプトでの騒乱などの危機が起きるたび、プーチンの中でアメリカへの不満が鬱積していった。
プーチンの世界観と政策は、ロシアは常に欧米の裏切りに遭ってきたというロシアの何世紀にも及ぶ認識に沿っている。ロシアの暴君たちは、劣等感とメシア思想に由来する自国の特別視を利用して無敵の権力を手にしようとしてきた。ロシアの弱みに付け込むやからから国を守るのが賢帝だ。いつ裏切られてもおかしくない状態では、国の独立を維持し警戒を解かない強い指導者が必要で、真の民主主義は脅威になる。
実際プーチンは、国外で混乱を扇動して国民に外国を危険視させる一方、自分は外国の脅威から国家を守れる強い指導者だとアピールしている。民衆は透明性や政治参加、横領罪に問われた野党指導者たちと引き換えに、安定と安全を手に入れる。
ただし、ロシア神話の象徴を利用してはいても、プーチンは典型的なロシア指導者とは違う新しい指導者、作られた指導者だ。彼は別の人間を演じており、どこまでもKGBだ。
「仮想敵」に責任を転嫁
政策も公的な行動も、皇帝のように振る舞って権力を強化し維持するための作戦だ。彼が1000年の歴史を誇る神秘的なロシア国家の全能の指導者たちに連なろうとするのは、権力にしがみつくための意識的で冷笑的な試みにほかならない。外国の独裁者たちと同様、彼も自国民を恐れている。国民の支持を確保するのに好景気や生活水準の向上はもう期待できないと承知していて、代わりにナチスの「血と土」的なナショナリズムにしがみついている。
16年の米大統領選に対する攻撃にも、国民へのメッセージが込められていた。プーチンは世界の舞台で尊敬され恐れられる存在だから、国民はその力を畏怖すべきだというものだ。多文化主義、移民、同性婚を批判するのは、退廃し腐敗した欧米と、ロシアの伝統的価値観と安定した生活を対比するため。全ては自身が権力の座にとどまり、自らが不正に築き上げた富を守るための凝った作り話なのだ。
プーチンの国家をどう定義すべきか、多くの研究がなされてきた。全体主義、マフィア国家、縁故資本主義、泥棒政治、監視・警察国家、独裁体制......。プーチンのロシアはどの要素もある程度含んでいるが、目的はただ1つ──支配することだ。
プーチンは国民を支配し、自分が唯一の解決策だと思い込ませるために、架空の人格をつくり恐怖を演出してきた。アメリカの行動と意図をめぐって被害妄想をでっち上げたのは、国民の生活を向上させられない責任を仮想敵になすりつけるためだ。
一丸となって立ち向かうべき敵、脅威が必要なことを、暴君は本能的に知っている。プーチンは力というもののはかなさを、強固に見える自分の権力が不当なものでもろいことを承知している。より強力な長期政権が「民衆の力」と外圧によって倒されたことを知っている。彼は体制の転覆を恐れている。
だが権力を維持するために「血と土」のナショナリズムを利用することは危険を伴う。
筆者はバルカン半島でそれを目の当たりにした。皮肉にも、指導者は民族的多数派に被害者意識を植え付けることによって国民を操作できる。スロボダン・ミロシェビッチは多民族国家ユーゴスラビアで多数派を占め、権力を掌握していたセルビア系住民の被害者意識に訴え、権力の座に就いた。
プーチンも東ドイツでのKGB時代の話をし、政府の弱さがソ連崩壊を招いたと主張する。自分は政治エリートのもろさを身をもって学んだ。ソ連は「不治の病にかかっていた。それは権力の麻痺という病だ」と。
プーチンは決して弱さを見せることなく支配し続けなければならない。当面はロシアの賢帝とナショナリズムの歴史に自分を結び付けるのが得策ということらしい。他国の例が示すとおり、ナショナリズムという奴自体、なかなか思いどおりにならないものだが。
From Foreign Policy Magazine
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