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北朝鮮国民の生き地獄、脱北者らが明かす粛清、強制収容所、放射能汚染…(上)
http://diamond.jp/articles/-/149316
2017.11.14 嶋矢志郎:ジャーナリスト ダイヤモンド・オンライン
脱北者らから漏れ伝わる、北朝鮮国民が置かれている現状はあまりにもひどい(写真:労働新聞HPより)
北朝鮮問題は、核開発に歯止めをかければいいというわけではない。むしろ、国民への深刻な人権侵害を食い止めるため、人道的な見地から対話路線を進めるほうが先決ではないか。脱北者らが明かす、北朝鮮国民の悲惨な現状を通じて、国際社会が何をすべきかを考えたい。(ジャーナリスト・嶋矢志郎)
国家ぐるみの隠蔽体質
北朝鮮の「人権侵害」事情
トランプと金正恩と言えば、今や当代きっての規格外の男たちである。核のボタンを今にも押しかねない過激な口調での牽制は、不毛の応酬であり、世界の緊張感をいたずらに煽っている。一方で、彼らの応酬は一触即発の危機を生まないとも限らないため、目が離せない状況が続く。
しかし、北朝鮮をめぐる国際社会の喫緊の課題は、核開発に歯止めをかけて、非核化へ誘導できれば、それでよしとするだけでは済まされない。核開発による先軍政治の陰で、政権トップによる国民への深刻な人権侵害が暴走の一途を辿っている。
その実態を白日の下に晒し、一刻も早く国民生活の改善・救済のために手を打っていく、いわば人道的な介入の方が急務であり、先決ではないのかと筆者は考えたい。人間の安全保障上、国際社会には人権蹂躙で虐げられている人々を「保護する責任」があり、見て見ぬふりは許されないからである。
国連の関係諸機関は、北朝鮮問題が国際的にクローズアップされている今こそ、国家権力による自国民への人権犯罪の責任を徹底的に追及すべきである。北の非核化へのアプローチも、軍事的な圧力で追い込むだけでなく、政権トップへの訴追手続きを加速する一方、無辜の国民を恐怖と束縛から解放し、人間としての尊厳と自由を早急に取り戻せるよう、手を差し伸べていくといった人道的な平和外交による対話路線の方が、結果として有効であり、早道ではないだろうか。
とりわけ、国際社会は北朝鮮に対し、限りある国家予算の使い道を核開発の先軍政治から国民生活の改善、向上へと向けさせ、経済発展を見据えた国策の大転換を促し、誘導していく絶好の機会を迎えている。
金正恩は3度目の核実験を強行した翌月の2013年3月に、経済発展と核開発を並行して進める「並進路線」を打ち出していたが、経済発展を置き去りにしてきている。経済発展には国際社会との対話が不可欠であり、それには非核化を宣言することが近道で、「並進路線」は元来、核と経済が両立し得ないことを思い知らせていく必要がある。
そんな北朝鮮の「人権状況」は、現在どうなっているのか。徹底した秘密主義の厚い壁に阻まれて、その実態を垣間見ることさえ容易ではない。すべては国家機密であり、海外はもとより、国内にも漏らされることなく、事実は闇から闇へと葬られている。
しかし、漏れるはずもない機密情報こそ必ずや漏れてくるものである。主に脱北者をはじめ、北の深奥部に特殊な情報ネットワークを持つごく少数の情報通の手によって、いわば「地獄耳」の耳元には伝播してくるものである。
今回筆者は、北朝鮮事情に詳しい複数の情報通にアプローチして、北で深く潜行している、救い難い人権侵害の恐怖の実態を知った。その非情で凄惨な実態を紹介しながら、筆者なりの問題意識を読者諸氏に投げかけていきたい。
韓国の高官に聞いた
張成沢が粛清された真の理由
まずは、独裁者の金正恩朝鮮労働党委員長が、身内や政府高官に対し、いかに「粛清」を乱発、行使しているかをお伝えしよう。その実態はおぞましい限りである。金正恩以外は、親族であろうが側近であろうが、決して安泰ではない。民主的な手段である法的な裁きを介することもなく、問答無用で粛清されていく恐怖と暗黒の世界が広がっている。
たとえば、筆者はある韓国の高官から、北で現実に行使された「大粛清」の生々しい様子を聞いた。彼は、金ファミリーをよく知る北の元幹部が韓国に亡命した際に事情を聴取して、その実相を知るに至ったという。
金正恩は2013年夏、金正日総書記の妹婿で、伯父でもある最側近の張成沢・党行政部長(当時)を突如、公開処刑した。処刑の方法には諸説あるが、機関銃で全身を穴だらけにした上、犬に食わせる残忍なものであったと、ごく一部の内外メディアが伝えている。
この情報は事後に世界中に知れ渡ったが、実はこのとき、張成沢だけでなく、張の過去の「ある一件」を知る立場の幹部や関係者たちも一網打尽で処刑されており、その処分者数は総勢3000人に及んだ、とされている。
真相は、金正恩の妻・李雪主が張の元愛人であったからだという。張成沢は、妻の金敬姫(金正日の実妹、金正恩の叔母)を介して金正恩に李雪主を紹介。その後李雪主は妊娠して、2人は極秘に結婚。李雪主は長女・主善と次女・主愛を産んだ。ところが金正恩は、李雪主夫人を表舞台に頻繁に連れ出し、その存在が国内外に知れ渡る過程で、周囲で噂されていた李雪主夫人と張との過去の一件を耳にすることとなる。激怒した彼は、その過去を大量粛清で抹殺したかったに違いない。
そのこともあってか金正恩は、今年に入り、李雪主夫人とは別の女性に男児を産ませている。逆上した夫人は直ちにその男児を奪い取り、自分の息子として育てることを宣言して、生みの母親を粛清したという。韓国の国会では今年8月下旬になってから、国家情報院が「北の李雪主夫人に3人目の子どもが産まれた」と報告しているが、実情は違うのだろうか。
韓国の高官が脱北者から聞いたとするこれらの話の真贋を、筆者が判断することは難しい。ただ、もし事実だとすれば、粛清された側にもそれなりの理由があったとはいえ、親族をここまで情け容赦もなく粛清できるものだろうか。にわかには信じ難い顛末である。指導層のこのような行為が国民の耳にどこまで届き、流布しているかは知る由もないが、万が一にも知れ渡れば、恐怖と暗黒の管理社会に絶望していくに違いない。
突然側近が消えて行く
不可解な日常風景
労働党や人民軍の幹部をはじめ、いわば側近たちも政権トップと接触する機会が多いだけに、その日の気分や逆鱗に触れただけで、突然粛清の指示が発せられ、消されていく。そんな劇画のような記述が、北朝鮮に関する市販本の中で平然と紹介されていること自体、衝撃的である。赤裸々な記述が不特定多数の読者の目に触れ、心に焼き付けられて流布していくとは、異常な事態である。
金正日の専属料理人として13年間、金ファミリーに仕えてきた藤本健二氏は、著書『北の後継者キム・ジョンウン』(2010年、中公新書ラクレ)の中で、ある宴会の席上で「奴らを撃ったのか」「はい、昨日撃ちました」というさりげない対話を耳にして、震え上がったと述べている。軍内部の不満分子を一度に二十数人も処刑した際の立ち話であったという。
別の宴会では、大将の1人である金明国が「戦争が始まってもお守りします。地下室も完成しました」という趣旨の発言を立ち聞きして以来、彼が宴会に出てくることはなかったとも書いている。「地下室」とは核シェルターのことで、国家機密を公開の場でバラしてしまったお咎めを受けたのではと見ている。
朝鮮半島情勢に強いジャーナリストの五味洋治氏によると、2011年12月の金正日総書記の葬儀にまつわる不可解なエピソードも恐怖である。本件は、彼の著書『金正恩を誰が操っているのか―北朝鮮の暴走を引き起こす元凶―』(2013年、徳間書店)の中で「側近たちが消えていく謎」として紹介されている。
2011年12月の金正日総書記の葬儀で、霊柩車の左側に寄り添った軍人4人がその翌年、相次いで地位を外され、消えていったという謎めいた話である。4人とは、李英鎬人民軍総参謀長をはじめ、金永春人民武力相(国防相)、金正覚総政治局第一副局長、禹東則国家安全保衛部第一副部長である。
彼ら4人は、翌12年4月から11月にかけて相次いで解任され、その後の消息が不明であるという。いずれも金正恩が政権トップに就いた直後に、自ら信頼を寄せて推挙した軍部の幹部たちだが、彼らは金正恩の「疑心暗鬼」の犠牲になったと見られる。
金正恩が政権を握って以来、最も恐れているのは、身の回りの幹部や側近の手による暗殺である。少しでも反逆の恐れがあれば、それが事実であれ思い過ごしであれ、直ちに粛清する。金正恩が政権の座についてからのわずか5年間で、粛清した総数は幹部や側近だけで340人超と言われている。
この中には、今年2月にマレーシアのクアラルンプール国際空港で暗殺された異母兄の金正男もいる。前述の韓国の高官によると、遺体を引き取りたいという遺族の懇願を無視して、北朝鮮に強制送還された金正男の遺体は、残忍な手口で処分されたという。
一部の報道によると、身を隠している故金正男の長男・キムハンソル(22歳)氏の暗殺計画もすでに進行中で、そのために編成された特殊部隊が世界中で暗躍しているという。中国の国家安全部は、このほどその暗殺工作員グループの一味を北京で逮捕している。幹部や側近たちも、非情で残虐な人権犯罪を繰り返し見せつけられては恐怖におののき、ひたすらひれ伏して、わが身を守るのが精一杯だろう。
北朝鮮国民が最も恐れる
「政治犯」と「連座制」
金ファミリーの身内や政府高官だけではない。一般の国民はもっと悲惨な目に遭っている。金ファミリー3代にわたる独裁政権が国民に強要してきた、非人道的で常軌を逸した人権侵害の状況も深刻である。
1つ目は、国民が最も恐れる「政治犯」と「連座制」について。政治犯とは一般に、体制に逆らう危険分子と見なされることであり、連座制とはある犯罪に手を染めた人と関わりのある人が共同責任を負わされ、処罰されることだ。
1980〜90年代に北朝鮮の政治犯収容所の警備員(看守)として勤務したあと脱北し、北の人権侵害がいかに凄惨で救い難いものかを告発してきた安明哲さんによると、政治犯とは名ばかりで、その際限のない恣意的な乱発・乱用が目にあまるという。
いつ何時、どんなことで「政治犯」の烙印を押されるか、油断も隙もない日常だ。当局の指示・命令に逆らう者はすべて政治犯となり、一族郎党までが全員、処罰の対象となる。北朝鮮では国民を強制労働に動員して働かせる指示・司令が日常茶飯事に飛び交い、それに逆らえば本人だけでなく、家族ぐるみで政治犯収容所に収監されるという例も珍しくない。
国民にとって、収容所はまさに「生き地獄」。その生々しい実態は、国連の北朝鮮人権調査委員会(COI)が2013年3月から約1年がかりで調査し、2014年2月に発表した372ページに及ぶ最終報告書から詳しくわかる。安さんはその作成に協力、尽力した1人だ。
同報告書は、全国に配置された政治犯収容所で過酷な強制労働を強いられてきた元収容者をはじめ、拷問や虐待を受けて逃れてきた脱北者、非情な処刑を実行してきた元刑務官など、被害・加害双方の当事者300人以上から生の証言を集めた聞き取り調査が中心となっており、信憑性が高い。
内容は、拉致や誘拐をはじめ、一族抹殺、拷問や性的虐待、奴隷化、公開処刑、さらには人種や宗教による差別など、あらゆる人権犯罪を具体的に列挙している。ただ、秘密大国の徹底した隠蔽主義に阻まれて、当局への聞き取り調査が不可能であったため、人権状況に関する全国レベルの全容が全く把握できていない点では、画竜点睛を欠いている。
たとえば、政治犯や連座制の発生件数をはじめ、政治犯収容所の数、収容者や死者の累計総数、被害者の年齢構成・男女比・飢餓状態・疾病率、さらにそれらの時系列推移など、当局にとって「不都合な真実」はすべて闇の中である。
強制収容所の政治犯は
死んだ後も人間扱いされない
実際に、政治犯収容所の生活はどのようなものなのか。同報告書によると、その多くは人里離れた山岳地帯の荒地に立地しており、収容者が容易に脱走できない仕掛けが何重にも仕組まれているという。周囲を高い壁で囲み、有刺鉄線を張り巡らし、高圧電流が流れている。壁際には落とし穴や地雷も埋められている。
収容所には多数の監視所や検問所があり、自動小銃を携帯した看守が見張っている。収容者の収容所内の移動は厳しく制限されており、許可なく周囲の壁に近寄ることはできない。
北朝鮮国民の生き地獄、脱北者らが明かす粛清、強制収容所、放射能汚染…(下)
http://diamond.jp/articles/-/149437
2017.11.14 嶋矢志郎:ジャーナリスト ダイヤモンド・オンライン
当時、看守の任にあった安さんは次のように証言する。
「収容者は戸籍を剥奪され、社会から除外され、処刑には法律は不要で、担当官(看守)が生死を決めていた。担当官の決定がすべてだった。人間として扱われておらず、釈放などあり得なかった。記録は永久に消去された。過酷労働で死ぬことになっていた。私たち(看守)は収容者を敵と考えるように訓練されていた。私たちは彼ら(収容者)を人間として見なかった」
収容者が死亡した場合は、死者への尊厳なども全くない。外部の家族らに死亡通知を出すこともなく、遺体を返すこともない。指定の墓地もなく、周囲の山や丘を「遺体捨て場」のように使っているという。そこはトウモロコシ畑にも使われているようであり、報告書の中には脱北者の次のような証言もある。
「ブルドーザーが地面を掘ると、人の死体が最後の安息地から再び現れてきた。腕や脚、ストッキングをはいたままのものもある。それがブルドーザーの波に飲み込まれていった。私は恐怖を感じた。友人の1人は嘔吐していた。看守は穴を掘り、数名の収容者に表面に出ている死体や体の一部を投げ入れるよう命じた」
収容所当局が「遺体捨て場」を無造作に耕し作物を植えているという、何ともやり切れない光景が目に浮かぶ。
子どもの4割が栄養失調
強制労働へ追い立てられて
2つ目は、子どもが受けている人権侵害の残酷さである。国際人権NGOのヒューマン・ライツ・ウォッチと韓国の国際NGO連合(ICNK)らの調べによると、北朝鮮政府は70年前に児童労働を廃止したと主張しているが、それは真っ赤な嘘で、むしろ制度化されて根付いているという。
労働党をはじめ、教育省など政府関係機関は、全国の大学や児童参加組織との協力で、子どもたちに国家のための強制労働を義務づけている。農作業から建設作業現場での手伝い、資材の収集などを義務づけ、学校が回収品を売りさばき、ノルマを果たせない場合は現金でのペナルティを科すなど、言語道断である。
労働党が統轄する純軍事組織の強制労働旅団への参加、入団を義務化している過酷な人権侵害も無視できない。16〜17歳で義務教育が終了した子どもたちに同旅団への参加を強制し、主に公共インフラ建設プロジェクトへの無給の長時間労働を強要、拘束期間は最長で10年に及ぶ。特に「出身成分」が低く、貧しい家庭の子どもたちを狙い撃ちにして、がんじがらめに縛っている。
出身成分とは、主に労働党への忠誠心を基準に国民を差別化する身分制度で、ICNKのクォン・ウンギォン事務局長は「同旅団への入団を余儀なくされた子どもたちは劣悪な状況下で暮らしており、退団の自由もない。このような奴隷制度は直ちに廃止する一方、責任者はその罪を問われて然るべきである」と厳しく指摘している。なお、国連の下部組織であるWFP(世界食糧計画)によると、北朝鮮の子どもたちのうち、「42%が慢性的な栄養失調である」との分析もある。
ウラン廃水が頭上にドロリ
核施設の作業現場は命がけ
そして3つ目に触れたいのが、核汚染による国民の健康被害である。ここに来て核・ミサイル開発や威嚇射撃を加速する北朝鮮だが、国内の核施設がどのような安全基準で稼働しているかについての情報収集は、隠蔽の厚い壁に阻まれて困難を極めている。そんななか、かつてウラン濃縮工場で勤務した後、韓国に亡命した脱北者の金大虎さんは、自身の体験を基に最高レベルの警鐘を鳴らす。
そもそも、北朝鮮が国際原子力機関(IAEA)に加盟したのは1974年。それから20年後の94年にはIAEAを脱退し、監視・査察を拒否して、核開発疑惑で国際社会から孤立した。これが「過ち」の始まりだった。
その後、2006年10月には初の地下核実験を強行。北朝鮮の核疑惑をめぐる米中ロ日韓国と北朝鮮による六カ国協議の合意に基づき、IAEAの監視要員が07年7月から寧辺に滞在し、核施設を監視することになった。寧辺とは、首都・平壌の北約60キロメートルの地域に広がる北朝鮮の核開発の心臓部である。しかし、09年4月には対北制裁を強める国際社会に反発して、IAEAの監視要員を寧辺から追い出してしまった。
このとき、取り付けられていた核施設の封印を勝手に解除し、IAEAのモニターカメラの向きも変えてしまった。そしてIAEAの監視・査察を拒否したまま、自前の安全基準(があったかどうかも不明)で核の開発・実験を今日まで拡大している。
金さんによると、核施設の作業現場の多くは、被ばく放射線量の規制がなく、計測もないまま、放射能まみれの可能性が高いという。情報の真偽を見極めるのは難しいが、これまで北の関係者によって世に出た話によると、核施設の労働環境はまさに「劣悪」そのものだ。
作業員たちは身を守るための防護服も着用させてもらえず、無理な納期と無謀な指揮命令に追いまくられ、ひたすら昼夜を問わず命懸けで働き続けなければ、上からの厳しいノルマを果たすことができない過酷な労働環境にあるという。
始めから人の命など考慮されない現場のせいか、作業員の多くは政治犯収容所の政治犯が動員され、強制労働で動けなくなるまで使い捨てにされる。同収容所の看守たちは「政治犯を人間と思うな。消耗品である。交代要員は無尽蔵で、死んだら核のゴミ捨て場へ運べ」という指示・教育を受けている。
核実験場で有名な北東部の豊渓里(ぶんげり)地域には、政治犯収容所(正式には「16号管理所」と呼ぶ)があるように、なぜか核施設と政治犯収容所が比較的近距離に立地している事例が多い。前述の金大虎さんは、政治犯の集団がトラックに乗せられて、核施設へ運ばれていく車列を見たことがあるとも証言している。
ウラン工場で働いていた金さんも、こうした悲惨な状況を裏付けるようなエピソードを、著書『私が見た北朝鮮 核工場の真実』(2003年、徳間書房)の中で紹介している。内容を要約するとこうだ。
「未鉱場(ウラン廃水を貯蔵するプール)から大寧江へ流れ出る下水管が詰まったとき、詰まりを解消するために排水溝へ作業員が直接入らされていた。排水溝の中では、頭上に怒涛のごとく流れていたどろりとしたウランが、作業員の全身に覆いかぶさり、身動きが取れなくなった」
核施設の管理がこれだけ
杜撰だと周辺国にも影響が?
核施設の管理がこれほど杜撰だとしたら、北朝鮮の国民ばかりでなく、周辺国にとっても一大事である。ところが現実には、北朝鮮の核実験はすべて山岳地帯の地下実験であるため、核実験そのものによる放射能汚染は「ないに等しい」とされている。日本をはじめ、韓国や中国など周辺地域への悪影響を心配する声が拡大するなか、今年9月3日の核実験でも、日本の防衛省・自衛隊による放射能汚染の核種分析調査結果は、日本海上空2〜5キロの北部、中部、西部の3ポイントでいずれも「汚染は特になし。人工放射性核種も検出されず」というものだった。
しかし、中国及び韓国のメディアによると、核実験場のある豊渓里付近の山岳地帯では度重なる核実験の影響で、地盤が緩み出し、傾斜地の相次ぐ崩壊で地下道が露出、大規模な放射能漏れによる汚染の拡散が噂されているという。近隣住民の間では、体調不良の訴えをはじめ、奇形児出産への危惧など、悪影響を懸念する声は後を絶たない。
なお、米国の北朝鮮専門メディア「38ノート」など複数の北朝鮮消息筋は、9月10日頃、北朝鮮北東部の豊渓里の核実験場で、地下坑道を造成する工事中に大規模な落盤事故が発生、作業員約100人が巻き込まれ、さらに救助中にも崩落が相次ぎ、計200人あまりが死亡した可能性があると報じた。計6回にわたる核実験で地盤が緩んでいるところへ、新たな地下坑道の造成工事が影響したようで、放射性物質の空中拡散や地下水への流出が懸念されている。
この大規模崩落事故により、北朝鮮の核開発はしばらくの間、小休止せざるを得なくなる事態を迎えていると見られる。1つには、豊渓里の核実験場の周辺地域一帯が放射能に被ばくしてしばらくは使えないこと。2つには、地下実験施設を別の地域で新たに造営するには数年を要すること。3つには、犠牲者の中には核実験に必要不可欠な科学者や技術者など高度な専門家も含まれていたようであること。それらが事実とすれば、北朝鮮の核ミサイル開発計画に重大な影響を及ぼすことは必至である。遂に懸念されていた事態が表面化しつつあるのかもしれない。
むしろ人道的な積極介入を
日本がとるべき対北外交とは
これまで紹介したエピソードから、北朝鮮でいかに深刻な人権侵害が日常化しているかがおわかりだろう。国連では、北朝鮮の人権に関する状況を「救済、改善するには国際社会が一丸となって取り組まなければならない」とする勧告を受けて以来、安全保障理事会が3年連続でこれを公式の議題として採択し、協議の加速を人権理事会に求めている。人権状況の改善に向けた北朝鮮への圧力を高めながら、金正恩を含む指導者たちの責任追及を国際社会に改めて促していく狙いである。
こうしたなか、日本の対北朝鮮外交はいま岐路に立たされている。拉致被害者問題の当事者である日本の中には、北との対話路線を重視する人が少なからずいる一方で、政府与党は対北強硬路線に傾きつつある。同盟国である米国との共同歩調を軽視してよいわけではない。しかしトランプ大統領の軍事的挑発に加担するよりも、日本は東アジアの隣人として、積極的な人道的介入の役割を率先して果たす外交政策を選択すべきではないだろうか。
(ジャーナリスト 嶋矢志郎)
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