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【次世代加速器】中国が科学技術を制したら世界はどうなるか
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/01/post-9368.php
2018年1月23日(火)18時03分 ヤンヤン・チョン(素粒子物理学者) ニューズウィーク
中国の次世代加速器の規模はヒッグス粒子を発見したCERNの加速器(写真)の2倍以上になる Denis Bailbouse-Reuters
<ニューズウィーク日本版1月23日発売号(2018年1月30日号)は「科学技術大国 中国の野心」特集。AIからビッグサイエンスまで、中国が経済力にものを言わせ研究開発をリードし始めた。科学研究の未来を占うこの特集から、ヒッグス粒子を発見した欧州のLHCに続けと、次世代加速器の建設に意欲を燃やす中国に関する記事を一部抜粋して掲載する>
私のプロジェクトを台無しにするまねは絶対にするな──。筆者との電話インタビューで、無難ながらも礼儀正しい返答をしていた中国科学院の上級幹部の態度が豹変したのは、最後の質問をしたときだった。
「プロジェクト内に中国共産党の支部が設置されるのですか」
そう尋ねた途端、幹部は筆者への個人攻撃を始めた。彼がまくしたてたのは、中国で生まれ育ち、アメリカの大学に在籍する素粒子物理学者である筆者の経歴と「思惑」への非難。その言わんとするところはただ1つ、「プロジェクトを駄目にするな」ということだった。
組織構造について質問しただけだと言うと、幹部は「取材に応じたのはあなたが科学者だと聞いたからだ。なぜ余計なことをする?」と問い詰めてきた。「これはデリケート過ぎる問題だ。プロジェクトを破滅に追い込むかもしれない。あんたも中国人で科学者なのに、なぜこんなことを? プロジェクトを台無しにするな」
20分にわたって続いた攻撃の最後に、幹部はこう言い捨てた。「私の名前は出すな。私がいる研究機関の名前も出すな。あんたには手に負えない事態になるぞ」
インタビューの話題は、欧州合同原子核研究機関(CERN)が建設した大型ハドロン衝突型加速器(LHC)の後継となるべく、中国が建設を目指す実験施設についてだった。
LHCは08年に稼働を開始して以来、素粒子物理学研究の中枢になっている。スイス・ジュネーブとフランスの国境をまたいだ地下約150メートルにあるトンネルの周長は約27キロ。この世界最大の加速器は光速に近い速度で亜原子粒子を衝突させ、ヒッグス粒子の存在を突き止めるなど画期的な発見をしてきた。
とはいえ、宇宙の成り立ちという根源的な疑問は解明されていないままだ。さまざまな説はあるものの、多くは今のLHCで検証することができない。つまりLHCの後継となる次世代の加速器が求められているが、マシンがより大型で強力になるなか、運用コストは急増し、共同プロジェクトの必要性が大きくなっている。
次世代の巨大加速器の建設は、数百億ドルもの費用と数十年に及ぶ歳月を要する。こうした条件ゆえ素粒子物理学の分野では、LHCの後継機は世界に1つしか存在し得ないとの共通認識がある。そして、その担い手として期待を集め始めているのが中国だ。
中国が建設を目指すのは、LHCの2倍以上の周長54キロ超の加速器。建設候補地は、大昔の中国の一大プロジェクト、万里の長城の東端に位置する河北省秦皇島市だ。
ただし、競合相手もいる。国際協力の下で計画され日本が誘致を目指す国際リニアコライダー(ILC)と、CERNの将来円形衝突型加速器(FCC)だ。しかし中国は、野心の大きさと政治的・資金的支援の体制で群を抜く。加速器の建設は早ければ21年に、データ収集は28年までに開始される予定。55年までの稼働期間中に素粒子物理学の将来を方向づける達成をすると意欲を燃やす。
科学的に見れば胸が躍る将来像だが、中国の計画には違った面から問いを投げ掛ける必要がある。多くの物理学者が懸念を抱きつつも退けてきた疑問、すなわち政治をめぐる疑問だ。
国際協力と国家にとらわれない精神、科学分野の仲間意識の縮図──それが加速器による実験という場だ。そうした価値観が、外国の知識やアイデアへの敵意を国内で醸成し、科学を国家の威信を高めるツールと見なす独裁的国家の在り方と両立するのか。
現在、世界にある巨大加速器はどれも自由な民主主義国に存在する。中国の科学者が次世代加速器の建設を初めて提案したのは、ヒッグス粒子が発見され、習近平(シー・チンピン)が共産党総書記として国の実権を握った12年のこと。中国に誕生する巨大加速器は習が掲げるスローガン「中国の夢」を体現するもので、この国が1世代の間に科学の一分野で大国として台頭する格好のチャンスになる。素粒子物理学の研究が従来の枠を超えた地域に拡大するのは喜ばしい。だが中国がこの分野で優位を占めれば、長期的に見て素粒子物理学の本質、つまり国際的な取り組みという位置付けが損なわれかねない。
中国の計画をめぐる第一の問題は、独裁国家が国家の威信という偏狭な概念を有すること。それは多数の研究者と資金が必要な「ビッグサイエンス」という国際的な研究形態と対極にある。あの中国科学院の幹部は筆者に、中国の巨大加速器では、LHCでみられるレベルの国際協力体制は実現しないと明言した。
中国の加速器の建設・稼働にかかるコストの7割は中国側が負担する。従って、当然のことながら中国がリーダーシップを独占しようとするだろう。では、プロジェクトのリーダー役となる中国人たちが究極的に仕える相手は誰か。答えは明らかだ。
From Foreign Policy Magazine
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