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パキスタンは混乱に陥るのか
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10431
2017年9月1日 岡崎研究所 WEDGE Infinity
パキスタンの著名なジャーナリストであるアーメッド・ラシッドが、7月30日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、最高裁判所によるシャリフ首相の追放に続き、今後、司法によって主要な政治家が一掃されることによって、パキスタンの政治は混乱に陥りかねないと述べています。論旨は以下の通りです。
ナワズ・シャリフは3度首相に選ばれたが、将来は如何なる政治ポストも不適格とされるに至った。最高裁判所がシャリフの腐敗を決定したことによってパキスタンは政治的混乱に陥る恐れがある。更に、軍が外交安全保障政策を掌握する立場にある。来年の総選挙までの暫定的な政府は弱体であるに違いなく、軍に対する邪魔立ては殆ど存在しないことになる。
最高裁判所の決定により、シャリフは議会の議席を失い、腐敗容疑の更なる刑事裁判に直面する。事の発端はパナマ・ペーパーがシャリフ一族やその他のパキスタンの政治家が海外に保有する会社や資産を暴露したことにあった。
腐敗容疑で刑事告訴されているのは、他に、シャリフの二人の息子、および娘とその配偶者である。彼の弟のシャバズ・シャリフ(現在、パンジャブ州首席大臣)に対する裁判も進行中である。最高裁判所はシャリフの親戚に当たる財務相も不適格とした。
広範な混乱が待ち受けていよう。イムラン・カーン(元クリケット選手、「パキスタン正義運動」を率いる)、アシフ・アリ・ザルダリ(ベナジール・ブットー元首相の夫、「パキスタン人民党」総裁)を始め、多くの主要な政治家が腐敗や資金洗浄の廉で告訴されている。今後6ヶ月、裁判所は全ての主要な政治家が選挙に出られないようにするかも知れない。新人を迎え入れることは良いアイディアであるが、そのことがもたらす不確実性は経済の落ち込みや政治の動揺を招き得る。
裕福な政治家が腐敗追及の圧力を遂に感じるようになったことに多くの中間層の有権者は喜んでいる。他方、腐敗が日常茶飯事の田舎の貧しい大多数の人々には殆ど何のインパクトもない。従って、シャリフに抗議する街頭行動も支持のための集会もないであろう。しかし、中間層の一部にはシャリフには任期を全うさせるか、あるいは選挙を前倒しすべきだったという強い気持ちが見られる。彼等は軍の政治へのあからさまな介入を怖れてもいる。
パキスタンは、1947年の建国以来、政治的安定を経験したことがない。今や、司法は「アウゲイアス王の牛小屋」の清掃に手一杯の様子である。その仕事が裁判官に委ねられ、軍が自己の目的のために状況を利用しようとしないのであれば、長期的にはパキスタンにとって良いことかも知れない。
出典:Ahmed Rashid ‘Pakistan can survive the chaos of Nawaz Sharif’s ousting’
(Financial Times, July 30, 2017)
https://www.ft.com/content/6f2fc8f4-73a1-11e7-93ff-99f383b09ff9
パキスタンでは未だ首相がその任期を全うしたことがありません。パキスタンの元駐米大使ハッカニーにいわせれば、「かつて首相が選挙民によって更迭されたことはない、更迭されたのは裁判官、将軍、官僚あるいは暗殺者によってのみである」となります。今回は裁判官によって追放されることとなりました。
シャリフ一族は、パナマ・ペーパーが暴露したシャリフの子供達が保有する4軒のフラットは合法的な資産であることを主張し、その証拠として2006年に作成されたとする文書を提出しましたが、その文書が当時はなかった筈のコンピューター・フォントで作成されていたことが判明し、偽造文書と認定されるということがありました。この問題に焦点が当たったため、シャリフは腐敗の廉で不適格とされたと思われていますが、実際は、UAE所在の企業から得たとされる月額3000ドルの給与を報告しなかった、即ち、シャリフは「正直」と「信頼性」という憲法が要求する資質(パキスタンの政治家には高いハードルかも知れない)を欠いたという技術的理由で不適格とされたものです。腐敗の如何は今後の問題らしいです。
シャリフを追放した司法の役割については、腐敗と専横がはびこる状況の中で責任を問うたものだとして一定の評価をする見方もありますが、この司法の役割には懐疑的な見方の方が強いように思われます。「法の支配」の衣をまとってはいますが、民主主義にとっての打撃には違いありません。司法の役割をいうには権力闘争の匂いが強いです。イムラン・カーンはシャリフ追い落としの急先鋒で裁判所にも働きかけて来ました。彼は次の標的はザルダリだと宣言しています。
後ろに軍の影もちらつきます。最高裁判所は問題の調査のために6名からなる調査チームを組織しましたが、うち2名は軍の情報機関が指名した陸軍士官だったといいます。最高裁判所が軍の暗黙の了解を得ることなく首相を追放する決定を出し得るとは思えないという憶測もあります。元来、シャリフは対インド政策、対アフガン政策などとの関係で軍とは折合いが悪かったといわれます。
この論説も司法の役割には懐疑的であるように読めます。司法によって「アウゲイアス王の牛小屋」の清掃のように、主要な政治家が一掃され、来年の選挙には姿を消すかも知れないと述べています。そういうわけで、パキスタンは広範な混乱に陥ると見ているようです。
論説の最後の文章は、混乱に遭遇するかも知れないが、政治家の腐敗の問題の処理が司法の手に委ねられている限りは、長期的には良いこともあるかも知れないといいつつ、同時に、混乱に乗ずる軍の動向に強い懸念を表明したものでしょう。この論説の表題には「パキスタンは混乱を何とか凌ぐ」とあります。混乱が待ち受けているが、パキスタンは不安定と混乱には慣れており、何とか克服するだろうといいたいのかも知れません。
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