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報道陣に囲まれたマレーシア・クアランプールの北朝鮮大使館(2月20日) Athit Perawongmetha-REUTERS
猛毒VXは「外交行嚢」で持ちまれた?──特権で他国の人間は開封できず
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/02/vx.php
2017年2月28日(火)18時56分 大塚智彦(PanAsiaNews) ニューズウィーク
<金正男暗殺に使われたVXは「外交特権を有する荷物」としてマレーシアに運び込まれた可能性があることがわかった>
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄にあたる金正男氏が2月13日にマレーシアのクアラルンプール国際空港で暗殺された事件で、使用された毒物VXガスが当事国以外は勝手に開封できない「外交行嚢(こうのう)」を使ってマレーシアに運び込まれた可能性があることがわかった。暗殺準備に外交特権が使われていたことが事実とすれば、今回の暗殺が北朝鮮による国ぐるみの犯行であることを裏付けることにもなり、マレーシア関係当局は慎重に捜査を進めている。
金正男氏の死因を調査していたマレーシア警察当局、保健省化学局などは2月24日に、遺体の顔面の解剖サンプルから猛毒の神経ガス「VX」が検出されたとの暫定報告を発表、死因がVXガスによるものであることが濃厚となっている。
マレーシアの英字紙「ニュー・ストレート・タイムズ」ネット版は28日、「VXは外交行嚢を使って不法に持ち込まれたか?」との見出しで記事を掲載。マラヤ国際大学戦略研究センターの研究者の話として「少量であればありとあらゆるものの外交行嚢を使っての持ち込みは可能である。国際的なスパイネットワークでは法律の目を逃れるために(外交行嚢は)よく使われる手段である」との見方を示した。
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■当該国以外は開封できない外交行嚢
外交行嚢は外交関係に関するウィーン条約で当該国外交当局による封印袋とされ、当該国以外は原則として開封できない外交特権を有するもの。「クーリエ」「外交伝書使」ともいわれ、大きさや重さ、量、中身に関して制限はないものの外部に「DIPLOMATIC POUCH」などと明記することが求められている。
主に機密に属する外交関係の書類や冊子、外交官が必要とするものなどが中身とされているが、一般法令に反する「武器弾薬や麻薬類、劇薬毒物」などはそもそも搬入しないことが前提条件となっている。これまで北朝鮮の外交行嚢に関しては「麻薬類や偽札などが運ばれている」との情報もあったが「外交特権を有する荷物」だけにその情報が確認されることはなかった。
【参考記事】金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係者を直撃取材
「その気になればなんでも持ち込めることは事実だが、良識としてそんなことはしないとの共通理解がある」(日本外務省関係者)と話すが、そうした外交特権を悪用することは可能性としては十分にあり、北朝鮮によるVXガスの外交行嚢での持ち込みも「極めて現実的方法」とみられている。
韓国の聯合ニュースも28日、「北朝鮮がVX搬入に外交行嚢使用か、他国は原則開封できず」との記事を掲載した。記事の中で「外交行嚢」の可能性があるとの指摘に関する情報ソースを明らかにしていないが、韓国外交部の関係者の話として「頻発する国際テロの影響で外交行嚢に対する不可侵特権は次第に縮小しつつある」とした上で外交行嚢も近年は金属探知機の検査を受けて、金属や不審物が感知されると外交行嚢所有国の外交官を呼んで開封させるケースもあるとしている。
■調合前の状態でVX持ち込みか
マレーシア紙は「500ml以下の液体をたとえばシャンプーボトルに入れて外交行嚢に忍ばせば、全く検査もすり抜け疑念も抱かれることもなく持ち込むことは可能である」とのマレーシア原子力エネルギー庁関係者の談話を伝えている。
VXガスは極めて致死性の高い猛毒だが、調合する前の状態にある別々の液体を分離して持ち込み、その後に調合することで、運搬中のリスクは回避できる、とも指摘している。
マレーシアでは外交官旅券を所持した外交官に対しては税関での検査は原則フリーパスで、大使館関係者が到着航空機の側まで出迎えて同行するケースが多いとしている。空港の税関職員、入管当局員も「無用な外交摩擦を回避するため、ほとんどフリーパスでの入国を黙認しているのが実情」と同紙は情報筋の話として伝えている。
■カギを握る北朝鮮大使館関係者
マレーシア捜査当局は暗殺事件への関与が濃厚としてすでにインドネシアのジャカルタなどを経由して北朝鮮に帰国している4人の北朝鮮国籍男性の身柄引き渡しを求める一方で、4人を国際刑事警察機構(ICPO)に対し国際手配する手続きを依頼している。
このほかにも在マレーシア北朝鮮大使館の2等書記官ら複数の重要参考人に関する捜査も続いている。こうした関係者がVXガスのマレーシアへの外交行嚢での持ち込み、あるいは調合などで重要な役割を担っていた可能性は高く、今後の捜査のカギとなりそうだ。
そして北朝鮮大使館あるいは北朝鮮外交官による「外交行嚢」を利用した暗殺事件への関与が事実とすれば、国際社会の共通ルールを裏切る行為が明白となる。
このため今後、各国関係機関が国際空港などで北朝鮮外交当局による「外交行嚢」に対し、特別にX線検査などの強化、北朝鮮大使館員を呼んでその場で開封させて中身を確認するような事態が起きる可能性も指摘されている。国際社会の北朝鮮に対する視線、対応は日増しに厳しくなっているのが現実だ。
otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
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