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1994年、自動車大国・米国が本気で日本車をつぶしにかかるといううわさの登場したクライスラー・ネオン。結果はご存知の通りである(出典:Wikipedia)
トランプがゴリ押ししてもアメ車は売れない
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170206-00000021-zdn_mkt-bus_all
ITmedia ビジネスオンライン 2/6(月) 7:24配信
前回、トランプ時代の貿易摩擦についての記事を書いた。しかしながら、アメリカ車の現状そのものについて日本人があまり理解していない点も多々ある。今回はそれについて述べておきたい。
まずはざっくり前回の原稿を振り返ってみよう。現在、米国は自動車の輸入超過で文句なしの世界トップを驀進(ばくしん)中だ。輸入超過は340万台でワースト2のイギリスの3倍。そして米国が輸入超過になっている原因は日本、韓国、ドイツが主要因になっている。
ただし、米国が現在も自動車大国でいられる要因も、日本のメーカーが大挙して米国で現地生産をしているからであって、これがなければ米国の自動車産業の地盤沈下はもっとひどいことになっている。なぜなら米国の小型車を支えているのはこれらの日本のメーカーであり、それは同時に米国の輸出産品でもある。この世から日本のメーカーがなくなったとしたら、米国の輸入超過は減るだろうが、同時に米国の輸出も減る。そうなれば自動車産業における米国の経済的なプレゼンスが著しく低下するのだ。
●走るものとして、アメ車はダメなのか?
さて、そうなったのは「アメ車がダメだからだ」とするのが日本人の圧倒的多数派なのだろうと思う。しかし、アメ車がダメだという点について筆者は部分的にしか同意できない。評価すべき部分もあったのだ。
クルマの性能の指標はとても多岐に渡っており、区別をつけながら話を進めていかないとさまざまな誤解を招く。最も代表的な2つを挙げれば、走行性能と生産品質である。走行性能と言っても、別にニュルブルクリンクを何分で走るかという非現実的な速度域の話ではなく、日常速度で走る運動体として、ドライバーの操作に対して違和感なく気持ち良く動くことだ。こういう性能と故障率は別の問題だ。
1990年代中盤、米国は小型車生産に力を入れようとしたことがあった。GMのサターンやクライスラーのネオンといったクルマは当時「日本車キラー」と呼ばれ、メディアもこぞって日本車の危機を書き立てた。「本気になった米国は怖い」と言うのである。しかしながら、結果を見れば、どちらのブランドも日本ではまったく成功することなく敗退した。今日それを振り返って「アメ車は技術レベルで日本車に歯が立たなかった」と、ざっくりとまとめられているが、本当にそうだろうか?
筆者は残念ながらサターンには乗ったことがないが、ネオンには乗ったことがある。あれはこと走るものとしてとらえる限り、当時の多くの日本車より優れていた。穏やかだがしっかりしていて、良い意味で違和感がないクルマだった。
野球で言えば、ファインプレーをファインプレーと見せることのない技術。難しい打球を何でもなくさばいてアウトカウントを稼ぐことができていた。しかし、帽子を飛ばして横っ飛びの逆シングルでキャッチするようなプレーを観客は喜ぶ。打者のクセと投手の配球を読んで守備位置が変えられるプレイヤーならば、打球の方向はある程度予想できる。それができていればリスクの高い派手な守備をする必要がないのだが、そのプレーの派手さに観客は魅了されるのである。
そういう期待に対してネオンはあまりにも地味だった。だからネオンを高評価するのは玄人(くろうと)ばかりだったし、そのすごさはなかなか伝えることが難しかった。日本人の評価では納得できない人々に向けて書き添えておけば、当時の欧州の自動車雑誌もネオンの実力には高い評価を与えていたのだ。
●低い生産品質と日本市場
しかし一方で、生産品質はいろいろと問題があった。1990年代にもなってエンジンがガスケット吹き抜けで壊れたり、窓ガラスが落ちたりという言いわけの難しい壊れ方が頻繁に起きた。こと生産品質に関する限り、レベルが低かったのは明白だ。背後には強大化した労働組合の問題があって、そう簡単に解決できなかったのだ。だから生産品質の面で米国製小型車が評価を下げたのは事実である。しかし、そういう生産品質の問題は当時のドイツ車も同じようなものだった。
日本政府は米国に対して「日本マーケットでドイツ車が成功していることから、アメリカ車が売れないのはアメリカ車の問題だ」と答弁しているが、そもそも先進国の自動車マーケットにおいて、輸入車シェアが一桁パーセントで推移している国など、日本以外どこにもない。
アメリカ車がドイツ車より売れていないのは本当だが、そのドイツ車も含めて日本のマーケットでは本当の意味で成功している輸入ブランドは1社もない。だからここは難しい。ドイツ車を挙げて成功例というのは無理があるが、イコールコンディションの勝負でドイツ車ほどにアメ車が売れないのも事実だ。
ひとまず輸入車全部が成功していないものと仮定して話を始めると、日本独特の「専売ディーラー制度」に原因を求められることが多い。確かにそれも一理あるとは思う。米国の自動車ディーラーは複数のブランドのクルマを扱う。しかし日本はトヨタ系ディーラーならトヨタしか売らないし、ホンダ系ならホンダしか売らない。後発ブランドが、売れるか売れないか分からない新上陸ブランドのためにそれらトヨタと同等のディーラー網をいきなり築くのは不可能だ。そんなことができたら豊臣秀吉の「墨俣一夜城」である。
販売店によって売り上げが変わるケースは確かにある。実際、ダイハツが出した小型車「トール」は、トヨタのカローラ店で「ルーミー」、ネッツ店で「タンク」という名前で売り出した途端、発売1カ月でそれぞれ1万8300台、1万6700台という驚異的な売れ行きを示した。ダイハツの販売網では、逆立ちしてもこんな台数はさばけない。これだけ見ると一理あるとも思えるのだが、歴史を振り返ると反対の例もある。
かつて、貿易摩擦の最中に、トヨタがGM傘下のブランドであるシボレーの「キャバリエ」を販売したことがある。タレントの所ジョージさんを起用してCMを大量に流し、米国政府から「片手間だった」とか「手抜きだった」と言われないように全力を尽くして売ったのだが、4年半ほどで3万6000台あまりにとどまった。平均月販台数に直すと700台に満たない大惨敗だったのである。
確かに専売ディーラー制によって、輸入車ブランドが日本で販売網を築くハードルは高いが、それさえクリアすれば同等に戦えるというものでもないことをキャバリエの例は実証したことになる。
日本が輸入車の売れにくいマーケットであることは確かだが、その理由がシステムにあるのか消費者の志向にあるのかは判然としない。これは何らかの成功例が出るまではハッキリさせることができないだろう。
蛇足だが筆者の見解を書けば、米国の小型車には商品性が薄い。いや、それ以上にほとんどない。クルマの商品性とは、先ほど挙げた2つの性能に次ぐ3つ目の指標だと思う。
ドイツ車にはそれを買った後の楽しい生活がイメージできるし、日本車もそうだ。2000年代に入って日産セレナが「モノより思い出」というキャッチコピーを使って、クルマそのものよりセレナがある生活を訴求したことを思い出してもらえれば、アメ車との違いが理解できると思う。ネオンはこと走るという面では良いクルマだったが、ハードウェアの上に乗る幻想が何もなかった。
いくらおいしくてもただ切っただけの食パンには誰もお金は出さない。やれブルスケッタだのエッグベネディクトだのになっているからこそお金が取れる。その背景には米国の自動車メーカー自身の「小型車なんてこんなモノ」という侮(あなど)りがあったのではないか? ただの道具という以上に思い入れのないママチャリの「商品性を際立たせてみろ」と言われてもそれはなかなか難しい。「欲しくて仕方がない小型車」という原体験がないと、そういうものは作れないのではないか?
●そしてガラパゴスへ
さて、そうして小型車への進出を諦めた米国はどうしたのか? 大型ピックアップトラックというマーケットへの鎖国を始めたのである。米国は商用車に高額の関税を掛けている。その税率は何と25%だ。これはもう先進国の税率ではない。そうやって外敵を排除した上で、税制と環境基準の優遇措置を行った。要するにピックアップトラックのガラパゴスなマーケットを作って、乗用車より圧倒的に緩い排ガス規制と、優遇税制でピックアップトラックマーケットを拡大させていったのである。
競争のないマーケットで、低い技術のまま、利益率の高いクルマを売るというやり方で200万台規模の楽園を作り上げた。日本のメーカーは既に乗用車マーケットで大きな利益を上げており、わざわざ米国メーカーが籠城するピックアップトラック市場に攻め込んでアレルギーを引き出したくない。しかも大きなピックアップトラックを買う客は極めて保守的で、ハイテクな日本車ではなく、パイオニアスピリットを想起する米国ブランドを好んだ。さまざまな思惑が交錯して、そこにリアルワールドとまったく異なる異世界ができ上がっていたのだ。
ここまでを見れば明らかなように、今の米国自動車市場の問題は、競争に負けたことが原因ではない。競争を諦めて保護主義の異世界に自ら閉じこもったことが問題なのだ。もし、米国がキャバリエで諦めずに、米国ならではの夢のある小型車を開発できていたら結果は違ったかもしれない。
しかし現実は、世界が競い合う軽量化技術も、低燃費技術も磨かずに、ただ規制の既得権益にしがみついてしまった。そうやって楽園をエンジョイできていたうちは良かったが、時間伸ばしもそろそろ限界に達しようとしている。そこでさらに保護主義的政策を強めていった先に何が待っているか、それを大統領自身が考えなければ、何も解決しない。
(池田直渡)
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