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[ニュース複眼]激変する政治 世界経済の行方は
米欧の政治体制が大きな変革期を迎える2017年、世界経済はどんな影響を受け、どういう方向に向かうのか。保護主義の台頭、財政出動の復権など新たな経済政策の潮流とそのインパクト、世界経済が抱えるリスクを識者に聞いた。
■新たな保護主義の時代に 仏歴史人口学者 エマニュエル・トッド氏
ドナルド・トランプ氏の米大統領選での勝利に驚きはない。2000年以降、自由貿易によって雇用が奪われ、白人有権者の心に耐えがたい痛みが生まれたからだ。トランプ氏の勝利は、労働者階級だけでなく、中間層の怒りでもあったのだ。
英国の欧州連合(EU)離脱決定の理由は移民への抗議だが、投票を分析すると、大衆層が動いたことは共通している。
これはポピュリズムではなく民主主義が正常に機能した結果だ。ポピュリズムから民主主義を守ると言っていたエスタブリッシュメントの人々は、実際は少数の権力者の代表としてみられるようになった。
米英のもう一つの共通点は伝統的な右派エリートのボリス・ジョンソン氏やトランプ氏が大衆の意思を引き受けたことだ。私は資本主義に反対しない。大衆の利益を考慮したエリートが管理する合理的な資本主義に賛成だ。民主主義を機能させるため、英米エリートの一部には柔軟性がある。
今始まろうとしているのは一つの時代だ。グローバル化、つまり新自由主義は1980年ごろに始まった。そこから35年後、我々はまた35年の周期の初期段階にいる。人口学者として私はこれから終わりを見るのではないと断言できる。
自由貿易は絶対的な自由貿易しかない。しかし保護主義にはいくつもの種類がある。ばからしいものも節度あるものもあるのだ。先進世界では保護主義と開国、つまり自由貿易が代わる代わるやってきた。
産業発展は保護主義とともに起きた。米国ではリンカーンが関税を30〜40%にして始まった。欧州ではドイツがビスマルクの保護主義的政策で飛躍的に成長した。自由貿易が利益になる段階はあるが、行き過ぎると格差が生まれ、最先進国での工員の給与を抑制し、最終的に世界的な需要不足につながる。
世界経済は悪化している。成長率は低く一部はマイナス成長だ。行き過ぎた自由貿易は経済を停滞させる。執筆中の本で私はドイツや日本、韓国の低い出生率は自由貿易と関連があると書くつもりだ。経済的な生き残りに必死になると、子供をつくる時間がない。
グローバル化は特に英米で途方もない格差を生み、日仏独にもある。この格差は資本の移動の自由と、低賃金の労働力を使うことで生まれた。
重要なのは格差が生まれる仕組みではなく、先進国が格差を受け入れた点だ。どうして先進国は自由貿易に扉を開いたのか。私は経営者などのビジネス人ではなく、教育階層に問題があると思う。大学と結びついた理論家が格差拡大につながる議論を主導した。
4〜5月には仏大統領選がある。私は最近まで極右政党、国民戦線(FN)のルペン党首の当選は不可能と考えていた。だが仏大統領選の中道・右派予備選でフィヨン元首相が選出された。その経済政策は米英で拒否された新自由主義だ。FNは結果的に社会福祉の党になる可能性がある。フィヨン氏が仏社会福祉を破壊し、ルペン氏がそれを守る候補者とみられるかもしれない。
自由貿易は忘れねばならない。我々の前にあるのは良い保護主義と悪い保護主義の議論だ。給与水準を守ったり、内需を刺激したりする合理的な保護主義は貿易を活発にする。保護主義が国家間紛争になるというのは嘘だ。保護主義は協力的で敵対を意味しない。
(聞き手はパリ=竹内康雄)
Emmanuel Todd 歴史人口学者でフランスを代表する知識人。1976年の「最後の転落」でソ連の崩壊を予言。米国の衰退期入りを指摘した「帝国以後」は世界的ベストセラーに。65歳。
■大衆迎合政策、限界ある 米ハーバード大教授 ダニ・ロドリック氏
米国はポピュリスト(大衆迎合主義者)を軸としたマクロ経済サイクルに入った。
市場がトランプ氏の政策に対する期待に沸いたことは意外ではない。選挙でたくさんの約束をするポピュリストが経済刺激への期待を生むことはよくある。就任後1年から1年半は、米経済が好ましい反応を示しても不思議はない。典型的なサイクルでは政権初期に歳出が膨らみ、民間投資を誘発し、雇用も賃金も増える。すべてがうまく行っているようにみえる。
やがて歳出の制約に直面し、それらが持続的ではないことが明らかになる。政策の逆流に伴って期待も逆流し、時に経済危機に至る。そんなサイクルは1970〜80年代の中南米でみられた。米国がそこまで厳しい状況に陥るとは思わないが、似たような経路をたどってもおかしくはない。
一方、2017年の世界経済で最大の課題は欧州だ。春の仏大統領選など重要な選挙が控える。グローバル化に対するポピュリストの反発がどんな形で表れるのか。結果次第でユーロや欧州連合(EU)統合プロセスへの疑問が強まりかねない。統治機構が脆弱なだけに、ポピュリズムが経済に与える打撃は米国よりも深刻になりうる。
(グローバル化、民主主義、国家主権の3つは同時には成り立たないという「世界経済での政治のトリレンマ」にしたがえば)いま欧米で起きているのは、明らかにグローバル主義やグローバル化への反発といえる。
メッセージは「自分たちの問題に注意を払うリーダーが欲しい」ということだ。グローバルな組織や経済勢力を最重視せず、自国の問題に自国の政策で対応する。グローバル経済が自分たちを苦しめるのではなく、役に立つものになってほしい。言い換えれば、政策の優先順位の再調整だ。
具体的にはグローバルな組織や経済統治を改善する努力と、国内経済や社会を改善する努力を再調整することだ。摩擦を生むならグローバル化の優先順位を下げなければならない。
開かれたグローバル経済を繁栄させる最善の道は、国内経済を繁栄させることだ。国内経済がうまく機能しないのなら、健全なグローバル経済など望めない。その状況で自由貿易協定を締結し、より良い国際経済の協調体制をつくっても国内経済の助けにはならない。
(戦後のドル基軸を定めた)ブレトンウッズ体制には資本管理の仕組みが内在し、グローバル化が国内経済運営の妨げになる際には、国内を優先させる余地が確保されていた。その概念は、今も税制、国内規制、労働政策など幅広い分野で応用できるとみている。
トランプ氏は国内政策の余地をつくろうとしているが、国内優先がすべて正しいわけではない。懸念されるのは(米国内の)対立を深刻にしてしまうことだ。彼は懸け橋になると訴えたが、権威を攻撃し中間層に寄り添うとアピールしながら、政権中枢に金融専門家や大富豪を据え、富裕層の減税を口にしている。(米国で進み、対立の背景にある)脱工業化の問題も、単にメキシコや中国からの輸入品に高関税をかけても対処できない。彼の政策は目標を実現するようには設計されていない。
(聞き手はニューヨーク=大塚節雄)
Dani Rodrik トルコ出身の経済学者。グローバル化、国家主権、民主主義のトリレンマを唱えた2011年の著書「グローバリゼーション・パラドクス」が世界的に話題に。59歳。
■マイナス成長の岐路 独アリアンツ首席経済顧問 モハメド・エラリアン氏
米国では「より高い成長とより高いインフレ」の可能性に直面しているという見方が強まっている。ドル高、堅調な米株式相場が示すように、市場の視線はトランプ氏が強調する多額のインフラ投資、法人税の引き下げと規制緩和に注がれている。
米国株式相場の上昇余地はあるが、条件を3つ満たす必要がある。1つは成長をめざす具体的な政策が持続的に実行されること。次に(トランプ氏が)保護主義的な発言や米連邦準備理事会(FRB)への攻撃を抑えること。さらに議会とホワイトハウスが協力し、経済成長の責任を果たすよう導くことだ。
トランプ氏が米経済の高い成長を取り戻す可能性はあるだろう。議会内の分裂が経済への対処をマヒさせていたが、共和党は両院で多数派となった。立法上のボトルネックを解消する望みが出てきたことは大きい。
金融政策のみに頼る「金融政策依存症候群」から抜け出す可能性が高まっている。中央銀行への過剰な依存を脱し、構造改革とバランスのとれた需要喚起策へのアプローチに移る。緩和的な世界の金融環境と相まって、FRBが金融政策を正常化する道が開かれるだろう。
2017年の欧州は選挙が相次ぎ政治環境はやや不安定だ。低成長が長引いたことで反権力機運の高まりの影響を受けている。投票者が1つの問題だけに大きく左右されやすいことを考えると、予想外の結果が出る可能性は非常に高い。
多くの市場参加者は16年と似た展開になると見ている。中央銀行が不安定さを抑え、経済は低成長ながら落ち着く構図だ。しかし私はこの見方に慎重だ。経済、金融、政治的な視点から、世界経済が歩んでいる道は一段と不安定になりつつある。
17年は世界経済が「丁字路」(分岐点)に何歩も近づくだろう。政治家が経済政策に対する責任を果たさなければ、低成長はマイナス成長に陥り、安定はぐらつく。未来の世代にも影響を及ぼす重要な局面だ。
(聞き手はニューヨーク=山下晃)
Mohamed El−Erian 英オックスフォード大経済学博士。金融危機後、世界の低成長が続く「ニューノーマル(新たな常態)」を提唱した。最近は金融政策への依存に警笛鳴らす。58歳。
[日経新聞1月12日朝刊P.9]
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