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「定年後」は50歳から始まっている
http://diamond.jp/articles/-/140255
2017.8.30 楠木 新:ビジネス書作家 ダイヤモンド・オンライン
定年を境とする大きな落差。これを埋めるためには、少し前もっての「準備」が必要なのかもしれない。その日が来てから慌てないために、あらかじめ考えておくべきことがありそうだ。
定年前後のギャップが大きい
これまでの連載では、定年退職した男性が社会とのつながりを失って「誰も名前を呼んでくれない」状態に陥った事例や、「家庭に居場所がない」ことから家族との間に軋轢が生じているケースも紹介してきた。これらの問題の本質を一言で言えば、「定年を境として落差が大きすぎる」ということだ。
定年退職日はある時点でいきなりやってくる。その日を境に、長年取り組んできた仕事も、会社での人間関係も、スケジュールもすべて一度に失われる。一方で、本人自身はいきなり変わることはできないので、そのギャップの大きさに戸惑うのである。
毎朝7時に起床して、8時の電車に乗って出社して、残業をこなしてちょっと一杯飲んで家に戻ると夜10時過ぎ。そういう生活を40年近く続けてきた後に、いきなり朝からまったく自由で、何もやることがない生活に移行する。
そのギャップは、当初大きな解放感になって現れる。ほとんどの人が会社生活から解き放たれた喜びを語る。そして解放感が徐々に収まるとともに現実に引き戻される。多くの自由な時間を楽しく過ごすことができれば良いが、何をしていいのか、何に取り組んでいいのか分からなくなる人も少なくない。社会とつながりたいと願ってもう一度働くことを目指しても、面接にもたどり着けない。そして時間はたっぷりあるのに逆に焦ってしまうのだ。
この定年前後のギャップを埋めるには、定年前の働き方を修正するか、定年後の生活を変えていくかのどちらかの対応になろう。
定年後というと、すぐに定年退職日以降のことを考えがちであるが、どのように対応するかという観点から見れば、「定年後は50歳から始まっている」というのが、取材をしてきた私の実感である。拙著『定年後』(中公新書)の副題を「50歳からの生き方、終わり方」にしたのはこういう趣旨である。
ここでは定年前の状況に焦点を当てて、もう少し深堀りして考えてみよう。
会社本位スタイルが一つの要因
1990年代後半以降、従来の日本的雇用慣行は変化しているにもかかわらず、個人側からの自律的なキャリア形成はそれほど進んでいない。会社本位スタイルとも呼ぶべき、会社勤め中心の働き方(ライフスタイル)が依然として強く存在している。
このような会社本位の働き方が高じると過度に組織への帰属を強めてしまい、長時間労働、サービス残業、持ち帰り仕事など“労働のダンピング化”が生じる。
過労死事件に詳しい弁護士の川人博氏は、その著書(『過労自殺』岩波新書)の中で「(日本の)中高年労働者の過労自殺は、直接的には過労とストレスから起こるものであるが、その根底には個人の会社に対する強い従属意識があり、(中略)これを『会社本位的自殺』と呼ぶことが可能であろう」と述べている。
過労死というやや極端な例を対象にしているが、根本は、私の言う会社中心の働き方と同じものであると思われる。
また数多くの会社員小説を分析検討した作家の伊井直行氏も、『会社員とは何者か? 会社員小説をめぐって 』(講談社)の中で、「会社員は好むと好まざるとにかかわらず、働いている間は会社と一体化している」と指摘している。
こういう就労中心の働き方は主に高度成長からバブル期の間に醸成されてきたものである。昨今の定年退職者はまさにこういう時代のもとで働いてきたのである。
こうした会社本位のライフスタイルのまま退職すると、どうしても生活実感を持ち得なくなって、定年後の自分の着地場所が分からなくなる。また新たに見つけるのにも時間がかかる。
高度成長期やバブル期は遠い昔になりつつあるので、私たちの子どもの世代ではこのギャップはかなり修正が加えられるようになろう。しかし、しばらくの間は残り続けるのである。
名刺に見る定年前後のギャップ
作家の重松清氏に『定年ゴジラ』(講談社文庫)という作品がある。会社を退職したばかりの男性が互いにあいさつする場面で、「二人は同時に上着の内ポケットに手を差し入れた。しかし、ポケットの中にはなにも入っていない。(中略)もはや名刺を持ち歩く生活ではないのだ。二人は顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑いを浮かべた」と書かれている。組織に長く依存してきた元会社員の姿を見事に描いている。
定年退職すると使わなくなるものは結構ある。背広、ネクタイ、カッターシャツ、定期券や身分証明書もそうだ。しかし一番大きいものは名刺だろう。
会社員から転身した人たちにインタビューしていて気がついたのは、会社での立場を失った時に名刺について言及する人が多かったことだ。
長年勤めた百貨店をリストラで退職した元店長のAさんは、「名刺を持たずにビジネス街を歩く自分が、はじめは許せなかった」と語り、損害保険会社の管理職からカウンセラーとして独立したBさんは、「会社員時代の肩書のいっぱいついた名刺よりも、個人と個人で交換する名刺が、いかに大切かがわかった」と言う。
外車販売の管理職からギタリストに転じたCさんは、自分の出発点であるストリート演奏にこだわっていて、「以前は、企業の名刺や肩書があって初めて自分を認めてもらえた。今は何者ともわからない自分の演奏に人が足を止め、音楽を聴いてくれる。その人たちからいただく投げ銭は重い」と語ってくれた。
会社員が名刺にこだわるのは、名刺が自分の立場をコンパクトに説明するツールであり、それを通して会社と自分の存在とを一体化させやすいからだろう。
名刺には、勤務する会社名、所属部署、役職、電話、メールアドレスなど、必要最小限の情報がコンパクトに収まっている。名刺さえあれば、あらためて自分のことを説明する必要はない。そして会社は、組織を合理的・効率的に運営するために、社員に名刺を携帯させて、自社の社員であることの意識づけをしている。
社員自らも、組織に自己の存在を埋め込んでいるので疑問も抱かない。同時にそういう一面的な立場を維持して、主体的なものを切り捨てることが昇進や昇格と結び付いてきた面もある。
また単に個人の受け止め方の問題だけでなく、日本社会自体が名刺や所属や肩書を重視する組織中心の社会でもある。そして定年後は名刺や肩書はなくなり、組織から完全に離れるのである。
名刺を一つの例として見てきたが、このような定年前と定年後のギャップが問題の本質だといえるだろう。
定年後の自らの姿から逆算して、働き方を見直す必要性
それではなぜこれほどまでに会社本位の働き方になるのだろうか。もちろんいくつかの理由があるのだが、一つは日本の組織内にある人と人との結びつき方が関係している。
この社員同士の結びつきについて例を挙げて考えてみよう。たとえば、ある化学関係の会社の研究員に話を聞いてみると、公式の会議で上司やリーダーに対して会社の研究体制を厳しく批判する若手社員もいるそうだ。そういう社員に限って高い技能を持っていて研究熱心な人が多いらしい。
そういう批判的な発言があった時は、会議を統括するリーダーは、「君の見解はもっともだ」とその場では意見を受け止める姿勢を示しながら、次の定期異動で、その若手社員を他部門に異動させるという例があったという。
このリーダーは、共有する場の均衡状態を確保するために、会議では若手社員の意見に同調する姿勢を示している。しかし実際には意見の適否の問題ではなく、彼は、その発言した研究員を一緒に場を共有できる社員ではないと判断したのである。
これらの共有する場で仕事を進めるための態度要件を一言でいえば、「お任せする」「空気を読む」の二つである。
「お任せする」ためどうしても、他人に物事を委ねることになり、主体的な立場にはなりにくい。また「空気を読む」という姿勢は受け身のスタンスになりがちになる。
定年後にイキイキと生活するポイントは、自らの主体的な姿勢や行動力なのであるが、それとは正反対のことを組織でやっていることになる。そしてその特殊ともいえる社員同士の結びつきは定年退職とともに消え去る。そのため新たな人間関係を築くまでに時間を要する。関係ができずに立ち往生してしまっている人もいるのである。
読者のなかには、定年後をどのように暮らすかの課題は、当然のように男性を対象にしていると思っている人もいるかもしれない。
しかし定年後の問題の本質が、定年前後のギャップだとすれば、当然ながら女性も対象になる。特に男女雇用均等法以降を考えれば会社本位スタイルの女性も増えていて同様な課題に直面するのである。
こうして考えてくると、定年後の自らの姿から逆算して、現在の働き方を見直すという対応策もありうる。
その方向性は、仕事に注力する自分、仕事以外の関心あることに取り組む自分、家族や友人を大切にする自分など、多様な自分を自らの中に同時に抱え込んでおくことになろう。仕事と生活について言えば、両者を区分・分離するのではなく、相互の良循環をどのようにして生み出すかがポイントになってくる。
そして、そのようなマインドセットの切り替えは、50歳ぐらいからスタートするのが望ましいと考えられるのだ。
(ビジネス書作家 楠木 新)
『定年後 50歳からの生き方、終わり方』
楠木新著
中公新書 定価780円(税別)
オレら(現在40後半〜50代前半)の頃には既に定年70、年金75となっている可能性が高いこともお忘れなく。
― とーべ (@tachibana1967) 2017年8月29日
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