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“労働教”から離脱し、キリギリスとして生きよ
キーパーソンに聞く
精神科医の泉谷閑示氏に、これからの「働き方」を聞く
2017年3月7日(火)
柳生 譲治
電通社員の過労自殺事件をキッカケとして「長時間労働」の是正が国民的な関心事となっている。しかし現実には、法で定められた有給休暇の消化すらままならないのが働く人の現状だ。長時間働いていれば「あいつは頑張っている」と見なされるのが日本社会。逆に、周りが多忙な中でさっさと早帰りすると「空気の読めない奴」などと白い目で見られる現実。それは日本社会ならではの会社組織への「同調圧力」が働いているからではないか。
『仕事なんか生きがいにするな 〜生きる意味を再び考える〜』という刺激的なタイトルの著書を1月に出版した精神科医の泉谷閑示さんはこれまで、全ての人に同質的価値観が求められるがゆえに、個人が追い詰められる日本社会の問題を論じてきた。働くことこそ生きることという“労働教”によって精神的なバランスを崩していく、日本のビジネスパーソンのための処方箋を聞いた。
泉谷閑示(いずみや・かんじ)氏
精神科医、思想家、作曲家
1962年秋田県生まれ。東北大学医学部卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院、財団法人神経研究所附属晴和病院などに勤務したのち渡仏、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。現在は、精神療法を専門とする泉谷クリニック院長。「泉谷セミナー事務局 official site」を通じて、一般向けのセミナーや勉強会も行っている。『「普通がいい」という病』『反教育論 〜猿の思考から超猿の思考へ〜』など著書多数。近著に『仕事なんか生きがいにするな 〜生きる意味を再び考える〜』『あなたの人生が変わる対話術』がある。
「頭」と「心」は異なる、そのことをまず知るべし
「働き方改革」が大きなテーマになる中で、長時間労働からうつ病を発症したり、さらには過労死したり過労自殺したりする人たちが日本には絶えません。いま泉谷先生のクリニックを訪れるビジネスパーソンの方々には、どういう傾向がありますか。
泉谷:精神的に追い詰められた原因はクライアントさんによって様々です。パワハラ的な上司の独裁の下で疲弊し葛藤している人もいれば、どんな目的で使われるかも分からない仕事を振られて「オレは何をやっているのだろう」と、はたと自分の生き方に疑問を感じてやって来られる方もいます。
ただ、原因は様々でもその結果として、うつ病になって休職を余儀なくされ、通り一遍の薬の治療だけでは先が見えずに、休職と復職を繰り返すような方が少なくないのが現実です。そういう方々は「硬い勤勉さ」を持った、生真面目でストイックな感じの人が多いように思います。ストイックに自分にムチ打って、怠けを絶対に許せないような人たちです。
やれるところまで精いっぱい働くべきだと、常に限界まで挑んでしまう。精神のバランスを崩してしまう人は、そういうタイプであることが昔から多いのです。そんな人たちには、「頭」と「心」は異なるということをまず、知っていただきたいと思います。
「心」に常にフタをしてしまうと、精神的な病につながる
「頭」と「心」の違いとは、どういう意味でしょうか?
泉谷:頭も心も同じようなものだろうと思っている人は少なくないと思いますが、それは間違いです。「頭」とは理性の場であり、一方の「心」は感情や欲求、感性、直観の場で、「身体」と分かち難くつながっています。例えば「頭」は仕事を進めるための情報処理を行い、過去を分析したり、未来を予測したりします。それに対して「心」は野生原理の感情や欲求の場ですから、仕事はしないで「休みたい」とか「眠りたい」「遊びたい」とかいう欲求を抱えていたりします。
本来、動物は「身体」と連携した「心」のみでできているのですが、近代以降の人間は、「頭(理性)」が思い上がって「心」の出した結論を軽視し却下しがちなのです。「頭」が「心」の欲求に常に「フタ」をしてしまっているのです。「頭」が「心」を強力にコントロールしようとしているわけですね。これでは、うつ病などの精神的な病気を引き起こしてしまうのも仕方のないことです。
「大通り」を行くだけが人生ではない
自分の欲求を押し殺している状況ですね。ただ、現実には、仕事が忙し過ぎて心の欲求に応えられないのであれば、仕事を辞めない限り改善は難しいかもしれないですね。
泉谷:もちろん、そういうケースもあるでしょうね。私のクリニックに来られるクライアントさんにもよくお伝えしていますが、例えば休職している人が同じ職場の同じ仕事に復職することだけが「ゴール」なのではありません。私のクリニックでの精神療法や心理療法を通じてじっくりと検討した結果、今の仕事や職場に納得できないことが明確になったような場合には、転職したり、独立起業したりすることも選択肢に入ってくるだろうと思います。
精神的に追い詰められた方々の原因を大別すると、「本人側」に原因がある場合と、その人が属している「環境側」に原因がある場合があります。本人側に問題がある場合は、たとえ勤務する会社を変えたところでいずれ同じ行き詰まりが生じるため、精神療法を通じて本人が抱えている問題の解消に努めていくことが不可欠になります。しかし、会社の体質や仕事の内容、上司との関係など、環境に原因がある場合は、さきほど申し上げたように、その人が本当に何をしたいのかをしっかりと突き詰めたうえで、転職したり独立起業したりすることも視野に入れるべきでしょう。
つまり、そうした方々は、企業が売り上げや利益を出すためといった「意義」をひたすら追求する“労働教”に疲弊してしまっているのです。人間として「意味」を感じられるような生き方を模索することが大切です。皆と同じような「大通り」を行くだけが人生なのではなく、自分らしいユニークな「小径(こみち)」を行ったって良いんじゃないか、とクライアントさんに伝えることがよくあります。
日本は今もムラ社会だから、「空気を読む」
環境に問題がある場合というのは、どういうケースがありますか。泉谷先生がかねて著書で指摘されてきた、「個人主義」が確立されていないがゆえの「同調圧力」といったこともありますか。
泉谷:日本では職場や組織に対する「同調圧力」が強く、窮屈な思いをするということがもちろんあります。いわゆる「空気を読む」というやつです。あいにく日本は今も「ムラ社会」ですから。いまも従順でない者には、一種の「しごき」が与えられることさえあります。電通社員の過労自殺といったこともその延長線上にある問題です。個人主義の未熟な社会ゆえの悲劇と言えるでしょう。
ここからは、ちょっと脱線するのをお許しいただきたいのですが、以前、私が研究社から出した本(『「私」を生きるための言葉 〜日本語と個人主義〜』)で、言葉を切り口にして、日本の「ムラ社会」を考察したことがあります。欧米の言語と日本語を比較したら、とても興味深いことが見えてきたのです。欧米の言語では、主語を立てることが必須になっているわけですが、日本語には本当の意味での主語がないのです。そのことが、日本の社会の在り方を象徴的に表しているのです。
ムラ社会ゆえに、日本語には「主語=私」が欠けている
「同調圧力」のお話から、ずいぶん話題が変わりましたね(笑)。
泉谷:いいえ、日本語の言語構造と「ムラ社会」とは直接関係しているという話です。ちょっと我慢して聞いてください(笑)。日本の社会の特徴を考える上で、日本語に「主語」がないという考え方から、示唆を得るところは少なくありません。
「日本語では主語が省略されることが多い」と私たちは学校で習ってきましたよね。その考え方で言えば、省略されることは多いものの、日本語に主語はあることになります。でも、そうではなくて、一見、主語とされているものは「主題」を立てているだけであって、そもそも欧米語のような主語がないのではないかという議論が近年活発になっています。そのため、日本語を用いる私たちは、「私」という一人称がない未熟な「0人称」にとどまってしまうという傾向を帯びているのです。
「0人称」とはどういう意味でしょう。
泉谷:「0人称」と最初に呼んだのは哲学者・フランス文学者の森有正で、日本人の話し手には「自分がない」という意味が込められています。日本語では自己と対象の主客が合一的で、その間の境目があいまいです。話者は個人主義の欧米人のような確固とした主体を持っておらず、相手との関係によって話す内容さえも変化してしまいます。言い換えれば「誰」が言ったかはあまり問われない社会。「誰でも同じ意見である」「同じ価値観を持っている」という前提に立った社会であるとも言い換えることもできます。自分もほかの人間も考え方は同じだから、あえて主語を明示する必要はないということになるのです。
日本は「主語=私」がないという言語構造からして、環境に同調していく傾向を帯びていると。
泉谷:そうなんです。しかし面白いことに、インド・ヨーロッパ語族の言語も7世紀くらいまでは、やはり日本語と同じように主語というものはなかったのだそうです。しかし、そのうち動詞の活用が始まり、主語も登場してきた。英語では12世紀頃、主語の義務化が起こるようになってきた。それはムラ的だったヨーロッパの中世の社会が、「個人」に目覚めていった社会の流れと密接に関連しているわけです。
つまり、日本は「個人主義」という点では800年くらいヨーロッパから遅れていると。ゆえに自分と他人との関係が未分化で、「同調圧力」もまだ強いのだということになるのでしょうか。
仕組みだけは欧米から輸入し、「二重構造」の社会に
泉谷:800年とは言いません(笑)。でも、個人主義という観点ではおそらく400年くらいは遅れているのではないでしょうか。そんな風に相変わらず「ムラ社会」が継続されているのが実情なのに、社会の仕組みだけは欧米からどんどん導入している。例えば「成果主義」とか「コンプライアンス」とか。しかし、やはり環境は相変わらず「ムラ社会」なので、それは表面的に真似たに過ぎない「二重構造」になってしまっていて、そこに齟齬が出てくるわけです。そして、そのツケは個人に押し付けられているのです。
例えば、建前上は欧米企業のように「自分の意見をはっきり述べるように」と社長や上司から言われますが、生真面目な人がその指示を本気にしてはっきり意見を述べたりすると、「空気が読めない」とか「強調性がない」とか言われてしまう。あるいは「働き方改革」ゆえの時短の指示に従い、さっさと帰ったりすると、白い目で見られてしまう。
ちなみに私は、病院に勤めていた時には「同調圧力」には決して従いませんでした。自分の仕事が終わったらさっさと帰るようにしたのです。欧米では、ほかの人がまだ仕事をしているから帰りにくいなどということはありえません。生真面目な人が多い日本では、「ふざけた奴だ」と思われるかもしれませんが、案外それくらいで丁度いいのではないかと思いますよ。
本題に話を戻しましょうか(笑)。
こうした「ムラ社会」ゆえの同調圧力との軋轢によって、精神的に追い詰められる人が日本にはとても多いのです。そういう人たちには、是非、勇気を持って「ムラ社会」から自覚的に離脱し、本当の自分を生きることをお勧めしたいと思います。例えば私のクリニックでも、同調圧力の高い企業で生きづらそうにしている人が、何かの機会に海外に出たり英語を使ったりすると、まるで別人のように生き生きするというケースも少なくありません。
「自分は自分、人は人」という前提を忘れない
最初におっしゃられた「硬い勤勉性」をもった人ほど、同調圧力にやられてしまいそうな気がします。ムラ社会の同調圧力に屈しないためにはどうしたらよいのでしょうか。
泉谷:コロンブスの卵のような言い方になりますが、最初から「ムラ」に入らないことです。例えば、あえて最初からランチのグループに入らないとかですね。「ムラ」に入らなければ、当たり前のことですが「村八分」といういじめに逢うことはないのです。「ムラ社会」では、その場にいない人が悪口のターゲットにされてしまう可能性はもちろんありますけれど、いくら陰で悪口を言われても、自分の耳に届かなければ、それは言われてないのと同じなんです。そうやって一人ひとりが、ある程度の覚悟を持って個人主義的に自立していくことでしか、日本は根本的に変わっていけないのではないかと思います。「自分は自分、人は人」という当たり前の前提を忘れないことです。
「自分と仲たがいするより、世界と仲たがいすることを選ぶ」
なかなかそう割り切れない人もいるのでは?
泉谷:日本人の陥りやすい最大の問題点は、自分と人との「関係性」を最重要視してしまって、「関係性」を守るがために個人の方が歪んでしまうというところにあるように思います。その結果、個人が精神的に追い詰められていく。私はよくクライアントさんに、「それは本末転倒でしょ?」と言っています。
つまり、自分はこう思う人間で、相手には相手の意見がある。その相対的関係で2人の関係が決まるわけです。しかし、どちらも人間なんだから、時間の経過とともに考えが変わったりすることもあるでしょう。すると、自ずと両者の関係は変わるはずです。あらかじめその前提をわきまえたうえで、「他者」同士として「対話」を行う。本来の関係性とはそういうものです。なのに、日本人の多くは関係性を何が何でも温存しようとするがために、自分の意見を飲み込んだり、自分の考えを捻じ曲げたりすることをしてしまう。そして、さきほどの「頭」と「心」の話で言えば、「頭」が「心」にガッチリとふたをしている状態が起こってしまう。そこから、「心」や「身体」の問題が起こってくるのです。
合わなくなってしまったのであれば、それはそれで仕方ないわけだし、残念ながら対立してしまうこともあるかもしれない。それが「個」として立つ人間同士の関係の、避けがたい宿命です。どうしてこの当たり前のことが引き受けられないのか、と私は思います。もちろん、自分の考えには最低限の責任が伴いますから、「自分はこうです」という主張をキチンと考えておかなければなりません。そこをごまかすために、人間関係におもねるように生きてはいけないと思うのです。確かソクラテスの言葉だったと思いますが、「自分自身と仲たがいするよりは、世界全体と仲たがいすることを選ぶ」というのがあります。このような覚悟が、自分が拠って立つ基本でなければならないでしょう。「自分を大切にする」とはそういうことです。
また、自分自身の「心=身体」とキチンと「対話」することも重要だと思います。例えば、毎朝、目覚まし時計に起こされること自体、「心=身体」にはとても酷なことをしているわけです。起きたくないのに、無粋なベルで起こされるんですから。大げさに聞こえるかも知れませんが、毎日でも自分の「心=身体」に「ごめんね」と謝る。そういう内的な姿勢が必要なんです。
精神衛生上の効果はあるのでしょうか。
泉谷:はい、全然違うと思いますよ。ぞんざいに「心=身体」を無視し続けると、いずれ“自爆テロ”を起こされるのがオチです。我々の「心=身体」は決してでたらめではありません。現代人は「心」をあまりに軽視し過ぎです。本来は「心」が社長で、「頭」はその秘書に過ぎないはずが、どうにも関係が逆転してしまっていて、秘書である「頭」が独裁者になり社長に「黙れ」とやっている。それが現代人の不幸の原因なのです。
大人も「心」を中心にして、生活全体を遊ぶべし
最近出版された、『仕事なんて生きがいにするな』では、もっと日常の中の遊びや余裕を重視した方がいいというようなことを書かれています。追い詰められたビジネスパーソンが精神の危機から脱するために、具体的にどんなことをすればいいのでしょうか。
泉谷:小さな子供が無心で遊ぶように、大人も「心」を中心にして、生活全体を遊ぶべきなのです。ただし、それは大人ならではの成熟した遊びであり、頭脳を駆使した創造的な遊びになるでしょう。身近なところで具体的に言えば、料理とか日曜大工、音楽などもよいだろうと思います。実際にそういう「遊び」を仕事にまでしてしまった人もいます。
私のクリニックに来ていたクライアントの方で、もともとはかなりのエリートと言われるような職業についていた方がいるのですが、休職中に遊びの一環であるモノづくりに熱中するようになりました。すると、どんどん元気になっていって、ついには会社も辞めて、そのモノづくりを職業にしてアトリエを開きました。つまり、そのクライアントさんは自分の「鉱脈」を掘り当てて、生きる意味を取り戻すことができたわけです。
現代人は、もはやハングリーに働かなくてもさすがに死ぬほどのことにはならないのに、「働くことこそ生きること」という“労働教”にいまだに洗脳されたままなのです。戦後すぐの時代の人々がハングリーに働くことが不可欠だったのは事実ですが、今はもう、そういう時代ではありません。にもかかわらず、日本人は「ハングリーモード」のスイッチを戻せなくなってしまっている。生きる手段に過ぎなかった「ハングリーに働くこと」自体が、自己目的化してしまっているのです。もっと一人ひとりが「生きる意味」を大切に生きてもよいのではないでしょうか。
「ごはんが食えなくなる」ことはない
しかし、会社を辞めて仕事にまでしてしまうというのは、一般の人には危険な発想ではないですか。
泉谷:そんなことはないと思います。よくみなさん、思い切った転身をしようとする人に対して「ごはんが食えなくなる」などとおっしゃいますが、私は「本当でしょうか?」と申し上げたい。今の日本で「食えなくなる」といっても、戦争直後の切実さとはまったく異なると思うのです。今はアルバイトもたくさんあるし、生活保護もあるし、どうにかして生きていける。
むしろ、「あの人は社会から落伍した」とか、「負け組だ」などと世間から思われるのが、多くの人は嫌なのだと思うのです。「ムラ社会」の発想から抜けていないのです。辞めるときに同僚から「馬鹿だな」と言われたら、「馬鹿でーす!」と開き直ってもよいのではないでしょうか。世間的にうまくいっていると見られている人も、いつかは落伍するかも知れないし、それが人生でしょう。そして、誰でもいつかは必ず死ぬわけです。世間に振り回されている人が、最後に一番馬鹿を見るのではないでしょうか。「心」が本当にやりたいことをやらない人生なんて、後悔してもしきれません。
みんなもっと「キリギリス」になった方がよいのではないかと私は思うのです。「アリ」のように未来のためにコツコツと働いているだけでは、「今を生きる」前に死んでしまいます。
ある現代音楽の作曲家が、亡くなるときに「本当はバッハのような美しい音楽を書きたかった」と後悔したそうですが、それなら最初から自分の「心」の本当の声を聞いて、美しい音楽を作ればよかったのではないでしょうか。本当にやりたいわけではないことの中で消耗する人生よりも、最後に「おもしろかった」と言えるような人生を歩むことが、やはり人間にとって一番大切なことではないだろうかと思います。
このコラムについて
キーパーソンに聞く
日経ビジネスのデスクが、話題の人、旬の人にインタビューします。このコラムを開けば毎日1人、新しいキーパーソンに出会えます。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/238739/030200240/?
移民流入で人口増も。JR東海の需要に不安なし JR 思考停止経営からの決別
JR東海 葛西敬之・代表取締役名誉会長インタビュー(上)
2017年3月7日(火)
大西 孝弘
国鉄の分割民営化で、JR7社体制に移行してから4月で30年を迎える。その間、東海道新幹線の収益力に磨きがかかり、超電導磁気浮上式鉄道(超電導リニア)の建設着工までに至った。その一方で、JR北海道のようにローカル線の赤字路線に経営が圧迫され、収益安定の見通しが立たない会社も出てきた。
国鉄の分割民営化から東海旅客鉄道(JR東海)の経営まで中枢を歩み続けた葛西敬之名誉会長は、今のJRをどのように見ているのか。また代表取締役の立場から今後30年の展望も聞いた。
葛西 敬之(かさい よしゆき)氏
1940年生まれ。63年東京大学法学部卒業後、日本国有鉄道(国鉄)入社。69年米ウィスコンシン大学経済学修士号取得。国鉄では多くの経営計画業務に携わる。87年東海旅客鉄道(JR東海)発足と同時に取締役、95年に社長就任。2004年に会長、2014年から現職。1990年から代表取締役を務める。国家公安委員など政府の要職を歴任。(写真=村田和聡)
JR発足の30周年を迎えます。葛西敬之名誉会長は国鉄の分割民営化から東海旅客鉄道(JR東海)の経営までを主導し、今も代表取締役を続けています。今後30年後の日本はどのような状況になり、その中でJR東海はどのような経営をしていこうと考えていますか。
葛西:日本が30年後にどうなるかは分かりません。私は1940年に生まれ、その30年後の1970年は日本が世界第2位の資本主義国になっていました。
その間に完全に焼野原になった時を越えて復活しました。30年というと何が起こるか分かりません。
ただ日本の国土を考えた時に東京〜横浜〜名古屋〜京都〜大阪を結ぶ回廊は、30年後も一番重要な回廊の1つであることは間違いありません。
すべての地図を描けなければまずいという訳でなく、すべてが変数で地図は描けないのです。人件費や人口もそうです。
明日は我が身だと米国や欧州を見なければ
人口は増える可能性があると思います。人口の流入圧力はそう簡単に制御できません。
インドネシアやベトナムなどアジアで人口が増えてます。そこの人たちが少しゆとりができた時に、どこで働き、どこに住み、どこに旅行しようかと思うのか。アジアで日本ほど生活インフラや教育や医療システムが整って、安全で生活しやすい国はない。
放っておけばどんどん人がやってきて、止めるのは難しい。流入してくる人たちをどのようにマネージするのか大事になってくるのではないでしょうか。
(移民政策で)ヨーロッパは大混乱になっていて、日本は同じような傾向にはならないと思いますが、アメリカでは混乱が起こっています。日本だけがそういうものに対して完全に局外に立つということはできないでしょう。
日本人の人口が減るのは間違いないでしょう。しかし、トータルとして日本に定住する人口は、増える圧力の方が大きいと思います。そのことにみんなが目を背けていますが、明日は我が身だと米国や欧州を見なければなりません。
米国もマネージしないともたない
昨今は、米国や欧州も移民を受け入れない流れが強まっています。
葛西:ペリーが来航した時の日本の人口は3400万人くらいです。その時のアメリカの人口は2000万人くらい。それが今や約3億人だから15倍になりました。
150年間で日本や中国の人口は3倍強ですので、人口の自然増は3倍くらいと言えます。アメリカは15倍なので、そろそろマネージしないとアメリカはもちません。(トランプ米大統領の移民政策については米国民の)半分くらいは支持している可能性がありますよね。
欧州は地中海をはさんでアフリカと向かい合っていて、中東もあるからマネージが難しい。アメリカは大西洋と太平洋で隔てられているから、比較すればマネージャブル。欧州はアンマネージャブル。日本は今のところ局外に立っているように見えるけど、必ず同じ流れの中に巻き込まれると思います。
こうして大局的に俯瞰して見ると、東京〜大阪を移動する人の数はそんなに減ることはないと思います。
現在は山梨県の実験線で走行試験が繰り返されている超電導リニア。2027年の東京〜名古屋の開通を目指し、本格的な工事が始まっている (写真提供=JR東海)
言葉が通じない人が「入ってくる」
一般的には日本の人口は減ると見られています。
葛西:それは日本人の人口だけを見ていて、「浸透圧」を考えていないからです。浸透圧が減るというシナリオはないようですね。
世界中の人口が増えていく傾向にある時に、こんな住みやすい場所の人が減っていくというシナリオはたぶんなくて、みなさんは日本人の人口が減ることを心配している。もっと心配しなくてはいけないことは、言葉が通じない人が入ってくることです。
そのことは目を背けたいのですね。見たくないから。本当は心配なことだと思います。
世界の傾向を見ると、人口が減るという心配より、たくさん流れ込んできて困るという心配をした方がいいと思います。社会が一体性を失うということにならないかということです。
アメリカやヨーロッパでは移民制限を叫んでいる人が増えていて、フランスの大統領選挙では(極右政党の国民戦線党首の)ルペン氏が勝つかもしれません。そうした中で日本だけ「別天地」がいつまでも続かない可能性があります。
どこかで覚悟を決めて、どうするかのコンセンサスを持ってないとどうにもなりません。JR東海の経営している地域をみると、悲観する必要は全くありません。
輸送のキャパシティーは増えます。(リニア中央新幹線で)東京〜大阪が1時間で結ばれ、その間を飛行機のように直結するだけでなく、途中で自由に乗り降りできるようになるので、東京〜大阪は世界でも極めてユニークな地域になります。その中で我々は大動脈の役割を果たしていきます。
我々は完全な民間企業の私鉄とは違います。国の大動脈輸送を創業の使命として持っていますので、国の役割を果たしながら、健全経営を維持していくことを基本方針とするしかありません。
リニアは新幹線「のぞみ」プラス700円
数年前に、超電導リニアは東海道新幹線「のぞみ」の700円プラスで採算が合うというお話がありましたが、それは変わっていませんか。
葛西:試算の考え方は変わってません。実際の料金をいくらかにするかは、建設が終わった時の経営状況を反映するので、今のうちに決まりません。あくまで現時点の試算です。
リニア中央新幹線が開通した時に、今の東海道新幹線はどのような役割を担うのでしょうか。
葛西:現在、東海道新幹線は「のぞみ」が1時間当たり最高で10本、「ひかり」が2本、「こだま」が3本というダイヤ構成になっています。
15本走らせる能力があり、これを17本にできるかもしれない。その中の停車パターンとしてひかりの本数を増やすことで、大都市圏以外に住む方々の利便性を高めることもできます。リニアと新幹線の両方で役割分担していくことになるでしょう。
例えば、名古屋の利用者はリニアに移りますよね。それに対して、横浜や静岡、浜松、奈良、京都に対する利用者の需要は東海道新幹線が応えるのかもしれません。
豪華寝台列車は全く考えていない
九州旅客鉄道(JR九州)が発案した豪華寝台列車「ななつ星in九州」がブームになっており、東日本旅客鉄道(JR東日本)や西日本旅客鉄道(JR西日本)が豪華寝台列車を相次いで運行し始めます。JR東海も同様の列車を考えていますか。
葛西:全く考えていません。あれは乗ることが目的の列車です。我々の東海道新幹線や超電導リニアは、できるだけ待つことなく短時間で目的地に行くように、交通手段としての効率性を徹底しており、これが正しい方法だと思います。
JR九州の観光列車は一般的に採算性がないと言われますが、会社のイメージを全国に発信しました。その意味で、プロジェクトは成功ではないでしょうか。
ただ、乗ることを目的とした列車で稼ぐことはできません。東海道新幹線は日本の大動脈に不可欠な交通手段で、そこに我々は徹するべきです。
JR九州が発案した豪華寝台列車「ななつ星in九州」。1泊2日コースで30万〜45万円と高額だが、人気のため予約が難しい
30年前、JR東海の経営はバラ色ではなかった
4月にJR発足後の30年を迎えます。改めてこの30年を振り返ってもらえますか。
葛西:30年前、国鉄の分割民営化がスタートした時、JR東海の経営はバラ色ではありませんでした。収入は、東海道新幹線が7000億円、在来線が1000億円のトータル8000億円くらい。
それに対して借金が5兆円以上で、5年分の収入を超えていました。年間3500億円くらいの金利も支払わなければならず、厳しい経営環境でした。
そのときに30年後の状況を想定し、それに向かって進んだというわけではありません。足元の現状を見て、東海道新幹線を近代化してきた結果です。
新幹線をスピードアップし、東京・品川に新しい駅を作って利便性を高め、新幹線システムを改善、完成させてきました。結果が見えないから進めないのではなく、これをやるしかないから進めてきたのです。
こうした中でゼロ金利時代に入って、借金が約1兆9000億円くらいに減り、利子も約720億円まで減りました。東海道新幹線の輸送能力をギリギリまで使い切ってしまった時、輸送能力の増強の切り札は中央新幹線なのです。
ただ中央新幹線を作るためには、東京〜大阪で1時間というブレークスルーがなければ、このプロジェクトはできないだろうと考えました。
ゼロ金利という天の助けもあって、我々の負担で超電導磁気浮上式鉄道(超電導リニア)を作れるようになって、それをテコにして一気に中央新幹線プロジェクトを現実のものとしています。
超電導リニアの建設は、JR発足当時に予測した範囲にはなかったことです。そこまでの楽観論は持っていませんでした。努力と幸運の両方がプラスに働いて、思いのほかうまくいった30年でした。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/030200118/030600004/graph1.png
特に想定外の幸運だったのは何でしょうか。
葛西:金利の低下はやっぱり大きかったですね。利払いは当初の3500億円から5分の1くらいになっていますから。利払いが会社の最大のネックでした。
JR東日本を見ると、首都圏という強い都市鉄道があって、関連事業も大いに展開して、そこで稼いだお金で東日本全域の非採算路線を維持するというモデルです。
JR東海は東海道新幹線が鉄道収入の9割近くを稼いでいて、残った在来線を内部補助してもおカネは余ってしまいます。それなので、東海道新幹線の収入で、国鉄の債務をたくさん負うというモデルでした。
ですから赤字路線を維持するモデルと、借金を負担して金利を払うモデルと、どちらのモデルの方がリスクが大きいのかというのが比較のコアになります。
赤字路線は要員の効率化や値上げなどで赤字を小さくしたり、どうにもならなくなったら、道路転換することで赤字を免れることもできます。
でも借金は免れようがありません。返して金利を減らすしかありません。ですから借金が経営リスクが一番大きいとみんな思っていたでしょう。JR東海の経営がうまくいったのは、金利が下がったことが大きいと思います。
新幹線以外の路線はすべて赤字
赤字のローカル線はどのように捉えてますか。
葛西:端的に言って、JR東海は「東海道新幹線会社」です。幹線やローカル線など新幹線以外の路線はすべて赤字です。
だけど「路線単体として赤字」というのは、国鉄時代だと線区別原価計算を盛んに言って、政府から助成金を取るための論理でした。
民営化と同時に、東海道新幹線を便利に使うために東海道本線など在来線のほとんどは、東海道新幹線のネットワーク鉄道の一部になると考え方を変えました。
東海道新幹線を基軸とするアクセスネットワークと考え、これを強化すると方向転換したのです。
名松線は三重県松阪市から同県津市美杉町を結ぶ。1両編成で山間を走る。終点に近づくほど、自然豊かな景色を眺められる(写真=高木茂樹)
三重県の名松線は利用者が少ないうえに災害にもあって6年半休止していましたが、住民の要請もあり昨年3月に復旧しました。
名松線は難しい路線です。道路転換した方がいいのですが、我々がそれを言って地元と対立する訳にもいきません。
台風で路盤が流れてしまいまして、これを再生することを三重県も考えないだろうと思いました。ところが三重県は路盤を作り直し、その費用を地元が負担する意欲を示したので、我々も復旧することにしたのです。
国に口を出される謂れもない
超電導リニアは民間の資金だけで建設する方針でしたが、財政投融資から融資を受けました。
葛西:今回の財投は政府がお金を調達して、調達金利プラス実費を上乗せして貸してくれる形です。
超電導リニアを開業すれば入ってくるキャッシュフローで100%返せます。
市場から調達すると国よりも金利が高くつく可能性がありますし、あれだけの規模の額を調達するとたいへんな手間もかかります。
銀行の融資と同じような条件で、担保は東海道新幹線の収益力です。非常にタイムリーよく政府にも決断していただきました。
名古屋までの建設費は5兆5000億円と見ていて、2兆5000億円は自分たちが新幹線で生み出したキャッシュフローを使い、残りの3兆円は将来のキャッシュフローを前借りして調達します。
2027年までに5兆円まで膨らむという試算で、それ以上借りると経営が不安定化するので、いったん開業したら2兆5000億円のレベルに下がるまで8年間工事を止める予定でした。
しかし、今回の融資で止める必要がなくなり、シームレスな工事ができるようになりました。財政出動はないから口を出さないことは確認しました。
政府は本当に口を出さないのでしょうか。
葛西:他のことに使えば口出すでしょうが、超電導リニアを作るために使えば、国が口を出す謂れはないし、我々も国に口を出される謂れもありません。
※インタビュー後編は3月8日公開予定です。
このコラムについて
JR 思考停止経営からの決別
国鉄の分割民営化で、JR7社体制に移行してから4月1日で30年を迎える。4社が上場したが、新たな文化や成長モデルを示したとは言い難い。30年で浮かび上がったのは、主要路線の収入と立地の良さに甘んじてきた姿だ。
人口減少時代に突入する中、思考が止まった経営から脱しないと将来はない。今のままでは「株主利益の追求」と「地方路線の維持」の二兎を追えないだろう。
人口が減少すれば、JRも縮小均衡に陥るのか。JRの未来は日本の未来でもある。逆境を跳ね返すビジネスモデルの確立が急務だ。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/030200118/030600004/
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