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EUは危機打開の第1関門を通過したけれど
岡部直明「主役なき世界」を読む
「極右ポピュリズム」のドミノ倒しは防げたか
2017年3月22日(水)
岡部 直明
オランダ下院選(定数150)の投開票が3月15日行われ、現職のマルク・ルッテ首相率いる与党・自由民主党が33議席を獲得し、現有の40議席から大きく減らしたものの、第1党を維持した。(写真:新華社/アフロ)
欧州連合(EU)の行方を左右すると見られていたオランダの下院選は、ウィルダース党首率いる極右ポピュリズム(大衆迎合主義)政党、自由党が伸び悩み、ルッテ首相率いる中道右派の自由民主党が第1党を維持した。英国のEU離脱、米国のトランプ大統領の登場で、世界にポピュリズムが蔓延するなかで、EUはともかく危機打開の第1関門は通過した。しかし、反EUの排外主義はEU全域に浸透しており、フランスの大統領選挙はなお予断を許さない。EUが危機打開できるかどうかは、EU自身が大胆な改革に踏み出せるかどうかにかかっている。
反面教師になったトランプ流排外主義
「オランダ国民は誤ったポピュリズムに待ったをかけた」。ルッテ首相はこう勝利宣言をした。自民党は議席を40から33に減らしたが、ともかく反イスラムを鮮明にする極右ポピュリズム政党・自由党の台頭に歯止めをかけたのは、勝利だったと言えるのだろう。英国のEU離脱、トランプ米大統領の誕生に連鎖する形で、オランダで極右ポピュリズム政党が第1党になれば、フランスの極右「国民戦線」を勢いづかせる恐れがあった。それはEUの今後に深刻な打撃を与えかねないところだった。投票率が80%を上回ったのをみても、オランダ国民の間に極右台頭への警戒感が強かったことを示している。
その背景にあったのは、トランプ米大統領が実践する排外主義をめぐる大混乱だろう。大統領令による移民排斥、難民受け入れ停止など保護主義を超えた排外主義は、米国の分裂を招いただけでなく、国際社会の批判にさらされた。そんななかで、「オランダのトランプ」と言われるウィルダース氏率いる自由党が第1党の座に就く危うさを、オランダ国民は感じていたのだろう。ウィルダース氏をはじめ欧州の極右勢力はトランプ大統領の登場を「次はわれわれの番だ」と大歓迎したが、トランプ流排外主義はオランダ国民にとって「反面教師」になったのである。
オランダの選択は時代の流れを変えるか
では、オランダ国民の選択はポピュリズムの世界的潮流を変えられるだろうか。小さな国ではあるが、先進国のオランダが時代の流れを変えたことはある。冷戦末期の1980年代はじめ、米ソ間の軍拡競争はピークに達していた。旧ソ連の中距離核ミサイルSS20配備に対抗して、米国の核ミサイルが西欧諸国に配備されるなかで、西欧には核危機への不安が高まっていた。西欧に反核運動が広がるなかで、オランダ政府は米核ミサイルの配備延期を決断する。
それは北大西洋条約機構(NATO)の一員として苦渋の決断だった。当時のルベルス・オランダ首相にインタビューしたが、狭い首相執務室で頭をかきむしる若き首相の姿をいまも思い浮かべる。
NATOの結束を乱す決断に西側で一時批判が高まったが、この小さな国の選択は世界を動かすことになる。米ソ緊張から米ソ・デタント(緊張緩和)へ、そして冷戦の終結へと時代は大きく転換することになる。
世界に蔓延するポピュリズムに対するオランダの選択もまた時代の流れを変えることになるだろうか。オランダ国民の選択がそれに続く仏独の国政選挙にどんな影響を及ぼすかにかかっている。
仏大統領選にどう響くか
オランダの選挙結果に、仏独を中心に欧州の首脳たちは祝意を表明した。メルケル独首相は「欧州人として協力を続けられるのが楽しみだ」と民主主義の勝利を素直に喜んだ。フランスのオランド大統領は「過激主義に対する明白な勝利だ」と述べた。国政選挙を控えて、極右ポピュリズムへの防波堤になってくれたことを歓迎した。
最大の焦点は、フランスの大統領選挙である。4月23日に第1回投票、5月7日に決選投票が実施されるが、いまのところ極右・国民戦線のルペン党首が先頭を走り、無所属でリベラル派のマクロン前経済相が追い上げる展開になっている。一方で、当初は有力とみられていた共和党のフィヨン元首相は、家族の不透明な給与問題で苦戦を強いられている。決戦投票では、ルペン氏とマクロン氏の対決が予想されるが、極右大統領の誕生を食い止めるため左派と右派が連携できるかどうかが注目点だ。
オランダ国民の選択がルペン陣営の足を引っ張るかどうかは別にして、ルペン陣営が隣国の極右政党の台頭という追い風を受けられなくなったのは間違いない。
もっとも、オランダ選挙でウィルダース氏率いる自由党は、第1党になれなかったとはいえ、議席を8から20に伸ばしている。当初の見積もりははずれたものの、議会で影響力を発揮できる地位を確保したともいえる。仏国民戦線のルペン党首は、この極右勢力の伸長に着目している。
少なくともEU諸国で極右ポピュリズムはなお影響力をもっているとみておくべきだろう。移民問題などでオランダのルッテ首相はウィルダース氏の主張を一部受け入れることによって、第1党の座を維持した面はある。そこに政権に影響を及ぼすポピュリズムの本質がある。
フランスの大統領選も英国のEU離脱とトランプ流排外主義の影響は大きいとみられる。トップを走るルペン候補が反EU、反ユーロを鮮明にしているだけに、英国のEU離脱交渉の展開は微妙な影響を及ぼすだろう。交渉の難航が避けられないうえに、スコットランドの独立機運など「英国の分裂」を招く事態になれば、仏国民も反EU、反ユーロの極右ポピュリズムを選択しにくくなるはずだ。
トランプ米政権が排外主義を強め、地球温暖化防止のためのパリ協定を離脱する事態になれば、トランプ大統領を歓迎してきたルペン候補の足を引っ張る可能性もある。
メルケル首相は4期目に入れるか
ドイツでも右派「ドイツのための選択肢」が勢力を拡大している。といっても、ドイツの場合、右派が政権の座に近づく可能性は皆無である。秋の総選挙でEUの盟主といえるメルケル首相が4期目を迎えられるかどうかが焦点である。
対抗馬と目されるのは連立を組む社会民主党の新党首、シュルツ前欧州議会議長である。ここにきて急速に支持率を高めている。メルケル、シュルツ氏ともに筋金入りのEU主義者だけに、EUを主導する姿勢には変わりはないだろう。シュルツ氏は内政経験がないのがアキレス腱だが、社民党が前に出れば、財政規律より成長戦略という現実路線が期待できるという見方もある。
しかし、英国のEU離脱とトランプ米大統領の排外主義のもとでEUを運営するには強力なリーダーシップが求められる。メルケル首相4選への期待は高まるだろう。
「2速度方式」でEUは再生できるか
EUは反EUのポピュリズムを乗り越えて統合を進化させられるかが問われている。ユンケルEU委員長は、英国のEU離脱を受けて2025年に向けての「欧州の将来に関する白書」を公表した。そこには統合をどう進化させるか5つのシナリオを提示している。第1は現状維持、第2は単一市場の完成、第3はEU域外の国境警備などに限定・集中、第4は2速度方式(統合を進めるのに熱心な加盟国はどんどん統合を進め、熱心でない国や現状では困難な国はゆっくりで構わないという方式)、第5は連邦主義的統合、である。
現状維持から「欧州合衆国」までかなり広い視野で統合を推進する姿勢である。EUの究極の目標であるはずの「欧州合衆国」構想を1つのシナリオと位置付けているのは、危機のなかで、EUも現実的選択を模索せざるをえなくなったことを示している。
この5つのシナリオのうち、ユンケルEU委員長やメルケル独首相はじめEU主要国の首脳が推しているのが2速度方式である。防衛、治安対策、税制などでの統合推進を念頭に置いている。
EUはもともと原加盟国と後発国、ユーロ加盟国と非加盟国、移動の自由を求めるシェンゲン協定加盟国と非加盟国など、2速度方式で運営されてきているが、これをさらに広げ徹底しようというものだ。
これは現実的選択にみえるが、この構想に後発組の旧東欧圏がはやくも強く反発している。27カ国の結束を維持しながら、統合を進化させられるかどうかが問われる。
とはいえ、EUが崩壊の危機にさらされているとみるのは悲観的すぎる。2度の世界大戦を経て創設され、冷戦終結で進化したこの平和の組織は簡単には崩壊しない。危機にあってこそEUの粘り強さに着目すべきだ。オランダ国民の選択は、そんなEU市民の粘り強さを示したといえる。
このコラムについて
岡部直明「主役なき世界」を読む
世界は、米国一極集中から主役なき多極化の時代へと動き出している。複雑化する世界を読み解き、さらには日本の針路について考察する。
筆者は日本経済新聞社で、ブリュッセル特派員、ニューヨーク支局長、取締役論説主幹、専務執行役員主幹などを歴任した。
現在はジャーナリスト/明治大学 研究・知財戦略機構 国際総合研究所 フェロー。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/071400054/032000020
英国:2月のインフレ率、予想を上回る伸び−中銀目標を突破
Fergal O'Brien
2017年3月21日 19:45 JST
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• CPIは前年同月比2.3%上昇、2013年以来の高水準
• 国民投票以降のポンド安と石油値上がりを反映
英国では2月にインフレ率がエコノミスト予想を上回る伸びとなり、過去3年余りで初めてイングランド銀行(英中央銀行)の目標を突破した。
英政府統計局(ONS)が21日発表した2月の消費者物価指数 (CPI)は前年同月比2.3%上昇と、2013年9月以来の高水準に達した。ブルームバ ーグがまとめたエコノミストの調査中央値では2.1%が見込まれていた。前年同月にはわずか0.3%上昇にすぎなかったが、昨年6月の国民投票での欧州離脱(EU)決定以降にポンドが17%下落したことや、石油価格の値上がりが影響した。
https://assets.bwbx.io/images/users/iqjWHBFdfxIU/iPb36MtMhDmk/v2/-1x-1.png
コアインフレ率は2%と、14年半ば以来の高い伸びとなった。食品価格は前年同月比0.3%上昇と、14年4月以降で初めて値上がりし、ほぼ3年にわたった食品デフレが終了した。
イングランド銀はこれまで景気支援を踏まえてインフレ率が2%の目標を超過することを容認する姿勢を示しているものの、国内の物価上昇圧力が高まり始めれば、その姿勢が問われることになり得る。今月の金融政策委員会(MPC)会合ではフォーブス委員が利上げを主張したほか、一部メンバーもこうした方向に傾きつつある可能性を示唆した。
ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)のエコノミスト、ダン・ハンソン氏は「近い将来にわたり、目標を上回るインフレ率が英経済動向のテーマとなる公算が大きい」とし、「BIエコノミスクスでは、インフレ率は2019年半ばまで目標水準に戻らないと予想している」と語った。
ONSは今回の統計から望ましいインフレ指標を住居費を含めた消費者物価指数(CPIH)に移行したが、イングランド銀は引き続きCPIを政策目標に用いる。2月のCPIHは前年同月比2.3%上昇した。
原題:U.K. Inflation Gains More Than Forecast, Breaching BOE Goal (1)(抜粋)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-03-21/ON5TCC6S977H01
見え始めたトランプ政権の“行動原理"
トランプのアメリカ〜超大国はどこへ行く
ピュアな外交課題は従来路線を踏襲する
2017年3月22日(水)
篠原 匡、長野 光
トランプ政権が発足して早2カ月。貿易・通商政策や移民政策、国境警備の厳格化など大統領選の際のスタンスを継続している分野もあるが、同盟国に対する立場や「一つの中国」原則に対する見方など、主張を修正させている分野も目立つ。端から見るとぶれているように見えるトランプ政権の主要政策。その背景にある法則について、アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のマイケル・オースリン日本部長が解説した。(日経ビジネスニューヨーク支局 篠原匡、長野光)
日韓の核武装を容認したり、北大西洋条約機構(NATO)を時代遅れと批判したり、ロシアとの関係改善に強い意欲を示したり、外交・安全保障に関するトランプ氏の選挙期間中の発言は従来の米国の政策とは大きく異なるものでした。ただ、その後は「一つの中国」原則を尊重するなど、伝統的な路線に回帰しているようにも見えます。トランプ政権の外交・安全保障政策をどう整理すればいいのでしょうか。
マイケル・オースリン氏(以下、オースリン):トランプ氏が大統領選に勝利した後、誰もが彼の外交政策はラジカルなのではないか、米国の外交政策のプライオリティは大きく変わるのではないか、と考えました。ただ現実を見ると、彼が変えようとしているのは国内問題に直結する外交課題に過ぎません。
「トランプ大統領には一貫したロジックがある」と語るAEIのマイケル・オースリン氏(写真:Aaron Clamage Photography (c) American Enterprise Institute)
例えば、トランプ大統領はTPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱やNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を表明しましたが、これは国内の雇用問題につながるイシューとしてTPPやNAFTAを捉えているからです。イスラム圏7カ国の入国禁止を命じた大統領令も、国内のテロ対策という文脈で捉えれば一貫しています。どちらも外交課題ですが、トランプ大統領は国内問題としてみています。
一方で、純粋な外交政策については従来の政策を踏襲しています。トランプ大統領は日米同盟の重要性に繰り返し言及していますし、(対日防衛義務を定めた)日米安全保障条約第5条の尖閣諸島への適用も明言しました。NATOに対する支持も表明しており、従来からの「一つの中国」という原則を尊重するとも語っています。
もちろん、そういう伝統的な外交政策を変えようと思えば変えられます。トランプ大統領と外交政策チームは今後、変えようとするかもしれない。ただ現在についていえば、あらゆることが直ちに変わると思われてきたけれども、それは起きていません。国内問題に直結する外交課題か否か。トランプ大統領には一貫したアプローチがあるとみています。
トランプ大統領は選挙期間中からロシアに対して融和的な姿勢を取ってきました。先ほどのロジックに照らすとロシアはどうでしょうか。
オースリン:少し前に統合参謀本部のジョセフ・ダンフォード議長がシリアにおけるロシア軍との共同作業について、ロシアのカウンターパートと話し合いを持ちました。これはオバマ政権からの大きな変化です。一方で、トランプ政権はウクライナを巡る対ロ制裁は続けていますし、国連代表も国連の場でロシアによるウクライナ侵攻やシリア介入を批判しています。
確かに、ロシアについてトランプ大統領はかなり複雑なポジションを取っており、現時点では様々なものが混じり合っています。ロシアを巡るスタンスについては、もう少し成り行きを見守る必要がありますが、ロシアに対する伝統的な政策を維持していると言えます。
彼の言う経済ナショナリズムは保護主義とは異なる
トランプ政権にはスティーブ・バノン首席戦略官のような人物がいる一方で、マティス国防長官など伝統的な立場を取る人々もいます。
オースリン:我々が知る限り、バノン氏はかなり高いレベルで政策に関与しており、トランプ大統領に強い影響力を持っています。イスラムすべてを指しているのかは分かりませんが、彼は米国がイスラムと戦争状態にあると信じています。宗教上の対立をナチュラルなものと捉えているという面で、バノン氏の世界観はかなり独特と言えます。
一方で、トランプ大統領はマティス国防長官やティラーソン国務長官、マクマスター大統領補佐官など伝統的な志向を持つ人々を数多く指名しています。彼らは並外れた頭脳を持つ、クオリティの高い優れた人々です。彼らはバノン氏の世界観を共有していません。そのため、政権内には競争が起きていますが、意見の相違があるのは決して悪いことではありません。
バノン氏は強固な信念を持っていますが、それがトランプ政権のすべてを形作っているとは思いません。バノン氏のビジョンに同意すべきものがあれば、大統領は自身の政策を変えるでしょうし、同意しない場合もあるでしょう。最終的に決断するのが大統領だということを考えれば、自身の政策がベターだと両方のサイドが大統領を納得させなければなりません。
足元でみれば、純粋な外交政策については伝統的な立場を取る人が勝利を収めているように見えますが、移民や貿易など国内問題についてはバノン氏が勝利を収めているように見えます。どちらかが100%という話ではありません。バノン氏の世界観は物議を醸していますが、その裏側にある「米国に利益をもたらす」という哲学は議論されてしかるべきものだと思います。
バノン首席補佐官は経済ナショナリズムを主張しています。
オースリン:彼の言う経済ナショナリズムは保護主義とは異なるものだと思います。トランプ大統領は米国の労働者と米国経済を守りたいと考えています。そして、彼らが実際に話しているのは、現在の自由貿易がフェアかどうか、米国が経済活動の中で打撃を受けていないか、それを確認しましょうということです。経済ナショナリズムとは、こういう考え方を指す新しい言葉です。
ご存じの通り、保護主義は海外の貿易相手に対して国境を閉ざすということですが、トランプ大統領がそれを望んでいるとは思いません。日本の方々がどう受け止めているかは分かりませんが、米国の利益のために、もっといいディールになるように交渉しようと言っているだけです。それがピュアな保護主義だとは思いません。
メキシコなど海外に製造拠点を移そうとした企業を攻撃している点はどうでしょうか。
オースリン:経済ナショナリズムという観点で見れば、トランプ大統領のしていることはロジカルだと思います。次に生じる疑問は、トランプ政権が採ろうとしている政策がいい政策なのかどうかです。彼の政策が経済を改善させるのか。それこそが問われるべき真の問いでしょう。我々は開かれた国境がベターであり、強固な自由貿易体制がベターだと考えていますが、真実はまだ分かりません。トランプ政権の下で経済に何が起きるのか、もう少し注視する必要があると思います。
このコラムについて
トランプのアメリカ〜超大国はどこへ行く
1月20日に第45代米大統領に就任したドナルド・トランプ氏。通商政策や安全保障政策など戦後、米国が進めてきた路線と大きく異なる主張をしているトランプ大統領に対する不安は根強い。トランプ氏は具体的に何を実施し、何を目指しているのか。新大統領が率いるアメリカがどこに向かうのか。それをひもといていこうというコラム。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/012700108/032100016
新興国化し始めた先進国
倉都康行の世界金融時評
国際資本市場は何処へ行く
2017年3月22日(水)
倉都 康行
2012年3月から開始したこのコラムもまる5年が経過し、今回の寄稿をもって終了させて頂くことにした。思い起こせば当時はまだ金融危機の爪痕が残り、主要国で徐々に感じられ始めた景気回復ムードに対しても「偽りの夜明け」といった警戒感が指摘されていた時期である。本当に世界経済が危機から立ち直ったのか誰も確信が持てず、日本ではその年末から「アベノミクス」が投入されることになった。
その後、紆余曲折はあったが、今では世界経済は順調な成長軌道を取り戻しており、日本の昨年第4四半期GDP成長率も年率1.6%と健闘している。懸念された新興国においても、トルコのように拙い状況に陥っている一部を除けば、おおむね経済は安定状態にある。
そうした景況感の下で米国FRBは既に3回の利上げを行うなど「金利正常化」を進めており、トランプ大統領のリフレ政策への期待感も手伝って株価は上昇を続けている。日欧ではまだ大幅な緩和政策が続いているが、日銀やECBの次の一手は「緩和の修正」という方向がコンセンサスとなっている。
こうした全体感からすれば、現在の世界経済は危機を克服し、金利も異常な状況から脱出して健全化に向かっている途上だ、と見るのが常識的な診断だろう。格付け会社のフィッチに拠れば、昨年6月に11.7兆ドルまで拡大したマイナス利回り債券残高は既に8兆ドル台にまで減少しており、ECBは秋にもマイナス金利幅を縮小とするのではないか、との観測すら浮上している。
経済が安定を取り戻しているのは何よりの朗報であり、非伝統的な金融政策が解除されていくのも、どこか3.11の悲劇から徐々に普通の生活を取り戻してきた生活体験と似ているような気もする。その意味では、今後の金融市場動向に対してもいたずらに悲観的になる必要はない。だが逆に、原発だけでなく金融においても、世界を震撼させた危機に対する記憶の風化があまりに早いようにも感じられる。
今回、最後の原稿としての機会に、現在の市場がやや甘く見過ぎていると感じられる諸点について、老婆心ながら警鐘を鳴らしておくことにしよう。
世界経済は「長期不況説」を振り払ったのか
まず金利の正常化が進む米国に関し、物価が上向いているという最近のFRBの診断に関して一言私見を述べておきたい。正直言って、米国の物価やインフレ期待が上昇して目標に近々達して2%前後で安定するという確証は、昨今の経済指標からは得られない。
FRBが注視するコアPCEデフレーターの伸び率は、2016年1月から今年の1月までの13カ月間、1.6%と1.7%の間を行ったり来たりである。賃金上昇率は3%に近づいているが、物価を刺激するには至っていない。ニューヨーク連銀による2月消費者調査では1年先インフレ期待中央値は3.0%と横ばいで、債券市場の期待インフレ率を示すブレーク・イーブン・レートは5年で1.88%と年初の1.98%から低下、10年でも2%を割り込んでいる。ミネアポリス連銀のカシュカリ総裁が利上げに反対したのも頷けるような気がする。
FRBとしては、やや過熱気味の株式市場を意識しながら、トランプ大統領に拠るFRBへの政治的圧力がかかる前に、そして4〜5月のフランス大統領選挙に邪魔されないように、とやや政治的な判断で早めの利上げ時期を選択した、ということだろう。
また「ドット・チャート」が示している今年あと2回、来年3回、再来年4回と いった利上げ見通しにも、あまりに経済に対する楽観が入り込んでいるように思われる。何故ならば、米国をはじめとする世界経済は本当に「長期不況説」を振り払うことに成功したのか、という疑念が氷解していないからだ。
株高・金利高は真の夜明けなのか
確かに世界的に景気回復感は強まっているが、似たような状況で空振りに終わったケースもある、と英エコノミスト誌は警告している。1990年代後半の米国におけるIT主導の景気回復は「ジョブレス・リカバリー」を克服したかに見えたが、結果的には失敗に終わった。共通通貨導入に湧いたユーロ圏も、ドイツ・フランス勢などによる無節操なギリシア国債投資で行き詰ってしまった。
確かに、株高やGDPあるいは雇用統計だけで金融危機の後遺症から完全に立ち直った、と診断するのは早計だろう。デフレ的な体質からの脱却には、貯蓄と投資の不均衡解消が不可欠である。革新的な技術革新が起きて企業が一斉に設備投資に踏み切ったり、格差拡大の解消によって中間層の所得が増え消費が増加したり、将来に果実を残すインフラ投資が実現したり、新興国が国内プロジェクトへの投資を活性化したり、といったアクションが生まれてこそ、長期不況への懸念を払拭することが出来る。
だが現時点では、好調な経済状態にある米国ですらその兆候が見えない。金融緩和策の下でも企業の投資意欲はエネルギー業界など限定的な産業であり、株式市場には期待先行の匂いがついて回る。世界的に見た負債残高は増えているが、その大半は中国国営企業を中心とした後ろ向きの負債増であり、その危ういファイナンスが何とかデフレ感を抑制しているに過ぎないのかもしれない。
今日のセンチメントの明るさは、トランプ効果に拠るところも大きい。だが同大統領のリフレ策は目先の需要を押し上げるだけで生産性上昇にはほとんど寄与せず、むしろ悪性インフレをもたらすリスクがある。また、同政権が議会工作に失敗する可能性もないとは言えない。
米国の金利高が債務増ペースを加速している米家計の負担増となって消費を抑制したり、新政権による移民排斥が住宅需要を押し下げたりするリスクを指摘する向きもある。そして日本や中国などには、構造改革の遅延といった厄介な問題も残っている。昨今の株高や金利高が、真の夜明けを意味しているのか、まだ確証を抱くことは出来ない状況だ。
揺らぐ原油価格反発シナリオ
そして、改善しつつある物価見通しに逆風となりそうなのが原油市場である。昨年2月に20ドル台まで下落した原油価格はその後徐々に持ち直してきた。昨年末にはサウジが増産放置から方針転換してOPECによる減産合意を取り纏め、これに非OPECが減産で協調し、先高観が強まった。これまで必ずしも合意を守ってこなかったOPEC諸国が足並みをそろえたことで、市場はその本気度を確認したのである。
これに加えて、トランプ効果に拠る米国内の需要増予想が原油市況の需給改善を加速させる、との思惑も浮上した。だが、そんな楽観論を吹き飛ばすような材料が米国とサウジの双方から現れた。
3月第2週に米国のエネルギー情報局(EIA)が発表した国内原油在庫量は前週比821万バレル増と予想だにしなかった急増となり、原油市場は一気に冷え込んだ。国内生産増、輸入増、消費減という構造での9週間連続の在庫増はWTIの50ドル割れを誘い、一時47ドル割れ寸前まで下落することとなった。
さらにOPECの2月報告書に拠れば、加盟11カ国の生産量は日量ベースで前月比14万バレル減の3196万バレルと減産合意が遵守されており、サウジも6.8万バレル減の979.7万バレルとなっていたが、国別の申告ベースではサウジの生産量は26.33万バレル増の1001.1万バレルと増産になっていた。
サウジのエネルギー省はOPECの報告書公表直後に「減産へのコミットは継続中だ」と異例の声明を公表し、過剰分は備蓄に回しており市場への供給量は減少している、と釈明している。だが市場の疑心暗鬼を払拭することは難しいかもしれない。親分が約束を守らないのなら、渋々従った子分が造反しても不思議ではない。
仮にOPECなどの減産が続いても、米国のシェールオイル増産基調は継続中だ。同国内における需要増期待も「口だけ(指だけ?)大統領」の政策が頓挫すれば、一気に萎んでしまうリスクを抱えている。
市場には景気が拡大しても、電気自動車の普及などにより原油需要は期待されるほど増えない、という構造的問題も指摘されている。それは、特に公害問題対策に苦慮する中国で顕著になるだろう。先の長い話ではあるが、少なくとも原油価格が恒常的に上昇基調を保てる可能性はそう高くないのではないか。
原油価格反発シナリオが揺らげば、FRBなどが描いている予想物価動向の軌跡は少し狂い始めるだろう。エネルギー業界の投資計画が見直され、株価に影響することも想定される。
原油価格の低迷期間が続けば、ヘッドラインのインフレ率上昇にはブレーキが掛かり、コア指数の頭打ちが鮮明になるかもしれない。金利の正常化がどこかで曲がり角を迎えることも有り得よう。
地政学リスクの台頭
そして最後に政治リスクを採り上げておこう。昨年のブレグジットとトランプ氏の勝利に続く排他的、保護主義的な傾向が欧州で懸念されているが、オランダでの総選挙で見られるように極右勢力の台頭には限界が見られる。万が一、フランスでル・ペン氏が大統領選に勝利したとしても、フランスのEU離脱には憲法改正という高いハードルがそびえ立つ。フランス大統領には外交など強い権限があるものの、内政に関しては政府・議会が主役なのである。
欧州の真の政治リスクは、メルケル首相の退陣シナリオであろう。現在、世論調査で同首相は社会民主党(SPD)のシュルツ党首に差を付けられている。その勢いが秋の連邦議会選挙まで続くかどうかわからないし、シュルツ氏は欧州議会議長を務めたほどの人物であり、仮に首相交代となってもドイツが反EUに傾くとも思えない。問題は、EUを支えてきた「一本足」の軸足であったメルケル首相が居なくなるという心理的リスクである。
EUはそもそも国家の利害主張を排除するためにブリュッセルに行政府を置いたが、金融危機などを背景にそれが次第に独仏主導の構造へと変化し、いつの間にかドイツがEUを率いるような姿に変わってしまった。ドイツ経済の強靭さとメルケル首相以外に実力者が居ないという政治の実態が、その動きに拍車をかけたのである。
そこで主軸が不在となれば、EUの結束力は急速に弱体化しかねない。英国との通商交渉も足並みが乱れて収拾がつかなくなる可能性もある。メイ首相率いるブレグジット・チームが右往左往することは避けられないだろう。ロシアはその失地回復作戦を一段と積極化させることも想定される。ドイツの政治リスクは、オランダやフランスの比ではない。
また北朝鮮の暴走リスクが現実味を帯びてきたことで、東アジアも欧州や中東と並ぶ地政学リスクの対象として急浮上してきた印象もある。市場はこれまで北朝鮮問題に対しては強い関心を払ってこなかったが、今後も「たいしたことは無い」と高をくくっていられないかもしれない。
北朝鮮を巡る問題が、現実認識に欠けるトランプ大統領と責任回避に余念がない習主席の間でどう処理されるのか、判断が付かない。韓国は事実上、大統領不在の国家となっており、当事者能力が著しく低下している。日本はといえば、現実の脅威に晒されているのに、政府は国会でつるし上げを食らっている防衛大臣を守るのに必死という惨状である。これを地政学リスクと言わずして、何と呼ぼうか。
とはいえ足元の市場を見る限り、株価の急落や長期金利の急上昇といったパニックが起きるようには思えない。トランプ大統領の躓きで、ダウが2万ドル近辺まで押し戻されたり、ドル円が110円を割り込んだりすることもあるかもしれないが、そこはしっかりとビッドが入ることだろう。
投資家にとって、トランプ大統領が運んできた「待ちに待った強気相場」は簡単に捨てられないのである。S&P500は2015年には下落、2016年も5.5%の上昇に留まった。20%前後の上昇を誇った1990年代の再来を夢見る個人投資家は少なくない。慎重だった機関投資家でさえもしばらく現金を株などの資産に振り向け始めている。
ただし、その相場観は自信に満ちたものというより、買わないリスク、持たないリスクを回避しようとする姿勢が強いように思われる。筆者自身も未だに、すっきりした強気のイメージを描き切れないでいる。それは、前述したような長期停滞説の持続性、原油価格の低迷、地政学リスクの台頭といった要因がいつかどこかで投資見直し材料として浮上してくるだろう、と怯えているからだ。
新興国市場に対する不信感との共通点
最近の投資環境への不安感は、新興国市場に対する漠然とした不信感と共通するところがある、と英資産運用大手シュローダー・インベストメント・マネジメントのステーニス氏は指摘している。新興国市場への投資にはカントリー・リスク分析が最重要であり、内外環境が政治経済に与える影響を詳細に調査する作業が不可欠となるが、投資不足や構造改革遅延、原油相場そして政治リスクが覆いかぶさる今日の先進国市場も、確かにそれに似てきたと言えよう。
新興国経済は、苦し紛れにリフレ政策を導入して短期的に景気を底上げしてはその持続に失敗する、というサイクルを続けて久しい。ひょっとして先進国の政治経済もそんな循環に入ってしまったのではないかという懸念が消えるまで、長期的に強気な相場観には戻れそうにない。
このコラムについて
倉都康行の世界金融時評
日本、そして世界の金融を読み解くコラム。筆者はいわゆる金融商品の先駆けであるデリバティブズの日本導入と、世界での市場作りにいどんだ最初の世代の日本人。2008年7月に出版した『投資銀行バブルの終焉 サブプライム問題のメカニズム』で、サブプライムローン問題を予言した。理屈だけでない、現場を見た筆者ならではの金融時評。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/230160/031700024/
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