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「生産性」を人口減の日本で上げるには効率的な投資しかない
http://diamond.jp/articles/-/118841
2017年2月22日 熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト] ダイヤモンド・オンライン
■「生産性上昇」を巡る
議論への違和感
「人口が減少しても、技術革新によって生産性を上げれば、日本経済は衰退しない」、「働き方改革で長時間労働を是正すれば生産性が上がって給与は増える」など、経済論議の中でしばしば生産性上昇が話題にされる。
筆者の違和感は、それほど単純に生産性を上げる営みを「自由自在に操作できるとは思えない」というところにある。議論の中で生産性上昇が指すものは、具体性のないシンボルのような扱いであるからだ。
「ではどうやって生産性を上げるのか?」――。
その点が実はブラックボックスになっていて、生産性上昇を語る人たちの話の説得力を落としている一方で、生産性上昇という話にリアリティを感じない人は、その曖昧さに違和感をおぼえている。多くの「生産性上昇」に関する議論が、その具体的手法を欠いている点で、その主張を弱くしているのが実情だ。
■企業は率先して
投資を増やそうとはしていない
経済学のアプローチでは、生産性を上げる場合、労働人口減少などの人口の制約があっても、労働投入の代わりに資本投入と技術革新によって一国の生産物が増える。つまり労働1単位当たりの生産性は、設備投資や技術導入によって促進される。
1人あたりの資本装備率の上昇により生産性がアップするわけだ。投資に応じて、固定資産の減価償却費や資金調達コスト(金融費用)、研究開発費などのコストも増えるが、生産性が大きく上がった分、生産の量的拡大によって賃金も上昇する。
わかりやすく言えば、3人の従業員が動かしていた生産機械の台数を5台から7台に増やすと、1人当たりの従業員の生産物は増えて、機械投資のコストを上回って利益が増えて、賃金上昇も可能になるということである。
しかし問題は、企業が生産性上昇を目指して、率先して投資を増やそうとはしていないことだ。厳密にいえば、国内投資を手控えて、海外投資にシフトする流れはまだ続いている。日本銀行は、企業の資金調達コストが低くなるように、限界まで金融緩和の度合いを強めているが、企業は内部資金を上回って投資を増やすのを躊躇している。
なぜならば、国内の成長期待は乏しく、資本ストックを増やしたときに金利支払いなどの固定費負担が重くなることを警戒するからだ。リーマンショックのトラウマもあるが、人口減少によって市場が収縮する恐怖を持っていることが、投資を躊躇させることになっている。
これは、経営者が終身雇用の正社員を雇うことに、消極的になる心理と同根である。大胆な金融緩和で物価を上げようとするリフレの発想は、実質成長率は操作できないが、インフレ期待はコントロールできるから、人口減少下でも名目成長率を上昇させることは可能というものだ。インフレ期待を引き上げれば、成長期待の下振れを補うことができると考えている。
だが、本稿では、深入りしないが、リフレの発想は、実務家や経営者をそう信じさせることには成功しておらず、筆者は「作戦失敗」だと見ている。
つまり、生産性上昇のために、投資拡大が必要だとしても、国内市場が収縮していくリスクが強く意識されていると、本当は投資によって活路を開くことができても、それが阻止されて生産性を低迷させる結果になっているのだ。
■サービスの
生産性向上がポイント
生産性について考える上で、実際のデータを確認しておくことは有用である。例えば、2015年の国内総生産(名目値)は、528.8兆円である(内閣府「国民経済計算」)。これを就業者数6629万人で割り、さらに年間総労働時間(雇用者分)の1751.4時間で割ると、1時間当たり4554円が求められる。
これにマクロの労働分配率49.5%を乗じると、時間給に相当する2255円の報酬が求められる。4554円の生産性を上げれば、それに同調して2255円の時間当たり報酬も増えるという理屈である。
次に、業種別に就業者1人当たりの所得(人件費)のランキングをみてみよう(図表1)。生産性が高いのは、電気ガス、情報通信、金融保険、公務、そして製造である。生産性の高さにほぼ応じて1人当たりの所得も高いことがわかる。
◆図表1:業種別にみた所得ランキング(名目値)
※上段の産業ほど所得水準が高い
※()内は生産性対比の割合。非営利法人は、他の業種に分類されたものを集約した区分となっている。 出所:内閣府「国民経済計算」(2015年)
この表からわかるのは、卸小売とサービスは、もっと資本集約度を上げて生産性上昇の余地があるように思えることだ。この2つの業種は、全体の就業者に占めるウエイトが高く、併せて56.6%と過半の雇用を吸収する。サービスの内訳を細かく見ると、保健衛生・社会事業とその他サービス、宿泊・飲食サービスの3つの生産性はとくに低く、おそらく1人当たり資本装備率も低いだろう。もともと対人サービスが主で労働集約的な仕事とはいえ、それでもこの分野では、もっと資本を投下して生産性上昇ができるように思える(図表2)。
◆図表2:サービス業の中での種類別の所得ランキング(名目値)
※上段の産業ほど所得水準が高い
出所:内閣府「国民経済計算」(2015年)
業種分類がわかりにくいので説明すると、保健衛生・社会事業の中には、医療・介護が含まれている。その他サービスには、クリーニング・理容・美容などの生活関連サービスが含まれる。こうした消費者向けのサービスは、顧客が高齢者、すなわち年金生活者が多いから、高価格のサービス提供が成り立ちにくい。
卸小売にも共通するが、高齢者の人数こそ増えて市場としては大きくなっても、サービス単価が上げられないために効率化に向けた投資が行いにくい。医療・介護も公的保険が広く適用されていていわゆる保険外サービスでの高単価のサービスをする領域が限られている。人口減少のもとで投資が増えにくくなっているのに加えて、卸小売、サービスでは、高齢社会における公的保険などの制度設計が、投資を増やしにくくしているといえる。
過去からの就業者の推移を見ると、リーマンショックのときでさえ、医療・介護などのサービス従事者は増加を続けていた。就業者がシフトしていく先の生産性が低いということは、趨勢に任せていると、生産性の水準は自然に落ち込んでいく。
成長のためには「生産性を上げればよい」と、表面的な説明で終わらせてしまうと、人口減少と高齢化の重石が投資を抑制している問題をすっぽり抜かして、言葉ばかりの処方箋が繰り返されることになる。
ましてや、インフレ期待をコントロールして実質金利を下げると投資が自然に増えるという「教義」を信じこんで、時間を空費することは、成長期待が鈍化するトレンドを放置することにつながるだけだ。
■人口減少下で投資を増やす方法
賃上げが効率化投資を促す
では、どうすればいいのか。
本来は、医療制度改革や規制緩和によってビジネスチャンスを掘り起こすのが主眼となるべきだが、政策誘導を考える際にも、しっかり見据えるべきだ一つの対策は、労働力不足をカバーする効率化の投資であろう。生産能力増強のための投資の需要はなくとも、設備の更新需要はある。企業が先行きを考えて省力化・効率化のための新しい技術を盛り込んだ設備を導入する。
このメリットは、まさしく人手不足に悩んでいる卸小売サービス業にとって、より大きな動機付けになるからだ。人手不足は、サービス・卸小売の企業経営者にとって、業容を現状維持するための脅威でもある。難しいのは、人手不足を解決するための効率化投資がイメージしにくいことだ。これまで労働集約的であったスタイルを、機械化で乗り切るという手法やビジネスモデルは思いつきにくい面はある。
しかし、マクロ統計には表れなくとも、宿泊・飲食サービスなどの分野では、ホテルの受付の無人化、オーダーを券売機が代替するなど、漸進的に省力化が進んでいる。まだ、実現には時間がかかりそうだが、無人運転車の普及がタクシー・トラックのドライバー不足を補う可能性はある。
経済論壇では、逆に新しい産業革命で技能労働者が職を奪われるとか、AIが会計士などの肩代わりをするなど、ネガティブな面が強調される時もあるが、筆者は、労働力不足の日本ではこうした産業革命はメリットが大きいとみる。課題は、実務的にどういった機械・システムを導入すれば、効率化の成果が表れるのかが見えにくいことである。
この点について、筆者は経営者らに効率化投資を促す動機付けを強めなくてはいけないと考える。具体的には、パート・アルバイトを含めた労働単価の引き上げだ。マンパワーを機械に置き換えるインセンティブは、賃金が上昇するほどに高まる。
現在、政府が「働き方改革」の旗を振り、総労働時間が短縮する方向にあるが、この流れも、時間当たりの労働コストを押し上げることになる。賃上げの動きが正社員から、パート・アルバイトへと波及し、サービスや卸小売の効率化投資が増えることが期待される。成長のためにはマクロの設備投資が増えればよいという発想から、生産性上昇に寄与する投資拡大の重視へと、エコノミストや政策当局者の注目点が切り変わっていくことも期待したい。
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