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トランプの米国 身構える世界
(1)我流の変革、高まる緊張
ワシントン支局長 小竹洋之
トランプ氏は昨年末、米フロリダ州の別荘「マール・ア・ラーゴ」で大統領就任演説を練り始めた。「レーガン、ニクソン、ケネディ」。その際に挙げたのが3人の先人の名前だったという。
なかでもレーガン元大統領への思いは強かった。深刻な不況とソ連の脅威で自信を喪失した国民を鼓舞し、経済・軍事の両面で「強い米国」を目指した革命児に共感しているのは確かだ。
「偉大な米国の復活」。トランプ氏はレーガン氏の看板にならい、内憂外患にあえぐ超大国の再生を公約した。だが、あまりに過激で内向きの変革を志向する異端児を前に、世界の緊張はいや応なしに高まる。
トランプ氏の経済政策を過小評価することはできない。大胆な減税やインフラ投資、規制緩和を好感した株式市場。米著名投資家のジョージ・ソロス氏はその風向きを読み違え、10億ドル近い損失を出したそうだ。
「トランプ氏が米経済のムードを劇的に変え、長期停滞からの脱却を可能にするかもしれない」と英歴史家のニーアル・ファーガソン氏は言う。それは2億人近くの失業者を抱え込む世界にとっても朗報だろう。
しかし、トランプ氏が「米国第一主義」を貫徹し、本気でグローバル化に背を向けるのなら、その打撃は計り知れない。中国との貿易・通貨戦争やメキシコ移民の排斥などは、米経済の成長を妨げるだけでなく、世界経済全体を縮小均衡に追い込む恐れもある。
年間2億人以上の移民が国境を越えるのが今の世界だ。1日あたりの製品の貿易額は1千億ドル弱で、外国為替の取引額はその50倍以上に達する。そんな時代に国を閉じ、ヒト・モノ・カネの流れを制御できるのか。自身の裁量で企業の活動や為替相場を誘導するトランプ氏が、市場に代わって資源の最適配分を実現できるとも思えない。
「理念」よりも「実利」、そして「国際協調主義」よりも「単独行動主義」――。トランプ氏の特質は米国の外交・安全保障政策にもパラダイムシフトをもたらす。
日本や欧州には米軍の防衛コストをもっと負担するよう求める。中国から貿易・通貨問題の譲歩を引き出すためには、中国大陸と台湾が一つの国に属するという「一つの中国」政策も取引材料に使う。米ブルッキングス研究所のトーマス・ライト氏は「すべてを経済のレンズで見ようとするのは問題だ」と話す。
戦後の米国は孤立主義と決別し、自由経済や民主主義の守護者として世界の繁栄と安定に貢献してきた。たった1人の指導者の出方次第で、超大国と国際秩序の変質が深刻になりかねない。
米国際政治学者のイアン・ブレマー氏は「戦後で最も不安定な政治環境」に世界は投げ込まれるとみる。我流の変革はそれほどの危険をはらむ。
[日経新聞1月21日朝刊P.1]
(2) 「法の番人」なき危うさ
編集委員 秋田浩之
ビジネスのような損得勘定で外交を動かし、世界を混乱させかねない。トランプ氏にはこんな不安がついて回る。
だが、外交の取引を好んだ大統領はこれまでもいた。むしろ最大の危険は、世界の平和や自由を支えようという使命感が、彼にないことだ。
当選直後、トランプ氏はオバマ大統領とホワイトハウスで会い、90分間、引きつぎを受けた。
内容を知る米外交専門家によると、オバマ氏が最も切迫した脅威にあげたのが、北朝鮮だった。北朝鮮の核やミサイル開発にすぐに対処しないと、大変なことになる。オバマ氏は自戒を込め、こう力説したという。
ところがトランプ氏は北朝鮮問題は「中国に解決させる」と、丸投げの態度を変えていない。
世界は戦後、米国が警察役を果たし、なんとか安定を保ってきた。オバマ前大統領は「もう世界の警察はやらない」と公言しながらも、クリミアを併合したロシアや、北朝鮮への制裁を主導した。国際法に基づいて秩序を守らせる「法の番人」の役目は、果たそうとしてきたのである。
トランプ氏にはそんな意識すらない。米軍増強は自国を安全にするためであり、世界の平和を守るためではないだろう。
とりわけ気がかりなのが、中国への対応だ。最近、トランプ政権の閣僚候補に会った米国防総省ブレーンはこう打ち明けられ、驚いたという。
「通商や通貨問題で中国を押しまくっていく。その際、(台湾や北朝鮮といった)安全保障問題を駆け引きに使うかどうか、政権チーム内で真剣な議論が続いている」
トランプ氏は台湾や南シナ海問題で、中国に極めて強硬な態度をとっている。だが、通商・通貨問題で中国が言うことを聞くなら、安全保障問題では多少、譲ってもいいという発想におちいらないか、心配だ。
トランプ氏はロシアにも秋波を送る。欧州からも「自分たちの安全保障が置き去りにされる」(フランス政府関係者)といった声が聞かれる。
では、アジアや欧州はどうすればよいのか。まず大切なのが、米閣僚らとの連携だ。候補には世界情勢への造詣が深い人たちもいる。
例えば、国防長官に選ばれたマティス元中央軍司令官について、元同僚は「自分が知るなかで、いちばん知性的な戦略家」と語る。彼は議会公聴会で、同盟国と結束し、中ロの強硬な行動に対抗する考えを強調した。
とはいえ大統領の権限は絶大だ。米国第一主義に歯止めをかけるには、トランプ氏とも関係を築かなければならない。
2009年、日本では政権交代で生まれた鳩山内閣が、米軍基地問題などで迷走した。それでもオバマ政権は辛抱強く向き合い、同盟が壊れるのを防いだ。いま日本や欧州に求められているのは、同じような行動だ。
[日経新聞1月22日朝刊P.1]
(3) 過信の代償、計り知れず
編集委員 菅野幹雄
「米国第一」を絶対視するトランプ大統領の就任と並行して、世界経済の秩序の揺らぎを示す場面が先週、相次いだ。
「職、国境、富と夢を取り戻す」と20日の就任演説で約束したトランプ大統領。直前の欧州メディアとの会見で欧州連合(EU)単一市場からの撤退に動いたメイ英首相を称賛した。
米英ともに2国間の自由貿易協定(FTA)に意欲を示す。EU離脱に反対するオバマ前大統領は英に「(交渉は)列の最後になる」と警告したが、メイ氏は「トランプ氏は前線にいると言っている」と言明した。
17日の世界経済フォーラム(ダボス会議)で自由貿易の大切さを得々と説いたのは中国の習近平国家主席だ。民主主義と自由市場の先陣である米英が自国優先にかじを切り、非民主主義の中国がグローバル化の盟主を気取る。倒錯した構図だ。
世界は新大統領の3つの「不」に身構える。
まず「不寛容」だ。貿易収支の赤字を容認せず、中国、メキシコ、日本を名指しでけん制したトランプ氏。高率の関税や企業への脅迫で投資や雇用を向けさせ、米製品を買わせる姿勢をとる。
保護主義の行使を辞さない大統領への懸念は欧州にも広がる。「今後、多額の対米黒字を稼ぐドイツ経済が悪者にされるかもしれない」と独Ifo経済研究所のフュスト所長は指摘する。
第2は「不連続」だ。就任初日からオバマケア(医療保険制度改革法)と環太平洋経済連携協定(TPP)を排除したトランプ氏は既存政権の遺産を破壊することにむしろ活路を求めている。
一方的な関税引き上げや輸入制限は世界貿易機関(WTO)のルールに抵触する。だが、まさに多国間の枠組みが米国民の雇用や富を奪ったとみるトランプ氏は、米国が主体的に関わってきた既存のルールや機関の否定に走るかもしれない。
結果として生じる第3の懸念は「不透明感」。積極財政策などへの期待でトランプ相場に酔った金融市場は、保護主義に伴う負の効果にも目配りが必要になった。
コストや品質を最適にする原材料や部品の供給網が寸断される恐れがある以上、企業も投資戦略を立てられない。
米国が輸入制限に動けば、相手国も報復に出るだろう。経済協力開発機構(OECD)の試算では関税など貿易のコストが10%上がると米国の輸出は15%近く減る。中国や欧州より打撃は大きい。
保護主義のもとで米国が繁栄を謳歌できるという「過信」の上に成り立つトランプ流。内向きの政策がまん延すれば世界経済は縮小均衡に陥り、打撃は計り知れない。
「日本にはトランプ氏に対抗できる交渉カードが必須。それは総合的な国力、成長力だ」(行天豊雄元財務官)。米国発の迷走を止める責務は日本にも重くのしかかる。
[日経新聞1月23日朝刊P.1]
(4) 自国優先「怠惰な4年」に
編集委員 中山淳史
トランプ大統領のメキシコ投資への「つぶやき介入」。自動車産業ではすでに年間70万台分以上が標的になった。
「最も雇用を創る大統領に」はいい。だが、問題がある。まず雇用流出の根拠だ。米自動車3社が本国で最も車を生産した1999年と2015年を比べると、3社の生産規模は確かに18工場、362万台減った。
だが、同じ期間に日韓欧の企業は米国で生産も雇用も増やしている。米国勢の減少はメキシコ移転というより、海外勢に押された結果といえた。
2つ目は米メーカーの振る舞いだ。業界団体の米自動車工業会は新政権にオバマ大統領時代の厳しい燃費規制を緩めるよう嘆願書を送った。メキシコをあきらめる代わりに収益源の大型車が売りやすくなるよう規制緩和を交換取引した。そんな見方がもっぱらだ。
東大の柳川範之教授は「怠惰な4年になる予感がする」と話す。自国優先の貿易を志向し、企業も大統領の顔色をうかがいつつ居心地の良い環境をつくろうと従順を装う。
トランプ政権は「親ビジネス」か「反ビジネス」か。経済閣僚や助言組織には企業経営者が多い。法人税率が引き下げられ、環境規制と石炭などエネルギー開発への規制も緩和されそう。これらは産業界には「心地いいトランプ」だ。
一方、反グローバルの政策が増え、企業が海外で生む利益には課税の手が及ぶ。移民規制も濃厚だ。これは「居心地悪いトランプ」だろう。
グローバル化の象徴、自動車産業は原材料も含め、100カ国以上にまたがる国際貿易で成り立っている。日本車の海外生産は37カ国・地域で1800万台を超え、国内の2倍もある。そんな産業を自国の都合で閉じ込めたり、締め出したりする国が相次げば、世界経済の持続的成長など期待できなくなる。
環境で言えば、オバマ政権の規制は確かに厳しく、企業には重荷だったとの声もある。だが、規制は技術革新の原動力にもなる。
注目すべきは、意外にも中国だ。世界最大の自動車市場、中国は18年から「NEV」と呼ばれる厳しい環境規制を導入。電気自動車の普及で先行してガソリン車で勝てない日欧の自動車大手を追い抜こうとする政策を始める。最近は「中国のイーロン・マスク(米テスラモーターズの最高経営責任者)」を自称する起業家も多数出てきているという。
日本企業はどうすべきか。日本たばこ産業(JT)の小泉光臣社長は「企業買収を含め、あえてグローバルに、技術革新にもっと根を張るしかない」と話す。保護主義の先には縮小均衡しかない。であれば、政治が変わっても「グローバル」「革新」こそが不変の道標だ。日本企業にとってはまさに真価が問われる4年の始まりである。
[日経新聞1月24日朝刊P.1]
(5) 「安倍1強」生まれた死角
編集委員 大石格
「ブッシュホン」をご記憶だろうか。自民党内の基盤が弱かった海部俊樹首相が、当時の米大統領との距離の近さを売り物にして政権運営していたさまを、ふたりの頻繁な電話に引っかけて本紙が生み出した造語だ。1990年の新語・流行語大賞で銀賞に輝いた。
対米追従と皮肉られることもあるが、日米の首脳が親密であるほど安心感を覚える日本人が多いのは間違いない。
93年に来日したクリントン大統領はレセプションに改革派を標榜していた野党党首を招いた。直後の衆院選で自民党は大敗し、結党38年目にして下野を余儀なくされた。
その選挙で初当選したのが安倍晋三首相だ。昨年11月、就任前のトランプ大統領に会いに急きょニューヨークに飛んだ。「実があるなら今月今宵(こよい) 一夜明ければ誰もくる」と詠んだ長州の先人、高杉晋作が念頭にあったろうか。
残念ながら首相のそうした“誠意”は型破り大統領にあまり通じていないようだ。首相周辺は外務省に「主要国で最も早い首脳会談を設定せよ」とねじを巻いたが、狙っていた27日の会談は実現しなかった。就任後の電話もイスラエルなどに先を越された。
「トランプ大統領が信頼できる指導者だ、との考えは変わらない」。首相は国会で力説した。トランプ氏が環太平洋経済連携協定(TPP)離脱の大統領令に署名したのはその半日後。政府はTPPによって国内総生産(GDP)が3.2兆円押し上げられるとしてきた。その消滅はアベノミクスには打撃である。
昨年の参院選で与党が振るわなかった東北地方選出のある自民党議員は「日米自由貿易協定(FTA)交渉をすることになれば、選挙への影響はTPPの比ではない」と心配する。損得勘定が見えにくい多国間交渉と異なり、農業分野で押し込まれるとみるからだ。
さりとて、自由貿易の旗手を自任してきた首相が、「2国間交渉はしない」とはいえまい。日本は安全保障を米軍に依存している負い目もある。
次期駐日大使に就くウィリアム・ハガーティー氏はもともとはライバル候補を支持していた。交渉能力の高さを評価されてトランプ陣営に加わったのは昨年夏だ。
駐日大使にはいろいろなタイプがあるが、テクノクラート型の場合、成果をあげようとしゃかりきになりがちだ。「ミスター・ガイアツ」と呼ばれたマイケル・アマコスト氏がそうだった。
市場重視型個別協議(MOSS)、構造協議(SII)、枠組み協議……。80〜90年代、日米は激しい貿易摩擦を経験した。あの重苦しい日々が戻ってくるのだろうか。
いま与党にも野党にも首相を脅かす政治勢力は見当たらない。そこに外からもたらされた想定外の死角。安倍政権の進む先に激動が待っている。(おわり)
[日経新聞1月25日朝刊P.1]
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