「理想気体」でザックリ考える今年の酷暑 夏休み、異常な暑さのメカニズムを分かりやすく解き明かす 2018.7.27(金) 伊東 乾 欧州北部で異例の熱波、各地で干ばつや山火事 大雨も 今年の夏が暑いのは日本だけのことではない。北欧のスウェーデンでも猛暑が続いている。写真はスウェーデン中部マルムチェピングの、日差しを避け木陰に避難した牛たち(2018年7月16日撮影)。(c)AFP PHOTO / TT NEWS AGENCY / Maja SUSLIN 〔AFPBB News〕 台風12号が異様な進路を通って真北ないしやや西向きに進むとみられる今週後半の日本列島、本稿は水曜日の晩に書いていますが、記事が出る頃にはどんなお天気になっていることでしょう? 台風の到来時は、熱帯低気圧で雲が日差しを遮りますから、若干気温は下がるようです。しかし、台風一過、通り過ぎればまた猛暑に逆戻る予報で、これはほぼ間違いなさそうです。なぜでしょうか? そのあたりを考えてみましょう。 熱学の基礎から考える ただごとでない猛暑です。子供やお年寄りを中心に、熱中症で体調を崩す人も少なくなく、冷房の不備など様々な問題が指摘されています。 この暑さの理由、背景をごく簡単に、小中学生、あるいは高校生の子供たちと一緒に、夏休みの宿題ではありませんが、科学的に検討してみましょう。 準備として、ペットボトルを1つ用意していただけると、簡単に演示実験ができます。必要なのはペットボトルと若干量のお湯、それとお水があれば完璧です。 私は学校で物理学を勉強したのですが、演習の授業などは隣接する3学科が一緒でした。物理と天文、それと地球物理学科、略して地物です。 地物はもともと物理学科だったものが、関東大震災を機会に地震や地球のこともこれからは科学的に考え、対処していかなければならない、と、当時の寺田寅彦教授などが設立した学科です。 地震のみならず津波や気象、今で言うところの気候変動など環境学の走りのようなことまで、非常に先進的な内容を扱って、ほぼ100年の歴史を持ちます。 しかし正直、私は地物の科目が苦手でした。だって、分かりにくいのですもの。 地震や気象、気候変動などは複雑なシステムです。それらに対して知的好奇心や興味、専門となれば愛情がなければ、取り組むことはなかなか難しい。 私はその愛情が不足していたんですね。もっとシンプルで、スキッと理解できるもののほうが好きでしたので、固体内の微小領域の量子伝導、今で言うナノテクノロジーの走りみたいなことを学んできました。 しかし、今回は「複雑な気象」をよりシンプルで基礎的な自然法則、熱学を背景に、きわめてざっくりと理解し直してみたいと思います。 湯沸かし器で熱湯を準備して、ペットボトルに4割くらい注いでみて下さい。実際にやってみましたが、あまり少なすぎても、多すぎてもいまいちでしたので、半分くらい、熱いお湯を入れてしばらく置き、しっかりフタをしましょう。 この「しばらく置く」ことが重要です。ボトルの中でお湯の入っていない「カラ」の部分の気体が温まるのを待つのです。 実はそれが、今回の話のポイント「高気圧」「低気圧」のモデルになりますので、1〜2分でいいですからしっかり待ちましょう。 ボトルは350cc程度で十分、500tとか1リットルとかだと大きくて取り回しがしにくいかもしれません。
十分にボトルの中の気体も温まったなと思ったら、しっかり蓋をして、そのまま冷蔵庫か冷凍庫に入れ、しばらく待ちます。 30分とか1時間もすれば完璧ですが、ものの数分でも、効果はすぐに出てきます。何が起きるかというと・・・。 ペットボトルがペシャっと潰れているのが観察できるはずです。なぜ潰れているか? ここでは、ボトルの中の温度が下がり、膨張していた気体が収縮して、圧力が下がったから、とここでは考えることにします。
細かく見ればまだいろいろな理由がありますが、気体の圧力は(絶対)温度に比例するというゲイ=リュサックの法則、あるいはボイル=シャルルの法則と呼ばれる自然法則を、お湯や冷蔵庫、ペットボトルなど身近な対象で感じ、考え、理解することが第1目標にしておきましょう。 高校生向けには、これらを式で表して、圧力をp (pressure) 体積をV (Volume) 温度をT (Temperature)としたとき、(絶対)圧力と堆積をかけ合わせた積pVが温度Tに比例する(∝ 比例するという記号を用いれば) pV ∝ T あるいは、物質の量をn(モル)、比例定数をR(気体定数=正体をご存じの方には、ボルツマン定数とアボガドロ数の積ですが)と書いて pV = nRT (理想気体の状態方程式) として高等学校で習った方もおられると思います。 ちなみに、高等学校ではこの両辺がおのおのエネルギー=仕事の次元をもつこと、これらが熱力学の第1法則=エネルギー保存則の一つの立ち現れ方であること、などの自然の本質を教えません。 学習指導要領という、日本国内だけで通用する、ローカルルールで、自然界が見えにくくなっている典型例と思いますので、指摘しておきます。 気候の話ですから、本当は偏西風とか、いろいろな要素を考えるべきですが、思い切って簡略化し、以下では、いろいろザックリとした話しかできませんので、ひとまず「圧力と温度は比例する」と印象に留めておきましょう。 圧力=気圧が高いというのは、温度が高い場合が考えられ、圧力=気圧が低いときは、温度〜気温が低い、という大まかな傾向のイメージが持てれば、シメタもの。 そう、この夏の異常な「酷暑」つまり気温が高い状態は、日本列島上空の気圧が、ローカルに高くなっている、すなわち高気圧に覆われ、それらが停留していることに、原因があることに、繋がってきます。 気象予報を物理する この夏の猛暑・酷暑の理由について、天気予報やネットの気象情報では「ヒマラヤ高気圧と太平洋高気圧が重なった」とか「2重の布団蒸しみたいな状態」などと記しているのを読みました。 布団蒸し悪くもないのですが、あまり感心しません。というのも比喩でしかないので、その先に論理的な展開を考えにくいからです。 以下では、先ほどの「ペットボトル実験」を背景に、もう少し具体的に考えてみましょう。 地球上の気象は大半が「対流圏」と呼ばれる地表近く、約11キロほどの高さまでのエリアにへばりついている大気が、様々な理由でかき回されて発生しています。 先ほどのような「温度」と「圧力」を考える熱学の観点からは、最も主要な熱源は太陽で、それによって温められた地表とか海水などが2次的に熱溜めや熱源としても機能する、と考えて、大きくは外れないでしょう。 日本列島の南には太平洋が広がっています。この広い太平洋の海の水が温められてできるのが「太平洋高気圧」、日本の夏が暑い理由の一つはこの高気圧=高気温と思って構わない。 日本から地球表面を西に辿ると、マレー半島などを挟んで今度はインド洋を赤道が横切っていきます。 このインド洋の空気も温められて上昇しますが、インド亜大陸の北部にはネパールやブータン、エベレスト=チョモランマなど8000メートル級の山々が聳えています。 8000メートルということは「上空8キロ」に相当しますから、地表の対流圏でも相当上部まで屏風のような仕切りができている。 そこで、インド洋で温められた空気=高温大気=高気圧が、対流圏の上部まで繋がる屏風か衝立に接するような恰好になる。 これが夏の「チベット高気圧」で、今年の夏は、高い上空に形づくられる「チベット高気圧」と、より低い対流圏で発生する「太平洋高気圧」(太平洋にはチョモランマは聳えていませんから)2つの高気圧の裾野が、ちょうど折り重なるようにして、日本列島の上空を覆ってしまっている。 これが、基本的な「酷暑」の基本構図になっている、と考えることができます。 この状況が困るのは、太平洋高気圧も、チベット高気圧も、莫大な面積〜堆積を持つ熱源によって支えられ、互いに高気圧同志で、張り出し合っているところにあるでしょう。 お相撲でも、力士同志が張り手を繰り出し続けたら、真ん中で中々勝負がつきません。一方が引き落としなど、ちょっと変化すると、大きく局面が変わります。 「引き落とし」に相当するのは低気圧で、実際、今回の台風12号も熱帯低「気圧の谷」も、両者の間を風にあおられながら進むことになります。 2人の横綱高気圧が上下にまわしを取り合った真ん中を、熱帯低「気圧の谷」の雲や雨がすり抜けて行くと、そもそもがダブル高気圧のがっぷり四つ組み合い状況が日本列島上空に居座っていますから、再び猛暑に逆戻りと予想される。 という、ザックリとした中期予想の根拠になっている。 ちなみに、ネット上の落書きに「水害兵器と酷暑兵器」による日本攻撃、などという荒唐無稽なものが記されていました。 しかし、こんな巨大な高気圧を停滞させるのに必要な莫大なエネルギーを穏やかに供給し続けるテクノロジーを、残念ながら人類は全く手にしていませんので、かつてオウム真理教が喧伝した「ハルマゲドン」と同類の陰謀説、お話になりません。 しかし「テクノロジー」としては実現不可能でも、公害、あるいは人災として、私たち人類が地球全体に与えている「環境負荷」によって、こうした気象状況が助長される可能性は、リスクとして検討すべきものと言えるでしょう。 テクノロジーなら「制御可能」、そうではない、垂れ流しは「アーティファクト」人災であって、私たち人類や地球環境の全体を、より良い方向に導く力には直結してくれません。 熱中症対策や家族の健康を守るのも大切な知恵ですが、単に「夏暑いのは仕方がない」「当たり前」ではなく、どのようなメカニズムでこの酷暑がもたらされているのかを、手触りをもって科学的に考えてみるのも特に教育の観点からは、重要なことだと思います。 ということで、猛暑発生のメカニズムについて、少し物理してみました。夏休み、お子さんとの頭の体操に活用していただければ、嬉しく思う次第です。
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