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トランプループの罠にはまった習近平
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9505
2017年4月28日 海野素央 (明治大学教授、心理学博士) WEDGE Infinity
今回のテーマは「トランプループの罠にはまった習主席」です。ドナルド・トランプ大統領は交渉相手に対してトランプループを巧みに利用して主導権を握ります。トランプループには主として3つのパターンが存在します。本稿では、どのようにしてトランプ大統領が習近平中国国家主席をトランプループの罠にはめたのかを中心に述べます。
■強いリーダー像を意識するトランプ
4月29日にトランプ政権は発足100日を迎えます。ワシントン・ポスト紙及び米ABCニュースの共同世論調査(4月17−20日実施)によりますと、トランプ大統領の支持率は42%で不支持の53%を11ポイントも下回っています。しかも58%が同大統領を正直ではなく信頼できない、52%が危機的状況で信頼できないと回答しています。
上の共同世論調査が発表されますと、トランプ大統領は即座に調査結果がフェイク(偽)であるとツイッターに投稿しました。ところが、同調査の対象となった有権者の53%が同大統領を「強いリーダーである」と認識している点に関しては評価しているのです。同大統領は強いリーダーの自己イメージにかなり固執していることが読み取れます。
4月初旬南部フロリダ州にあるトランプ大統領の別荘「マール・ア・ラーゴ」で米中首脳会談が行われました。その際、北朝鮮の核・ミサイル開発に関して同大統領は習主席に北朝鮮に対して一層の圧力をかけるように話をもちかけ同主席を動かしているという演出を行いました。首脳会談後の電話会談でも、強いリーダーのイメージを作っています。北朝鮮に対して圧力強化を行うように同主席にプレッシャーをかけて、自分が指示命令を出しているという演出をしているのです。一方大国のリーダーである習主席の立場からすれば、トランプ大統領の指示命令の下で北朝鮮に圧力をかけていると見られたくないのは当然です。
■トランプループの3種
トランプ大統領はこれまで「アジェンダ設定型」「無理難題型」「意表型」の3種のトランプループを活用しています。まず、アジェンダ設定型トランプループからみていきましょう(図表1)。共和党候補指名争いの最中、トランプ候補(当時)はジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事などのライバル候補よりも先にアジェンダ設定を行っていました。その代表が国境の壁建設及びイスラム教徒の入国一時禁止です。
メディアはトランプ候補が設定したアジェンダに関して、ライバル候補に意見を求めます。彼らはトランプ候補の非現実的な提案に対してコメントを避けたいのですが、せざるを得ない状況に追い込まれていくのです。そこでコメントをしてしまうと、直ちにトランプ候補はツイッター及び集会を利用して反論したのです。その反論に関して、メディアは再度ライバル候補にコメントを求めます。彼らがコメントをするとトランプ候補は反撃に出て、ループに落とし込んでいったのです。結局、主要16人の共和党候補は消えて行きました。
次に、無理難題型トランプループです(図表2)。外交・安全保障に関してもトランプ大統領はトランプループを仕掛けてきます。同大統領は国境の壁を建設しその費用をメキシコに支払わせると公約して、無理難題を押し付けたのです。トランプ大統領はペニャニエト大統領をイライラさせると、突然電話会談を行い、今度は安心させます。ところが、その後で米政府が費用を建て替えてメキシコ政府に支払わせるという提案をしました。同大統領の立場は変わっておらず、メキシコは翻弄され外交の主導権を握られてしまったのです。
■習主席にかけたトランプループの罠
米中首脳会談ではトランプ大統領は、意表型トランプループを活用しました(図表3)。首脳会談開催前に、同大統領は習主席に対して意表を突いた言動に出ます。それが「一つの中国」の原則に固執しない姿勢及び蔡英文台湾総統と行った電話会談です。一旦、習主席を牽制しイライラさせるのですが、その後電話会談で一つの中国の原則を尊重すると伝えて安心させます。同主席は次にトランプループの「翻弄」の段階が待っているとは夢にも思わなかったでしょう。
トランプ大統領のホームグランドであるマール・ア・ラーゴでの夕食会におけるデザート中に、同大統領は再び意表を突いた言動をとります。同大統領は、米FOXビジネスとのインタビューで、「これまで目にした中で一番素晴らしいチョコレートケーキを食べた時、59発の(巡航)ミサイルをシリアに向けて発射したことを習主席に告げた」と動作を交えながら自慢げに語っています。「習主席に10秒間の沈黙があった。彼は通訳にもう一度言ってくれと聞き直した」とも述べています。
習主席は自分の耳を疑ったのかもしれません。この時、トランプ大統領は同主席に対して外交の主導権を握ることに成功したのです。相手の不意を突き翻弄させる同大統領の戦術は見事に的中しました。
■キム委員長にトランプループを仕掛けるのか?
シリアミサイル攻撃及び原子力空母「カール・ビンソン」を中心とする空母打撃群の朝鮮半島近海派遣についての発言は、北朝鮮にとって明らかに意表を突いた言動です。その上、トランプ大統領は北朝鮮攻撃に関するレッドライン(超えてはならない一線)を明言していません。というのは、自分自身を相手に対して予測不可能にすれば、自分の立場が強まり交渉を有利に進めることができると信じているからです。
オバマ前大統領がアフガン駐留米軍撤退の期限を設定し発表した時、トランプ大統領はタリバンに情報を与えてしまったと痛烈に非難しました。オバマ前大統領は予測可能にしてしまったと言いたかったのです。今回の北朝鮮問題を巡って、同大統領は攻撃のデッドライン(期限)を設けることはしないでしょう。北朝鮮は対話重視のオバマ前大統領とは異なる予測不可能なトランプ大統領の言動を探っています。
昨年の選挙期間中ロイター通信とのインタビューの中で、トランプ大統領はキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長との会談に関して「私は彼(キム氏)と話をしたい。何の問題もない」と述べました。仮に同大統領が習主席は「役に立たない」と判断し斬り捨てた場合、単独で軍事行動をとるないしキム委員長に会談をもちかけ一旦安心させるという選択肢もテーブルの上にあるといえます。同大統領が後者を選んだ場合、トランプループを同委員長に本格的に仕掛けることになりますが、現時点ではループの「意表」及び「イライラ」の段階で止まっています。
■安倍首相とトランプループ
選挙期間中トランプ大統領は、日本に対して在日米軍の駐留経費全額負担及び貿易不均衡の是正といった無理難題を押し付けました。同大統領がヒラリー・クリントン元国務長官に対して勝利を収めますと、不安感と焦燥感に駆られた安倍晋三首相は2016年11月ニューヨークに飛びトランプタワーで会談をします。翌年2月同大統領は安倍首相をマール・ア・ラーゴに招き、ゴルフを通じて信頼関係を構築し同首相を安心させます。
目下、安倍政権とトランプ政権は北朝鮮問題を最優先課題にして協力関係にありますが、2国間の貿易交渉を強く要求するトランプ大統領が、今後安倍首相を翻弄するような場面がないとは言い切れません。
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