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経済分析の哲人が斬る!市場トピックの深層
【第228回】 2017年2月22日 熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト]
「生産性」を人口減の日本で上げるには効率的な投資しかない
「生産性上昇」を巡る議論への違和感
「人口が減少しても、技術革新によって生産性を上げれば、日本経済は衰退しない」、「働き方改革で長時間労働を是正すれば生産性が上がって給与は増える」など、経済論議の中でしばしば生産性上昇が話題にされる。
筆者の違和感は、それほど単純に生産性を上げる営みを「自由自在に操作できるとは思えない」というところにある。議論の中で生産性上昇が指すものは、具体性のないシンボルのような扱いであるからだ。
「ではどうやって生産性を上げるのか?」――。
その点が実はブラックボックスになっていて、生産性上昇を語る人たちの話の説得力を落としている一方で、生産性上昇という話にリアリティを感じない人は、その曖昧さに違和感をおぼえている。多くの「生産性上昇」に関する議論が、その具体的手法を欠いている点で、その主張を弱くしているのが実情だ。
企業は率先して
投資を増やそうとはしていない
経済学のアプローチでは、生産性を上げる場合、労働人口減少などの人口の制約があっても、労働投入の代わりに資本投入と技術革新によって一国の生産物が増える。つまり労働1単位当たりの生産性は、設備投資や技術導入によって促進される。
1人あたりの資本装備率の上昇により生産性がアップするわけだ。投資に応じて、固定資産の減価償却費や資金調達コスト(金融費用)、研究開発費などのコストも増えるが、生産性が大きく上がった分、生産の量的拡大によって賃金も上昇する。
わかりやすく言えば、3人の従業員が動かしていた生産機械の台数を5台から7台に増やすと、1人当たりの従業員の生産物は増えて、機械投資のコストを上回って利益が増えて、賃金上昇も可能になるということである。
しかし問題は、企業が生産性上昇を目指して、率先して投資を増やそうとはしていないことだ。厳密にいえば、国内投資を手控えて、海外投資にシフトする流れはまだ続いている。日本銀行は、企業の資金調達コストが低くなるように、限界まで金融緩和の度合いを強めているが、企業は内部資金を上回って投資を増やすのを躊躇している。
なぜならば、国内の成長期待は乏しく、資本ストックを増やしたときに金利支払いなどの固定費負担が重くなることを警戒するからだ。リーマンショックのトラウマもあるが、人口減少によって市場が収縮する恐怖を持っていることが、投資を躊躇させることになっている。
これは、経営者が終身雇用の正社員を雇うことに、消極的になる心理と同根である。大胆な金融緩和で物価を上げようとするリフレの発想は、実質成長率は操作できないが、インフレ期待はコントロールできるから、人口減少下でも名目成長率を上昇させることは可能というものだ。インフレ期待を引き上げれば、成長期待の下振れを補うことができると考えている。
だが、本稿では、深入りしないが、リフレの発想は、実務家や経営者をそう信じさせることには成功しておらず、筆者は「作戦失敗」だと見ている。
つまり、生産性上昇のために、投資拡大が必要だとしても、国内市場が収縮していくリスクが強く意識されていると、本当は投資によって活路を開くことができても、それが阻止されて生産性を低迷させる結果になっているのだ。
サービスの
生産性向上がポイント
生産性について考える上で、実際のデータを確認しておくことは有用である。例えば、2015年の国内総生産(名目値)は、528.8兆円である(内閣府「国民経済計算」)。これを就業者数6629万人で割り、さらに年間総労働時間(雇用者分)の1751.4時間で割ると、1時間当たり4554円が求められる。
これにマクロの労働分配率49.5%を乗じると、時間給に相当する2255円の報酬が求められる。4554円の生産性を上げれば、それに同調して2255円の時間当たり報酬も増えるという理屈である。
次に、業種別に就業者1人当たりの所得(人件費)のランキングをみてみよう(図表1)。生産性が高いのは、電気ガス、情報通信、金融保険、公務、そして製造である。生産性の高さにほぼ応じて1人当たりの所得も高いことがわかる。
◆図表1:業種別にみた所得ランキング(名目値)
※上段の産業ほど所得水準が高い
※()内は生産性対比の割合。非営利法人は、他の業種に分類されたものを集約した区分となっている。 出所:内閣府「国民経済計算」(2015年) 拡大画像表示
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この表からわかるのは、卸小売とサービスは、もっと資本集約度を上げて生産性上昇の余地があるように思えることだ。この2つの業種は、全体の就業者に占めるウエイトが高く、併せて56.6%と過半の雇用を吸収する。サービスの内訳を細かく見ると、保健衛生・社会事業とその他サービス、宿泊・飲食サービスの3つの生産性はとくに低く、おそらく1人当たり資本装備率も低いだろう。もともと対人サービスが主で労働集約的な仕事とはいえ、それでもこの分野では、もっと資本を投下して生産性上昇ができるように思える(図表2)。
◆図表2:サービス業の中での種類別の所得ランキング(名目値)
※上段の産業ほど所得水準が高い 出所:内閣府「国民経済計算」(2015年) 拡大画像表示
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業種分類がわかりにくいので説明すると、保健衛生・社会事業の中には、医療・介護が含まれている。その他サービスには、クリーニング・理容・美容などの生活関連サービスが含まれる。こうした消費者向けのサービスは、顧客が高齢者、すなわち年金生活者が多いから、高価格のサービス提供が成り立ちにくい。
卸小売にも共通するが、高齢者の人数こそ増えて市場としては大きくなっても、サービス単価が上げられないために効率化に向けた投資が行いにくい。医療・介護も公的保険が広く適用されていていわゆる保険外サービスでの高単価のサービスをする領域が限られている。人口減少のもとで投資が増えにくくなっているのに加えて、卸小売、サービスでは、高齢社会における公的保険などの制度設計が、投資を増やしにくくしているといえる。
過去からの就業者の推移を見ると、リーマンショックのときでさえ、医療・介護などのサービス従事者は増加を続けていた。就業者がシフトしていく先の生産性が低いということは、趨勢に任せていると、生産性の水準は自然に落ち込んでいく。
成長のためには「生産性を上げればよい」と、表面的な説明で終わらせてしまうと、人口減少と高齢化の重石が投資を抑制している問題をすっぽり抜かして、言葉ばかりの処方箋が繰り返されることになる。
ましてや、インフレ期待をコントロールして実質金利を下げると投資が自然に増えるという「教義」を信じこんで、時間を空費することは、成長期待が鈍化するトレンドを放置することにつながるだけだ。
人口減少下で投資を増やす方法
賃上げが効率化投資を促す
では、どうすればいいのか。
本来は、医療制度改革や規制緩和によってビジネスチャンスを掘り起こすのが主眼となるべきだが、政策誘導を考える際にも、しっかり見据えるべきだ一つの対策は、労働力不足をカバーする効率化の投資であろう。生産能力増強のための投資の需要はなくとも、設備の更新需要はある。企業が先行きを考えて省力化・効率化のための新しい技術を盛り込んだ設備を導入する。
このメリットは、まさしく人手不足に悩んでいる卸小売サービス業にとって、より大きな動機付けになるからだ。人手不足は、サービス・卸小売の企業経営者にとって、業容を現状維持するための脅威でもある。難しいのは、人手不足を解決するための効率化投資がイメージしにくいことだ。これまで労働集約的であったスタイルを、機械化で乗り切るという手法やビジネスモデルは思いつきにくい面はある。
しかし、マクロ統計には表れなくとも、宿泊・飲食サービスなどの分野では、ホテルの受付の無人化、オーダーを券売機が代替するなど、漸進的に省力化が進んでいる。まだ、実現には時間がかかりそうだが、無人運転車の普及がタクシー・トラックのドライバー不足を補う可能性はある。
経済論壇では、逆に新しい産業革命で技能労働者が職を奪われるとか、AIが会計士などの肩代わりをするなど、ネガティブな面が強調される時もあるが、筆者は、労働力不足の日本ではこうした産業革命はメリットが大きいとみる。課題は、実務的にどういった機械・システムを導入すれば、効率化の成果が表れるのかが見えにくいことである。
この点について、筆者は経営者らに効率化投資を促す動機付けを強めなくてはいけないと考える。具体的には、パート・アルバイトを含めた労働単価の引き上げだ。マンパワーを機械に置き換えるインセンティブは、賃金が上昇するほどに高まる。
現在、政府が「働き方改革」の旗を振り、総労働時間が短縮する方向にあるが、この流れも、時間当たりの労働コストを押し上げることになる。賃上げの動きが正社員から、パート・アルバイトへと波及し、サービスや卸小売の効率化投資が増えることが期待される。成長のためにはマクロの設備投資が増えればよいという発想から、生産性上昇に寄与する投資拡大の重視へと、エコノミストや政策当局者の注目点が切り変わっていくことも期待したい。
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http://diamond.jp/articles/-/118841
News&Analysis
2017年2月22日 週刊ダイヤモンド編集部
トランプノミクスを経済学部生向け教科書で読み解いてみた
先日行われた日米首脳会談では、両国間の経済問題は先送りのかたちとなった。では「トランプノミクス」を、どう評価したらよいのか。社会人でも読みこなせる大学の経済学部レベルの教科書をベースに、トランプノミクスを分析してみると、「ドル高」の帰趨がその成否を握っていることが見えてくる。(「週刊ダイヤモンド」編集委員 原 英次郎)
社会人でも読みこなせる大学の経済学部レベルの教科書をベースに、トランプノミクスを分析してみる
先日行われた日米首脳会談は、両国間の経済問題はペンス副大統領と麻生副総理兼財務大臣による日米経済対話に委ねられることになった。
これから本格化する交渉の前提として、トランプ政権の経済政策である「トランプノミクス」を、どう評価したらよいのか。トランプ氏当選直後から、事前の予想に反して、日米の株価はトランプノミクスを囃して大きく上昇した。果たしてそれは妥当な評価なのか。そこで、ここでは筆者も含め社会人でも読みこなせる大学の経済学部レベルの教科書をベースに、トランプノミクスを分析してみる。
教科書で解説されている経済理論は、現実をあまりにも単純化した前提の上に成り立っているという批判もあるが、先人たちが営々と積み上げきた知の蓄積でもある。そこからは将来を考える上で、多くの示唆が得られるはずだ。ここではノーベル賞学者ジョセフ・スティグリッツ氏が著わし、経済学部向け教科書として定評のある『マクロ経済学(第4版)』(東洋経済新報社)を参考にした。
変動相場制下における
拡張的財政政策の効果は小さい
まず、トランプノミクスの柱をおさらいしよう。トランプ政権の最重要課題は「雇用第一」で、(1)大幅減税とインフラ投資=拡張的財政政策、(2)保護主義的な通商(貿易)政策、(3)移民の制限、(4)規制緩和の4本柱から成り立っている。
なかでも注目されるのが、(1)の拡張的財政政策だ。(1)は経済理論ではどう評価されえるのか。開放経済下の財政・金融政策の効果を分析するのに用いられる代表的な理論が「マンデル=フレミング・モデル」である。開放経済とはモノ、おカネ(資本)が国境を越えて自由に取引される世界である。
同モデルによる拡張的財政政策の効果を文章で表せば、次のようになる。大幅減税&インフラ投資(財政支出の拡大)は、国内需要を増加させ一時的にGDPを増加させる→財政赤字をファイナンスするために、米国の実質金利が上昇する→資本の移動が自由な変動相場制のもとでは、より有利な投資機会を求めて、金利高の米国に海外から投資資金が流入して外貨をドルに変えるため、ドル需要が増えドル高になる→ドル高の結果、輸出減少・輸入増加となり、GDPは減少して元のGDP水準に戻る。つまり、為替レートの変化が、拡張的財政政策の効果を打ち消してしまう。
2番目の保護主義はどうか。トランプ大統領は中国からの輸入品には45%、メキシコからの輸入品には20%の関税をかけ、関税収入を使って国境に壁を築くとぶち上げている。輸入関税については同書の初版が詳しい。それによれば、輸入関税をかけると輸入関税の対象製品の輸入が減少する→輸入の減少によって、為替市場では輸入業者が輸入のためにドルを売って外貨を買う需要が減るためドル高になる→ドル高によって、輸入が増加し関税による輸入削減効果は小さくなる。
3番目の移民の制限を評価するには、経済成長の理論が役に立つ。経済(GDP)成長率=労働投入量(総労働時間)増加率+労働生産性上昇率に分解できる。ざっくり言えば、より長い時間働くか、労働者の数が増える(労働投入量の増加)、あるいは労働者1人当たりの生産量が増えれば(労働生産性上昇)、その分、GDPは成長するということだ。
では、労働生産性の上昇は何によってもたらされるのだろうか。それは(1)資本蓄積(いわゆる設備投資)、(2)労働力の質の改善、(3)低生産性部門から高生産性部門への資源の再配分、(4)技術進歩によってもたらされる。とすれば、移民の制限は労働投入量の増加率を低下させる、加えて有能な移民も制限されれば、(2)、(4)にも悪影響を与える可能性がある。このため、移民の制限は、「中長期」では経済成長率を下げる方向に働く。
4番目の規制緩和の目的は、新規参入を促し競争を促進して、労働生産性を上げることにある。トランプ政権は金融分野やエネルギー分野の規制緩和を掲げているが、その内容がまだはっきりせず、評価できる段階にない。
以上のようにトランプ経済政策は、中長期で見ると経済成長率を下押しするものが多い。要するに、他の条件が変わらなければ、トランプノミクスの効果は短期的なものにとどまり、中長期的には失敗する可能性が高い。
トランプノミクスの成否を
握るのは金融・為替政策
ただし、トランプノミクスが成功するケースも想定できる。他の条件が変わる場合である。ここにトランプ政権のこれからの出かたを占うヒントがある。
最大のポイントは為替だ。ドル高を防ぎ為替を安定させれば、拡張的財政政策は、輸出減や輸入増によって、効果が減殺されることがない。そしてドル高を防ぐために考えられる第1のケースは、米国が金融引き締め(利上げ)を遅らせて金利の上昇を抑え、内外の金利差を拡大させないことだ。それ故に、トランプ政権が金利引き上げモードに入っているFRB(連邦準備制度理事会)に、どのような圧力をかけるのか注目される。
もう一つは、国際的な政策協調。要は、米国と同様の政策を外国にも採用させることである。例えば、FRBが利上げに動いたとしても、日本がより一段の拡張的財政政策を採れば、日本の金利も上がり、日米の金利差が広がらない(日本から米国に投資資金が流れない)ため、ドル高を防ぐことができる。加えて、トランプ大統領は日本が円安を実現するために、金融緩和政策を利用していると批判している。日本銀行が超金融緩和を解除すれば、日米の金融政策は同じ方向を向くことになりドル高を防ぐことができる。
折しも、マクロ経済の原因と結果をめぐる実証的な研究でノーベル経済学賞を受賞したクリストファー・シムズ氏が来日し、日本のデフレ脱却には財政支出の拡大が必要だと述べた。トランプ大統領の対日批判は、一見するとバラバラで思いつきのように見えるが、案外、経済理論に適っている。したたかな交渉相手であることは間違いなさそうだ。
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山崎元のマルチスコープ
2017年2月22日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
50年以上働き続ける長寿社会に不可欠な6つの仕組み
長寿化に対応した人生設計が必要とされている
長寿国・日本で関心を集める
「LIFE・SHIFT」
本連載でも一度取り上げたことがあるが、「LIFE・SHIFT」(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著。池村千秋訳。東洋経済新報社)という書籍が、大いに売れており、方々で話題を集めている。
簡単に言うと、長寿化に対応できる人生設計のモデルはどのようなものであるかを論じた本だが、先進国の中にあって、ひときわ平均寿命の長いわが国にあって、このテーマが関心を集めることは自然に見える。
端的に言って、人は今までよりも長く働かなければならないという話なのだが、今の高齢者がかつての高齢者よりも元気であって、長く働けること自体は幸せだし、より長く生きる自分を養う必要があるのだから、自然な結論だろう。また、政府も、労働人口が確実に減る見通しのわが国にあって、女性と並んで高齢者の労働参加を促進したいと考えている。
それでは、高齢者がより有効に、かつより快適に労働参加を続けるために、わが国は制度として何を用意したらよいのかを考えてみよう。
複数の仕事を自由に持ち
自分を高める時間も確保する
(1)副業制限の禁止
国民が長寿化に対応して働いていくために、何が最も重要かと考えてみると、後で述べるいくつかの項目も大事なのだが、一番大事なのは、会社員・公務員の「副業」を幅広くかつ明確に解禁することではないだろうか。
例えば、22歳で大学を卒業して75歳まで50年以上働くと考えた場合、一つのビジネスが50年以上無事に継続するかどうかは、かなり心許ない。「会社」は必ずしも50年以上続かないだろうし、50年以上続いたとしても、個々の社員がその会社のビジネスに適合し続けられるとは限らない。
俗に「親方日の丸」と言われる公務員の場合、職場は民間の会社よりは安定しているが、やはり本人が職場に適合し続けるかどうかは不確実だ。本人が嫌になる場合もあれば、職場の側が個人を使えないと判断する場合もあろう。両方の判断が尊重されるべきだ。
会社員でも公務員でも、高齢になって職場を離れた後に、次に働くことができる「場」を持つことが重要だ。
そのためには、率直に言って、それなりに長い準備期間が必要だ。
将来、組織を離れて働ける場を確保するためには、一つの会社や役所に100%時間を捧げるのではなく、さりとて、組織から離れていきなり起業するようなリスクを取るのでもなく、次の職業スキルを身に付けながら、次に自分を雇ってくれる相手や、独立した場合の顧客を探す時間があることが望ましい。
そのためには、会社員も公務員も、一定の労働時間以外では、副業を自由に行っていいとする労働のルールを作るべきだろう。
もちろん、会社員の場合は、業務上知り得た企業の業務上の秘密を副業に流用できないような利益相反の禁止ルールが必要だろうし、公務員の場合にはそれがもっと厳しくあるべきだろうが、例えば、デパートの店員が休日にファイナンシャルプランナーの仕事をしたり、市役所の戸籍係が副業で夜間に英会話の塾を開いたりするようなことがあっても、構わないだろう。もちろん、自分で仕事を作るのではなくて、別の組織に時間を限定して雇われるのでも構わない。
複数の仕事を自由に持てるようにならなければ、「LIFE・SHIFT」時代を安心して乗り切ることはできない。
(2)残業の制限及び強制の禁止
副業が自由になっても、残業を強制されるなどのかたちで時間を自由に使えなくなると、効果が制約される。わが国では、現在、残業時間の上限を制限しようとする流れにあるが、副業を認めるのと同時に、残業強制の制限を組み合わせると、「ブラックな労働」を抑止する効果がかなりあるように思われる。
副業を禁止されたり、遠慮したりすることで、雇用主の顔色を覗わなければならないことがサラリーマンの職場環境を「ブラック」にしている。「会社を辞めても、副業で稼げる」、「副業で稼ぎながら、転職先を探せばいい」と社員が考えるようになると、ブラックな労働条件の強制はより難しくなる。
「LIFE・SHIFT」対応以前に、労働者の待遇改善と安倍政権が切望する賃金が上昇する環境のためにも、労働者側の交渉力を強化することが有効なのではないかと付け加えておく。
また、書籍「LIFE・SHIFT」で強調されている、社会人人材が自らを再教育する必要性に対応するためにも、会社員や役人に、確実に自分の自由になる時間を確保させることが重要だ。
人生を1つの組織、仕事に
捧げることのリスクを知る
(3)金銭補償による解雇の自由
「LIFE・SHIFT」時代にあっては、転業・転職がより容易にできるのでなければならない。また、経済全体の生産性を上げるためにも、人材の再配置が容易であることが望ましい。
正社員に対する解雇の規制を緩和することは、人材の再配置に対して効果的であるばかりでなく、人材市場の流動性を高めるので、仮に個人が解雇されたり、自分で職を探そうとしたりした場合に「職が見つかりやすい環境」の形成にも役立つことが期待される。
また、中小企業では、事実上社長の一存でクビになり、何の補償も得られないケースが少なくないことなどを考えると、解雇の際の金銭補償に一定のルール付けがある方が、労働者に優しい。
もちろん、経営者側にとっても、一定の予想可能なコストで人材の入れ替えを行う事ができることは経営の自由度を高めるし、今よりも、気楽に社員を雇うことを容易にする。
(4)「定年」の禁止
そもそも「定年」という制度は、個人の能力や働きぶりを考慮せずに年齢で人の扱いを変える不当な「差別」である。
一方、現実問題として、定年を廃止すると、いつまでも辞めないし、辞めさせにくい高齢者が組織に滞留しそうだが、解雇に関する条件を緩和し、経営者と管理職が本来必要な判断を行うなら、形式的な定年というものは必要ない。定年後でも役に立つ人材は適当な報酬の下に雇い続けるといいし、定年前でも役に立たないと判断した人材は解雇できることが望ましい。
会社にせよ役所にせよ、一律に年齢で決めるのではなくて、個人を個別に判断して、どのような条件で雇うか、あるいは雇わないかを判断するのが当然だ。
もちろん、正社員も役人も、ルール化された一定の金銭的な補償(かなりいい条件の補償だが)の下に解雇できる仕組みを儲けることが適切だと思われる。
(5)転職の不利の解消
「LIFE・SHIFT」時代は、個人が自分の人生を一つの組織に委ねることに大きなリスクがある時代である。
働く人々が、この条件に十分適応するためには、会社や役所などの職場を移る「転職」が個々人にとって不利なく選択できるオプションである必要がある。
現在、企業年金や退職金の制度設計にあっては、短期間の勤務で転職した場合に当該個人が不利になることを許容するような、「転職抑制的」なインセンティブを含む制度設計が広く許されている。つまり、経営者が社員を会社に縛り付ける一手段を与えているが、これは余計だ。
そもそも人の扱い方として不公平だし、転職の抑制は、個人が、長期化する職業人生とそれに伴う変化の必要性に対する適応を阻害する方向に働く。
(6)確定拠出年金の加入期間延長
政府は、一方で公的年金の支給額を実質的に減額しつつ、他方で高齢者の労働参加を奨励し、しかも「貯蓄から投資へ」を実現しようとしているのに、確定拠出年金の加入(掛け金を拠出できる)年齢をなぜ60歳までとしているのかは、全く理解に苦しむ。
確定拠出年金の加入可能年齢はすでに70歳くらいでいいはずだ。そうすると、節税できる人と金額の範囲が拡がることが問題なのだろうか。
他の項目ほど「働き方」に対する影響は大きくないと思うが、これは早急に行うべき変更ではないだろうか。
いくつかでも、少しずつでも
実現してくれることを願う
筆者は、さすがにここで挙げた「要望」の全てが実現するとは予想していない。しかし、人が長寿化する「LIFE・SHIFT」の時代は着実にやって来つつあるので、これらのうち、いくつかでも、あるいは、部分的に少しずつでも、実現してくれることを願っている。
個々人が柔軟に人生設計できる環境を実現したい。
(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員 山崎 元)
http://diamond.jp/articles/-/118847
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