現状ではトランプの米国に、まともな対応を期待しても無意味多様なリスクシナリオにも備えるしかないだろう http://ryumurakami.com/jmm/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼INDEX▼ ■ お知らせ ■ 『from 911/USAレポート』第758回 「2018年を寒波の中で迎えたアメリカ」 ■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ (冷泉彰彦さんからのお知らせ) もう一つのメルマガ、「冷泉彰彦のプリンストン通信」(まぐまぐ発行) http://www.mag2.com/m/0001628903.html (「プリンストン通信」で検索) JMMと併せて、この『冷泉彰彦のプリンストン通信』(日本時間の毎週火曜日朝発 行)もお読みいただければ幸いです。購読料は税込み月額864円で、初月無料です。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『from 911/USAレポート』 第758回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2018年が明けました。トランプ政権は発足からほぼ1年になりますが、何より も昨年末には念願であった税制の大変更を可決成立させるなど、ここのところ政治的 には加点を続けていたのは事実です。であるならば、年初はもう少し堂々とした姿勢 を見せて、「大統領らしさ」を演出するのが常識的というものです。特に今年は、重 要な中間選挙の年であり、政治的に成功した勢いを態度で示すことは重要です。 ところが、年明けの大統領は、まず「パキスタン非難」に熱心であり、また年末年 始に激しさを増していた「イランにおける反体制デモ」の応援を熱心にやるなど、相 変わらず「衝動的とも思えるツイート」によるメッセージ発信に忙しく、「堂々とし た」姿勢とは程遠いものがあります。 このうち、イランに関しては、経済制裁に苦しむ中で「西側との協調や自由な経済」 を訴え、同時に女性の権利拡大なども要求するデモに関して、米国が支持するのは自 然といえば自然です。ですが、「イスラエルの首都はエルサレム」だと言い放って、 まるでイスラム圏の世論にケンカを売るかのようなトランプ大統領が「支持」するこ とが、デモ隊の主張にはかえってマイナスの効果が懸念されるわけです。 それはともかく、問題なのはパキスタン批判です。2001年の911テロからア フガン戦争へという流れの中で、当時のブッシュ政権は「パキスタンが親米国家とし て安定」しなければ、タリバンとの対決はできないという戦略的な判断から、当時の ムシャラフ大統領との緊密な関係を構築しました。 以降、アメリカはパキスタンに軍事的、経済的支援を行っていますし、その結果と して、パキスタンの政府は常に親米の立場を取り続けています。問題は、パキスタン の世論の中にタリバンなど反米勢力に親近感を持つ部分があることですが、それが気 に入らないからと言って、援助を切るというのは「まともな」戦略とは思えません。 私は、威風堂々と大統領として「今年はこんな年にしたい」というようなことを言 い、その中で「インフラ投資」の提案などをするのかと思っていたのですが、完全に 肩透かしを食らった感じです。 その一方で、この1月の第1週には「ホワイトハウスの暴露本」ということで、マ イケル・ウォルフというドキュメンタリー作家による "Fire and Fury: Inside the Trump White House(「炎と憤怒、トランプ政権ホワイトハウスの内幕」)" とい う本が出版されて大きな話題になっています。 ウォルフという人は、雑誌への寄稿やドキュメンタリー本を書いてきた人で、20 08年に出したルパート・マードックの伝記が多少有名になっていますが、それほど 著名な人物ではありません。そのウォルフは雑誌に書いたトランプに関する記事を、 トランプ本人が気に入ったことから、本に関する取材を許可されて大統領本人へのイ ンタビューやホワイトハウス関係者への取材を重ねて内幕を書いたそうです。 問題は、相当に辛口な内容であるのと、取材に応じたスチーブン・バノンがかなり 放言をしており、例えば「トランプ・ジュニアなどがロシア側と接触したのは国家反 逆」だと言うようなことをバノンが言ったとか言わないという話は、本が出る前から 大騒ぎになっていたのでした。 そのウォルフは5日にNBCテレビの『トゥデイ』に登場していましたが、「とに かく発売前の内容を読まない状態でホワイトハウスが抗議してきたので、本が売れて 助かっている」「それ以上に、ホワイトハウスの狼狽ぶりは、内容が図星だというこ との証明」だということで自信満々という感じでした。 そのウォルフは、「一番訴えたかったのは、取材したホワイトハウス関係者のほぼ 100%が大統領の知性、大統領としての適格性に疑問を持っている」ということだ と言い切っており、政権に対しては完全に対決モードです。そのウォルフは7日(日) には政治討論番組の『ミート・ザ・プレス』にも登場するようです。一方で、ホワイ トハウスのセラ・サンダース報道官は「虚偽に満ちた本」だと一蹴していますが、当 分の間は、この本の騒動は続きそうです。 では、そのようにホワイトハウスの周辺がガタガタしているのであれば、民主党に 勢いが出てきているのかというと、決してそうではありません。議会民主党の指導者 である、下院のナンシー・ペロシ、上院のチャック・シューマーという2人の院内総 務は大変に著名ですが、「エスタブリッシュメント政治家」というイメージが定着し てしまっています。 ヒラリー・クリントンも時々メディアに登場しますが、若い世代に嫌われていると いうイメージを変える努力は見えず、昨年12月の4日から11日にかけてギャラッ プが行なった世論調査では、彼女への好感度(「どちらかと言えば好感」以上と答え た比率)というのが36%と、「過去最低」になったというニュースも流れていまし た。 その一方で、トランプ税制への激しい反対論陣を張ったということで、メディアに 取り上げられるのは相変わらずバーニー・サンダースだったりします。つまり、いつ までも2016年で時間が止まっているのであって、2020年を見据えた、世代交 代というのはまだハッキリとした流れにはなっていません。 現在のアメリカは経済はとりあえず好調ですが、そんなわけで政治というのは、方 向性のよく見えない不透明感というのもありますが、どちらかと言えば冷え切った冬 のようなイメージがあります。凍りついて停滞しているという感じでもあり、各人が とりあえず暖房の効いた室内に閉じこもっていて、分断されているという感じでもあ り、とにかく闊達な活動で時代を動かしていくというエネルギー感は余り感じられま せん。 考えてみれば、実際の季節感ということでも、現在のアメリカは史上空前の大寒波 の真っただ中にあります。 例えば、ここニュージャージーをはじめとした、米国の東海岸は1月4日から5日 にかけて「爆弾サイクロン」という発達した低気圧が沿岸を北上したために、暴風雪 に見舞われました。ニュージャージーの場合は、低気圧の中心から少し離れていたた めに暴風の被害は内陸部には及びませんでしたが、大変だったのは沿岸部で、更に北 東へ行って、ニューヨーク州のロングアイランドや、マサチューセッツの沿岸部など では、暴風雪+高潮+異常低温が重なって大きな被害が出ています。 更に、ここニュージャージーからニューヨークでは、6日から7日にかけて非常に 厳しい寒気が入るという予報です。天気としては晴れの予報なのですが、摂氏で言う と、最高気温がマイナス10度、最低気温がマイナス22度というのですから大変で す。世界がスッポリ冷凍庫に入ってしまった感じです。そうなると、益々不要不急の 外出はできなくなり、人々はとりあえず各家に閉じこもるしかなくなる、そんな雰囲 気です。 現在のアメリカというのは、もしかしたらそんな感じなのかもしれません。トラン プ大統領は一定の影響力を確保しています。では、トランプ支持派が「大統領支持デ モ」をやって反対派と衝突したり、あるいは大統領への反対行動が活発になるという ことは「ない」のです。 では人々は、トランプ大統領を認め、許しているのかというと決してそうではなく、 例えば「暴露本」が出れば、それはそれで話題になるわけです。だからと言って、ア ンチ・トランプで頑張ろうにも、リーダーになるシンボリックなキャラクターは「不 在」であり、とにかく「この妙な時代」が終わるのを待っている、そんな「諦めと閉 じこもり」のような感覚があります。それが、何となく、大寒波に重なって見えるの です。 そのように「諦めて閉じこもっている」人々は、一体何を考えているのでしょうか? 機会あらば、街頭に出て「アンチ・トランプ」のデモをしようと、虎視眈々と作戦を 練っているのでしょうか? あるいは「下品なヘイト」に満ちた「トランプ時代」へ の憎悪を溜め込んでいるのでしょうか? それもちょっと違うように思います。人々は、トランプ時代の「妙な世相」には 「眉をひそめ」つつも、それぞれのペースで21世紀の、2018年の現在を生きて いるのであり、その自分たちのペースについては妥協するつもりはないのだと思いま す。ただ、政治ということでは、トランプ現象があり、対抗馬が不在という中で政治 そのものが「冬の季節」を迎えているだけであり、人々の心を反映したカルチャーな どには、特に歪みも屈折もないように思われます。 例えばですが、この年末から年始にかけて、アメリカの劇場でお客を集めている映 画を見てみると、そこにはトランプの影も、リベラルの屈折もなく、実に自然な時間 が流れているように感じられます。 まずこの時期の最大のヒット作は、何といっても『スターウォーズ』の「エピソー ド8、最後のジェダイ(ライアン・ジョンソン監督)」です。北米市場での興行収入 は現時点(公開21日)で549ミリオン(620億円)で前作には及ばないものの、 大ヒットしていますし、批評家などの評価を平均した「ロッテン・トマト」では90 %と好意的に受け止められています。 過去のエピソード1から6までとは大違いで、本作では「7」に続いて主人公が女 性になり、そこにアフリカ系男性、ヒスパニック系男性、さらにはアジア系女性まで 絡んで来る、正に多様性の象徴のような群像劇になってきました。本作で初登場した アジア系の「ローズ」というキャラクターですが、苦労人でかつ宇宙船整備の技師的 なスキルを持ったキャラを切れ味の良いセリフで表現したケリー・マリー・トラン (ベトナム系2世)の演技は好評です。 このシリーズに関しては、エピソードの「1から3」の物語が、「善から悪への転 落劇」という設計になっていて、特に「2から3」の部分が「イラク戦争へ突き進む アメリカへの批判」と重ねられた政治性を持っていたわけですが、今回の「7から8」 というのは、そのようなストレートな政治性ではなく、あくまで多様性の肯定という メッセージがバックグラウンドとして織り込まれているだけであり、安直なトランプ 批判のようなアプローチは取られてはいません。その辺も、成功の理由だと思います。 この「スターウォーズ8」に続いて、11月の感謝祭以来コンスタントにお客が入 っているのが、ディズニー・ピクサーのミュージカル・アニメの「COCO」(邦題 は「リメンバー・ミー」、リー・アンクリッチ、エイドリアン・モリーナ共同監督) でしょう。こちらは公開44日で北米では186ミリオン(約210億円)という成 功に加えて、舞台となったメキシコでもヒット、また中国市場では大ヒットとなって います。 内容ですが、非常に巧妙なストーリーですので、ネタバレは絶対に避けなくてはな らないのですが、メキシコの小さな村で靴屋を営む家庭に生まれたミゲル少年が、 「先祖代々禁止された」音楽という夢を追いかけて、死者の国に迷い込むというファ ンタジーです。 その題材となっているのが、メキシコを中心としてカトリックとアズテックの死生 観が習合した「死者の日」という祝祭です。その祝祭を軸に、生と死の問題、血統と 家族の問題を真っ正面から扱った、堂々たる作品です。 更に、そこには「壁ではなく橋」が重要な位置付けとして描かれたり、「国境にお ける出入国拒否」といった題材を入れてみたり、「トランプ時代」へのアンチもしっ かり入れています。 それよりも何よりも、本作は、アメリカ文化のメインストリームからメキシコの人 々と文化への強烈なラブコールであり、そして「メキシコ系の文化は既にアメリカの 一部だ」という文化多様性の立場に立つという宣言でもあるわけです。そうした映画 が、家族連れに大きく歓迎されている、それも2017年から18年のアメリカの光 景なのだと言うことができると思います。 一方で、ヒューマンドラマの分野で、2017年末にかけて予想外のヒットとなっ たのは、『ワンダー(スティーブン・チョボスキー監督)』でしょう。原作は、日本 でも翻訳が出ているR・J・パラシオの「ワンダー Wonder」で、「いじめ」を題材 とした児童文学です。 顔面に障がいのあるオギー少年(天才子役のジェーコブ・トレンブレーが好演)は、 母親(ジュリア・ロバーツ)がホームスクールで教育を施していましたが、5年生に なるにあたって小学校に入学、そこで様々なドラマを経てクラスメートたちとの関係 を築いていきます。 内容は、まるで90年代にタイムスリップしたかのような、楽天的なアメリカ的人 間観に満ちたもので、カテゴリとしては児童文学の映画化という範疇から飛び出すほ どではないわけです。ですが、母親役のジュリア・ロバーツ、そして父親役のオーウ ェン・ウィルソンがまるで舞台劇のような緻密な演技を見せてくれており、そこにオ ギーの姉の役でイザベラ・ヴィドヴィッチという16歳のこれまた天才的な女優が加 わって、鉄壁のアンサンブルを構成しているのです。 その結果として、「いじめとは関係性の問題」だということ、同時に「いじめとは コミュニケーション」であり、何よりも「いじめとはいじめる側が抱えた問題が真因」 だというメッセージにリアリティを与えることに成功しています。 更にアート系の映画の中で、評価の高いのは『レディ・バード』(グレタ・ガーウ ィグのオリジナル脚本・監督作品)でしょう。「ロッテン・トマト」で169人目の 批評家が「腐ったトマト」評価をするまでは「100%支持」という驚異的な高評価 を獲得した作品ですが、これは大変な純度を持った作品です。 内容の紹介は控えますが、基本的にカリフォルニア州サクラメント出身のグレタ・ ガーウィグの自伝的な作品で、女性主人公が成長へと苦闘していく青春ドラマです。 その主人公をシアーシャ・ローナン(「つぐない」「グランド・ブダペスト・ホテ ル」)が演じており、既に演技者として、この世代のトップランナーと言われている 彼女に取って、現時点の代表作と言えるような厳密な演技を見せています。 青春映画ということでは、90年代の『グッドウィル・ハンティング』の女性版と も言えますが、深さと苦さでは本作がはるかに銀幕上のリアリティを実現していると 思います。母と娘の関係が描かれているということでは、90年代末にナタリー・ポ ートマンと、スーザン・サランドンの "Anywhere But Here" (ここよりどこかで、 ウェイン・ワン監督)などが想起されますが、本作のローナンと母親役のロリー・メ トカーフのデュオは、その数倍の凄さがあると思います。 以上の4作は、カルチャーとしてはリベラルに属するものです。『スター・ウォー ズ、最後のジェダイ』は多様性を、『COCO』はメキシコ文化への強烈なリスペク トを、そして『ワンダー』は「いじめ」を克服するカルチャーを、更に『レディ・バ ード』は女性の知的な自己確立の問題を、それぞれ扱いつつ、時代を2017年から 18年へと進める役割を果たしているように思います。 こうした映画が高い評価を獲得して経済的にも成功しているということは、政治の 世界では「トランプ時代という大寒波」が社会を覆っているにしても、人々はその 「寒さ」を避けて自分たちの価値観や生活のペースを守っているということに他なり ません。 それに加えて、こうした映画がヒットするということは、アメリカの社会がより多 様で、より知的な、そして何よりも若い新世代のリーダーシップを心の底から希求し ているということを示していると思います。 ------------------------------------------------------------------ 冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家(米国ニュージャージー州在住) 1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。 著書に『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』『チェンジはどこへ消えたか〜オ ーラをなくしたオバマの試練』『場違いな人〜「空気」と「目線」に悩まないコミュ ニケーション』『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名 門大学の合格基準』『「反米」日本の正体』『トランプ大統領の衝撃』『民主党のア メリカ 共和党のアメリカ』など多数。またNHK-BS『クールジャパン』の準レギュ ラーを務める。 近著は『予言するアメリカ 事件と映画にみる超大国の未来』(朝日新書) http://mag.jmm.co.jp/39/13/278/134126
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