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ユニクロを脅かすアマゾンの"超個客主義" 他社を突き放すビッグデータ経営
http://president.jp/articles/-/23638
2017.11.18 立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭
PRESIDENT Online
アマゾンはこれまで大量の購買情報を蓄積してきました。そして人工知能(AI)の進歩により、そのデータを使った商品開発の環境が整いつつあります。「私の好み」を把握するアマゾンは、どの分野から手を広げるのか。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「ユニクロのようなカジュアル・ファッションに参入するはずだ」と分析します――。(第2回、全3回)
※以下は、田中道昭『アマゾンが描く2022年の世界』(PHPビジネス新書)の第3章「アマゾンの収益源はもはや『小売り』ではない」を再編集したものです。
全商品が「低価格」ではない理由
AIの登場によって、アマゾンはこれまで蓄積してきたビッグデータの出口を見つけた、と見ることができます。「天の時」が到来し、ようやくビッグデータをユーザー・エクスペリエンスの向上につなげられる時代になったのです。
田中道昭『アマゾンが描く2022年の世界』(PHPビジネス新書)
また「ビッグデータ×AI」は、アマゾンの売上増を直接的にプッシュするものでもあります。アマゾン本体の売上方程式を整理してみると、やはり売上向上のためにビッグデータが活用されていることがわかります。
売上を因数分解すると、「客数×客単価」です。これをさらに分解すると、客数は一般顧客とプライム会員に分けることができます。また、セット率を高める、購買頻度を高めるというのが、客単価を上げるための代表的な施策です。
アマゾンの価格はダイナミックプライシングが特徴です。全商品が低価格というわけではなく、「ビッグデータ×AI」を使いこなし、検索上位の商品や人気商品を中心に低価格にしています。競合と比べれば安価かもしれませんが、ロングテールやあまり数が出ない商品は価格を大きく下げずに、きちんとマージンを取っています。
新サービスのターゲットは低所得者層
さて、セット率(購買点数)を高める、購買頻度を高める、プライム会員を増やすという点に関しては、プライム会員の増加が直接的に寄与します。また、「ビッグデータ×AI」によりリコメンデーション機能が洗練していくほどに、セット率が高まります。あるいはホールフーズの買収によって生鮮食料品の取り扱いが本格化すれば、やはり購買頻度が高まる方向に進むでしょう。
そして一般の顧客を増やすため、最近アマゾン・キャッシュというサービスが始まっています。アマゾン・キャッシュは米国で最近始まったサービスで、銀行口座やクレジットカードを持っていなくてもネットで買い物ができる、というもの。これまでネット通販を利用してこなかった低所得者層がターゲットだとされています。
こうして見ていくと、「客数×客単価」によって売上を伸ばすというプロセスの至るところに「ビッグデータ×AI」が活用されていることがわかります。
従来のマーケティングにおいては、属性のデータは比較的収集しやすいものであり、一方で、消費者の行動パターンと、心理パターンは、わざわざアンケートを行わなければ集められないものとされてきました。マーケティング上の有用性としては行動パターンや心理パターンのほうが高いのに、獲得するのが難しいというジレンマがあったのです。
ところが、アマゾンはここにもイノベーションをもたらしました。アマゾンが蓄積しているビッグデータは行動パターン、心理パターン、属性まですべてを含んでいます。その結果、アマゾンは通常のセグメンテーションよりもはるかに細密な「1人のセグメンテーション」「0.1人のセグメンテーション」を可能にし、売上向上につなげています。
なぜアマゾンは顧客の好みを知っているのか
ビッグデータを売上増につなげるとき、ひとつの強力なエンジンとなるのが、リコメンデーション機能です。アマゾンのリコメンデーションのアルゴリズムは「協調フィルタリング」といいます。ユーザーごとの購入予測モデルといってもいいでしょう。
一般的にはまだ知られていない言葉かもしれませんが、アマゾンで買い物をしている人であれば、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」という表示に馴染みがあるはず。あれが協調フィルタリングによるリコメンデーションです。アマゾンの売上を押し上げているひとつの要因でもありますので、解説しておきましょう。
リコメンデーションのアルゴリズムとして協調フィルタリングと呼ばれているものは、マーケティングにおけるセグメンテーションであり、統計では分類と呼ばれているものです。似たもの同士を集めてグルーピングし、それを分類したり、セグメントに分けていくのがその本質なのです。
アマゾンで使われている協調フィルタリングには、顧客に着目した分類やセグメンテーションであるユーザーベースの協調フィルタリングと、商品に着目した分類やセグメンテーションである商品ベースの協調フィルタリングの2つがあると考えられます。
おすすめの精度が爆発的に高まっている
ポイントは、あるユーザーが商品をチェックまたは購入したデータと、また別のユーザーがチェックまたは購入したデータの両方を用いていることです。その購入パターンから、ユーザー同士の類似性や商品どうしの共起性を解析、ユーザー同士の購買履歴を関連づけることで、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」というリコメンドにつなげるのです。
実際には、さらにそれぞれのユーザーのさまざまな行動ログや各種の検索履歴などもビッグデータとして活用されて、解析とリコメンデーションがなされています。これが高度になったものが、本書でも何度か言及している「0.1人セグメンテーション」なのです。
ここで前提になっているのは、「自分と似ているユーザーの評価と自分の評価は似ているだろう」という仮説です。その仮説から「自分は持っていないが、自分に似ている人が持っている商品はほしがるに違いない」という、さらなる仮説を導いています。
あえてシンプルに述べると、アマゾンにおけるリコメンデーションは、多くのユーザーのなかから自分に似ているユーザーを探し出し、彼らが持っていながら自分は持っていないアイテムをお勧めする、というのが基本です。
ユーザーにしてみれば、それまで知らなかった、意外性のあるアイテムがお勧めされることになり、そのためコンバージョンレートのアップも期待できる、というわけです。アマゾンが驚異的であるのは、ビッグデータとしての行動履歴の範囲とボリューム、リコメンデーションする商品・サービス・コンテンツの範囲とボリューム、そしてリコメンデーションの精度が、爆発的に伸びていることなのです。
アマゾンのビッグデータ分析は今後も「個の分析」の完成度を高めていき、やがては大量生産とパーソナライゼーションを組み合わせることで、マスカスタマイゼーションに着手することになるだろう――これが私の未来予測です。
アマゾンがユニクロの脅威になる
ここまでを踏まえて考えずにはいられないのは、「アマゾンがユニクロの脅威になる」という未来です。アマゾンはすでにプライベートブランドとして7つのファッションブランドを展開しています。そのうえで同社がプライベートブランドでファッションに乗り出すとすれば、最適な分野はユニクロが得意とするベーシック・カジュアルだといえます。アマゾンで高価なブランドを買うことに抵抗感をもつ人はいると思いますが、ベーシック・カジュアルであればブランドごとの違いも小さく、アマゾンも入り込みやすいのです。
顧客ネットワークを持ち、顧客のビッグデータを持ち、それをAIで活用できるアマゾンが自ら開発・製造・販売まで行なうアパレル業界の脅威・SPA企業となる――。
そしてその先では、おそらく「マスカスタマイゼーション」の時代が本格的に始まることになるのでしょう。つまり「ビッグデータ×AI」によって導き出した1対1のセグメンテーションを背景に、一人ひとりにあわせて製品をつくる。それを始めるとすればファッションから、というのが私の予測です。
そもそもアパレル・ファッションは、アマゾンの武器である「ビッグデータ×AI」を活かしやすい分野でもあります。消費者の志向を把握し、最適な商品を勧められるからです。アマゾン・エコーに続くスピーカー型人工知能の新機種「エコー・ショー」や、カメラ付きアレクサデバイス「エコー・ルック」との相性も抜群です。エコー・ショーは、タッチスクリーンつきで画像の表示や動画の再生が可能。エコー・ルックには顧客が撮影した画像からAIがファッション指南してくれるという機能が付いています。当然ながら、ここからもビッグデータを取得しており、今後の商品ラインナップに反映されていくことになります。
「メーカーとしてのアマゾン」という新たな顔
冒頭で「アマゾンのビッグデータ分析は個人を特定することを目的としていない」と述べましたが、個人を特定する意図はなくとも、顧客一人ひとりの購買を増やすため、そして顧客第一主義を貫徹するため、言い換えればユーザー・エクスペリエンスのさらなる向上のために、個の分析は不可欠です。将来的にはマスカスタマイゼーション、すなわち顧客一人ひとりにカスタマイズされた商品を企画、製造、販売するところまでを担うようになるはずです。
ECの王者アマゾンが、ネット上のエブリシング・カンパニーを経て、リアル店舗展開から小売り・流通の王者というポジションを狙うばかりでなく、メーカーとしてのアマゾンという新たな顔を持つ。そんな未来がすぐそこまでやってきています。
2017年5月に米国インターネット協会で行われた対談において、ジェフ・ベゾス(アマゾンCEO)はアマゾンのAI戦略についても触れています。本書の問題意識でもある「アマゾンはなんの会社なのか」「アマゾンは10年後どうなっているのか」「そこでAIはどのような影響を持つか」といった問いにもベゾス自身が答えている貴重な資料となっています。
「アマゾンはなんの会社なのか」という問いには、「最近ではクラウドコンピューティングや動画配信のための番組制作まで行っているが、アマゾンにおいては事業に対するアプローチが統一されており、そのアプローチにこだわった事業展開をしているのがアマゾン」だと答えています。
常にパイオニアとして新たな商品を提供する
ここでいうアプローチとは顧客第一主義、イノベーション、超長期主義のことであり、第1章でも触れたアマゾンのバリューに対応しています。企業によっては、競合主義、ビジネスモデル主義、テクノロジー主義、商品主義などさまざまな主義を掲げるところですが、アマゾンを特徴づけているのは、やはり顧客第一主義であると強調しているのです。
一方で、ベゾスはこうも話しています。
「顧客に対してはただ単に顧客の声に耳を傾けていればいいということではなく、顧客は常によりよいものを求めており、そのためにもアマゾンが顧客に代わって常にパイオニアとして新たな商品・サービスを提供することが重要である」
これはイノベーションを追求する姿勢を改めて示したものだといえます。超長期主義については、「2〜3年でも5〜7年でもなく、さらに長期の視点で事業を考えることである」と述べています。たとえば今四半期の決算結果は3年前からすでに予測されたものであり、CEOとしての自分はすでに3年後である2020年の当該四半期の結果を注視していると語っています。真偽のほどはわかりませんが、超長期主義についての徹底ぶりは十分にうかがい知ることができます。
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