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東芝メモリ売却劇、外為法違反適用は「愚策」 意味がないどころかマイナス
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9560
2017年5月10日 湯之上隆 (微細加工研究所所長) WEDGE Infinity
東芝メモリの売却に大きな影響を及ぼしているのが、日本政府が持ち出してきた外為法である。本稿では、外為法が、東芝や東芝メモリにとって何をもたらすかを論じる。結論から言えば、外為法は、東芝メモリにとっても、東芝にとっても、良いことは何一つない、無意味な愚策である。
■2月中旬以降、風向きが変わった
東芝メモリの買収を巡っては当初、日本政府は無関心だった。例えば、世耕弘成経産相は1月20日、「経産省として(東芝に対する)支援策など対応を検討していない」と述べた(ロイター1月20日)。
ところが、2月17日には、「(東芝メモリの技術は)わが国が保持していかなければならない技術で、雇用が維持されていくことも重要だ」と前言を撤回するような発言をした(産経新聞2月17日)。
そして、とうとう3月23日には、菅義偉官房長官が「(東芝メモリは)グローバルに見ても高い競争力があり、雇用維持に極めて重要。情報セキュリティーの観点からも重要性が増す」と発言した。
そして同日、日本政府は、「中国、台湾、韓国企業による買収は、外為法違反として許可しない」という方針を打ち出した(日経新聞3月23日)。
■外為法とは何か
外為法とは、日本や国際社会の平和・安全を維持するために、特定の貨物の輸出入、特定の国・地域を仕向地とする貨物の輸出などを制限する法律である。
過去の事例としては、1987年に起きた東芝機械ココム違反事件が良く知られている。東芝機械は1982年から1984年にかけて、ソビエト連邦(当時)へ工作機械8台などを輸出した。ところが、これらの技術が、潜水艦のスクリュー音を減らすための新型羽根の開発、製造に利用されていることを米国防総省筋が調査し、ココム(対共産圏輸出統制委員会)の規制に違反していることを掴んだ。
警視庁が捜査した結果、外為法違反により東芝機械幹部2人が逮捕され、東芝機械と共に起訴された。裁判の結果、東芝機械が罰金200万円、幹部2人は懲役刑となり、親会社である東芝は佐波正一会長および渡里杉一郎社長が辞職した。
■東芝メモリの技術は外為法に抵触するか
では、東芝メモリの何が外為法に違反するのか?
日本政府の主張によれば、『東芝ではサーバーなどに使う記憶装置「ソリッド・ステート・ドライブ(SSD)」の関連技術が対象になる。一部SSDにはデータ流出を防ぐ暗号化機能が付く。政府は外資なら国・地域を問わず審査する意向だ。特に中国への流出を警戒。SSDの基幹部材であるNAND型フラッシュメモリーも「各国の軍装備品に広く使われ、細工されれば致命的」(経済産業省幹部)』であるという(日経新聞3月23日)。
しかし筆者は、日本政府が突然持ち出してきた外為法違反はまったく意味がなく。それどころか、東芝メモリや東芝にとって大きなマイナスになると考えている。
■意味がない外為法違反
前記日経新聞では、経産省は「外資なら国・地域を問わず審査する意向」だそうだが、特に、中国企業による買収を警戒している節がある。
その理由としては、ジャーナリストの歳川隆雄氏の記事『「東芝はアップルに売りたい」経産省幹部が漏らしたホンネ』(現代ビジネス3月4日)の記事が参考になる。記事によれば、ある経産省幹部は、「鴻海がシャープを傘下に入れたのはまだ許容できる。しかし、東芝は全く別モノだ。鴻海は主要工場が中国本土にあり、仮に高度な技術の結晶であるフラッシュメモリーが中国で生産されるようなことになれば、その技術は直ちに中国に盗まれる。そんなことは断じて認められない。体を張って阻止する」、「半導体の安定供給を必要とするIT大手の、例えばアップルに売ったほうがまだマシだ。中国ではなく米国だ」と言ったという。
筆者はこの記事を読んで、経産省幹部はNAND事情を何も知らないのではないかと思った。というのは、第4回の本コラムで詳述したように、既にサムスン電子が2016年から、中国の西安工場で48層の3次元NANDを量産している。そして中国の紫光集団傘下のXMCは、共同開発しているスパンションがサムスン電子とクロスライセンスを締結しているため、サムスン電子の3次元NANDをそっくりそのまま模倣して製造しようとしている。しかもこれは、合法である。
XMCは昨年から試作を始め、まず9層(8層+コントローラ)の動作に成功し、32層の試作に取り組んでいる。早ければ今年中にも32層の3次元NANDを製造することができるようになるだろう。XMCの技術は最先端から2年遅れ程度であるが、いずれキャッチアップすると思われる。
一方、3次元NANDの量産に苦しんだ東芝は、サムスン電子の西安工場の3次元NANDを盗用したSKHynixを盗用した。これらから分かるように、3次元NAND技術で最先端を突っ走っているのはサムスン電子であり、東芝メモリの技術は周回遅れとなっている。
つまり、中国では、サムスン電子が西安工場で3次元NANDを量産中であり、紫光集団傘下のXMCも最先端からは2年程遅れてはいるが、いずれ3次元NANDの量産に漕ぎ着けるであろう。さらに、東芝メモリの技術はサムスン電子の周回遅れとなっている。そのような中国に、「外為法違反で東芝メモリを売らない」といったところで、何の意味もない。
■外為法は東芝メモリと東芝に何をもたらすか
3月29日の1次応札前には、10社を超える企業やファンドが入札しようとしていた(表1)。
この中で、筆者がもっとも買ってほしいと思っていたのは、台湾TSMCであった。また、米グーグルやアマゾンも相当いいと思っていた。さらに、台湾ホンハイと中国紫光集団も良いと思っていた。
まず、TSMCが最もいいと思った理由は、名経営者モリス・チャンCEOがいるからである。1970年以降の世界半導体業界の中で、卓越した経営者を3人挙げろと言われたら、インテルを半導体売上高世界一に成長させた故アンディー・グローブ、サムスン電子を半導体メモリの不動のチャンピオンに育て上げた李健煕会長(現在意識不明の重体)、そして、世界で初めて半導体製造専門のファンドリービジネスを始めて、30年間で、世界のファンドリーの60%を独占するまでに成長させたモリス・チャンCEOを挙げる。現在、TSMCは、営業利益率は毎年普通に40%近くを叩きだし、普通に1兆円規模の設備投資を行い、最先端の微細化技術ではインテルをもしのぐようになった。これらは、モリス・チャンCEOの卓越した経営力によるところが大きい。そして、インテルのアンディー・グローブ、李健煕会長、モリス・チャンの中で、現在も最前線で経営の指揮を執っているのは、モリス・チャンただ一人である。
モリス・チャンCEOの口癖は、「What Next?」で、「次は何をするんだ?次はどうしたら良いんだ?」ということを取締役会で、言い続けているという。そして、ファンドリービジネスを制覇したTSMCは、さらなる成長を求めて、メモリビジネスへの参入を虎視眈々と狙っていたらしい。そのため、東芝メモリ売却のニュースが流れた時、モリス・チャンCEOは、TSMCの財務チームを総動員して、東芝メモリの資産評価を行わせたと聞く。つまり、TSMCは本気で東芝メモリを買いに来たのだ。そして、TSMCが筆頭株主になれば、モリス・チャンCEOの元で、東芝メモリの技術者のポテンシャルが極限まで発揮され、3次元NANDを成長させてくれたに違いないと筆者は期待していた。
しかし、日本政府が外為法を持ち出したことによって、TSMCは1次入札を取りやめた。つまり、外為法は、世界半導体業界で最も優れた経営者が東芝メモリにやってくる可能性を潰してしまった。
さらに、2.4兆円の資金を準備した中国紫光集団は、外為法が出てきたことによって1次入札を取りやめた。紫光集団は、自己資金として約6兆円を有し、その背後には中国IC基金18兆円がある。つまり合計24兆円もの資金を持っている。メモリビジネスにとって、欠かすことができない強力な武器となる巨額資金を、東芝メモリも東芝もフイにしてしまった。
そして、1次入札で最高値の3兆円をつけたホンハイは、2次入札に進むことになった。2次入札では、米ウエスタンデジタル、韓国SK Hynix、台湾ホンハイ、米ブロードコムの4陣営が応札すると見られている(表2)。
この4陣営でもっとも期待できるのは、辣腕経営者の郭台銘会長率いるホンハイの陣営である。破綻しかかっていたシャープは、ホンハイに買収されたことによって息を吹き返した。中米で巨大液晶工場の建設に乗り出し、赤字も解消した。東芝メモリの経営にも、郭台銘会長の辣腕が生かされるであろうと期待できる。しかし、ホンハイの前には、外為法違反という大きな障害がある。
結局、日本政府が持ち出してきた外為法違反は、名経営者のモリス・チャンCEOや辣腕経営者の郭台銘会長が東芝メモリのトップに就くことを妨害し、また、TSMC、ホンハイ、紫光集団らが東芝メモリを高値で応札することによって東芝を救う可能性をも潰す愚策中の愚策であると言える。
一体誰が、こんな無意味な愚策を立案したのだろう? 今からでも遅くないから撤回して欲しいものである。
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