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激震!イギリス総選挙〜メイ首相が陥った“カジノ民主主義”の罠 EU離脱交渉は混迷に逆戻り…
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51983
2017.06.11 笠原 敏彦ジャーナリスト 長崎県立大学教授・元毎日新聞欧州総局長 現代ビジネス
メイ首相の"オウンゴール"
「政治の世界では1週間は長い時間である」(ハロルド・ウィルソン英首相)
イギリスのテリーザ・メイ首相は今、悔やみきれない思いでこの政治的教訓を噛みしめていることだろう。
選挙キャンペーン開始時に地滑り的勝利が予想されながらも、8日に投開票された総選挙の結果は、保守党が過半数にも届かないという劇的な展開だった。
欧州連合(EU)との離脱交渉開始が迫る中、イギリスの政治そのものが「一寸先は闇」となってしまったのだから、事態は五里霧中というしかない。
再び「イギリス・ショック」である。そして、イギリス発の「サプライズ」はまだ続きそうな雲行きになってしまった。
総選挙を振り返り、イギリスの政治、EU離脱交渉の行方を探ってみたい。
* * *
選挙を一言で総括するなら、メイ首相の“オウンゴール”だった。
EUからの強硬離脱(ハード・ブレグジット)を掲げるメイ首相がギャンブルに打って出て、自らの「驕り」と「失策」により、有権者から手痛いしっぺ返しを受けたということである。
メイ首相への抗議デモ、6月9日ロンドン〔PHOTO〕gettyimages
まずは総選挙の経緯を簡単に押さえたい。
メイ首相は4月18日、それまでの姿勢を一転させ、突然、解散総選挙の実施を表明した。
首相は前倒し総選挙の理由として、「議会の分断」を挙げ、「離脱を成功に導ける強い政権を作るためにやむを得ず決断した」と説明した。
この頃、メイ首相は有頂天だったはずだ。世論調査では最大野党・労働党に20ポイント以上の大差をつけていた。その支持を背景に、欧州問題をめぐり分裂しがちな保守党は一応の結束を保っていた。
しかし、その選挙の結末は▽保守党318(前回2015年選挙比−13)▽労働党262(同+30)▽自由民主党12(+4)▽スコットランド民族党35(同−21)、という思いもしない結果だった。
どの政党も過半数(326)に届かないハング・パーラメント(宙ぶらりん議会)である。
この結果を受け、野党各党だけでなく保守党内からも首相(党首)辞任を求める声が出る中、メイ首相は北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP、獲得議席10)の協力を得て、政権継続を目指しているというのが、この原稿を書いている10日時点の現状だ。
それでは保守党の敗因は何だったのか。
「鉄の女」になれなかった…
選挙結果をめぐっては、労働党のジェレミー・コービン党首がその理想主義的な姿勢で若者票を掘り起こしたことや、メイ首相がテレビ討論に参加しなかったこと、期間中に起きたイスラム過激派による2度のテロ事件の影響、など多くの要因が指摘されている。
その中で、筆者には、「メイ首相は『鉄の女』サッチャーにはなれなかった」ことが保守党敗因の大きな要因のように思えてならない。
メイ首相はマニフェスト(政権公約)で、高齢者の在宅介護での自己負担増の方針を打ち出した。しかし、メディアから「認知症税」と批判され、有権者から強い反発が出ると、たちまち軌道修正してしまったのだ。
メイ首相は、イギリスに離脱交渉で最善の結果をもたらすには「強く、安定したリーダーシップ」が必要だということを、マントラのように訴えていた。コービン労働党党首が「首相としての資質」に疑問を呈される中、「どちらを首相に選ぶのか」という呼び掛けに選挙戦略の焦点を絞った形だ。
それなのに社会保障でいとも簡単に方向転換したことは、多くの有権者にメイ首相の「強さ」への疑念を抱かせたはずだ。
メイ首相は、サッチャーばりのタフさをアピールしようとしてきた。そのサッチャーには「鉄の女」としての有名なエピソードがある。
首相就任2年目。大胆な歳出削減策などで支持率が20%台前半まで落ち込む中、保守党大会では経済政策の転換を求める逆風が吹き荒れた。
マーガレット・サッチャー(1925-2013)。英国初の女性首相(在任1979-1990)〔PHOTO〕gettyimages
その際、並み居る男性党員を前に放ったのが次の言葉だ。
「あなたたちが望むなら、どうぞ、引き返しなさい。女は引き返しません」
これに対し、メイ首相の方向転換は、高齢者が選挙で強い影響力を持つ「シルバー民主主義」の前に屈服する首相の「弱さ」を印象付けるものだった。
メイ首相が正当な理由もなくTV党首討論の参加を拒否したことも、「臆病な指導者」「驕った指導者」像を増幅したことだろう。
何のための解散総選挙だったのか
今選挙で特筆すべきは、「ブレグジット総選挙」と位置づけながらも、EU離脱問題でほとんど論議がなかったことだ。
理由は2つある。
まずは、政党側の問題として、2大政党の一角、労働党も離脱という国民投票の結果を受け入れており、選挙戦で争点化することを避けたことである。
労働党は「穏健離脱(ソフト・ブレグジット)」を掲げるが、マニフェストで明記しているのは「単一市場と関税同盟の利益を保持する」ことだけである。「単一市場に残留する」とは言い切っていない。
これでは、移民規制を優先して単一市場からの離脱も辞さない「強硬離脱」を掲げるメイ保守党との違いが分かりづらい。保守党も離脱後にEUと自由貿易協定を結ぶことを目指しているからだ。
労働党は、移民問題についても「人の移動の自由」の原則を守ろうとしているわけではなく、「公正な移民ルールを導入する」とあいまいである。
労働党が離脱方針を鮮明にできないのは、新たな支持層となった親EUの若者層と、従来からの支持基盤でありEU離脱を志向する労働者層の双方からの支持を必要としているからだ。
2点目は、有権者側にも国民投票の結果を尊重する傾向があることだ。
調査会社「ユーガブ」の調査結果によると、今もEU残留を求めているのは2割強に過ぎない。離脱支持は45%。ほかに、国民投票では残留に投票したが「政府には離脱する義務がある」と考える層が23%に上るという。
選挙結果を見ても、主要政党で唯一EU残留を掲げ、2度目の国民投票実施を公約に掲げた自由民主党の得票率は前回選挙の7.9%から逆に7.3%に減少している。
保守党は議席数を減らしたとは言え、得票率は前回の36.9%から42.4%へ伸ばしている。
以上の点をまとめれば、こういうことだろう。
解散総選挙の目的は、EU離脱交渉を保守党と労働党のどちらに委ねるかを問うことだった。しかし、どちらの政党も「EU離脱後のイギリス」のあるべき姿を示すことができず、選挙の目的がぼやけてしまった。
その結果、保守党政権下で続く緊縮財政への不満、若者の関心が強い格差問題、テロ対策などに焦点が当たり、何のためにわざわざ解散総選挙に踏み切ったのか、意味不明の選挙になってしまった。
政治的ギャンブルで民意に右往左往
これでは、民主主義の濫用でしかないのではないか。
その責任の一端が「ブレグジット総選挙」を掲げながら、TV討論を避けるなど、意図的に争点ぼかしをしたメイ首相にあることは間違いない。
振り返れば、スコットランド独立の是非を問う住民投票(2014年)、昨年のEU国民投票、今回の“抜き打ち解散総選挙”と、必ずしも必要ではない投票がイギリスでは続いている。
そこにあるのは、政治的ギャンブルで民意に右往左往するイギリスの姿である。
今総選挙は、メイ首相がEUとの交渉に入ることがほぼ既定路線となっている中で突然実施され、混迷へ逆戻りする結果をもたらした。
メイ首相は議会での圧倒的な多数獲得という誘惑にかられたのだろう。その実情を“カジノ民主主義”と呼べば、言い過ぎだろうか。
国家の一大岐路なのに…
かくして、イギリスは国家の一大岐路において、強いリーダーシップが存在しないという危機的な状況に陥ってしまった。
保守党内では再び欧州問題をめぐる対立が息を吹き返しそうな気配である。
EU離脱交渉の期限は2019年3月であり、後21ヵ月しかない。この間に、保守党の党首選や、やり直し総選挙が実施されれば、一層の混迷は避けられない。
一方の労働党は「勝利」をアピールしているが、鉄道システムの国有化などを掲げる急進左派のコービン党首が率いる労働党は、党内が分裂状態。昨年夏には、中道左派の労働党議員170人超から不信任の動議を突き付けられてもいる。
労働党のコービン党首〔PHOTO〕gettyimages
コービン氏は過去、労働党政権の法案に500回以上反対票を投じたという党内のアウトサイダー。大学の学費無料化などを打ち出すなど、企業と富裕層への増税で教育、社会福祉などに「大盤振る舞い」する政策を基本とする。
労働党の現執行部は、ブレア首相時代に中道路線に転身した「ニュー・レーバー」から「オールド・レーバー」へ先祖返りしたようなもので、総選挙が再度実施されても、過半数を取る可能性はまずないだろう。
コービン氏が党首である限り、労働党は「弱すぎて政権は取れないが、強すぎて死滅することもできない」という状態が続くとの見方が一般的である。
総選挙で敗北してコービン党首を追い落とすというシナリオを描いていたニュー・レーバー系議員にとって、議席を伸ばした今回の結果は全く有り難くない結果なのである。
* * *
こうしたイギリス国内の政治状況を考えると、EU離脱交渉の先行きは全く見通せない。
ただ、メイ首相が主張してきた「離脱は離脱だ」「悪い合意なら、ない方が良い」というような強硬姿勢を貫くことは困難になっただろう。
今回の選挙結果が、コンセンサスを重視し、より穏健なソフト・ブレグジットをもたらすことになるなら、それは意外と、イギリスとEUの双方にとって「最大多数の最小不満」となるのかもしれない。
しかし、事態はまだ二転三転しそうである。
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