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「技術の日産」の看板が泣く「無資格検査問題」の深刻度 全日本車のコスト増を招く…?
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53143
2017.10.10 町田 徹 経済ジャーナリスト 現代ビジネス
問題の波紋が広がっている
日産自動車が、「型式認証制度」に基づく出荷前の完成検査を資格のない従業員に担当させていた問題で、不正発覚から10日が過ぎ、次第に波紋が広がっている。
同社が10月6日に提出した「リコール届出」によると、対象は、過去3年あまりの間に製造された38車種116万台。世界が注目する新型電気自動車(EV)「リーフ」を含む日産車のほか、いすず「エルフ」、スズキ「ランディ」、マツダ「ファミリアバン」、三菱「ランサーカーゴ」など、相手先ブランド供給(OEM)契約に基づいて他社が販売した車種も含まれていた。
注目すべきは、自動車の安全確保策の要の一つで、同一車種を大量生産(販売)する大手にだけ認められた簡易手続きである「型式認証制度」に影響しかねない点である。この制度は、自動車の貿易自由化交渉においても大きな意味を持っており、欧州連合(EU)や米国との間で国際標準化が大きな課題となっている。
今回の不祥事で、日本の現行制度が杜撰だとみなされれば、今年7月の日EU首脳会談で大筋合意した経済連携協定(EPA)の、妥結へ向けた詰めの協議に悪影響を与えかねない。
また、今回の問題をきっかけに、制度そのものを厳格化することになれば、新車の販売価格を押し上げる要因にもなりかねない。
市場には「車の製造にはさまざまな工程があり、工程ごとに厳格な検査をやれば、最終検査は形式上・書類上の問題に過ぎない。日産自動車を厳正に処罰すればコトは足りる」という声もある。しかし、「あれほど大規模なリコールを出した以上、制度の抜本的な見直し論が不可欠だ」という厳しい見方も根強い。
関係者は神経を尖らせずにはいられない状況になっている。
原因は「不明」なのに、「安全」と主張
問題発覚の端緒は、9月29日の国土交通省の発表だった。
9月18日から29日までの立ち入り検査によって、日産車体湘南工場・日産自動車追浜工場・日産車体九州・日産自動車九州の国内4工場で、「社内規定に基づき認定された者以外の者が、完成検査の一部を実施していたことを確認した」と公表したのである。加えて「日産からの報告」で、同様の問題が「日産栃木工場、日産車体京都工場を加えた(国内)全6工場」で存在したとの補足説明もあった。
日産自動車の西川広人社長。photo by gettyimages
これに対する日産の情報開示はお粗末だった。国交省の発表と同じ日に最初の記者会見をしたものの、出席したのは部長クラス2人だけ。経営トップが欠席で、事態を軽視しているのではないかと記者たちの反感を買った。
しかも、2人が明確に説明できたのは、まだ販売・引き渡しされていない在庫状態の21車種6万台を登録停止にしたことぐらいで、最初の立ち入り検査から10日以上が経過していたにもかかわらず、準備不足は明らかだった。
日産側は、いつから不適切検査が行われていたか「不明」なうえ、検査をしたのが無資格者だったと認めながら、検査項目をすべて充足しているので「安全」と言い張った。無資格の検査担当者の資質が問われていることを理解していないその対応は、居合わせた記者の苛立ちを募らせた。
会見の席で、リコールの実施を明言できなかったのも問題だった。また、リコールの対象となる台数を当初「90万台程度」としながら、のちに「121万台」、さらには「116万台」へと説明が二転三転し、マスコミが騒ぐタネを提供したことも大きかった。西川広人社長が10月2日夕刻になって横浜本社で記者会見したものの、メディア側の不信解消にはほど遠かった。
西川社長は、問題の原因や存在を発見できなかった理由について、ことごとく「不明」としたうえ、「(自身は)国土交通省から指摘されるまでまったく認識していなかった」と発言した。「(問題の)ある部分は常態化していた」と認めながら、経営陣が把握できていないというのは、日産のガバナンス体制の致命的な欠陥とみなされた。
こうしたなかで、10月4日付の共同通信が「不適切検査を(適切と)偽装した疑い」を、NHKが5日朝のニュースで「(最終検査をした無資格従業員に)期間雇用社員まで入っていた」ことを相次いで報道。日産への社会的不信が増幅された。
西川社長は近くリコールを届け出るとして、その費用は「250億円以上」という見通しを示したが、「技術の日産」というブランドの毀損は計り知れない。
ルノー・日産グループは昨年秋、三菱自動車をグループに迎えて、販売台数で世界一の座を狙う体制を整えたばかり。
また、日産の新型EV「リーフ」は、1回の充電で400kmの走行が可能となり、大きな期待を集めている。開発段階で、リチウムイオン・バッテリーの水没テストなどを「他社にはまねができない」(自動車業界関係者)ほど徹底し、業界関係者から称賛の声が聞かれていた。
電気自動車(EV)界の期待の星、日産の新型「リーフ」 photo by gettyimages
今回の不祥事は、そうした勢いを大きく削いでしまった。さらに極めつきは、石井啓一国土交通大臣の以下の発言(10月6日)だ。
「型式指定自動車の製作者が、完成検査を適切に実施していなかったことは、自動車の使用者に不安を与え、かつ自動車型式指定制度の根幹を揺るがす行為であり、きわめて遺憾。安全性の確保と再発防止の徹底について、厳正に対処してまいりたいと考えております」
「型式指定の取り消しや停止といったことも選択肢として入っているか」との記者からの質問には、
「いろんなケースがあり得る。こういった事態を二度と起こさないということが重要。過去の状況等も踏まえて、今後の対応は検討したい」
と述べ、同社への厳しい処分を匂わせた。
制度見直しでコスト増の可能性も
石井大臣発言で明らかなように、国土交通省が神経を尖らせているのは、今回の問題が「型式認証制度」の信用を揺るがしかねないからだ。
本来、公道で車を走らせるためには、完成車を1台ずつ陸運局に持ち込んで保安基準に適合しているか審査を受けて車検に合格し、その証明を得る必要がある。が、そうした手続きを大量生産される車のすべてに科すのは、コスト面でも所要時間の面でも大変だ。
そこで、道路運送車両法は、大量生産される自動車(もしくは外国車を大量に輸入して販売するディーラー)に簡易手続きを認めている。保安基準に合致しているという車種ごとの型式認定をあらかじめ受けておき、メーカーの工場で行われる完成検査でその型式に合致していると確認できれば、あとは書類審査だけで車両登録を認めて販売できる仕組みだ。
ちなみに、道路運送車両法の自動車型式指定規則は、型式指定の申請だけでなく、完成検査を行う従業員が所属する工場と従業員名・その印鑑をあらかじめ届ける書類や、実際に完成検査が終了したことを示す終了証の書式なども細かく定めている。この検査を担当する資格の取得には、各社の社内規定に則った手続きが必要だ。
それなのに、日産では、手続きを経ていない人物が検査を担当し、資格を保有する人物の印鑑を押していた。刑法の私文書偽造罪に問われてもおかしくないほど、呆れた行為と言わざるを得ない。
とはいえ、今回の処分として日産が型式認定を取り消されれば、登録手続きに時間やコストがかかるようになり、日産車の販売価格上昇につながりかねない。
さらに、日産の不正検査を受けて型式認定制度そのものが厳格化されれば、他の大手自動車メーカーの価格高騰にまでつながる恐れがある。
EUが関与する口実になりかねない
三菱自動車やスズキの燃費不正事件を受けて、国土交通省は、自動車型式指定規則を昨年秋に一部改正したばかりだ。型式指定の申請書や関連書類に虚偽の記載をすることを禁じ、違反したら処分する規程が新設されている。
今回、そうした規定が完成検査の不正を視野に入れておらず、厳しい処分ができないとなれば、自動車型式指定規則の再見直し議論が浮上しかねない。
一方、フォルクスワーゲン(VW)の排ガス不正問題を受けて、EUは今年5月の閣僚理事会で認証制度の厳格化方針を了承、現在、具体的な法案づくりを進めている。
最も注目されるのは、現在、各国の政府が「型式認証」制度の監督権限を一元的に握っている点を改め、欧州委員会に車両検査や制裁金を科す権限を持たせ、EU全体で監視する条項が入ることだ。
VWによる不正の教訓として、政府による自国メーカーに対する監視は甘くなりがちで、一連の不正の温床になったとの反省があるという。
欧州に輸出する日本車の型式認証について、規制権限をすべて欧州委員会に譲れ、といった極端な要求がただちに提起されることはないだろう。
しかし、日産の今回の不祥事は、スズキや三菱自動車の燃費不正に続くものだ。EUが事態を重視すれば、日本の型式認証に一定の関与ができる権限の付与や、経済連携協定(EPA)で合意した日本車の関税ゼロ化を先延ばしすることの口実にされかねない。
事態は、日産1社の問題にとどまらないほど、深刻なのである。
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