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トヨタが自動運転で出遅れたのはどうやら「カイゼン」のせいだった 最大の強みが、最悪の弱みに
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53024
2017.09.28 井上 久男 ジャーナリスト 現代ビジネス
トヨタが抱える重大な「欠落」
1兆円を超える研究開発投資を続け、人材も資金も圧倒的に豊富なトヨタ自動車が、自動運転の商品化で出遅れているのはなぜか。ここには今後の日本の自動車産業の競争優位を揺るがしかねない大きな問題が隠されている。
実は今のトヨタには、最新のある技術が欠落しているのだ。それは、「バーチャル・シミュレーション」を使った開発手法だ。
それを説明する前にクルマの開発の流れを大まかに説明しよう。クルマは商品企画で、どのような製品にしたいか、たとえば「スポーティーな若者向けにする」といったようなコンセプトが定まり、「高速走行時に搭乗者にかかる重力をいくらまでに抑えるか」などの細かい仕様が定まっていく。
その仕様を作るために、開発の上流段階で、実物のクルマやエンジンなどを試作して実験を繰り返し、燃費や安全関連のデータを取り出していく。仕様書は別名「要求書」とも呼ばれる。試作と実験を繰り返して得たデータから、設計部署への「要求」が定まる。そこからCAD(コンピューター支援による設計)を駆使して設計図が出来上がる。
設計図が完成した後に次は「量産化試作」に入る。図面通りにできるか否かを確認する工程だ。ここでは、開発部門と、製造ライン構築を担当する「生産技術」が協力し合って量産体制を準備する。
ところが、自動運転の時代に突入して開発手法が大きく変わった。現在のレベル1(自動ブレーキなどの単一機能の自動化)やレベル2(複数の機能の自動化)の自動運転でも、仕様書を作る段階で約600万シーンを想定した開発が必要と言われる。シーンとは「映画やテレビの場面」と同じ意味だ。人が関与しない完全自動運転のレベルになると、億単位のシーンを想定しなければならない。
危険回避のためにも、天候、道路条件、運転手の技量などクルマが走行するあらゆるシーンを想定して車載ソフトウエアが開発されているのだ。このソフトウエアのボリュームを示す「行数」は、今の高級車で1000万行ほどあるとされ、実は最新の航空機よりも多い。
こうした開発にいちいち現物の試作車で対応していたら、ある外資系メーカーの試算では完全自動運転車の開発に10の6乗年(100万年)かかるという。
ベンツやBMWなどは、いち早くこうした課題に気付き、仕様書を固めるプロセスで実物の試作車を造って開発する発想をやめた。三次元のバーチャル・シミュレーションの開発ツールを用いることで、データを取り出す手法をとったのだ。高速走行中の衝突試験も、悪天候での走行試験もすべて画面上で再現できるノウハウをドイツは確立させた。こうした手法を「バーチャル・エンジニアリング(VE)」とも呼ぶ。
9月14日、フランクフルトモーターショーに姿を見せた独メルケル首相(Photo by gettyimages)
そもそも、このVEは、巨大システムや宇宙開発の分野で用いられていた手法だ。宇宙探査機がどのような条件下で動くのか、実際の「現場」を確認しながら開発することは不可能だ。また、巨大システムはそれ自体がバーチャルな世界のものだ。自動運転のクルマも巨大システム化していく中で、こうした開発手法が求められるようになった。
こうした話をすると、「日本は三次元CADでは進んでいる」といった反論が出るが、それとは次元が違う。VEの導入は設計の上流で開発を完結させるという意味で、設計思想の根本的な変更である。「設計革命」と呼べるかもしれない。それに対してCADの活用は、手作業を効率化していくイメージで「業務の効率化」の範疇の域から出ない。言ってしまえば、「革命」と「カイゼン」の違いなのである。
「バーチャル」vs.「現場主義」
ではVEの分野でドイツが先行し、トヨタが遅れるのはなぜか。それには大きく2つの理由がある。そこからは、トヨタの「強み」が「弱み」に変わったことも分かる。
トヨタの強みは、前述した「生産技術」にあった。設計に多少のミスがあっても、生産技術で修正してきた長い歴史がある。トヨタ車の品質の高さは、生産技術に依存してきたと言っても過言ではない。
ところがこの仕組みが、開発の上流工程で完全なものを設計するという思想の欠落につながり、トヨタはVEを使った開発を軽視した。
特にトヨタには「現地現物」を大事にする社風がある。実物を目で確かめて開発することを大切にしてきたのだ。事実、リコール多発の要因の一つも「デジタル設計を過信したことで『現認』が足りなくなったから」と考えた。2年前、筆者が開発担当役員に対して、1兆円の開発費の使途で最も力を入れているのはどの分野かと聞くと、「試作」と答えた。実物を確認しながら開発することに注力していることを強調したのだ。
こうした思想が自動運転の世界では、ある意味で「裏目」に出た。これが一つ目の理由だ。
20年以上トヨタを取材してきた筆者は「現地現物」の重要性も分かっているつもりだが、時代の流れに合わない「現地現物」は見直す必要がある。「現場主義の過信」が、最新技術の導入を妨げてはいけない。
一方のドイツ勢はトヨタほどの生産技術力がないため、上流での完結を目指す思想が強まった。「最大のライバルである日本車に勝つためには、次世代技術で先行しなければならず、そのためには開発手法をゼロから見直すという大きな発想の転換もあった」と、ドイツ企業をベンチマークしたある日本企業の関係者は語る。こうした思想の転換が自動運転の時代にマッチした。
「暗黙知」を「形式知」にせよ
二つ目の理由は、下請け構造の違いによるものだ。トヨタはケイレツ企業を中心に「阿吽の呼吸」で仕事をする。これは、見方によっては、細かく指示しなくてもトヨタの言うとおりに動いてくれるという「強み」でもある。これに対して、ドイツの部品メーカーは、グローバルに買収を繰り返して多国籍的な「メガサプライヤー化」した。
同じドイツのメーカーだからという理由で「以心伝心」の仕事はできなくなったので、デジタル化を推進する風潮が下請け企業にまで広がった。VEを使っての開発体制は今や下請けにまで浸透しているという。要は、時代の流れに対応するために、経験則である「暗黙知」を、誰にでも伝わりやすい「形式知」に変える努力を産業界全体でしているということだ。
実際、VEの開発ツールは、ドイツの独壇場だ。国を挙げてその標準化も推進しており、業界関係者が集まるコンソーシアム「ペガサス」は日本のカーメーカーの間でも最近注目され始めている。ある関係筋によると、焦ったトヨタは最近、全面的にドイツ製の開発ツールの採用を決めたという。
自動運転に限らず、EV(電気自動車)の時代になっても、VEの技術は重要だ。一般的に、EVはハードとして構造はシンプルになるが、制御システムは複雑と言われており、立派なクルマを短期間で開発するにはVEの技術は欠かせないからだ。トヨタがEVでも出遅れているのは、こうした要因も関係している。
VEを使った開発手法は別名「モデルベース開発(MBD)」とも言われる。このMBDについて日本で相対的に進んでいるのがマツダなのだ。実は、トヨタとマツダの提携のカギもそこにある。トヨタがマツダのノウハウを狙って接近したのだ。多くのメディアが、「莫大な資金を持つトヨタの環境技術をマツダが欲している」と推測しているが、こうした見方はあまりにも皮相的だ。いずれ本コラムでもマツダのMBDについて紹介しよう。
8月の資本提携発表で、トヨタの豊田章男社長(左)とマツダの小飼雅道社長
日本はきめ細かな「擦り合せ型」のモノ造りを得意としてきた。しかし、自動運転やEVの時代になると、その強みが失われるのではないかといった論調も出ている。これも皮相的な見方だ。MBDを用いて時代の流れに合った「デジタル擦り合せの」技術を確立させていけばいいのではないだろうか。
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