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FRB「バランスシート縮小」は世界経済にこう影響する 景気は明らかにスローダウンしているが…
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52151
2017.06.29 安達 誠司 エコノミスト 現代ビジネス
■リスクオフか? リスクオンか?
6月13、14日のFOMC(連邦公開市場委員会)で、FRBは0.25%の利上げを決定した。FRBの政策金利であるFFレートは1.00〜1.25%となった。
そして、今回は、これに加え、FRBのバランスシート(マネタリーベース残高)縮小の計画を新たに発表した。
「Addendum to the Policy Normalization Principle and Plans(金融政策正常化の原理とその計画に関する補遺)」によれば、FRBが保有する債券の償還分の再投資を段階的に減少させていくことで(3ヵ月毎に再投資額を減少させていく)、FRBのバランスシートを段階的に縮小させる計画を発表した(詳細はhttps://www.federalreserve.gov/newsevents/pressreleases/monetary20170614c.htmを参照)。
この中で、FRBは景気減速によって、FFレートをそれなりの幅で引き下げなければならない状況下では、再び、償還分の再投資を拡大させることもありうるということに言及している。
そこで、最近の米国経済の状況をみてみよう。
リーマンショック後の回復を牽引してきた自動車販売が5ヵ月連続で前年割れと、すでに減少局面に入っているのに加え、同じく回復を牽引してきた住宅投資にも陰りが見えてきた。ここで、新たな景気の牽引役として設備投資(特にIT投資)が立ち上がりつつあるが、株価動向と実体経済(景気)とのリンケージが強い米国で、ハイテク株の調整が始まった点はネガティブである。すなわち、これが今後のIT投資に負の影響を及ぼす懸念もある。
また、設備投資が立ち上がりつつあった大きな理由は、昨年末以来、(名目)実効為替レートが緩やかなドル安傾向にあり、これによって、ほぼ全地域向けで輸出が拡大し、それが生産拡大、設備稼働率上昇に波及してきた点が指摘される。だが、FRBのバランスシート縮小によってドル高リスクが高まれば、輸出の拡大にも歯止めがかかる可能性もある。
さらにいえば、最近はインフレ率も低下しつつある(特に「ブレークイーブンインフレ率(期待インフレ率)」は大きく低下している)。その意味で、筆者は、現在の米国経済の状況は、FRBがこのまま金融政策の正常化を加速させていくには微妙な段階にきているのではないかと考える。
しかし、イエレン議長をはじめ、FRB高官の多くは、将来の利上げに依然として積極的なスタンスを崩していない。また、FOMC後に発表された最新の経済予測では、FRBの考える長期的な実質GDP成長率が1.8%、完全失業率が4.6%と、足元よりもやや景気のスローダウンを見込んだ数字となっている。
これらの数字は、FRBが今後の金融政策正常化において、多少、景気が鈍化しても金融正常化を進めるという「タカ派」寄りに傾斜したメッセージととらえられなくもないと筆者は考える。したがって、よほど景気が失速しない限り、FRBは9月にも追加利上げと同時にバランスシートの縮小に着手するのではなかろうか。
そこで、気になるのは、FRBのバランスシート縮小(マネタリーベースの削減)によって、マーケットが「リスクオフ」モードに転換するか否かである。
ちなみに足元では、マーケットの変動を示すVIX指数の低位安定が話題になっている。これは、「Volatility(ボラティリティ)の著しい低下」を示しているが、マーケットはある程度の変動がないと取引が活性化しないため、ボラティリティの低下は、「マーケットの停滞」を意味すると考えている市場参加者も多いと聞く。
だが、ボラティリティの上昇局面では、株価は大きく下落することが多く、ボラティリティの上昇は株価にとってはマイナス材料である(「逆張り投資家」にとっては絶好の買い場を提供することになるが)。
■4つの指標が示すアメリカの経済状況
ところで、マーケット全般が、「リスクオン/オフ」の状況になっていることを確かめる指標として典型的に用いられるのは、先ほどのVIX指数に加え、原油価格(WTI)、米国株(ここでは、よりカバレッジの広い「ウィルシャー5000」を用いた)、金価格である。
「リスクオン」とは、投資家がリスクをとって高リターンを獲りに行く局面であり、「リスクオフ」とは、逆に投資家がリスクを回避して低リターンの「安全資産」に資金を逃避させる行為をさす。リーマンショック後において、「リスクオン」の局面では、VIX指数、原油価格、米国株は上昇し、逆に「リスクオフ」の局面では、金価格が上昇する傾向にある。
ここでは、これらの4つの指標が、米国のマネタリーベースの変動によって、「リスクオン」と「リスクオフ」の2つの局面を行き来するとみなし、「Hidden Markov model(隠れマルコフモデル)」という手法を用いて、4つの指標が時系列でみて「リスクオン」、「リスクオフ」どちらの局面に位置していたかを推計してみた。
4つの指標がそれぞれ、「リスクオン」の局面に位置していた確率を「リスクオン確率」と定義し、4つの指標がすべて「リスクオン」の局面に位置していた確率(これを「総合的リスクオン確率」と名づけることにする)を計算し、プロットしたのが図表1である。図表1をみると、2017年に入って、マーケットが全般的にリスクオンの局面に位置していることがわかる。
この「総合的なリスクオン確率」の動きは、米国のマネタリーベースの伸び率に似ている(図表2)。
図表1と図表2を見比べると、概ね米国のマネタリーベースの伸び率が拡大する局面において、「総合的なリスクオン確率」は上昇している(2016年の上昇はマネタリーベースとは関係なく、「トランプ相場」によってリスクオン局面が到来した可能性があると考えている)。
次に、FRBの金融政策の「レジーム」を考えるために、米国のマネタリーベースに「Hidden Markov model(隠れマルコフモデル)」を適用する。ここでは、金融政策のレジームを「正常化(出口)政策レジーム」と「量的緩和継続レジーム」の2つとした。
図表3は、モデルから推定された「正常化(出口)政策レジーム」に位置する確率とマネタリーベースの伸び率(対前年比)を示している。これをみると、2010年以降は、概ね、マネタリーベースの伸び率が前年比でマイナスに転じる局面で、「正常化(出口)政策レジーム」の確率が急上昇していることがみてとれる。
図表3と図表1を見比べると、マネタリーベースの伸び率が前年比で急低下し、マイナスになる局面で、「リスクオン」から「リスクオフ」へ局面が転換している点である。
また、米国株とVIX指数のレジーム(リスクオン確率)の推移をみると(図表4、5)、先に、マネタリーベースの「正常化(出口)政策レジーム」の確率が上昇した後に、マーケットが「リスクオフ」局面に転換していることがうかがえる(図表中では、「リスクオン確率」の低下で示されている)。
■「量的緩和」から「正常化(出口)」へ
以上より、何がいえるだろうか?
まず、ここまでのFRBの利上げは、マネタリーベースの減少を伴っていないため、このモデルでは、金融政策は「正常化(出口)政策」に移行していない。
今後、FRBがバランスシートの縮小を通じてマネタリーベースを削減していく過程で、金融政策のレジームが「量的緩和」から「正常化(出口)」へ転換していくことが見込まれ、その局面になって、初めてマーケットは金融政策のレジーム転換を意識する公算が高いと考える。
そして、2010年以降の関係が持続するならば、この金融政策のレジーム転換がトリガーとなって、VIX指数の上昇をもたらし、マーケットが「リスクオフ」に転じるリスクが出てくるということになるし、筆者は今、これを懸念している。
ただし、このモデルを適用するに際し、注意すべきことがある。実は、リーマンショック以前までは、今回用いた4つの指標はマネタリーベースの変動によって、「リスクオン/オフ」のレジームを推移していなかった。
すなわち、金融政策のレジームを判断する指標としてマネタリーベースは適切ではなかった。むしろ、金融政策のレジームはFFレートの変動によって説明可能であった(逆に、リーマンショック以降は、FFレートの説明力がなくなり、代わって、マネタリーベースが有効な指標となった)。
このことは、もし、FFレートの誘導が「支配的な金融政策」としてマーケットに認知された場合には、マネタリーベースの変動はマーケットに大きな影響を及ぼさない可能性があることを意味している。
だが、マネタリーベースという「量」のコントロールが依然として「支配的な金融政策」である場合には、マネタリーベースの削減は、マーケットに大きな影響を与える可能性があるということになる。
FRBは、FFレートを段階的に引き上げ、金利政策への回帰を着々と進めているようにみえるが、金融政策のレジームは依然として「量的緩和(QE)政策レジーム」のままである。
今後、FRBはFFレートの操作という金利政策が「支配的な金融政策」である点をマーケットに織り込ませる必要があるが、これを十分に行わないままに強引にバランスシートの縮小を始めた場合、マーケットは乱高下することになるだろう。
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