よほどチャンスがない限り、誰だってリスクを取り、他の優秀な個人や企業と競争して起業などしたくはないまして衰退していく日本では尚更だ ま、中国のように追い詰められれば話は別だろうが http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/258513/012200067/ 今なら中国の貧困層を追いつめてもまだ耐えるキヤノングローバル戦略研究所研究主幹・瀬口清之氏を迎えて(2) 中国生活「モノ」がたり〜速写中国制造
2018年1月25日(木) 山田 泰司
毎月のように中国を訪問して経済の実態について調査しているキヤノングローバル戦略研究所の瀬口清之氏に今後の中国についてお聞きする第2回。前回、日本企業が中国で成功するワケを明らかにした瀬口氏。今回は、その中国で進むと考えられる産業転換構造などについて聞いた。 (前回の記事「日本企業が欧米企業よりも中国で成功するワケ」から読む) 山田:私は、香港に8年住んで、その後で上海に移りましたが、香港に駐在している人が言っていたんです。本社に報告を上げるんだけど全然聞いてくれないと。これは地域的なことがあるのかなと思ったんです。要は本社が1番で、次はアメリカが2番で、次はロンドンで、次がという感じで。 瀬口 清之 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 1982年、東京大学経済学部を卒業、日本銀行に入行。2004年、米国ランド研究所に派遣(International Visiting Fellow)。2006年に北京事務所長、2008年に国際局企画役。2009年からキヤノングローバル戦略研究所研究主幹。2010年、アジアブリッジを設立して代表取締役に就任。2016年から国連アジア太平洋食品安全プロジェクトシニアアドバイザーを兼務。(写真=吉成大輔、以下人物写真同)
瀬口:出世コースの順番ですね。 山田:そのようなことも関係しているのかなとは思うんですが、とても不思議だったんです。海外で売ろうとして、そのためにわざわざコストを掛けて海外に拠点を置くわけですよね。本社から人を送るわけですよね。だったら、その駐在の人が言うことをなぜ信用しないんでしょう。 瀬口:信用できる人を送ってないからです。 山田:それはどういうことですか。 瀬口:中国市場で本気で勝負をするんだったら、社長もしくは副社長もしくは専務が腹心の役員級幹部を送らなくちゃいけないじゃないですか。でも、実際に送られているのは部長級だとか課長級で、社長や専務と直接話をするときに遠慮をしなくちゃいけないような人を送っていることも多いんですよ。 だから本気じゃないですよ、経営姿勢が。そんな経営ってうまくいくわけがないじゃないですか。それを理解できない経営者が多いというのが、多くの日本企業の共通課題なんです。つまりグローバル市場で堂々と勝負できるプロの経営者が少ないということなんです。 みんな事業部の中で今までは育ってきた。かつての高度成長期には、各事業部がどんどん作れば売れたし、しかも日本のマーケットは大きかった。世界の中でもちょっと前までは2番目に大きいマーケットだった。こんな大きいマーケットを持っている国は、ほかにほとんどなかったわけです。だから、日本の中だけでも十分勝負ができた。 その中で、研究開発の人も生産ラインの人もある程度は、日本ならこれぐらいのものであれば売れるなとか、これじゃ高いよなというのが分かるわけです。これまでの経験から、これぐらい努力をすればこれぐらい値段は下がるなというのが、日本を前提にすればわかっている。そうすると新しい知識を入れなくても市場が拡大していけば、ある程度は売れるという状態が続きますよね。 山田:高度成長期の日本はそうだったわけですね。 『日本人が中国を嫌いになれないこれだけの理由』、瀬口清之著(日経BP)
『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』、山田泰司著(日経BP) 経営者自身が現地を見て判断すべき 瀬口:ところが、そういう時代は1980年代に終わって、バブルが崩壊した90年代から日本は長期停滞の時代に入った。そのころから今度はグローバル化が、ちょうど同じタイミングで進んでいったわけです。また2000年代に入って中国が台頭してきて、グローバル化がますます進んで、日本の地位はどんどん落ちていった。これは当たり前で、グローバルなマーケットで勝負をする仕方が分かってない経営者が、隣に強敵が現れてきたら勝てるわけがないです。 というのが多くの日本企業の問題ですが、例外はあります。それは自動車業界。トヨタ自動車もホンダも日産自動車もグローバル市場でばんばん売っていますから彼らは分かっているわけです。もしくはユニクロや良品計画、それにコマツやダイキン工業。世界のマーケットを分かっているので、勝負をする仕方も分かっているし、海外に人も送る。 そういうメーカーって世界の最先端に目をつけていて、例えば今ならシリコンバレー。あそこの技術に目をつけて、日本の中にどんどん取り入れて勝負をしようとしている。 山田 泰司 山田:なるほど。
瀬口:結局、シリコンバレーでも中国でも、優れた経営者は目のつけどころが違うわけです。現在は80代の大変立派な方で、もう経営の第一線は退いたんですが、私がいつも教えを請うている大経営者の方がいらっしゃるんですけれども、その方にストレートに質問をしたんです。盛田昭夫さんや松下幸之助さんが現役ばりばりだったときに、今のように中国のマーケットがいきなり出てきたら普段どこにいると思いますかと聞いたら、「日本にいるわけないじゃないですか」と言うのです。 山田:面白いですね。 瀬口:中国にいるに決まっていると。実際、例えば以前のローソン時代の新浪剛史さんとか、ユニチャームの高原豪久さんとか有名な経営者で、中国にずっと入り浸りだったという人がいっぱいいるんです。かつて日産が中国に進出したころは、あの忙しいカルロス・ゴーンさんですら年に5、6回中国に行っていたそうです。 山田:そうなんですか。 瀬口:経営者はやっぱりめりはりが必要で、ゆっくり動くマーケットだったら、誰かに任せておいても報告を受ければイメージは持てるわけです。中国なんて3カ月でマーケットは変わるじゃないですか。 留学生が半年前に上海から日本に出てきて、半年ぶりに中国に戻ったら、レンタルバイクが流行っていて、どうやって使っていいのか分からないんですよ、と言うんです。中国人自身が半年で分からなくなるマーケットだから、日本人の経営者が行かなきゃ分かるわけがないですよね。 そういうのを分かっている経営者が少ない。実際日本の経営者のほとんどは行っても年に1〜2回ぐらいです。 山田:今でもそうですか。 瀬口:今でもそうです。 ちなみにホンダは今の社長も副社長も中国で、現地で社長をやっていた、もしくは役員をやっていた人です。コマツは、優秀な中国人が現地にいて、彼には社長、副社長とホットラインがあるので、いつでもすごい情報がリアルタイムに入れられる。トップはすぐにそれを理解するという状況になっているんですよね。 そういう会社じゃないと、今は勝負にならない。それは、アメリカ企業もヨーロッパ企業もみんなそうやっているんですから。 山田:そういう会社はイコール伸びている会社ですか。 瀬口:確実にそうです。 だから、やっぱり日本はプロの経営者を育てなきゃいけない時代にあります。グローバル化の時代、自分の国じゃないから相手が何を欲しているか、どれぐらいの値段で作れるのか、どうやって売るのか、3つとも日本にいたら絶対に分からないはずなんですよ。やっぱりマーケティングをちゃんとやっていかないと駄目なんです。 山田:日本の経営者は中国には行かないけど、アメリカとかヨーロッパには行くんですか。 瀬口:年5、6回行く人は多くないはずです。 山田:それも行かないですか。 瀬口:グローバル市場の最前線でマーケティングをやっている経営者は多くないはずです。部下から与えられた情報の範囲内で経営を行っているだけだと思います。 山田:そうなんですか。 瀬口:たまたま中国ではなく欧米だけで成功している企業もあるかもしれません。しかし、中国に年に1〜2回しか足を運ばないと言っている社長はたぶんどこの国もみんな1〜2回ぐらいずつの人が多いと思います。 山田:隣にせっかくマーケットがあるのに残念ですね。 所得の再分配は荒療治で もう1つ、是非お伺いしたかったのは、所得の再分配についてです。 秋に開催される三中全会(第三回中央委員会総会)で具体的な方策が出てくるんじゃないかというふうにいわれていますが、基本的には所得の再分配で、みんなを底上げをしていこうと、習近平が強調しています。一方で、最近は北京で農民工など低所得者たちが住んでいるところを壊して追い出しにかかっているようです。上海でもその傾向があります。 所得の再分配ということを言うんですが、現実を見るとどうもそれと逆行をしているようなことが今の中国で起こっているように思います。本当に所得の再分配をしていかないと中国は国の運営が難しい。いくら経済が好調でも不安定要素の1つにはなると思うんです。その辺のところはどのようにお考えですか。 瀬口:僕はやらざるを得ないと思います。やらなかったら共産党がひっくり返る。 山田:そうですよね。 瀬口:だから、何が何でも僕はやるんじゃないかなと思うんです。ただ、そのときのやり方が必ずしも優しいやり方ではないかもしれません。荒療治。 山田:荒療治ですか。 瀬口:だから、北京や上海の市街地中心部から貧しい人は追い出す。 例えば日本でも千代田区1番町、2番町、青山や表参道に、貧しい人はたぶん住んでないですよね。それと同じようなことが起きるのかなと思います、それも早く。 日本はゆっくりとそうなっていったと思うんですね、何十年という時間をかけて。中国ではそれが3倍とか5倍のスピードで起きますから、気の毒な方々が追い出されるといった光景が出てくると思います。ただ、どこの国でも大都市中心部というのは貧しい人たちは住みにくい。お金持ちはもっとお金を出しても住みたいから、どうしても貧しい人はそこから排除されちゃいますよね。 そのとき、そういった人たちが職を失わないでちゃんと生活が成り立つようなソフトランディングを、政府が考えてあげられるかどうかというところがすごく重要なんです。たぶん中国はそんなには優しくないかなと。「自分で探せよ」となるんじゃないかなという気がします。 山田:なるほど。 瀬口:実はその方が職探しは早いんです。自分で何が合っているかというのはなかなか分からない。ただどん底まで追いつめられると、多くの場合、ぎりぎりのところで自分に合った仕事を探すんです。 山田:荒療治というのはそういうことなんですか。 瀬口:そうなんです。実はマクロ的にはその方が産業構造転換が早く進みます。 山田:そうなんですか。 (撮影=瀬口清之) 荒療治は場所を選ぶ 瀬口:ただ社会的には不安を呼び起こします。成長しているときであれば何とか仕事が見つかるんですけれども、成長が止まった後にそれをやると、仕事が見つからない人が増えて社会不安が大きくなります。
だからいつまで荒療治が続けられるとか、もしくはどこの地域なら荒療治ができてどこの地域はやっちゃだめだということが重要です。例えば今は、武漢とか重慶とか成都だとか深センだったら荒療治をやっても大丈夫だと思います。いくらでも周りに仕事がありますので。 でも、同じことを深刻な構造不況に苦しむ東北地方のハルビンだとか瀋陽だとか……。あっちでやったらパニックが起きますよね。 山田:場所を選ぶということですね。 瀬口:場所は慎重に選ばないとだめですね。 その中間が北京、上海などです。北京、上海、深セン、天津、広州などでは、職があるないにかかわらず、市街地中心部の住宅を買いたい人たちが多くいます。そういうところに貧しい人を住まわせておくというのがどうなのかというのはある。だから少し郊外に移ってもらうようにする。 そのときに荒療治だけだと貧しい人たちが本当に困っちゃうので、少し優しくいろいろな補助金を付けてあげるとかちゃんと代替の住宅をあげるだとか、職をある程度探してあげるだとかいうようなことをやっていく。その1つが、雄安新区(新たに建設される経済特区。北京から約100kmに位置し、東京都とほぼ同等の面積の規模が予定されている)の開発プロジェクトだと思うんですよね。 山田:雄安新区はありますが、その辺のケアはほとんどやってないですね。仕事を見つけるとかは。 瀬口:今はまだ7%近い成長率なので。 山田:勝手にやれというんですか。 瀬口:勝手にやれと言っても、おそらく社会不安は起きないんじゃないかと思うんですよね。ただし、やられている本人は、めちゃくちゃ大変ですよ。 山田:そうですよね、当事者は。 瀬口:だって本人にしたら、景気がいい悪いは関係なく地獄に落とされるようなものですから。住んでいるところを出ていけと言われるでしょう。慣れ親しんできた職も失うわけでしょう。それはもうめちゃくちゃ大変ですよ。 のた打ち回って苦しんで、結局はeコマースの宅配業をやったり、もしくはちょっとお金があれば車を買って、ライドシェアをやったりとか。今は山のように仕事はあるので、それで何とか吸収されているという感じです。 山田:私の知り合いの上海に住んでいる農民工の人々は、おととしぐらいから上海から追い出されはじめました。彼らは郊外で何とか家賃が1万円ぐらいのところに住んでいたのが、家賃を倍にします、3倍にしますと言われた。 といってここ1〜2年ぐらい、この人たちの給料って上海だと頭打ちなんですね。頭打ちどころかちょっと下がってきているというのが実情で、もう住めないということでいったん自分の故郷に帰る、ほかの都市に行くという現象が起きたんですね。ところが、1年たったらみんな帰ってきたんです。 瀬口:帰ってきたんですか。 山田:故郷に行っても仕事はあるけど賃金は少ない。かといって食料品の値段がぐっと安いかというとそんなことはない。都会で給料が少なくなったといっても3000元もらえるのが、田舎に行ったら1200元しかもらえないので面白くもない。 というようなことで上海の状況は、1年前と何も変わってないんだけどやっぱり戻ってきちゃう。ちょっとこの層の人たちがさまよい始めているというような現象を見ているものですから、マクロの話を伺うと、あ、そういうことなのかと興味深く思いました。 瀬口:政府が実施する政策による調整よりも人間の調整能力ってはるかに高いですね。 だって、信じられない調整能力ですよ。ずっと工場で30年働いていた人がクビになりました。そこでeコマースの宅配業をやれと言われたって、普通はできませんね。 山田:できません。 瀬口:でも家族を養うため、子供を大学に入れるためと、話を伺うともう本当に涙が出るくらい努力をしていますよね。 その家族への想いで人間ってがっと変われる。工場の経営者に会社全体でそんなことをやれといっても絶対に無理ですね。でも、個人だとできちゃうんですよね。それが産業構造の転換の受け皿になるんですよ。 山田:産業構造の転換か。今はまさにその渦中。 40歳を過ぎると職探しは難しい 瀬口:でも、仕事を変わらされる本人は地獄です。社会の構造転換の速さって、本人にとってみんな地獄のような苦しみですよ。でも、まだ食っていけるんですよね。 山田:ただ、実は宅配業は人によっては嫌がるし、また年齢も若くないとできないんです。例えば私の友人なんかは、危険だからと家族が止めろと言うんです。時間の勝負なので、とにかく早さを求められて、危険なんですよ。 瀬口:そういうのがあるんですね。 山田:この人たちが出てきてから、道を歩くのも危なくなってきました。衝突事故などもいっぱいあるので、やっぱりけがもするわけです。 瀬口:こういう話は生で聞かないと絶対に分からないですね。 山田:それと老眼なんかが入ってくると、スマホの画面も見にくいですよね。配達情報を見るなどこの仕事はスマホが必須なので、スマホが見にくいようだとやっていけない。 中国が経済成長で仕事があるといっても、40歳以上になるとぱったり職探しは難しくなるんです。というのがあるので、職はたくさんあるから大丈夫かといわれると、僕なんかはまったくそうだというふうにも思えないというところはあるんですよね。 瀬口:そうか、40歳過ぎてもできる仕事ってそうですよね、少ないですもんね。 山田:そうですね。ユニクロなんかでも募集しているのは35歳までだし。 ですから本当に35歳を過ぎると、なかなか学歴のない人が職を探すというのが難しくなってきて。あるとなると掃除、あとはレストランのウエーター。そうなると、やっぱり月給は相変わらず3000元から3500元ぐらいが上海なんかでも上限。 その辺のところで産業の転換期と言われるとそうなんですが、彼らはそういう中で必死になっても、職が見つからない人は見つからないだろうなとは思います。 瀬口:職はゼロではないけれども、いい職が見つからない。ほかの発展途上国はそこで飢えてしまうけれども、中国はそうならないのが他国との違い。 山田:本当にそうです。そこが中国ではいまひとつ頑張らない人が出てくるところの理由かなと思うんですけど。都市だと餓死するけど田舎だとなかなか餓死はしないですよね。魚や野菜など何か食べるものがある。 瀬口:しかも、本当に生活レベルを落とせば生活費は安いですしね。 山田:本当にそうですね。彼らも田舎に帰って現金収入はほぼなくなるんですけれども、じゃあ、飢えているかというとそうじゃないので、おなかも特にすいていない。そういった話を知人から聞きました。 (以下、明日公開の3回目に続く) このコラムについて 中国生活「モノ」がたり〜速写中国制造 「世界の工場」と言われてきた製造大国・中国。しかし近年は、人件費を始めとする様々なコストの高騰などを背景に、「チャイナ・プラス・ワン」を求めて中国以外の国・地域に製造拠点を移す企業の動きも目立ち始めているほか、成長優先の弊害として環境問題も表面化してきた。20年にわたって経験を蓄積し技術力を向上させた中国が今後も引き続き、製造業にとって不可欠の拠点であることは間違いないが、一方で、この国が世界の「つくる」の主役から、「つかう」の主役にもなりつつあるのも事実だ。こうした中、1988年の留学から足かけ25年あまり上海、北京、香港で生活し、ここ数年は、アップル社のスマートフォン「iPhone」を受託製造することで知られるEMS(電子機器受託製造サービス)業界を取材する筆者が、中国の街角や、中国人の普段の生活から、彼らが日常で使用している電化製品や機械製品、衣類などをピックアップ。製造業が手がけたこれら「モノ」を切り口に、中国人の思想、思考、環境の相違が生み出す嗜好を描く。さらに、これらモノ作りの最前線で働く労働者達の横顔も紹介していきたい。本連載のサブタイトルに入れた「速写」とは、中国語でスケッチのこと。「読み解く」「分析する」と大上段に構えることなく、ミクロの視点で活写していきたい。
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