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再選目指すプーチン陣営、自らが掘った落とし穴
解析ロシア
次期大統領選まであと1年、問われる「正統性」
2017年3月10日(金)
池田 元博
ロシア大統領選挙まであと1年。早々と出馬の意向を表明する政治家も現れ、選挙モードが徐々に本格化しつつある。選挙戦は本命のプーチン大統領の再選が確実視されるものの、プーチン陣営に思わぬ障害が立ちはだかっている。
2012年3月4日、大統領選に勝利したプーチン氏。ほほを伝う涙を隠さずに、支持者の前での勝利宣言を行った。(写真:AP/アフロ)
ロシアメディアは大統領府筋の情報として、プーチン大統領の任期満了に伴う次期大統領選が2018年3月11日に実施されると一斉に報じた。投開票日まであと1年となり、政界もにわかに慌ただしさを増しつつある。
すでに立候補の意思を表明した政治家もいる。改革派政党「ヤブロコ」の共同創設者、グリゴリー・ヤブリンスキー氏だ。反政権派ブロガーとして知られる弁護士のアレクセイ・ナワリヌイ氏も出馬の意向を示している。
また、大統領選の「常連」ともいえるロシア共産党のゲンナジー・ジュガノフ党首、ロシア自由民主党のウラジミル・ジリノフスキー党首、「公正ロシア」のセルゲイ・ミロノフ代表も、次期大統領選への出馬が見込まれる。
とはいえ、大本命とされるのはやはりプーチン大統領だ。プーチン氏自身は依然として次期大統領選に参加するかどうかを明言していないが、続投への野心は極めて強いといわれる。健康上あるいは別の突発的な理由がない限り、出馬して再選されるのは確実との見方が国内では支配的だ。
現に大統領府内では、プーチン再選に向けたあの手この手の戦略を着々と練り始めている。司令塔とされるのは昨年10月、国営原子力会社「ロスアトム」の社長から、大統領府で内政を統括する第1副長官に抜てきされたセルゲイ・キリエンコ氏(元首相)だ。
外務省がロシア情報に関する海外「フェイクニュース」の摘発サイト
再選戦略の一例として挙げられるのが、国内の経済分野の監視強化だ。有力経済紙「ベドモスチ」などによると、大統領府は主要省庁に対し、次期大統領が就任する来年5月までの期間、毎月ごとに有力企業の動向などの経済状況の報告を義務づけるという。
対象となるのはエネルギー省、産業貿易省、運輸省などで、各省庁はそれぞれの分野の有力企業をリストアップし、各企業から地域の政治、経済、社会状況に影響を与えそうな敏感な事例を定期的に吸い上げる方式をとる。逆に選挙運動にプラスに働くような企業イベントがあれば、プーチン大統領の地方遊説先に選定することも検討しているようだ。
また、最近になってプーチン大統領はペルミ州、ノブゴロド州、リャザン州など、自ら「辞職願」を出した地方の州知事や共和国首長の任期切れ前の辞職を認め、別の知事・首長代行を相次ぎ任命している。
これもキリエンコ第1副長官率いる大統領府のチームが地方の経済状況などを評価し、“落第”した知事らを今年9月に予定される地方選前に退任させているのが実情とされる。来年3月の大統領選を前に、プーチン政権のイメージに傷がつくような地方選にはしたくないとの理屈だ。
一方でロシア外務省は2月から、ロシア情報に関する海外の「フェイク(偽)ニュース」を摘発するサイトをホームページに開設した。摘発対象の海外メディアのネットサイトに「FAKE」と赤く刻印した画像も掲載し、誤報と判断する理由も詳しく記載している。欧米との情報戦争に対処するためだが、大統領選でプーチン氏に不利な情報の流入を防ぐ狙いも垣間見える。
国内でのプーチン大統領の支持率は依然、8割を超える。大統領府などが特別に再選戦略を練らなくてもよさそうな状況だが、念には念をということのようだ。ただし、ここにきて大統領府に重い難題がのしかかってきているという。プーチン大統領が再選の条件として、投票率、得票率いずれも70%台の達成を暗に求めているというのだ。
投票率、得票率の双方で「70%」が必要な理由
過去の大統領選でのプーチン氏の得票率は、2004年が71.31%、2012年は63.6%。投票率はそれぞれ64.39%、65.34%だった。世論調査をみる限り、当時と比べてプーチン氏の支持率ははるかに高いが、支持する有権者がすべて投票所に足を運ぶとは限らない。ましてやプーチン氏の当選が事前に確実視される状況では、必然的に国民の関心も薄くなる。
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とくにプーチン氏が憂慮しているのが昨年9月の下院選だ。結果そのものは政権与党の「統一ロシア」が大勝し、全議席の4分の3以上を確保した。しかし国民の関心は総じて薄く、投票率が47.88%と低迷したからだ。
いくら憲法改正によって合法化されたとはいえ、次の大統領選で当選すればプーチン氏にとって通算で4期目となる。4期目を全うすれば、首相時代も含めて実質24年の長期政権となる。ただでさえ、「皇帝」「独裁者」などと海外で皮肉られるプーチン氏にとって、国際社会で自らの正統性を誇示するには高い投票率と得票率が欠かせないというわけだ。
プーチン陣営が正統性にこだわる背景には、2012年3月の前回の大統領選での苦い経験もある。前年末に実施された下院選で、票の水増しなど与党側による様々な不正行為が発覚。「公正な選挙」を求める大規模な抗議行動が各地でわき起こった。その直後の大統領選だっただけに、「やはり不正行為があったのは……」との疑念が内外で根強く残った。二の舞いは避けたいはずだ。
なるべく公正な方法で、投票率や得票率をどうやって高めるか。ひとつは、本命を揺るがす存在ではないが、国民の注目が集まるような著名人を候補者として擁立することだ。前回の大統領選では、NBAのプロバスケットボールチーム「ブルックリン・ネッツ」のオーナーとしても知られる大富豪の実業家のミハイル・プロホロフ氏が、クレムリン承認のもとで出馬した経緯がある。
大統領府はすでに、下院で議席をもつロシア共産党などに適当な若手候補がいないかを打診したがみつからず、結果的に常連候補者であるジュガノフ党首らの出馬を容認する方向という。
鍵を握る「反政権ブロガー」候補の動向
今後、焦点となるのはナワリヌイ氏への対応だろう。政権の汚職や腐敗を追及するブロガーとして知られ、最も著名な野党勢力の指導者である同氏が出馬するかどうかについては、国民の関心も極めて高い。問題はクレムリンのコントロールが効かない点だ。現に同氏は、メドベージェフ首相が内外の複数の豪邸など莫大な隠し財産を保有していると告発したばかりだ。
ナワリヌイ氏は2013年のモスクワ市長選に立候補し、政権派の候補に敗れたものの善戦した経緯がある。仮に次期大統領選に出馬すれば、確かに有権者の意識も高まり、投票率の上昇につながるかもしれない。しかし選挙戦でプーチン批判を大展開されれば、政権側のシナリオが大きく狂う恐れがある。
実はナワリヌイ氏に対しては、ロシア中部キーロフの裁判所が先月、地元の国営木材加工企業から資金を横領したとして、横領罪で執行猶予付き5年の有罪判決を言い渡している。政権側はこれを理由に、結局は同氏の大統領選出馬を阻むのではないかとの観測が現状では根強い。
では、どうするのか。ロシアメディアによると、大統領府はプーチン陣営の選挙キャンペーンの強化策も立案中だ。従来は政権与党の「統一ロシア」が大統領選のキャンペーンを主導していたが、次の選挙ではガスプロム、ロスネフチといった国営企業なども総動員するという。
例えばキリエンコ大統領府第1副長官が社長を務めたロスアトムは、傘下に350以上の企業や研究機関などを抱える。ロスネフチは国内の約60の地域に販売網がある。ガスプロム傘下のガスプロム・メディアは大手テレビ局「NTV」など複数の有力メディアを保有する。こうした国営企業の資源を最大限活用して、投票率と得票率のアップをめざすというわけだ。
投票率向上のため、検討される苦心の策
大統領府はさらに別の方策として、投票制度の見直しにも着手したようだ。中央選挙管理委員会に対し、投票所の数を大幅に増やしたり、住民登録していない場所での有権者の投票を容易にしたりすることが可能かどうかを検討するよう求めているという。
このうち投票所については、現在は1投票所当たり最大3000人という有権者数を1500人に引き下げ、全国の投票所の数を倍増する案が浮上している。投票所がより近くなれば、有権者が足を運びやすくなるからだ。
ただし、こうした制度改革の実現には多額の費用負担が伴う。投票所の増設もそうだし、住民登録していない場所での投票を容易にするには、全国に約9万5000カ所ある地区選挙管理委員会のすべてにコンピューターを導入し、選挙人名簿の登録変更を迅速に処理しなければならないからだ。
実際に実現するかどうかが危ぶまれるなか、ついには苦肉の策として次期大統領選の投票日に合わせて、地域ごとに住民の関心の高いテーマで住民投票を実施させる案まで浮上しているとの情報もある。
海外からみればプーチン氏の超長期政権がほぼ確実視され、世界を見渡しても最も無風の選挙となりそうなロシアの次期大統領選だが、「正統性」という意外な落とし穴に苦慮しているのが実情のようだ。
このコラムについて
解析ロシア
世界で今、もっとも影響力のある政治家は誰か。米フォーブス誌の評価もさることながら、真っ先に浮かぶのはやはりプーチン大統領だろう。2000年に大統領に就任して以降、「プーチンのロシア」は大きな存在感を内外に示している。だが、その権威主義的な体制ゆえに、ロシアの実態は逆に見えにくくなったとの指摘もある。日本経済新聞の編集委員がロシアにまつわる様々な出来事を大胆に深読みし、解析していく。
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