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ヤマト運輸の配送車両(「Wikipedia」より/Tennen-Gas)
ヤマト、経営陣は問題をすべて営業現場へ丸投げ…一斉大幅値上げで社員の労働改善
http://biz-journal.jp/2017/10/post_20820.html
2017.10.04 文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント Business Journal
宅配便最大手ヤマトホールディングス(以下、ヤマト)が、中期経営計画(以下、中計)を9月28日に発表した。この中計は当初2017年3月期末に発表される予定だったが、半年遅れとなった。遅れた理由は、昨年発覚した大規模な残業代の未払い事件を受けて、2月に組合と宅配便個数の総量規制や残業対策などを合意して、それらの対策を織り込むなどしていたため。
いまや市民の生活インフラとなった宅配だが、その業界最大手に起こった問題だっただけに、“半年遅れの答案”提出に、どんな通信簿をつけることができるのか。
■働き方改革に1500億円、原資は値上げで賄う
ヤマトの山内雅喜社長は、中期経営計画の発表会見でいくつもの意欲的な改革計画をぶち上げた。愁眉の課題となっていた「働き方改革」が柱とされ、この分野でネットワーク改善などに1500億円を投資するとした。また、物流施設や車両の更新などへの2000億円の投資も盛り込んだ。
夜間配達専門のドライバーを19年度までに1万人配置し、再配達問題に対しては街中にオープン型宅配ロッカーを増設したりコンビニエンスストアでの受け取り拡大を進め、自宅外での荷物受取比率を10%に高める。これらの施策により、正社員の超過勤務時間を半減させ、パートの超過勤務も「大幅抑制」するとした。
さて、これらの投資は、もちろん宅配料金の増収による。ヤマトの場合、宅配個数は総量規制というかむしろ減量が要請されているので、原資は値上げ分ということになる。
個人顧客の値上げについては、すでに5月の段階で発表されていた。ヤマトの宅急便料金には、個人向けと法人向けがある。個人の料金は荷物の大きさと配達先の組み合わせで料金表が公表されている。関東から関東へは「サイズ60(荷物の3辺の長さの合計が60cmまで)」が756円で、これが最低料金となっている(9月末現在、宅急便コンパクトは別)。この料金は10月1日から840円となった。11%の値上げだ。
■アマゾンとの値上げ交渉に成
ヤマトの場合はしかし、個人客より大口法人顧客との個別交渉料金のほうがよほど同社にとってインパクトがある。法人料金は公表されていないし、それぞれの顧客企業が年間に出す荷物数により個別に設定されている。
ヤマト広報部によれば、出荷数の少ない企業の場合、出入りしているヤマトのセールス・ドライバーがその企業に料金を示し、出荷数が多い企業の場合は、ヤマトの支店の法人営業が交渉に当たって決定するという。
アマゾンのような超大口顧客との価格交渉は、もちろん本社マターとなっているだろう。ヤマトが取り扱った宅急便の個数は、年間18.7億個(17年3月期)だった。そのうち、アマゾン分は3億個程度と推定されている(「週刊文春」<文藝春秋/2017年3月9日号>より)。
私は年初から、「ヤマトの宅急便の増収あるいは個数減対策は、個人客や多くの法人顧客の問題ではない、最大顧客のアマゾンを放棄すれば解決できる」と、指摘してきた。個数ベースで同社の取り扱いシェアの2割近くを占めるアマゾンの単価は250円程度と推定されている(前出「週刊文春」記事より)。17年3月期のヤマト全体の取り扱い単価の平均は559円だったので、平均の半額以下だ。そして、伝統的に交渉下手のヤマトではアマゾンを放逐することなどできないだろう、とも予測してきた。
ところが今回の発表で、アマゾンとの価格交渉は単価400円強とすることで合意した、とあったので、私は虚をつかれた。「山内社長、なかなかやるな」ということだ。アマゾン価格が150円以上引き上げられれば、それだけで450億円の増収となる。さらにアマゾンだけでなく、値上げ交渉を行った大口法人顧客約1000社のうち8割もが値上げに応じた、というではないか。
■毎年価格を自動的に上げられる?
さらにヤマトでは、法人価格についてはこれから毎年価格改定を行っていくという。新しい運賃体系では、大口の法人顧客ごとに荷物1個当たりのコスト計算をして、その顧客に対する運賃を算出する。それをもとに個別に交渉して価格設定をし直すという。従来の方式では、一度合意された価格がなかなか改定されず、何年も適用されてきた。
新しいやり方では、いわゆるインデックス方式を採用するという。これは、スタート時の価格を100とすると、毎年の変動係数によりそれを改定していくというものだ。ヤマト側の腹算用としては、上のほうに動いていくことを想定しているのだろう。
変動係数として社内で統一的に使うのは、(1)人件費の変動、(2)燃料費の変動、(3)ヤマトの配送作業の効率化への協力度合い、の3要素だという。
しかしこの方式では毎年、翌年の価格について営業担当者が顧客とタフ・ネゴシエーションをしなければならない。そして、交渉により価格上昇に落ち着くかわからない。交渉に入ること自体がヤマトにとってヤブヘビ、つまり値切られてしまうこともあるだろう。
実際、ヤマトは2014年から大手法人顧客向け価格の値上げを断続的に行ってきたが、その都度競合との価格競争に巻き込まれて長期的な単価引き下げと営業利益率低下という負のスパイラルを繰り返してきている。
今回の新方式の発表に当たり、ヤマト幹部は「(人手不足で人件費が上昇している背景から)コストに連動する形でサービスの価格が決まる考え方が日本に定着してほしい」(9月27日付朝日新聞記事)と語っているが、他人事のような物言いで、ただの願望であり、とてもその実現に自信があるとは感じられない。
■染み付いた交渉下手
ヤマトという会社の、いざという時の交渉下手には定評がある。宅配便で日本最大の顧客は、もちろんアマゾンである。アマゾンはもともと佐川急便にその最大ロットを依頼していた。ところが、低価格設定でコストをあまりに圧迫するので、佐川では13年に至り値上げという口実でビジネスを返上した。
それを獲得したのがヤマトだが、当時のヤマト経営陣は価格について交渉することなく、アマゾンの配送を引き受けてきてしまった。この「アマゾン獲得」の凱旋報告に出席した社員が、その交渉の稚拙さに大いに怒っていたことを思い出す。その時困っていたのは、アマゾンのほうだったのだ。
この結果、アマゾンを引き渡した佐川急便では売上が減少したが営業利益は大幅に改善した。引き渡されたヤマトでは逆に売り上げは急進したが、営業利益は大幅に毀損してしまった。トップを大きく伸ばして、ボトムを急落させるという、下手な経営を絵に描いたような交渉が行われたのである。
そして今回の「スライド式新価格体系」だが、それが通用するかは見ものである。今までやらなかった、毎年の交渉ごとを現場の営業に押し付けるだけで、あとはトップとしては「うちの営業は……」と嘆くだけではないのか。
■経営者には覚悟と責任が
ヤマトの宅急便ビジネスが社会的に注目を浴びたのは、16年に発覚した大規模な残業代未払い事件だった。同社は17年2月に至り、組合との春季交渉で宅配便の総量抑制の要請を受け、「申し入れを真摯に受け止め、対策を図る」とした。そして、再配達の手順見直し、価格値上げ、働き方改革などを打ち出してきたわけだ。
今回の中計では、荷物の総量を18年3月期までには17億7000万個まで減らし、体制を整え直した後に再上昇に転じる、とした。
しかし、総量減活動の途中結果はどうか。8月末に発表された直近の同社資料では、4月から8月までの今期累計で、宅急便取り扱い個数は対前年比104.2%と増えている。ついでながら17年3月期で取り扱い価格は、対前年比で3.3%減じていた。
山内社長は中計で素敵な絵を見せてくれたが、足元ではまだ組合との2月の約束以来、何も起こっていない。夜間配達専用セールス・ドライバー1万人新雇用なども実現性はどの程度あるのか。
ヤマトといえば、すぐに思い出すのが名著『小倉昌男 経営学』(小倉昌男/日経BP社/1999年)だ。宅急便の創始者、小倉氏は前例のない事業を推し進めるため、国と訴訟を構えることもいとわなかった。腰の据わった、すばらしい経営者だった。
振り返ってヤマトの現状を見れば、昨年来の残業代未払い事件を発端に、そのサービス改革への社会的な理解はかつてないほど高まっている。むしろ、社会的要請といってもよい。
そのような状況にあって現経営陣は、なんだかわからない、そして実現性が薄い「新スライド価格決定方式」なるものを導入して問題を営業現場に押し付けようとしている。これは、個数のボリューム増という問題をすべてセールス・ドライバーという現場に押し付けてきた経営姿勢と一貫しているものだ。
大口の法人顧客には、むしろ個人客より高額な価格を要求するなど、発想の転換をしたほうがよい。ヤマトで変わるべきは価格方式よりも、状況に対応できないままできた経営陣なのではないか。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)
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