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自由と民主主義を破壊し続けるアメリカが中東に執着する理由(その4:世界制覇)
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2018.01.25 櫻井ジャーナル
イランで王制が崩壊した1979年、アメリカのジミー・カーター政権はアフガニスタンで秘密工作を始めていた。計画の立案者は国家安全保障補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキー。ソ連軍をアフガニスタンへ引き込み、CIAが編成、武器/兵器を供給し、戦闘員を訓練した武装勢力と戦わせるという内容だった。この目論見通り、1979年12月にソ連軍の機甲師団がアフガニスタンへ入ってくる。CIAから訓練を受けた戦闘員、いわゆるムジャヒディンのコンピュータ・ファイルがアル・カイダ(データベース)だ。「自由の戦士」も「テロリスト」も編成時にはこのファイルが活用される。
地政学的な側面からイラクを重視していたのがネオコン(シオニスト)。イラクに親イスラエル体制を樹立、トルコ、イラク、ヨルダンの親イスラエル国帯を築いてシリアとイランを分断、中東をイスラエルの支配下に置こうというわけだ。
そのネオコンで中心的な存在だったポール・ウォルフォウィッツが1992年2月に作り上げた国防総省のDPG草案はそうした戦略が反映されている。本ブログでは何度も書いてきたが、そのウォルフォウィッツは1991年にウォルフォウィッツはイラク、シリア、イランを殲滅すると語っていた。これはウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官が2007年に語っている。(3月、10月)
イギリスやアメリカで作成された世界制覇プランはウォルフォウィッツ・ドクトリンの前にも存在する。中でも重要なものが1904年に発表されたハルフォード・マッキンダーのハートランド理論。彼は世界を3つに分け、ひとつはヨーロッパ、アジア、アフリカの世界島、ふたつめはイギリスや日本のような沖合諸島、そして最後に南北アメリカやオーストラリアのような遠方諸島と名付けた。世界島の中心がハートランドで、具体的にはロシアを指している。
また、ユーラシア大陸を囲むように、西ヨーロッパ、パレスチナ(1948年にイスラエル建国を宣言)、サウジアラビア(サウード家のアラビアを意味するサウジアラビアが登場するのは1932年)、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ内部三日月帯が、またその外側に外部三日月帯が想定されている。イギリスと日本は内部三日月帯の両端にある外部三日月帯とされている。イギリスが明治維新を支援した理由を考える場合、この戦略を無視することはできない。時期的にマッキンダーの理論は後から発表されているが、考え方としては存在していた可能性がある。イギリスにとって日本はアジア侵略の拠点であり、日本人は侵略の手先ということ。現在の中東に当てはめるならば、日本はアル・カイダ系武装集団やダーイッシュに近い。
アメリカがアジア侵略の拠点にしたのはフィリピン。1898年にキューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインが爆沈、アメリカはスペインが爆破したと主張して宣戦布告、スペインと戦争を始めた。
この戦争で勝利したアメリカはスペインにキューバの独立を認めさせ、プエルトリコ、グアム、フィリピンを買収することになる。つまりこうした国々を植民地化した。ハワイも支配下におく。
1901年に出版された『廿世紀之怪物 帝国主義』の中で幸徳秋水はアメリカの行為を帝国主義だと批判している。「米国にして真にキュバ叛徒の自由のために戦えるか、何ぞ比律賓人民の自由を束縛するの甚だしきや。」「それ他の人民の意思に反して、武力暴力をもって強圧し、その地を奪い富を掠めんとす。」
この記述は基本的に今でも通用する。アメリカは帝国主義の国であり、フランクリン・ルーズベルトやジョン・F・ケネディは例外的な人物だった。現在のアメリカにこうした例外的人物が登場することは不可能に近いだろう。アメリカは「自由と民主主義の旗手」でなく、「民主主義の伝道師」でもない。(了)
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