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プーチンは第3次世界大戦を目指す
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/12/post-9213.php
2017年12月26日(火)17時15分 オーエン・マシューズ(モスクワ) ニューズウィーク
第2次大戦の戦勝記念日にロシア軍幹部と共に赤の広場を歩くプーチン Yuri Kochetkov-REUTERS
<最小の投資で最大の効果を得たシリア内戦への介入――冷戦以来最悪の米ロ対決の構図が全世界に広がる>
諸君、祖国は敵に包囲されているぞ、今こそ生き残りを懸けた最終戦への備えを固めよ!
どうやらロシア大統領ウラジーミル・プーチンは、国民にそう呼び掛けたいらしい。
国営テレビのニュース番組には、シリアで作戦行動中のロシア軍機の雄姿や、ロシアの国境地帯に集結したNATO軍の戦車や兵士の映像があふれている。視聴率トップのニュースショー『60分』では著名アナリストが、シリアで「大勝利」を収めたロシアは「超大国の地位」を取り戻したと豪語していた。
11月下旬にはプーチン自身がげきを飛ばした。「いざという時にわが国の経済部門が軍事生産・奉仕を増やせる能力は、軍事安全保障の最重要な側面の1つだ」と述べ、全ての大企業に戦時の備えを求めた。
この国の過去のプロパガンダの例に漏れず、「ロシアは戦争状態にある」という主張には一定の真実が含まれる。ただし、とても小さな真実だ。
確かにロシア空軍は15年9月からシリアで戦ってきたが、その規模は攻撃機約36機、要員数4751人にすぎない。ウクライナ東部でも、軍服を脱いだロシアの正規兵が現地の分離独立派民兵に交ざって偵察行動をしている程度だ(直近では11月半ば、分離独立派の拠点ルガンスクに国籍不明の戦闘服を着た数百人の部隊が突如として出現し、現地指導者間の内部抗争を未然に防いでいる)。
つまり、現実に展開中の軍事作戦は極めて小規模なものだ。なのにプーチンは、今すぐ総動員体制が必要だと論じている。
なぜか。国内の難局から国民の目をそらし、団結させるには外敵の脅威を持ち出すのが一番だからか。実際、14年にクリミアを一方的に併合して以来、ロシア経済は欧米諸国の経済制裁で疲弊している。だから恒常的な戦争状態という神話で政権の延命を図る必要が生じてきた。
「プーチンには、もはや国民に現金を配る余裕はない。世帯収入は4年連続で減り続けている」と、独立系新聞ノーバヤ・ガゼータのパベル・フェルゲンハウエルは言う。「再選を狙う来年の大統領選では、祖国を外敵の攻撃から守れるのは自分だけだと言い張るだろう」
■どこで誰と戦う準備か
だが、好戦的な論調にはまた別の憂慮すべき理由がある。ロシア政府が本気で、戦争間近と信じていることだ。ウクライナ介入以前の13年段階でロシア国防省の年次戦略計画書は、ロシアが23年までに深刻な世界的または地域的紛争に巻き込まれると予測していた。
「彼らは大規模な戦争の可能性ではなく、その始まる時期を考えている」とNATO国防大学の研究員アンドルー・モナハンは言う。「連中は既に戦時体制にある。ずっと前からそうだ」
産業界に戦時生産体制への備えを求めるのは、ソ連時代の思考方法に似ている。国内のあらゆる工場で、いつでも戦車や砲弾、戦闘機を製造できるようにしろというのはむちゃな注文だ。
「ソ連時代の経済と社会は全面戦争への備えを前提にしていた」と、フェルゲンハウエルは指摘する。「そのせいでソ連経済は競争力を失った。本当に戦時総動員をかけたら、旧ソ連と同様に破滅してしまう。たばこ工場に弾薬を作らせるなんて、今の世の中ではあり得ない」
ただし多くのロシア企業は今も、大なり小なり軍需に依存している。そして原油安と経済制裁で財政は苦しいのに、プーチンは軍事予算を大幅に増やしてきた。17年の軍事費は650億ドルを超える見込みだ。
これでもアメリカの軍事費6110億ドルに比べると1桁少ないが、どちらもGDPの3.3%に相当する。しかもこれにはプーチン直属の「国家親衛隊」のような準軍事組織の予算や、航空宇宙その他の軍事関連企業への補助金は含まれていない。
欧米の多くの関係者が困惑しているのは、ロシアの新しい軍艦や潜水艦、ヘリコプター、潜水艦発射型弾道ミサイルの使い道だ。イギリスの元駐ロシア大使は匿名を条件に、「ロシアは奇妙で一方的な軍拡を行っている」と語る。「過去の軍拡競争は全て戦争に結び付いた。しかしロシアの場合、彼らがどこで誰と戦う準備をしているのか、誰にも分からない」
どこかと言えば、まず考えられるのは中東だろう。シリア政府軍が同国北東部の都市デリゾールをテロ組織ISIS(自称イスラム国)から解放した時も、ロシアの国営テレビは、シリア国旗と並んでロシア国旗が翻る映像を自慢げに流していた。
それだけではない。イランの国旗とヒズボラ(イランの影響下にあるレバノンのシーア派軍事組織)の旗も映っていた。つまりプーチンはシリア内戦に介入することで、中東を舞台とするスンニ派とシーア派の争いにおいて、シーア派のイランと組むことを選んだのだ。
■米同盟諸国を切り崩す
イランの特殊部隊であるクッズ部隊の司令官で、03〜15年にイラクで500人以上の米兵を殺害した反米シーア派民兵集団を組織したガゼム・ソレイマニは、15年7月以降に少なくとも3度モスクワを訪問。シリア政府軍とシーア派民兵部隊に対する、ロシア空軍や特殊部隊による支援の調整を行っている。
こうした緊密な関係を築いた以上、仮にもアメリカの同盟国サウジアラビアとイランが戦争を始めれば、ロシアはアメリカと敵対することになる。NATO国防大学のモナハンによれば、中東地域や北朝鮮などの「戦域が拡大しやすい」地域紛争で、アメリカとロシアが互いに敵陣営につくというシナリオは十分にあり得る。
米ロ関係は悪化し偶発的衝突のリスクが高まっている(写真はロシア戦勝記念日のパレード) Sergei Karpukhin-REUTERS
シリアで楽に戦略的勝利を挙げたことで、ロシアがさらなる紛争に介入する可能性は高まった。あるイギリス政府高官が漏らしたように、「アメリカとその同盟国がイラクに注ぎ込んだ血と資源に比べ、ロシアの払った犠牲はごくわずかだ」。
「それでもロシアは大きな外交的勝利を収めた。シリアへの介入は大勝利だったと主張し、ロシアは中東地域でも無視できない存在として復活したと主張できる」と、この高官は続けた。「もちろん、彼らはこの手法をどこかで繰り返したいと思うだろう。誰だって、楽に勝てる戦争は好きなものだ」
ロシアの野心はシリアだけにとどまらない。ロシア国防省は早くも13年に、地中海にロシア艦艇を本格配備する計画を発表している。シリア領内のタルトスにある古い小さなロシア海軍基地と、その近くにあるフメイミム空軍基地の大幅な拡張工事も着々と進めてきた。
そしてロシア軍の高度な攻撃能力も見せつけて、中東のスンニ派諸国に脅威を与えた。昨年にはロシア海軍がカスピ海の砲艦から発射した巡航ミサイルが、イランとイラクの上空を通過して1500キロ以上離れたシリアのアレッポ北部の反政府勢力を攻撃した。
今年11月にはロシア南部の北オセチア・アラニヤ共和国の基地を離陸した最新鋭の長距離爆撃機で、デリゾールのISIS拠点を爆撃している。
プーチンにとって、「シリア内戦への関与はアメリカとの地球規模の対決の一環」にすぎないとフェルゲンハウエルは言う。それは天然ガスと武器と現金を餌に、アメリカの同盟諸国を切り崩す戦いでもある。
■急増するきなくさい動き
例えば11月には、ロシア軍機がエジプトの領空と基地を使用できる協定をエジプトと結んだ。エジプトは長年にわたるアメリカの同盟国で、莫大な軍事援助を受けてきたが、クーデターで軍部が権力を掌握してからは援助が止まっている。
14年にエジプトのアブデル・ファタハ・アル・シシ大統領はロシアを公式訪問し、35億ドル分のジェット戦闘機やミサイル購入の契約を結んだ。両国はその後、合同軍事演習を行い、エジプトはロシア製の原子力発電所の購入も決めた。
しかも内戦状態のリビアでは両国とも、欧米の支援するトリポリ政権と対立するハリファ・ハフタル将軍側についている。
次はトルコだ。9月、ロシアはNATOの一員であるトルコに20億ドル以上の最新鋭ミサイルを売り込んだ。トルコとアメリカの友好関係は、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領が独裁色を強め、アメリカがシリアでクルド人部隊を支援したことで急速に冷え込んでいる。
さらにロシアは10月、アメリカの同盟国サウジアラビアに30億ドルのミサイルを売却する契約も成立させた(サウジはミサイルを、イエメンのシーア派武装勢力ホーシー派のロケット攻撃を防ぐために使うつもりだ)。
旧ソ連の崩壊以来、ロシアがこれほど軍事力を見せつけた時期はなく、偶発的な軍事衝突の可能性は高まっている。
11月にはロシア軍機がクリミア沖の10キロ上空で、米哨戒機に急接近した(ロシアなど8カ国だけがクリミアをロシア領と認めている)。「ロシア軍は侵入した米軍機を撃墜するよう命令されている」とフェルゲンハウエルは言う。「現地の軍司令官は、米軍パイロットが死ななかったのは幸運だと言い放った」
バルト海諸国も、ロシア軍機による領空侵犯や危険行為の急増を報告している。今年6月には、国際水域の上空を飛ぶスウェーデン軍偵察機にスクランブルをかけたロシア機が、わずか2メートルにまで接近している。
米ロ関係は冷戦時代以降で最悪の状況にある。大統領選でのロシアとの癒着を疑われているトランプとしては、もちろんロシアに甘い顔は見せられない。一方でプーチンは、ロシアはアメリカに包囲された被害者だという説をひたすら広めている。
国営テレビは毎日のように、アメリカはウクライナで反ロシアの「ファシスト」を支援している、シリアではISISを支援しているらしいといったニュースを流している。
最近、ロシアのネット上で人気になったビデオでは、軍服を着た子供たちがボルゴグラード(旧スターリングラード)の母なる祖国像の前で、「アメリカの覇権はもう嫌だ......ウラジーミル(・プーチン)おじさん、僕らも戦う準備はできてるよ」と歌っていた。
今やロシア政界の一部にさえ、国家の外交政策と宣伝工作が軍部に乗っ取られることを危惧する声がある。11月には政府系シンクタンク、ロシア科学アカデミー米国カナダ研究所のセルゲイ・ロゴフ所長が、偶発的な戦争を回避するために適切な措置を取るべきだと警告した。「いつ戦争が起きてもおかしくない」からだ。
祖国は戦争状態にあると言い募ることでしか人気を維持できないプーチンのロシアは、ますます危険な存在になる。
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