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「プレミアムフライデー? まったく…この国はそのうち滅びるね」 作家・伊集院静が知る「さよならの力」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51180
2017.03.17 週刊現代 :現代ビジネス
■哀しみが完全に癒えることはないけれど
「今日からプレミアムフライデー? まったく……この国はそのうち滅びるね」
目をこすりながら現れた伊集院静は、苦笑まじりにつぶやいた。その日は明け方まで、久しぶりの作詞に勤しんでいたという。
週刊現代の人気コラム『それがどうした 男たちの流儀』をはじめ、手がける週刊誌連載は4本。昨年7月からは、日本経済新聞でサントリー創業者である鳥井信治郎の伝記小説『琥珀の夢』を連載中で、書き上げる原稿は月400枚にも上る。
「毎朝、6時か7時くらいから書いて、夕方6時まで。12時間近くは働きますね。『8時間労働を守れ』とは何のことか? 私の中の労働基準法では、まだまだきちんと働いていないぞという感じ」
意志を持って仕事量を増やしたのは還暦を過ぎた頃からだというが、それには多分に「あの出来事」も影響を与えている。2011年3月11日、仙台の自宅で東日本大震災に遭遇したのは、伊集院が61歳のときだった。
「東北だけでなく、全国各地の神社仏閣が七回忌の法要を行うと聞いたけれど、皆で亡くなった人を悼もうというのは、この国に生きる人としてたいへんいい姿勢だと思いますね。
つくづく、人が亡くなってからまる6年を七回忌というのは、まことによく設定されたもの。
6年経って、完全に哀しみが癒やされることはないかもしれないけれど、それでも、このあたりで今までの哀しみ方を変えないと、亡くなった人たちも浮かばれないかもしれないな……という感情が湧いてくるのが、ちょうどこの頃だから。実際、私の場合もそうだったしね」
■別れを経験して前より強い人間になる
20歳のときに実弟を海難事故で亡くし、30代では、前妻の女優・夏目雅子が27歳で病没するという非業の運命に直面した伊集院。最近も、またひとつの別れがあった。
博子夫人(女優・篠ひろ子さん)とともに育んだ愛犬・亜以須(梵語で「真理のみに従う神」の名)が、天寿を全うして旅立ったのだ。
次々と訪れる、愛する者たちとの永遠の別離。しかし彼らは、嘆きだけを残して去っていったのだろうか? ベストセラーシリーズの最新刊『大人の流儀7 さよならの力』で、伊集院はこんなふうに綴っている。
〈別離は、私たちに哀しみを与えるものでしかないのだろうか?
それは違うはずだ。いや、違うに決っている。生きることが哀しみにあふれているだけなら、人類は地球上からとっくにいなくなっているはずだ。(中略)やがて別離を経験した人にしか見えないものが見えて来る〉
「もちろん、若いうちから別れを経験するのはせつないことで、できればしないほうがいいですよ。でも何か、そのことで、人間的な力がつくこともあるのかもしれない。苦しくせつないことを経験したからこそつく、底力が」
つらいのは自分だけではないという諦念。苦しむ人に思わず手を差し伸べたくなる気持ち。
親しい存在との別れ、そして天災のように多くの人を巻き込む悲運に直面して、「さよならの力」とも呼ぶべき底力への確信は、一層堅固なものになっていったという。
それでもやはり、目の前の哀しみは深い。それをやり過ごすためのある方法が、当書に記されている。愛犬を亡くして哀しみにくれる妻に、伊集院はこう言葉をかけるのだ。
〈知らん振り≠することだ。それが案外といい。あとは時間が解決してくれる〉
「追憶というのは残酷なもので、あるときふいに襲ってくる。私も、雪が降るたびに弟と屋根の上で雪を見た日のことを思い出すし、前妻とのつらい思い出があるから、花火は今も見に行かない。
それに、一人の人との別れの中には、たったひとつの追憶しかないわけではなく、一人につき十、十人なら百や千の追憶があるものだから……。
でも、何百回、何千回と思い出してもいい結果にはならないのだったら、知らん顔をしなさいと。それは、哀しみから目を逸らすには、わりといい方法でね」
人は、痛みをかわしながら、別れの哀しみを生きる力に変えていくしかない。まさに彼自身が、そうして現在まで生き抜いてきたように。
「突然のときにはやはり戸惑うし、立ち直るといっても、徐々にでしかない。きちんと立ち直れたかというのも、あやしいところではあるけれども……それでも、少なくともさよならを経験しなかったときよりも、その後の生き方がいい加減ではなくなるのは確かだと思う。
別れた彼らに笑われないためにも、『こんなことをしていていいのか?』と、いつでも自分に問いかけるようになるから。だから私は、さよならには力があると信じているし、それを頼りにやっていこうよ、と言いたいんだ」
■だから私は振り返らずに進む
先日発売された小説『東京クルージング』に続き、3月はエッセイ集『旅人よ どの街で死ぬか。男の美眺』を上梓、さらに夏にも小説の新作の刊行が予定されている。
「サラリーマン諸兄にも言いたいんだが、人生、晩年に入ってから、今までの倍働こうという気持ちでやっていくことですよ。『今までこれだけ働いたんだから』という発想は間違い。
仕事に追われて気力が出れば、体力の衰えが補えるし、さらに今まで蓄積した仕事の経験値でよりよい実績が出せるはずだから。
定年退職をしたときは、車でいえば50万キロ以上走った体かもしれないけれども、今まで以上によく整備をして、よりよく走ってみたら、エンジンはずっと動き続けてくれる。だから、プレミアムはビールだけでいい!(笑)そんなことをしていたら、人生が泡になってしまうぞ、と」
よく働き、よく遊び、67歳の「今」を疾走する伊集院。その行き着く先はどこなのか――そう問うと、「地獄と天国なら、まず間違いなく地獄だね」と不敵に笑った。
「もし間違って天国に行ったら、引き返してきますよ。なぜって? 向こう5000年くらい正座をさせられる予感がするから(笑)。たぶん地獄のほうに知り合いが多いだろうし、油地獄でも針地獄でも、痛い痛いと、閻魔大王が『うるさいからアイツを追い出せ!』と音を上げるまで絶叫してやりますよ」
(文/大谷道子)
「週刊現代」2017年3月18日号より
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