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2017年4月12日 北野幸伯 :国際関係アナリスト
米国のシリア攻撃、一番得をするのは中国だ
米軍は4月7日、シリアのシャイラト空軍基地をミサイル攻撃した。理由は、アサド軍が4日、イドリブ県ハンシャイフンを空爆した際、化学兵器を使用したとされること。唐突に感じる米軍のミサイル攻撃だが、これで世界はどう変わるのだろうか?(国際関係アナリスト・北野幸伯)
過去6年にわたって
内戦が続いてきたシリア
少し詳細に、何が起こったのかを見てみよう。シリアでは、2011年から内戦が続いている。「アサド派」と「反アサド派」の戦いだ。ロシアとイランはアサドを支援し、米国、欧州、サウジアラビア、トルコなどは、反アサド派を支援している。
習近平との首脳会談の日に、シリア軍基地にトマホークを打ち込んだトランプ。その狙いはどこにあるのか、そして、今回の事件は米ロ関係、米中関係にどう影響するのだろうか? Photo:Reuters/AFLO
13年8月、オバマは、「アサド軍が化学兵器を使った」ことを理由に、シリア攻撃を実行しようとした。しかし、翌9月、戦争をドタキャンして世界を仰天させた。
その後、反アサド派から分かれた「イスラム国」(IS)が勢力を拡大。14年8月、米国と有志連合はISへの空爆を開始した。さらに15年9月、有志連合とは別に、ロシアがIS空爆をはじめた。
つまり現在、シリアには、ロシア、イランが支援するアサド派、欧米、サウジ、トルコなどが支援する反アサド派、そしてIS、大きく分けて3つの勢力が存在している。
米国とロシアは、シリア問題での協力関係を深め、16年2月には、「停戦合意」がなされた。しかし、この合意は破棄され、現在は、ロシア、イラン、トルコがアサド派、反アサド派の仲介をしながら、停戦に向けた努力が続けられている(米国は、事実上このプロセスに関わっていない)。
アサド軍は4月4日、シリア北西部イドリブ県の反体制派支配地域を空爆。86人が死亡した。この時、化学兵器サリンが使われた疑惑が浮上している。
トランプ大統領は、「文明世界は、この事件を看過できない」とアサドを批判。英国のジョンソン外相は、「わたしが目にした全ての証拠は、アサド政権が自国民に対し違法な兵器を使用したことを示唆している」と語り、アサドの仕業と断定した。国連のグテレス事務総長は、「シリアで戦争犯罪が続いている」と化学兵器使用を非難。フランシスコ・ローマ法王は、「受け入れられない虐殺だ」と嘆いた。
鵜呑みにするのは危険
米国もウソをつくことはある
非常に苦しい立場に立たされたアサドだが、彼自身は化学兵器の使用を否定している。では、アサドを支持するロシアの主張は、どうだろうか?時事通信4月5日付を見てみよう。
<ロシア国防省はシリア軍が「テロリストの倉庫」を標的に空爆を実施し、倉庫に毒性物質が含まれていたと主張している。報道官は国連安保理の緊急会合で「われわれの国防省の資料を示す」と語った。>
つまり、アサド軍が空爆をしたのは事実だが、化学兵器は使っていない。反アサド派の倉庫に化学兵器があり、それが漏れたのだと。
このような2つの矛盾する情報に接すると、日本人はほとんど無条件に、「米国は本当のことを語っている」「プーチンとアサドは、ウソをついている」と信じがちだ。
しかし、実をいうと、米国もウソをつくことはある。
例をあげてみよう。米国は03年、フセインが「アルカイダを支援している」「大量破壊兵器を保有している」ことを根拠に、イラク戦争を開始した。しかし、この2つの理由が「大ウソ」だったことは、米国自身が認めている。読売新聞06年9月9日付には、以下のようにある(太線筆者、以下同じ)。
<米上院報告書、イラク開戦前の機密情報を全面否定
[ワシントン=貞広貴志]米上院情報特別委員会は八日、イラク戦争の開戦前に米政府が持っていたフセイン政権の大量破壊兵器計画や、国際テロ組織アル・カーイダとの関係についての情報を検証した報告書を発表した。>
<報告書は『フセイン政権が(アル・カーイダ指導者)ウサマ・ビンラーディンと関係を築こうとした証拠はない』と断定、大量破壊兵器計画についても、少なくとも一九九六年以降、存在しなかったと結論付けた。>
もう1つ例を。既述のように、オバマは13年8月、アサド軍が「化学兵器を使った」ことを理由に、「シリアを攻撃する」と宣言した。今回と同じパターンだ。ところが、国連調査委員会は、「化学兵器を使ったのは、アサド軍ではなく、反アサド軍」と報告していた。
<シリア反体制派がサリン使用か、国連調査官
AFP=時事5月5日(月)配信
[AFP=時事]シリア問題に関する国連(UN)調査委員会のカーラ・デルポンテ調査官は5日夜、シリアの反体制派が致死性の神経ガス「サリン」を使った可能性があると述べた。
スイスのラジオ番組のインタビューでデルポンテ氏は、「われわれが収集した証言によると、反体制派が化学兵器を、サリンガスを使用した」とし、「新たな目撃証言を通じて調査をさらに掘り下げ、検証し、確証をえる必要があるが、これまでに確立されたところによれば、サリンガスを使っているのは反体制派だ」と述べた。>
国際機関の調査を待たずに
トランプは空爆に踏み切った
もちろんこの報告書は、「アサド軍が化学兵器を使っていない証拠」にはならない。しかし、アサド派も反アサド派も化学兵器を使っているとすれば、米国は、なぜアサド派を責め、(同じく化学兵器を使う)反アサド派の支援を続けるのか?米国の論理は、非常に矛盾している。
筆者も、「米国は常にウソをつく」とか「アサドやロシアは正直だ」と主張するつもりは、全くない。ただ、米国は、過去にイラクやシリアの件で、はっきりとウソをついたのだから、「即座に米国の主張を妄信するのは危険」と言いたいのだ。
では、どうすればいいのか?常識的に考えれば、化学兵器禁止機関(OPCW)の調査結果を待つべきだろう。実際、OPCWは、すでに調査を開始している。
<シリア化学兵器疑惑、調査を開始 OPCW
朝日新聞デジタル 4/7(金) 18:03配信
シリアの反体制派が拠点とする北西部イドリブ県で化学兵器が使用されたとされる問題で、オランダ・ハーグの化学兵器禁止機関(OPCW)は6日、調査に着手したと発表した。すでに情報の収集や分析を開始。シリア当局とも連絡をとり、情報提供を求めているという。>
しかしトランプは、調査結果を待たず攻撃することを選択した。トランプは4月7日、シリア攻撃に関する演説を行った。曰く、
<火曜日(4日)、シリアのアサド大統領は恐ろしい神経ガスを使って、罪のない市民に恐ろしい化学兵器を発射した。>
<シリアが禁止された化学兵器を使用し、化学兵器禁止条約に違反し、国連安全保障理事会の説得を無視したことは疑いの余地がない。>
トランプはOPCWの調査結果を待たず、アサドの仕業と断定した。
<かわいい赤ん坊までもが、この非常に野蛮な攻撃によって無情にも殺害された。どんな神の子も、このような恐怖に苦しんではならない。>
キリスト教徒が大部分の米国民は、この部分を聞いて同意したことだろう。そしてトランプは、「シリア攻撃」を指令したことを明かした。
<今夜、化学兵器による攻撃をしたシリアの航空施設に標的を定めた軍事攻撃を命じた。>
<多くの困難を抱える世界の挑戦に直面する我々に、神の英知を求める。負傷者や、亡くなった人々の魂のために祈る。米国が正義と平和、調和の側に立つ限り、最終的に勝利を得ることを望んでいる。米国と世界全体に神のご加護を。>
米国が、正義と平和、調和の側に立つというのは、大いに疑問のあるところだが、大部分の米国民は、トランプを支持するだろう。
こうして、米軍によるシリア攻撃が実施された。巡行ミサイル「トマホーク」59発が、シャイラト空軍基地に向けて発射された。この基地は、アサド派が化学兵器を使った空爆を実施したとされる戦闘機の拠点である。
米軍のシリア攻撃で
世界はどう変わるか?
次に、米軍のシリア攻撃で何が変わるかを見てみよう。
1.シリア情勢は、あまり変わらない
「米国が決意したのだから、アサドは終わりだ」と考える人も多いだろう。 しかし現時点では、米国がアフガン、イラク戦争並みの兵力をシリアに投入してアサドを倒すという話にはなっていない。
シリア内戦は、始まってからすでに6年が経っている。そして、今後もダラダラと続いて行く可能性が高い。哀れなのは、犠牲者になるシリア国民だ。
2.トランプ人気は上がる
一方、トランプの人気は上がる可能性が高い。前述した、13年のオバマのシリア戦争ドタキャンは、「オバマ最大の失態」とされ、彼は「史上最弱の大統領」と呼ばれることになった。トランプは、オバマの失敗を繰り返さないために、シリア攻撃を即決したのだろう。
これまでトランプは、政権基盤が非常に脆弱だった。民主党は全部敵。共和党の「反ロシア派」も敵。ことあるごとに「フェイクニュース」と批判するので、マスコミも概して敵。特に、CNN、ABC、ニューヨーク・タイムズなどは、はっきりと反トランプである。
しかし、「シリア攻撃」でトランプは救われるかもしれない。「化学兵器を使った」という衝撃的な事件ゆえ、マスコミもトランプを強く批判できないだろう。
とはいえ、リスクもある。OPCWの調査で、「化学兵器を使ったのはアサド軍ではなかった」との結果が出れば、今度は逆に厳しい批判にさらされることになる。支持率は、一転急降下することになるだろう。
3.米ロ関係は悪化する
アサドを支援し続けるロシア。アサドを攻撃する米国。当然、米ロ関係は悪化する。
プーチンは7日、米軍のシリア攻撃について、「主権国家に対する侵略だ!」と強く非難した。大統領選挙戦中、トランプは「プーチン愛」を語り続けてきたが、就任後わずかな期間で米ロ関係はボロボロになってきている。
早くも米ロ関係はボロボロ
漁夫の利を得る中国
4.一番得をするのは、また中国
元「世界の警察官」米国は、世界3つの地域で問題を抱えている。
中東では、イラン、シリア問題。
欧州では、ウクライナ、ロシア問題。
アジアでは、中国、北朝鮮問題。
オバマは、シリア、ウクライナ問題に深入りし、中国を放置した。彼が、シリア、ウクライナで、ロシアと「代理戦争」を戦っている間、中国は着々と南シナ海を埋め立て、軍事拠点化していたのだ。
オバマは、15年3月のAIIB事件でようやく目覚め、中国へのバッシングを強めた。そして、彼はロシアと和解し、ウクライナ、イラン、シリア問題解決への道筋を作った。
「ロシア好き、中国嫌い」のトランプ大統領が誕生し、「ようやく米国が中国の暴走を止めてくれる」との期待が高まった。しかし、蓋を開けてみればトランプは、15年以前のオバマと同じ過ちを繰り返している。すなわち、シリア問題でロシアと激しく対立しているのだ。
米軍がシリア軍基地を攻撃したその日、トランプは習近平と会談している。「シリア攻撃」の命令を出し、夕食中にそのことを習近平に伝えた。習はトランプの説明に謝意を示し、攻撃に理解を示したという。
このタイミングでシリアを攻撃したのは偶然ではないだろう。
米国は、「間もなく米本土に届く大陸間弾道ミサイルを完成させる」と宣言している金正恩を放置するだけでなく、支援し続けている中国に憤っている。今回のシリア攻撃は、「もし中国が北を放置するなら、米国はシリア同様、北朝鮮攻撃を開始するぞ!さっさと金正恩をなんとかしろ!」というメッセージだったのではないだろうか。
それにしても、米国のシリア攻撃を「侵略だ!」と強く非難したプーチンと、「理解を示した」習の反応はずいぶん違う。(習の場合は、唐突に切り出され、アドリブで適切な反応ができなかっただけかもしれないが)
ロシアは米国の行動に「敵対的」であり、中国は米国に「融和的」である。シリア攻撃で米ロ関係は悪化するが、米中関係は、これまでと変わらない。
中国の「理想的な戦略」は、「2頭のトラの戦いを、山頂で眺めること」といわれる。つまり、「米国とロシアを戦わせ、中国が漁夫の利を得ること」。中国は、またもや理想的なポジションを確保しつつある。
http://diamond.jp/articles/-/124488
2017年4月12日 渡部 幹 :モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授
韓国と米国に共通する「衆愚政治」の危険に潜む心理
韓国とアメリカに共通する
「感情的正義」
朴前大統領の弾劾が行われた韓国では、次の大統領選に向けて候補者のつばぜり合いが行われている。
朴前大統領は就任以来、比較的高い支持率を堅持していた。就任直後から50%台後半から60%台前半を推移し、「空白の7時間」が問題となったセウォル号事件直後でも46%までしか落ちなかった。その後、中国との蜜月外交と再選挙、補欠選挙で与党が勝ったことから、支持率はまた50%台に持ち直した。
朴前大統領がどれだけの罪を実際に犯したのか、という冷静な報道がほとんどなされないままに弾劾を決めた韓国。正義を論理で判断するのではなく、感情で判断していることがうかがえる Photo:AP/AFLO
ところが、2016年10月に、大統領の友人である崔順実の国政介入問題、いわゆる「崔順実ゲート事件」が起こると支持率は一気に急落し、11月初頭には5%までに下落した。伝統的な左派地盤である全羅南道に限れば支持率は0%だった。
その後、大統領弾劾の機運が高まり、ソウルではいわゆる「ろうそくデモ」が起こり、あっという間に弾劾が決まった。その後も、大統領に対する世論の風当たりは止むことがなく、現在まで続いている。
弾劾が決まった時、また大統領が逮捕された時、韓国のテレビ局が流すニュースやネットでは、市民の「正義が実行された」「大統領といえども、過ちを犯すとこうなる」といったコメントであふれた。
しかし、大統領が実際にどれほどの罪を犯したかについて、客観的で冷静は報道をほとんど見かけない。本当に「正義」を求めるならば、そのような検証が必要だと思うのだが、少なくとも筆者の知る限り、本格的にそういった議論がなされるのを見たことはない。
一方で先日、アメリカがシリア爆撃を決定し、すぐさま実行に移した。アサド政権下にあるシリア政府が化学兵器を用いたというのが理由だ。その兵器は、サリンガスと推定される。1995年にオウム真理教が東京都内地下鉄テロ事件で用いた毒ガスなので、知っている読者の方々も多いだろう。
トランプ大統領は多くの子どもたちが化学兵器の犠牲になったことを「人道への侮辱」として、直ちに攻撃に踏み切った。米中首脳会談の最中だったにもかかわらずだ。
そして、大統領の決断は、アメリカ国内ではおおむね支持されているようだ。かのクリントン氏さえ支持しており、「これでトランプは真に米国大統領になった」という声も聞かれるくらいだ。
「正義か否か」の判定には
感情が大きく関わっている
しかし、多くのニュースで触れられていたように、化学兵器を使ったのは、本当にアサド政権なのか、ほとんど検証されていなかった。実際、アサド政権にとって化学兵器を用いるメリットはまったくと言っていいほどない。にもかかわらず、アメリカは問答無用でトマホーク59発を撃ち込んだ。アメリカ政府がアサド政権の化学兵器使用の証拠をつかんだと発表したのは、この爆撃後4日経ってからだった。
それでもアメリカ世論は好意的に見ているのだ。これは「正義」だと。
最近起こった、この2つの国での出来事は、「感情的正義」の力の大きさを端的に示している。
もともと、正義についての研究は、公共哲学を中心とする思弁的な学問分野で主に行われてきた。その歴史は、ギリシャ哲学にさかのぼるほど古いが、目的はシンプルである。それは「正義とは何か」を知ることだ。さまざまな正義の定義や基準が多くの学者によって研究されてきた。その果てには何か統一的で共通する「正義像」があるのではないか、という期待が、それらの研究分野の前提にある。
その1つの到達点と言われるのが、アメリカの政治哲学者、ジョン・ロールズの著した『正義論』だ。詳しいことは割愛するが、彼はこのなかで「無知のヴェール」、「正義の二原理」という重要な概念を提唱し、正義論の発展に大きな影響を及ぼした。
ロールズを含むそれら正義論の特徴は、理性、論理によって「何が正義か」を思考していくことにあった。しかし、近年はそれとは異なるアプローチが台頭している。
その授業の面白さで、日本でもブームとなったマイケル・サンデル(ハーバード大学教授)は、正義の判断には、感情が重要な役割を果たすとし、それをむしろ積極的に肯定している。
そして、近年の脳科学、心理学の研究でも、これを支持する結果が出ている。私たちが「○○は正義かどうか」を判断する際には、「島」や「扁桃体」といった主に感情を司る脳部位が、「側頭頂結合部」や「上側頭溝」などの論理や推論を司る部位と同じ、あるいはそれ以上に関与していることが明らかとなってきた。
これらの結果が示しているのは、「何が正義」かという主張は、方便さえ整えば、人々が「気持ちいい」「溜飲がさがる」という方向に簡単に流れる可能性があるということだ。
諸刃の剣と言える
「感情的正義」に気をつけろ
罪状がはっきり特定されないまま「悪者」に仕立て上げられた朴氏を攻撃することによる「勧善懲悪感」や、誰が使ったか検証されていない毒ガスの手当を受けるかわいそうな子どもたちの衝撃的映像は、理論的、論理的な正義判断を凌駕して、感情的な正義判断を助長する。
実は多くの革命は、こういった感情的な正義によって行われてきた可能性が高いと筆者は感じており、歴史の流れにおいて感情的正義の果たす役割は大きいと感じている。
だがその一方で、韓国やアメリカを見るに、筆者はこの状況は好ましくないと思っている。民主主義が浸透し、国民主権が当たり前となれば、為政者にとっては、感情を煽ることで正義をふりかざすのが最も手っ取り早い。しかし、感情は一時的なものだ。後になって間違いに気づくことも多い。しかし政治的決断の場合、それはもう手遅れになることが多いのだ。
最近の研究では、セロトニントランスポーターやオキシトシン受容体といった脳内物質が、これら感情と論理の正義判断傾向に影響を及ぼす可能性のあることが、わかってきている。つまり、脳の状態によって、我々は簡単に感情的正義に流されもするし、論理的に正義を考えることもできるということだ。
国際情勢が荒れている今こそ、冷静になることが必要だろう。「気持ちいい」「溜飲がさがる」という感情を全面的に否定するわけではないが、その前に必ず一度、冷静になって判断することが、我々一人ひとりに求められている。そうしないと民主主義は、衆愚政治へと堕ちてしまう。そして後になってそれに気づいても、もう遅いのだ。
http://diamond.jp/articles/-/124487
2017年4月12日 武藤正敏 :元・在韓国特命全権大使
韓国大統領選、「文」でも「安」でも危機的状況は変わらない
「国民の党」元共同代表の安哲秀候補が追い上げてきた Photo:Lee Jae-Won/AFLO
朴政権の進めた北朝鮮政策や
日韓関係の改善は逆戻りする
3月10日に朴槿恵大統領が韓国の憲法裁判所によって罷免され、5月9日に大統領選挙が行われることとなった。
国民の不満により韓国の憲政史上初めて弾劾された朴前大統領だったが、対北朝鮮戦略や日韓関係においては少なからぬ実績を残してきた。
例えば、北朝鮮問題では昨年2月、国会で、「これまでのやり方、善意では北朝鮮の核開発は止められない。金正恩はいずれ核を実戦配備するであろう。実質的変化をもたらす根本的な解決策を取る勇気を持たなければならない」と演説し、北朝鮮の経済特別区である開城公団の全面中断、地上配備型迎撃ミサイル(THAAD)の配備、米韓合同演習の強化など強硬な姿勢を取ってきた。
また、日韓関係についても慰安婦問題で合意を導き、この合意を実践するため「挺身隊問題対策協議会(以下“挺対協”)」や「ナヌムの家」に属さない独立した元慰安婦の説得に当たり、7割を超える元慰安婦の同意を取り付けてきた。したがって、本来この問題は一部の活動家とそれに連なる元慰安婦を除いては、解決しているはずであった。
そんな朴前大統領が弾劾され、大統領選では全ての候補者が朴前大統領とは真逆の政策を掲げて戦うという構図となっている。
そこで今回は、大統領選の争点となる(1)経済問題、(2)北朝鮮の核ミサイル開発の問題、(3)慰安婦合意を始めとする日韓関係について、現時点で想定される展望を概観してみたい。
経済問題の改革は
次期大統領でも改善は難しい
経済問題で最大の焦点となるのは、格差の是正、国民の幸福の追求、財閥と政界との癒着の解消などである。これらはいずれも、朴前大統領と文在寅氏が前回の選挙で戦った時の争点であるが、いずれも解消していない。
今回の選挙で各候補は、経済成長をもたらす具体的な政策については言及せず、富の分配によって国民の不満を解消する政策を掲げている。その一例が、最低賃金を1万ウォン(約1000円)に引き上げようというもの。だが、これは韓国の大多数を占める中小零細企業にとって耐えがたいほどの負担であり、企業の倒産を始めそれに伴う失業者の増大を招く危険性を無視している。
そもそも韓国では、就職、恋愛、結婚、出産、マイホーム、人間関係、夢を諦めた「7放世代」と言われる若者が多く存在し、朴前大統領の弾劾を動かしたエネルギーとなった。各候補ともこうした世代に迎合するのみ。本来、韓国経済を停滞から回復させ、底上げしていくためには規制緩和と新しい産業の創出、中小企業対策の強化が不可欠であるにもかかわらず、そのための具体策に言及する候補者はいない。つまり韓国経済が独自の力で著しく改善するのは難しいといえよう。
北朝鮮の核開発問題が最大の争点
融和主張の危うさに気づき始めた国民
続いて北朝鮮の核開発問題。これは今回の大統領選最大の争点であり、韓国の国民が、各候補の主張をいかに考えるかが選挙の帰趨を決定すると言えそうだ。
これまで、選挙戦で終始独走してきたのは、文在寅「共に民主党」元代表である。
故盧武鉉元大統領の青瓦台(大統領府)秘書室長を務めた最側近であり、盧武鉉大統領の遺志を継いで大統領に立候補している。
盧武鉉氏は人権弁護士出身であり、クリーンな人物として若者の圧倒的な人気で大統領になったが、親族の不正に関する捜査が自身に及びそうになって自殺した。しかしこのことが、李明博大統領(当時)に殺害され、非業の死を遂げたと捉えられ、依然として若者からの支持と同情が集めている。若者に人気のなかった朴前大統領の対極をなす人物として文候補は最も支持を集めてきた。
だが、文候補は極端な北朝鮮融和主義者として不支持率も高い。仮に文大統領となれば、北朝鮮の核開発を止める手立てはなくなるであろうと見られているためだ。このため、韓国で保守派と言われる人は、何としても文候補の当選は阻止しなければいけないとして、やっと現実に目を向け動き出したのが最新の世論調査である。
4月6日に公表された、韓国ギャラップ調査によれば、国民の党の元共同代表の安哲秀候補が文候補を猛追している。先週行った調査では、文候補支持が40%、安候補支持は29%であったものが、7日には文候補支持が38%に対し、安支持が35%と、その差は誤差の範囲内にまで縮まっている。これは去る3日に行われた「共に民主党」内の予備選挙で脱落した安熙正氏、李在明氏の支持層の票が、安哲秀候補に移ったためであろう。
韓国の公共放送KBSと聯合ニュースが9日に発表した調査では、政党候補5人のうち、安氏の支持率が36.8%、文氏が32.7%と初めて安氏が首位に立った。今後の注目点は、15、16日の大統領候補登録の後も、安候補が上り調子を維持できるか、に集まっている。
確かに文候補の北朝鮮融和策は危険である。文候補は、北朝鮮の人々は同じ民族であり、その指導者である金正恩と対話していくと主張する。文候補の盟友、故盧武鉉元大統領は北朝鮮の核開発は自国の防衛のためであるとして理解を示してきた。文候補も同じ見方であると考えられる。また、宋旻淳元外相(盧武鉉政権当時)の回顧録によれば、文候補は2007年に国連総会で北朝鮮の人権決議を審議した際、韓国の投票行動を北朝鮮と協議したうえで棄権している。さらに、2007年の大統領選挙の2ヵ月前になって大統領候補の反対を押し切り、故盧武鉉の北朝鮮訪問による首脳会談を推進して南北関係を既成事実化しようとしたのも文候補である。
文候補は、「大統領になった際、米国よりも先に北朝鮮に行って何が悪い」と述べているほど。文候補が大統領になれば、これまでの日米韓の結束と、北朝鮮の核開発の放棄を求めてきた努力が水泡に帰す懸念が強い。
他方、安候補は中道寄りの候補と言われ、北朝鮮の脅威を見誤るべきではないとしており、地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備についても「国家間の合意は尊重すべきだだ」として支持し、文候補の「次期政権が決めるべき問題」として消極的姿勢を示すのとの違いを示している。
ここに来て安候補が猛追してきたことは驚きであるが、韓国国民が北朝鮮の脅威を直視し、危機意識を持ったのであれば救いである。同時に仮に文候補が当選するような事態になっても、勝手に北朝鮮と気脈を通じることがないよう何らかの対策を考えておく必要がある。
THAAD配備の前倒しはその一つ。韓国国内で北朝鮮への対応について、マスコミを中心に活発な論議を行って国民の意識を高めておくことも、単に選挙における正しい投票行動を促すだけでなく、北朝鮮に対する過度な接近を抑制する手段として有効かもしれない。
理性的な判断ができない状況
慰安婦像について今は静観の時
次期政権下では、残念ながら日韓関係が一層緊迫することは避けられないであろう。特に、慰安婦問題については全ての候補が、合意の破棄や見直しを主張しているからだ。
ただ、それぞれの候補がどれだけ強く慰安婦合意に反対しているかは、現在の各候補の主張からだけでは分からない。文候補の反日はより確信的であろうが、安候補がより現実的かはまだわからない。大統領選においては、朴前大統領の政策を全否定することが当選への道と考えている節があるので、大統領選挙後も変わらないかは何とも言えない。言えることは表面的な全候補の主張に大きな違いがあるわけでなく、日韓関係を争点化しても“得点”にならないということである。最近の安候補の猛追に見られるように、大統領選に影響を及ぼしているのは北朝鮮問題であり、日韓関係ではない。
朴前大統領は慰安婦合意を履行するために、過去の大統領がしたことがないような努力をしてきたことは率直に認めていいだろう。また、少女像の撤去については慰安婦問題の合意そのものよりも韓国国内の反対が強いことから、まず韓国国内に慰安婦問題の解決を納得させて、その後慰安婦像の撤去に移そうと考えていたのだと思う。ただ、そうした朴前大統領の目論見を砕こうとしたのが挺対協である。
今般、長嶺大使が韓国に帰任し、慰安婦問題の誠実な履行と、次期政権への確実な引継ぎを求めるため、大統領代行に面会を要請したにもかかわらず、「大統領代行は大使とは格が違う」「日本側が事前に韓国政府と調整することなく一方的に面会要請を発表したのは外交儀礼に反する」などとして、面談要請は検討さえされていない。残念なことである。
もともと、日韓関係悪化の原因となったのが釜山総領事館前の少女像の設置であり、これを止めなかったのは韓国政府である。長嶺大使の帰国はそれに抗議してのこと。日本への一時帰国後、日本政府の立場を韓国政府首脳に伝えたいとするのは決して不自然なことではない。大使は格が違うといっても、日本政府の首脳からの指示による要請であれば、受け入れるのが普通ではないか。韓国政府にとって愉快なことではないであろうが、友好国同士の間であれば、そうした配慮があってもおかしくない。ただ、今度も韓国政府は国民の反発を意識し、日韓関係よりも国内政治を優先したということである。
このような状況で、日本が慰安婦問題で韓国政府に申し入れを行ってもその成果はあまり期待できないかもしれない。むしろ、そのことによって韓国国内で日本批判の声が高まり、慰安婦問題を大統領選の争点にすることは望ましいことではない。今は、静かにしておき、大統領候補に慰安婦問題であまり発言させないことが賢明だ。
いずれにせよ、大統領選後ただちに状況が改善するとは思わないが、何らかの機会に日韓関係見直しの気運が生じれば、新しい大統領も客観的な視点に立って、より柔軟な対応をとる機会が訪れるかもしれない。あまり愉快なことではないが、中長期的にみれば、日本にとっては様子見をしておく方が得策なのかもしれない。
(元・在韓国特命全権大使 武藤正敏)
http://diamond.jp/articles/-/124416
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