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これを間違えると「老後破産」へ一直線!
「定年男子 定年女子」の心得
堅実なサラリーマンが定年後にしがちな「2つの勘違い」とは
2017年3月16日(木)
大江 英樹
大江英樹(おおえ・ひでき)氏
経済コラムニスト。1952年、大阪府生まれ。大手証券会社で個人資産運用業務、企業年金制度のコンサルティングなどに従事。定年後の2012年にオフィス・リベルタス設立。写真:洞澤 佐智子
前回、老後破産を防ぐには、お金の「入」と「出」を自分なりに把握することだと書きました。しかしながら私が見る限り、ほとんどのサラリーマンはきちんと自分の収支をつかんではいません。それでも何となく定年退職の日を迎え、何となくリタイア後の毎日を過ごし、多くの人は生活に困窮するほどの目にはあっていません。
「『自分の収支を把握しろ』って言うけれど、別にそんなことしなくても大丈夫じゃないか?」と思っている人もいるでしょう。確かに一般的にサラリーマンはそこまでやらなくても何とかなっているというのも事実です。これは一体どういうわけなのでしょう。その理由は、サラリーマンという職業の特性にあるのです。
世の中で、俗に“お金持ち”とか“資産家”といわれる人達といえば、医師やオーナー社長、タレントといったところがイメージされます。では彼らのお金の「入」と「出」はどうなっているのでしょうか。
これらの人たちに共通するのは、収入が不安定であることです。オーナー社長なら事業が当たれば、タレントなら有名になれば、大きく収入が増えます。ただ、下手をすれば一銭も入ってこないことだってあり得ます。
つまり「入」は読めません。そのうえ、「出」も読めないのです。
仮に生活自体は地味にしていても、商売や事業をしていたら、設備投資や商品の仕入れなど、機会があれば資金を出さざるを得ません。好むと好まざるとにかかわらず、不安定な収入とコントロールしきれない支出に悩まされ続けることになります。
ところが、サラリーマンの場合、収入は安定していますし、支出にしても大きな病気にでもならない限り、意図せざる大きな出費というのはあまりありません。
すなわちお金の「入」と「出」がある程度読めるのがサラリーマンなのです。
やり方さえ間違わなければ、サラリーマンの方がずっと計画的に資産形成ができる。派手な生活をしているオーナー社長などが意外とそれほど資産を持っておらず、普通のサラリーマンの方が実は堅実に資産形成をしているという例をたくさん見てきました。
それに加えて老後のお金のことを考えた場合、サラリーマンなら誰もが加入している厚生年金が圧倒的なアドバンテージになります。
実際の金額は現役時代の収入によって異なりますから一概には言えません。例えば、現役時代の1カ月の平均給与が36万円で妻が専業主婦という世帯の場合、65歳から90歳までに受け取る年金額は夫婦合計でおよそ6750万円になります。
ところが、自営業の場合だと公的年金は国民年金しかありませんから、金額はだいたいこの半分ぐらいになります。さらにサラリーマンの場合、勤めている会社によっては「退職金」や「企業年金」を受け取れる場合だってあります。
このように考えていくと、サラリーマンならある程度の蓄えがあり、リタイア後は地道に暮らしていくことができれば、そんな簡単に老後破産することはないように思えます。しかしながら、「これを間違えると簡単に老後破産してしかねない」落とし穴もあるのです。それは何でしょうか。次ページで見ていきましょう。
答えはずばり、退職金の使い方です。
退職金を「勘違い」しないこと
多くのサラリーマンが受け取る退職金について、大きな2つの「勘違い」が発生しがちです。
1つは、「退職金は長年働いたことに対するご褒美だ」と思いがちなこと。退職金というのは決してご褒美などではなく、「給料の後払い」なのです。
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退職金のルーツは江戸時代の暖簾分けですから、そもそも発祥の時点では功労報償的な意味合いはあったかもしれませんが、現代においては老後の生活を賄うために、退職後に後払いすることを約束した給与なのです。逆に言えば、この資金は老後生活を賄うためのものとして取っておかなければならないものです。
にもかかわらず「ご褒美」だと思うとつい気が大きくなり、退職金で豪勢な世界一周旅行に出かけたり、家のリフォームをしたりして散財してしまいかねません。
もちろん、世界一周旅行やリフォームが悪いというわけではありません。私が伝えたいのは、そうした支出は退職金ではなく、そのために積み立てるなどして準備したお金で支払うべきだということです。退職金を「ご褒美だ」と勘違いして使ってしまうと、後々困ることになります。
退職金の勘違い、2つ目は「退職金を余裕資金だと思ってしまう」ことです。
言うまでもなく退職金は老後の生活に必要な、減っては困る大切な資金です。ところが頭でそう分かっていても、ついつい勘違いをしてしまう人は少なくありません。
こうした勘違いをするのは、長年、給料日になると、一定のお金が銀行口座に振り込まれ、生活を賄ってきたからです。そんな習慣が身に付いているところに、まとまったお金が振り込まれると、ついつい余裕資金だと勘違いしてしまうのです。
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そして、退職金という大金を手にした元サラリーマンに、銀行や証券会社が「投資信託を買いましょう」「運用で増やしましょう」と営業攻勢をかけてくるのは当然のことです。
特にここ数年、アベノミクスのおかげで紆余曲折はあっても概ね市場は上昇基調が続いています。退職金という、生まれて初めて手にした大金を前にして、「もっと増やしたい」という欲が出てきたとしても不思議ではありません。
おまけに金融機関の営業マンはやたら老後不安を煽ります。「年金なんてあてになりません」とか「超低金利だから投資すべき」などというセリフを使って、何とか株式や投資信託を買わせようと営業してきます。
ところがそんな甘言に乗せられて投資を始めたものの、やがて暴落が訪れて、あっという間に退職金が半分になってしまった、というような例を私は今まで何人も見てきました。投資が悪いとは言いませんが、まったく経験のない人が退職金でいきなり投資を始める、いわゆる「退職金投資デビュー」だけはやってはいけないと思います。
前述の豪華世界一周よりもこちらのほうがもっと始末が悪いと言えるでしょう。退職金の勘違い、これは誰もが陥りがちなことではありますが、間違いなく老後破産に向けた第一歩だと注意しておくべきです。
まずは「生活の見直し」をしよう
退職した後にまずすべきことは、日々の支出の見直しです。現役時代とは全く異なる基準で生活を考えていくべきでしょう。
まずは、現役時代に当たり前のように行っていたことが本当に必要なのかをチェックします。最初にすべき見直しは、家計へのインパクトが最も大きい生命保険です。いつまでも無駄な保険に入り続け、保険料を払い続けることは、老後にやってはいけないことの1つです。
定年退職して、子供が独立しているのであれば、高額な死亡保険金が出る生命保険はもはや不要です。私の個人的な意見ですが、医療保険すら不要だと思っています。日本の公的医療保険はかなり充実しているからです。
特に高齢期の医療保障は、今後自己負担がより求められるようになるとは言っても、かなりの部分まで国がカバーしてくれます。保険に回すお金があるならその分は貯蓄して備えておくべきです。
現役時代にやっていた飲み会や会社の仲間との付き合い、これは一般的には退職後は減るはずですが、なかには暇になったからと昔の仲間を誘って毎晩のように飲みに行く人もいます。これも見直すべき習慣です。
年賀状もそうでしょう。私自身、現役時代には会社の人間を中心に500〜600枚ぐらいの年賀状を出していましたが、退職した後はほとんど出すのをやめました。それでもほとんど誰も気が付きません。
定年退職から数年経って、かつての部下達との飲み会の席で、「もう年賀状は出さないことにしたんだ。悪いね」と言っても、「え、そうだったんですか」と驚く人がほとんど(笑)。要するに自分が気にするほど、他人は自分のことを見ていないのです。
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私は退職後に必要なのは「サンカク」だと思います。「義理欠く」「見栄欠く」「恥欠く」です。そういう不要なものをいつまでも身にまとい続けると、なかなか生活コストは下がりません。一つひとつは小さな出費のように思っても、積み重ねれば結構大きな金額になるものです。
現役時代は忙しくて時間がなかった分、時間をお金で買う習慣はしょうがなかったかもしれません。しかしながら退職して時間ができたら、必要のないお金を使う習慣は見直したほうが良いでしょう。
本内容をもっと詳しく知りたければ…
『定年男子 定年女子 45歳から始める「金持ち老後」入門!』
「定年後は悠々自適神話」は崩壊。65歳まで働くことを覚悟している現役世代がほとんど。
しかし勤務先で再雇用されても仕事のやりがい、給与ともに大幅ダウンし、職場の居心地はひどく悪いのが現実だ。
さらに65歳で会社を「卒業」し、年金収入だけになったら、本当に暮らしていけるのか…。 親や自分の介護にかかるお金は? 60代からの就活ってどうやればいい?
人生100年時代に、経済的にも精神的にも豊かな定年後を送るために現役時代から準備すべきことを、お金のプロであり、リアル定年男子&定年女子のふたりが自らの経験と知識を総動員してガイドする。
このコラムについて
「定年男子 定年女子」の心得
STOP! 老後破産。定年男子こと、元金融マンで経済コラムニストの大江英樹氏が本音で語る「金持ち老後」入門コラムです。「不安な未来」に向けて、何をどう備えるべきか。定年退職時に預金150万円しかなかったという自らの体験を基に、優しく解説します。
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50兆円市場を生む「適応」とは
エコロジーフロント
異常気象の被害抑制を途上国開拓の切り口に
2017年3月16日(木)
馬場 未希
電機や化学、化粧品、保険など様々な業種の企業が今、熱い視線を送る市場がある。気候変動の影響を受けやすい途上国で異常気象による被害を押さえ、国土や住民の生活を守る「適応」と呼ぶビジネスだ。その市場規模は、2050年に50兆円に膨らむとの予測もある。
大手からベンチャーまで、「適応」を切り口に途上国市場の攻略へ動く企業が相次いでいる。洗顔料や洗髪料などを製造・販売するフロムファーイースト(大阪市)はその1社だ。
洪水防ぐ森から原料を調達
同社が適応ビジネスに乗り出したきっかけは、2014年に遡る。カンボジアの村落を訪れた阪口竜也社長は、何もない広大な土地を前にため息をついたという。そこには森があるはずだったが、住民による大量伐採で消えていたからだ。
気候変動の影響で洪水や台風が頻発し、被害が深刻化しているカンボジア。かつては国土の7割超を覆っていた森が強い雨風から土地を守り、洪水被害を抑えてきた。
ところが近年、住民は木を売って生計を立てるようになり、森が減った。そのため毎年のように大洪水が発生。カンボジア政府は洪水を抑えるために植林を進めている。
阪口氏はフロムファーイーストを営む傍ら、カンボジア南西部で、住民らと協力して植林に精を出している。
住民には草木の栽培とともに、葉や実の採取と加工を依頼している。これを同社は、日本で販売する商品の原料として買い取る。こうすることで、住民は木を伐採せず、育て続けることで収入を得られるようになる。木を植えた土地は、洪水を抑えられるようになる。
「環境保全と洪水の抑制、そして経済の成長が両立する仕組みを実現したい」と、阪口氏は話す。日本市場で得た利益を再び、いっそう広範囲の植林に投資する事業モデルの確立を目指している。
フロムファーイーストの依頼で森を育てるカンボジアの人々と阪口社長(右から2番目)
「商品を通じた環境配慮を実現したい」と国内で事業を展開してきた阪口氏。2012年、ブラジル・リオデジャネイロで開かれた「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」の会場で、ウルグアイのホセ・ムヒカ大統領(当時)が行ったスピーチに触発された。地球を持続可能な形で維持していくには、社会や生活、ビジネスを変革する必要があると訴えていた。
「成長しながら環境に負荷を与えてきた先進国は、途上国の人々に成長と環境保護を両立する方法を伝える責任がある」と考えた阪口氏は、現地でNGOとして活動する知人を頼り、カンボジアにたどり着いた。
現在、20種類程度の草木をアンコールトム郡にある14ha(ヘクタール)の土地に植えている。油脂が取れるモリンガやココナッツ、同国で自生するハーブなどだ。様々な高さに育つ木や下草になるハーブを混ぜて植えることで、自然に近い森づくりを目指している。森林減少率がアジアでも特に高いカンボジアで、増え続ける洪水災害を抑えられるようにした。
同社はカンボジアで調達した原料を使った洗顔料や洗髪料などを「森の叡智プロジェクト」と呼ぶ製品シリーズとして展開し、全国の東急ハンズやイオンなどで試験販売している。
収穫した葉や実などは村の住民らに依頼して商品原料に加工してもらう
大手アパレルや流通が相次ぎ参画
米ぬかとモリンガの葉の粉末を混ぜた洗顔料は、2016年5月から2017年1月に7500個売れた。2019年度からは商品の現地生産を本格化させる計画で、この製品シリーズ全体で2019年度に2016年度見込みの5倍に相当する売り上げと、同10倍に相当する利益を見込む。
阪口氏は今後、国連開発計画(UNDP)などの協力を得て100haにまで植林を広げたい考えだ。カンボジアに限らず、他のアジアなどの国への事業展開も目指す。ただ、100ha分の草木から得られる原料は、同社だけでは使い切れない。洪水を抑える森づくりを広げていくには、日本で原料を製品化する企業の仲間を増やすことが欠かせない。
阪口氏は、多くの企業に参画を呼びかけている。まず、2017年に大手アパレルメーカーがカンボジアの森で育てた綿花で作るオーガニックコットンの使用を始める予定である。また、ある大手流通業がフロムファーイースト製品の販売を検討している。同社のビジネスモデルが注目を集めそうだ。
東急ハンズやイオンなどの小売店で販売しているフロムファーイーストの洗顔料や洗髪料
洪水が激甚化するなど「気候変動」の被害に苦しむのはカンボジアに限った話ではない。世界で自然災害が激甚化している。
2016年に発効した国際条約「パリ協定」は、温室効果ガスの削減を意味する「緩和」に加え、顕在化し始めた異常気象の影響を抑え、国土や生活を守る「適応」の必要を訴えている。
「適応」という50兆円のフロンティア
途上国における適応の対策コストを様々な機関が試算している。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」によれば、適応にかかるコストは2050年まで年間7兆〜10兆円に達する。「国連環境計画(UNEP)」は、2030年に年間30兆円、2050年に同50兆円の対策コストが生じると試算する。裏を返せば適応に役立つ製品やサービス、事業モデルにこれだけ大規模な商機があるということだ。
新市場の萌芽に目を光らせる英国政府は2013年、2011〜12年に各国の民間企業が適応ビジネスで売り上げた額をはじき出した。トップは米国の2兆3000億円、中国が1兆4000億円で続く。日本は6800億円で3位だ。7位の英国は適応ビジネスのテコ入れを急いでいる。
日本も、経済産業省や環境省などが適応に注目する。国内に加え、途上国の適応への貢献が民間企業の商機になるとみている。
適応ビジネスは裾野が広いことも国や企業の関心を引き付けている。経産省は昨年末の報告書で適応ビジネスを7つに分類した。(1)自然災害に対するインフラの強靭化、(2)食糧の安定供給・生産基盤の強化、(3)保健・衛生、(4)エネルギー安定供給、(5)気象観測と監視・早期警戒、(6)資源の確保、水の安定供給、(7)気候変動リスクに関わる金融――だ。あらゆる企業に、「適応」という50兆円の新市場に乗り出せる可能性がある。
例えば保健や衛生では、住友化学が適応ビジネスを展開している。1980年代、多くの人命を奪うマラリアなどを媒介する蚊を防除するため、アフリカで蚊帳の普及が求められた。近年の異常気象は、蚊が発生する地域を広げ、数も増やしている。
防虫剤成分を製造する住友化学は、ポリエチレンに成分を混ぜ込む技術を開発。これを織り上げた蚊帳「オリセットネット」を発売し、国連児童基金(UNICEF)などの国際機関がこの蚊帳を購入して普及させる事業が進展した。アフリカ企業とのジョイントベンチャーで設立した蚊帳の生産工場は、タンザニアで最大7000人の雇用を創出している。
住友化学の蚊帳「オリセットネット」を使うケニヤの子供たち
あらゆる業種に商機あり
エネルギーの安定供給も適応ビジネスになる。電気の無い地域や電力網がぜい弱な地域は、台風や洪水などによってライフラインが途絶えがちだ。
パナソニックは2012年度から太陽光パネルと蓄電池、LEDランプを組み合わせた「ソーラーランタン」を途上国に寄贈している。ミャンマーを皮切りにアジア、アフリカに広く寄贈先を拡大した。寄贈台数は今年3月末に8万3000台に達する見込みで、同社の創業100周年に当たる2018年初頭までに10万台を目指す。
寄贈事業は、同社にとっては「フロンティア」とも呼べる無電化地域に進出する上での先兵としての役割も担っている。同社は太陽光パネルや蓄電池、照明などを組み合わせた無電化地域向けのエネルギー供給システムなどを開発。今後こうした製品の販売拡大を目指す。
他にも保険業界やIT(情報技術)など様々な業種の企業が「適応」ビジネス市場を攻略すべく動き始めている。50兆円規模のフロンティアでは、あらゆる企業に商機がある。
このコラムについて
エコロジーフロント
企業の環境対応や持続的な成長のための方策、エネルギーの利用や活用についての専門誌「日経エコロジー」の編集部が最新情報を発信する。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/230270/031400043
管理職「性善説」こそが、会社をカルトにする!
職場を生き抜け!
2017年3月16日(木)
吉田 典史
今回は前回に引き続き、ベテランの人事コンサルタント・森 大哉さんに取材を試みた内容を紹介します。森さんはコンサルタントとして20数年のキャリアを持ち、数百を超える企業の人事制度設計や組織改革などに関わってきた方です。現在は、コンサルティング会社・トランストラクチャの代表取締役をしています。
人事コンサルタント・森 大哉さん
前回と今回の記事は、私が会社員をしていた頃、ある上司に仕えたときのことをモチーフにしています。この上司が、部下である課長や私を必要以上に抑えつけようとするのです。その頃、私は部長のマネジメント力やメンタリティーに愕然として、バカバカしくて仕方のない日々を送りました。詳細は、前回の記事(「集団で課長を無視する、カルトな職場」)をご覧ください。
今回は、森さんに、なぜ、そのような上司が淘汰されないのかをテーマに話をうかがっています。まず、森さんの経営する会社の管理職やご自身に、優秀な部下を抑えつけようとした経験があるかどうか、をお聞きしました。そこから話を広げ、管理職のあり方について話をうかがってみました。
ご自身が経営するコンサルティング会社では、管理職が優秀な部下を抑えつけて、台頭できないようにすることはないでしょうか?
森:当社では、そのようなことはまったくありません。それには、いくつかの理由があるかと思います。1つは社員数が50人前後ですから、役員である私たちやほかの管理職をはじめとした社員の目が行き届いているのです。もう1つは、人事コンサルティング会社ですので、特に社員の採用や人事評価、育成などには日ごろから様々な注意を払っています。
コンサルティングの現場では、クライアントの評価者を集めて部下の評価の中身を皆で検証し合う「評価会議」というものを実施することがあります。当社では、それと同様のことを行っています。
この評価会議では、マネージャ―たちが会議室に集まり、部下たちにつけた評価とその理由についてひとりずつ説明をします。たとえば、「〇〇さんをC評価にしました。〜にやや問題がありました」と発言します。それを聞いていたほかのマネージャ―が、「それは厳し過ぎはしないですか?基準に照らせば、B評価が妥当です。〜という理由だから、Bでいいと思います」などとコメントします。
こういうやりとりをコンサルタントがファシリテーターとなって活性化し、議論をより深いものにしていきます。当社であれば、役員がします。時には、「それは違うのではありませんか」「根拠は薄弱ではありませんか」などと投げかけます。このような場を設けると、考課者であるマネージャ―はいい加減な評価ができなくなります。事実にもとづかないことや、あまりにも主観の強い評価をすることが難しくなっていくのです。ふだんから、部下たちや部署のことを正確に把握しようとするはずなのです。
私は、日本企業の人事評価の1つの問題点は、1次考課者の評価の仕方にあると考えています。1次考課者は、評価を受ける社員のすぐそばにいる人です。通常は、2次考課者である管理職よりは正しい判断ができるはずなのです。それができていないとすると、やはり、問題なのです。
部下が退職しても、上司は責任を追及されない
優秀な社員がいたら、上司の心理としては穏やかではないのではないでしょうか?
森:経営者としてやっている私が、そのような思いを持つことはありませんね。会社員の頃を振り返ってもありません。当時、同世代に優秀な男性社員がいましたが、すばらしいなとよく思っていました。今も時折、彼とは会います。
社員が私よりも仕事のレベルが上がり、実績を残し、稼ぐようになってくれれば、めでたいことで、ましてや嫉妬を感じるというようなことは想像もつきません。社員の成長は喜ばしいことです。会社の業績が上がれば、私のもとに入る配当金も増えますから…(笑)
私には、部下に嫉妬する上司のイメージが十分には湧いてきません。想像の域を出ていませんが、会社を創業し、経営をする私と、雇われる身である会社員の方の立場の違いも、何らかの影響を与えているのかもしれませんね。
経営者は経営をする以上、一定のリスクを背負います。社員たちが育ち、高いパフォーマンスを残し、稼いでもらわないと、経営がいずれは成り立たなくなるのです。一方で、一般的な会社員は、その意味でのリスクは背負っていないと思います。
例えば、上司が、部下である吉田さんに何らかの理由で嫉妬をし、抑えつけたとします。そのことに不満を持ち、吉田さんが退職したとしても、その上司が責任を追及されることはないように思えるのです。おそらく、会社としては人事異動や新たに人を採用するなどして、代わりの人をその部署に配属するでしょう。
しかし、経営者はそうはいかないのです。新たに人を採用するとしても、当然、コストなどを考えなければいけない。自分が経営する会社ですから、リスクもまた跳ね返ってくるのです。会社員であることと経営者であることでは、部下への接し方も変わってくるのだと思います。
「使えない上司」が「使えない部下」を生む悪循環
私が問題視しているのが、森さんが指摘されていることです。つまり、管理職に、部下を評価する資質や技能、技術、責任感や使命感などがあるのか否か、です。管理職はオーナー経営者のようなリスクを背負えない以上、その言動や、部下の育成や評価には常に「一定の節度や常識」が求められなければいけないはずなのです。その節度や常識の1つが、部下を正しく評価をする技能や技術、そして心や考え方ではないでしょうか。
私は、会社員の頃に10人以上の上司に仕えました。的確に評価をする技能や技術を持ち合わせていると思える人は、1〜2人でした。特に部下の評価となると、ほとんどの上司が、要領を得ていないように思いました。部下の仕事の進捗やぶつかっている問題、それへの取り組みなどを正確に把握できていない。にもかかわらず、1次考課者として評価をするのです。2次考課者である本部長は少なくとも、彼ら1次考課者の評価を覆すこともしなければ、それが事実であるか否かも確認していないようでした。
これと同じ構造は、企業社会を広く見渡すと、社長や役員が、本部長や部長を評価するときにもあるように思えるのです。その意味で森さんとのやりとりで思い起こしたのが、昨年暮れに別の媒体で取材をしたときにうかがった次の言葉です。取材のテーマは、「使えない上司・使えない部下」。
健全な疑いを放棄し、中間管理職を信じる社長や役員
森:部下を潰してしまうような「使えない上司」でも、社長や役員から見ると、よく見えることがおそらくあるのでしょう。例えば、「彼は、明確な考えをもって指導している」「あの課長は、部下に丁寧に教えている」などと見えるのだと思います。
「管理職とは、こういう仕事をするものなのだ」とふだんから具体的に考えていないということもありえます。多くの会社は、非管理職から管理職に昇格させるとき、たとえば営業部なら稼いだ額など、個人としてのパフォーマンスだけをもとに、「この社員はいい!」と評価する可能性が高いのです。
漠然とした理由で昇格させているから、部署のマネジメントにおいて何かの問題が生じたときも、「どこにどのような問題があるのか」と分解して、具体的に考えることができない。結果として、選んだ管理職を必要以上に性善説で見ることになりかねないのでしょう。
私がコンサルタントとして接した社長や役員の多くは、管理職をおおむね信じているように思います。少なくとも、管理職を疑いの目で見る社長や役員は少ない。信じるあまりに、管理職に「丸投げ」になってしまいかねない場合もありえます。本来は、健全なる疑いを放棄することなく、「客観的に見ること」が必要なのです。
あいまいな昇格基準の下で生まれる無責任な「性善説」
私が、森さんの指摘で特に問題視するのが以下の部分です。
「漠然とした理由で昇格させているから、何かの問題が生じたときも、「どこにどのような問題があるのか」と分解して、具体的に考えることができない」
社長や役員、人事部などは「プレイヤーとしてなんとなくがんばったから、マネージャーもできるだろう」と判断し、管理職に昇格している可能性が高いように思えてならないのです。
結局、こういう管理職の下で働く部下は、ある意味で見返りのない中で仕事をしていかざるを得なくなります。その「見返り」とは、ポストなどの処遇ではありません。ふだんの仕事において、上司からきちんとしたタイミングで正しい指示を受け、的確にそれが評価されることです。この一連の流れが正しく流れていない中、上司と部下の信頼関係をつくることは不可能です。
前回の記事(「集団で課長を無視する、カルトな職場」)で、部長が優秀な課長を無視し、頭越しに職場を仕切っていることを取り上げました。当時の私は、このような上司に部下として配慮をしていかざるを得なかったのです。その虚しさや虚脱感は、今も体が覚えています。率直なところ、職場が異様な空気にしか思えなかったのです。
こんな上司でも、みんなで支え、「チームワーク」を守らないといけない。私には理解しがたいものがありました。
カルトの1つの特徴は、世間の常識や良識が通じず、その組織独自の価値観や不文律、ルールなどが強すぎることを言います。カルト的なものを結果としてつくっているのは、マネジメント能力が低すぎる管理職なのです。
この人たちが、もっと淘汰される仕組みをつくるべきではないでしょうか。少なくとも、必要以上に性善説で管理職を見ることだけは、避けるべきです。別の言い方をすれば、無責任な性善説が、組織がカルトになっていく理由の1つだと私は考えています。
このコラムについて
職場を生き抜け!
「夜逃げした社長」から「総理大臣経験者」まで――。これまで計1200人を取材してきたジャーナリストが、読者から寄せられた「職場の悩み」に答えるべく、専門家、企業の人事担当者への取材を敢行する。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/011600039/031300006/
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