http://www.asyura2.com/17/hasan118/msg/619.html
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「インフレで政府債務を踏み倒す」シムズ理論の衝撃
消費税を凍結したら日本経済はよみがえるか
2017.2.3(金) 池田 信夫
いま「物価水準の財政理論」(FTPL)という経済理論が、永田町や霞が関で大きな反響を呼んでいる。今週その提唱者であるクリストファー・シムズ教授が東京に来ると、民放テレビまでインタビューに駆けつけた。
FTPLは動学マクロ経済学の難解な理論で、理解している人はほとんどいないが、シムズの結論は単純だ。「消費税の増税を延期せよ」という。その目的は「インフレを起こして政府債務を踏み倒す」という常識外れの話だが、彼はノーベル経済学賞の受賞者であり、FTPLは理論的には完璧だ。
膨張する政府が日本経済を停滞させる
シムズは日本経済新聞のインタビューで、日本では「投資家にとって政府債務の魅力が強すぎる。この資金の流れを民間投資に向けるには、人々が『国債を持ちたくない』と思うように仕向けなければならない」と語っている。
国債が魅力的なのは、政府が財政再建に努めているからだ。社債でも格付けの低い(リスクの高い)ジャンク債の金利は高いが、国債はリスクがないと思われているので金利が低い。もし日本政府にデフォルト(借金を踏み倒す)の確率が少しでもあると思われたら、その金利は上がるだろう。
しかし莫大な政府債務が積み上がると、政府は財政健全化計画を立て、財政赤字を減らそうとする。その結果、デフォルトの心配がなくなって価格は上がる。銀行は民間に融資しないで有利な国債を買うので、民間企業への投資が減ってデフレになるのだ。
これは日本やEU(ヨーロッパ連合)で、量的緩和が続けられてもデフレから脱却できず、経済が停滞する原因をうまく説明している。皮肉なことに、財政再建に努力すればするほどデフレになり、政府の実質債務(物価で割った借金)は増えてしまうのだ。
国債を「ジャンク債」にすることは可能か
FTPLをリフレ(量的緩和によるインフレ政策)と混同する人が多いが、ここ4年の日銀の経験でも明らかなように金融政策でインフレは起こらない。だが財政赤字でインフレを起こすことはできる。これは財政赤字で総需要を増やすケインズ理論とも違う。その意味をシムズはこう語っている。
物価引き上げに必要なのは、日本政府が政府債務の一部を、増税ではなくインフレで帳消しにすると宣言することだ。政府が2%の物価上昇率目標を掲げ、達成するまでは消費税増税を延期する。
これは消費税をやめる代わりにインフレで政府の実質債務を減らそうというものだ。名目政府債務はデフォルトできないが、実質債務はインフレで減らせる。シムズはこれを実質債務のデフォルトと呼んでいるが、そんなことができるのだろうか?
理論的にはできる。たとえば安倍首相が「財政健全化計画はやめて無限にバラマキ財政をやる」と宣言すれば、国債はジャンク債のような債券になって暴落(金利は上昇)するだろう。これによって政府の実質債務は減るが、国民の実質資産も減るので、インフレ税と呼ばれる。
普通の会社に置き換えると、国民が債権者で政府が債務者である。日本政府の債務は大きすぎるので、その「債務整理」をしようというのがシムズの提案だ。これを消費税の増税でやると、税率は30%以上にしなければならない。安倍首相のように2%の増税もいやがる政治家が、これから20%ポイント以上も税率を上げるとは考えられない。
歳出を減らすのはもっと難しい。一般会計の債務は1100兆円だが、年金債務など社会保障の「隠れ債務」は1600兆円以上あり、この支出をわずかに削減するだけでも猛烈な反発がある。歴史的にも、GDP(国内総生産)の2倍以上の政府債務を緊縮財政で正常化した国はない。イギリスはGDPの250%の政府債務をインフレで踏み倒した。
債務整理でいうと、インフレ税は会社更生法のようなものだ。国民はいずれにせよ「債権放棄」しなければならないので、債務者(政府)がリストラで収入を増やすより、債権を一律カットしたほうが早い。2012年にヨーロッパの銀行はギリシャに対する債権を半分にカットした。シムズの提案は、それをインフレ税でやろうということだ。
日銀法を改正して金融危機に備えよ
インフレ税は実現できるのだろうか。消費税の凍結は、やろうと思えばできるが、その程度では国民の予想は変わらないだろう。それより効果的なのは、日銀が「インフレ目標2%が実現するまで、あらゆる実物資産を無限に買う」と宣言し、ETF(上場投資信託)やREIT(不動産投資信託)を買いまくることだ。
今は金融政策の範囲を超えない範囲でやっているので効果がないが、黒田総裁が「これは財政支出だ」と宣言すればいい。このとき大事なのは、シムズもいうように政府が財政健全化目標を棚上げすることだ。名目債務だけで考える発想が古いのだ。
世代間の所得分配も、インフレ税で是正できる。年金などの社会保障給付もインフレで目減りし、現役世代が負担も減る。これは金融資産に対する一律課税なので、所得税よりはるかに公平だ。
ただインフレ税の最大の弱点は、ハイパーインフレになるリスクが大きいことだ。インフレ目標を設定しても、投資家が国債を売って海外に逃避することは防げない。シムズも「最初は動かなくても、やがて急激に上がる瞬間が来る。急な調整を迫られる可能性もある。だからこそ物価上昇率が早めに、少しずつ上がるようにしておくべきなのだが」という。
今のまま放置すると、いずれ金利上昇が起こる。そのとき政府債務が大きいと国債費(国債の利払い)が膨らんで財政赤字が増え、それが国債価格の低下を呼んで金利が上がり、インフレになる。そこで銀行が国債を売ると国債が暴落し、資本の海外逃避が起こって円安になり、これがさらにインフレを呼ぶ・・・というスパイラルに入るおそれが強い。
シムズの真意は、そういう事態に備えてゆるやかにインフレを起こそうということだが、資本逃避で円安が始まったらハイパーインフレは避けられない。それを防ぐには、国際資本移動を禁止するしかない。
ただ金利上昇に備えることは重要である。ハイパーインフレで銀行が破綻し、金融システムが崩壊することが最大の問題だから、これを防ぐには日銀が最後の貸し手として緊急融資する必要があるが、その日銀も金利上昇で大きな国債の評価損を抱える。
このとき政府が中央銀行に資本注入する仕組みが必要だ、とシムズは指摘している。そのためには日銀法を改正して、政府と日銀のバランスシートを統合すべきだ。これも日銀の独立性をなくすので大きな政治問題になるが、多くの専門家が賛成している。FTPLは、マクロ経済政策に発想の転換を迫っているのだ。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/49095
〈経済学大全〉番外編
シムズは誠実だが、ハイパーインフレには楽観的、日本のことは知らない
小幡 績
シムズは誠実だが、ハイパーインフレには楽観的、日本のことは知らない
少しこの連載の趣旨を離れて、シムズの講演とパネルディスカッションに出席した感想文を書くことにしたい。シムズは安倍首相に会う可能性が高く、パネルに出席していた浜田氏も「物価水準の財政理論」に強く賛同しており、この理論とノーベル経済学賞シムズというネイムヴァリューで、財政出動と、財政再建先送りのお墨付きを得たということで、政権は大幅な財政拡張に乗り出す可能性が出てきたからだ。
その場合に、シムズの論文やインタビューだけではつかむ事のできない、本当のシムズと彼の意図に関して感じたこと、感覚ベースのものも含めて述べてみたいと思う。
シムズの理論に関する説明は明快でわかりやすく、何の疑問もない。先日書いたとおりだが、インフレにならなくて困っている、金利はゼロで、これ以上金融緩和で物価を上げることはできない、そうであれば、当然財政政策の出番である、ということだ。
このとき、将来にわたる財政赤字の合計額(現在価値)を増やすことにコミットして、将来の増税で、この赤字合計額の増加が賄われず、インフレによって賄われる、と人々が信じることが必要である。こうなれば、財政赤字が大幅に拡大するよりも先に、将来インフレの予想値が2%に上昇し、人々は、それを織り込んで消費を行うから、実際のインフレ率も2%に上がっている。つまり、かなり早くインフレ率2%になって落ち着く。
この議論でもわかるとおり、何ら難しいことはなく、何のトリックも奇策もなく、自然な流れだ。説明していたシムズもそこには何の疑問の余地もなく、あまりに自然なことだよ、と言わんばかりだった。
問題は、政府が赤字が膨らんだ分の増税を永遠にしない(=インフレ率が2%になれば、たとえば日本では消費税率を10%に上げるが、赤字が膨らんだ分を取り返すために12%とかにはしない)と人々が心の底から信じるかどうかが問題で、そこが鍵だと、シムズ自身も言っていた。日本側の出席者、渡辺努東大教授や塩路一橋大教授も、その点に疑問を投げかけていた。
ハイパーインフレーション、つまり、インフレにするのはいいが歯止めが利かなくなったらどうするのか、ということに関してシムズは非常に楽観的で、「いったんインフレが起きてしまえば、それを抑える手段はある、金融政策で利上げを行い、財政政策は赤字を縮小すればよい」ということだった。
まさに、「インフレ率0%の均衡からインフレ率2%の均衡に移るだけのことで、なんらおかしなことはおきない」という考えだった。「増税するか、インフレで人々の資産を目減りさせるかの違いだけで、人々はインフレが嫌いだから、この案は政治的には難しいかもしれないが」と言っていた。
しかし、日本の政治の現状を知る我々としては、「インフレが起きて困る、というのは将来のことだから有権者は今は気づかない、それよりも増税もしない、ばらまきもできる、金融緩和も続ける、ということで、目先いいこと尽くめだから、政治家がそれに飛びついて危険ではないか」という日経センターの司会者の危惧のほうが日本の現実の文脈では妥当に思えた。
もっとも印象的だったのは、シムズは、「消費税の引き上げをインフレ率が2%を超えるまで延期する、政治が強くコミットすることが必要」と提言したことだ。アベノミクスは消費税率を8%に上げたことで失敗した、という意見だったが、同時に、「自分は日本の専門家ではない。政治がどうコミットして、人々に財政赤字はインフレで賄うということを信じさせるか、ということは自分は日本政治の実情を知らないからわからない」ときわめて、誠実で謙虚な姿勢だったことだ。それは、理論の説明や、トランプ大統領の政策をばっさりときって捨てた態度とは対照的で、これは好感が持てた。
誰にとっても明らかな今日のレッスンは、日本がどうするべきかを日本にいない人に聞いても仕方ない、ということにメディアも政治家たちも気づくべきだということだ。
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前の記事:「物価水準の財政理論」によるシムズのメッセージ
小幡績(おばた・せき)
1967年生まれ。慶應義塾大学ビジネススクール准教授。個人投資家としての経験も豊富な行動派経済学者。メディアなどでも積極的に発言。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。著書に『リフレはヤバい』(ディスカバートゥエンティワン)、『成長戦略のまやかし』(PHP研究所)、『GPIF 世界最大の機関投資家』(東洋経済新報社)などがある。
<経済政策大全>第4回
「物価水準の財政理論」によるシムズのメッセージ
小幡 績
「物価水準の財政理論」によるシムズのメッセージ
今日はシムズの講演会がある。模様は様々なメディアで報道されると思うので、その予習をしておこう。彼の主張の現実の政策へのメッセージのポイントをまとめると以下のとおりである。
第一に、物価水準は金融政策だけでは決まらず、「金融政策」と「財政政策」の両方により決定される。
第二に、金利引き下げが不可能な場合には、金融緩和による物価の上昇の影響は弱まるから、物価上昇のためには、とりわけ財政政策、財政赤字の拡大が必要である。
第三に、量的緩和政策またはバランスシートポリシーと呼ばれる、中央銀行が保有リスク資産を大幅に拡大することによって物価水準を上昇させようとする政策は、将来の物価上昇つまり名目金利上昇により、損失が非常に大きくなり、この財政的な影響を考慮する必要があるが、財政面を考慮に入れない緩和拡大策はリスクが非常に大きい。そして、これは現実に十分に認識されていない。
第四に、そうなると、効果がなく、リスクが大きい量的緩和政策を闇雲に拡大するのは最も不適切な政策であり、量的緩和は止めて、財政赤字の拡大が長期に継続すると人々が信じるような政策を取ることが望ましい。
第五に、財政赤字の拡大が長期に継続する、と人々が信じることが重要であり、それによって、現在の消費の拡大が起き、インフレ期待が高まる。
要は、「金融政策」を考える上で、財政的効果を考慮に入れないことは誤りであり、金融と財政の相互依存を踏まえたうえで、財政政策によりインフレをコントロールすることが重要である、という主張で、当たり前すぎるほど当たり前のことだ。
しかし、一部に誤解があり、シムズがハイパーインフレーション(一般にはインフレ率20%以上)で政府の累積債務を解消しろと言っていると思われている。これはまったくの誤りだ。シムズは、日本に関しては、インフレ率が2%を超えるまで、消費税の引き上げを行わないことを宣言し、それを人々が信じるようにコミットすることが必要だ、と提言している。インフレにすることが目的だが、それは20%の“ハイパーインフレ”ではなく、年率2%程度を目標としている。
もうひとつ重要なのは、インフレ率2%を達成した後、増税幅を拡大してはいけないということだ。たとえば、2015年から2024年までの10年間、消費税10%の予定が8%のままになり、政府の借金が1年で5兆円、10年で50兆円増えたとする。そうなっても、50兆円分を将来の増税で賄うのではない。インフレ率が0%から2%に上昇したことにより、「名目金利0%で国が借金をしている国債の、インフレ率を割り引いた価値が50兆円分下がる」ことによって帳尻を合わせる(経済学では「インフレ課税」という)ことになる。だから、インフレで国民の資産は50兆円分目減りするが、それは50兆円の増税の代わりである。
シムズの主張は、ゼロ金利になってしまった世界(とりわけ日本)においては、「名目金利のコントロールによって実質金利をコントロールし、その結果、実需に影響を与える」というルートがそもそも機能していないのだから、物価水準は「金融政策」によってコントロールできない。だから、その役割は「財政政策」に任せるべきであり、インフレにするためにゼロ金利制約の下で長期国債などのリスクのある資産を買い捲ることは無理があり、リスクが極端に高く効果はないのだから止めるべきである、というものである。
※第5回へ続く。本日2月1日(水)公開予定です。
http://www.gentosha.jp/articles/-/7168
http://blog.livedoor.jp/sobata2005/
「物価水準の財政理論」は正しいが不適切
2017年01月23日(月)15時00分
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「物価水準の財政理論」は正しいが不適切
物価を上げるいちばんましな方法は?(写真は2016年2月) Yuya Shino-REUTERS
<話題の「物価水準の財政理論」が様々に解釈されて出回っているが、どれも間違っている。今の日本であるべき経済政策の本質に斬り込むシリーズ第2回>
*第1回「経済政策論争の退歩」
ノーベル賞経済学者でプリンストン大学教授のクリストファー・シムズの「物価水準の財政理論」が難しいとか、結論が革命的で、目からうろこだとか、ケインズの再来だとか、言っている専門家もいるが、現実の経済政策へのメッセージという点に関して言えば、それらはすべて間違っている。
少なくともミスリードだ。
現実へのメッセージは当たり前のことを言っているに過ぎない。
そして、それはとても基本的で、重要なことだ。
第一に、物価水準は金融政策だけでは決まらず、金融政策と財政政策の両方により決定される。
第二に、金利引き下げが不可能な場合には、金融緩和による物価の上昇の影響は弱まるから、物価上昇のためには、とりわけ財政政策、財政赤字の拡大が必要である。
第三に、量的緩和政策またはバランスシートポリシーと呼ばれる、中央銀行が保有リスク資産を大幅に拡大することによって物価水準を上昇させようとする政策は、将来の物価上昇つまり名目金利上昇により、損失が非常に大きくなり、この財政的な影響を考慮する必要があるが、財政面を考慮に入れない緩和拡大策はリスクが非常に大きい。そして、これは現実に十分に認識されていない。
第四に、そうなると、効果がなく、リスクが大きい量的緩和政策をやみくもに拡大するのは最も不適切な政策であり、量的緩和は止めて、財政赤字の拡大が長期に継続すると人々が信じるような政策を取ることが望ましい。
第五に、財政赤字の拡大が長期に継続する、と人々が信じることが重要であり、そうでないと、将来の増税を予期して、現在の消費の拡大は起きない。
***
これが、物価水準の財政理論の、現在の日本などへの政策的メッセージだ。
これに対し、賛否両論ある、と思われているが、それも誤りだ。
このメッセージは、誤りであり得ようがない。
絶対的に正しい。理論的には誰も否定できないはずだ。
量的緩和は残したまま
かつてリフレ派と呼ばれた人々(それも専門家と一般に思われている人々)が、日本では、この理論の強力な支持者になっているようだが、彼らが明らかに間違っているのは(おそらく確信犯的に)、量的緩和は縮小すべき、というところを排除していることだ。
物価はマネタリーな現象ではなかった、と反省するところまではいいが、それなら、量的緩和は止めなければならず、縮小が必要なはずだ。そこには、触れず、異次元の金融緩和は残したまま、次は財政赤字拡大、というところだけ取る。
【参考記事】浜田宏一内閣官房参与に「金融政策の誤り」を認めさせたがる困った人たち
【参考記事】経済政策論争の退歩
次のページ 理論そのものは正しい
これはリフレ派とはポピュリストだ、というだけのことだ、という事実を踏まえれば何の驚きもないが、しかし、現実経済への副作用としては甚大な被害を引き起こす。
しかし、一方、物価水準の財政理論を非現実的だ、と非難する人々は、その多くは、財務省派と一般にみなされているが、実のところは、財務省派というよりは、アンチポピュリズムということであって、実は財務省の本質もアンチポピュリズムであるから、財務省的だ、という認識は正しいのだが、財務省派ではない。
それはいいとして、彼らの議論も間違っている。
理論を悪用する者たち
物価水準の財政理論は、理論的にも、そして現実的にもどこも間違っていない。
現状でインフレを起こすためには、金融緩和では無理で、金融緩和は資産インフレだけを起こすのであり、資産バブルは起こせるが、実体経済の実物財のインフレを起こすことはできない。これは、実物への支出が増えなくてはインフレにならない。金利効果が現状の金融政策にない以上、それは政策で言えば、財政政策で行うしかない。そして、財政赤字の拡大が持続的であると信じられない場合には、消費の拡大が起きないのも当然だ。
ポピュリストを論破するのは重要であるが、ポピュリストたちが利用している理論を攻撃するのは間違っている。批判は、ポピュリストたち、しかも、学者だったりエコノミストだったり、さらには政権のブレーンだったり、人々および首相などに知的に正しいことを言っていると思われている人々が、確信犯的に、政権やメディア、人々に受けたいからという理由で、理論を利用していることを徹底的に批判すべきなのだ。
【参考記事】トランプおよびその他ポピュリストたちの罪を深くしているのは誰か
***
物価水準の財政理論自体に誤りはない。メッセージも正しい。
しかし、物価水準の財政理論を主張する人々、例えば、シムズの提言する政策を実行すべきではない。
なぜなら、彼らの理論とメッセージは正しいが、正しいからこそ、経済を悪くするからだ。
経済を明らかに悪くする政策である以上、それを実行してはいけない。
彼らの理論が間違っているのは、理論やロジックそのものではない。
その議論の前提が間違っているのだ。
経済理論の現実社会への提言の誤りは、すべてここからくる。
間違っているのは、すべてのコストを払ってでも物価を上げる、そのためには財政赤字拡大しかない、と言っているところだ。
すべてのコストを払って、なぜ物価を上げる必要があるのか。
次のページ 財政赤字拡大ありきの議論
現在は、失業はほば解消、実質完全雇用、むしろ人手不足、需要不足ではなく、経済の問題点があるとすれば、長期的な成長力低下、そのためには供給サイドか、需要サイドか、という議論はあるが、需要サイドにあるにしても、すべての犠牲を払って物価を上げる必要があるということはあり得ない。
名目金利がゼロになってしまい、完全雇用、あるいは中立的な実質金利と言われる望ましい実質金利がたとえマイナスに低下していたとしても(これ自体議論が大きく分かれるところだが)、実質金利をマイナスにするにはインフレにするしかないから、すべての犠牲を払ってインフレにするべきかどうかは自明ではない。
正確に言えば、すべての犠牲を払うのはほぼ常に間違っているから、実質金利をマイナスにすることによるメリットと、財政赤字が拡大することのデメリットを比較して決めないといけない。
そのためには、中立実質金利がマイナスであるかどうかを議論する必要があるし、そもそもインフレ率が2%というのが最も望ましい水準であるかどうか、現在の経済では確かではなく、また、2%ではなく1%であることのデメリットが、財政赤字の恒久的な拡大のデメリットとどちらが大きいか、比較考量は絶対に必要である。
財政支出より減税を
さらに、マクロだけでなく、ミクロの効率性も重要で、ほとんどのエコノミストは政府の効率性に懐疑的なのだから、財政支出を増やすことは無駄であると考えているはずで、やるなら減税であり、しかし、減税をやるのであれば、どのような減税にすべきか、それが将来の年金不安などをもたらさないようにはどうするか、考える必要がある。
だから、物価水準の財政理論からのメッセージを現在の経済に、とりわけ日本で実行するのは、間違っており、極めて危険なのである。
ただし、金融緩和よりも財政赤字拡大の方が物価上昇には効果がある、という点は正しく、物価を上げることが重要であれば、量的緩和の縮小が可能であれば、それとバランス可能な範囲で、減税、あるいは増税を先送り、縮小することが正しい、ということになろう。
さらに、物価を上げることがそこまで重要でない、と考えれば、財政赤字拡大による国債市場の崩壊リスクを犯さずに、増税先送りで、量的緩和を淡々と縮小する、というのが現実的なポリシーミックスであり、実際の日銀はそれに近いところを目指しており、シムズの提案よりは、現在の日銀の政策の方がましであると思われる。
*この記事は「小幡績PhDの行動ファイナンス投資日記」からの転載です
「物価水準の財政理論」 シムズはハイパーインフレを起こせとは言っていない 2017.01.25
「物価水準の財政理論」は正しいが不適切 2017.01.23
トランプおよびその他ポピュリストたちの罪を深くしているのは誰か 2017.01.21
経済政策論争の退歩 2017.01.11
米経済学者のアドバイスがほとんど誤っている理由 2016.10.02
日銀の今回の緩和を名付けてみよう──それは「永久緩和」 2016.09.26
日銀は死んだ 2016.07.29
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プロフィール
小幡 績
1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。著書に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。
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http://www.newsweekjapan.jp/obata/2017/01/post-14.php
「物価水準の財政理論」 シムズはハイパーインフレを起こせとは言っていない
2017年01月25日(水)10時49分
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「物価水準の財政理論」 シムズはハイパーインフレを起こせとは言っていない
<注目の「物価水準の財政理論」が現実の政策について示唆していることは何か。提唱者クリストファー・シムズの来日を控えてますます盛り上がる誤った政策論に筆者が物申す。シリーズ第3回>
*第1回「経済政策論争の退歩」
*第2回「『物価水準の財政理論』」は正しいが不適切」
昨日、ツイッター上で、池田信夫氏と「物価水準の財政理論」について、具体的にはノーベル賞経済学者クリストファー・シムズの主張について議論したが、二人の解釈は分かれたままである。
細かいところでも議論は色々あるが、重要なことはシムズの主張、メッセージについてだ。
(一点だけ、理論的なことを述べれば、これは物価水準の決定理論なので、基本的な状態においては、ハイパーインフレーションにはならず、累積財政赤字〔利子支払い部分を除く〕)によって物価水準が決まる。シムズが物価水準が発散″するといっているのは、金利引き下げができず、バランスシートを極端に膨らませた場合〔現在がそう〕において、金融政策が財政の裏づけを持たない場合である。)
良い機会なので、もう一度シムズのメッセージにおける現実の政策へのインプリケーションの重要なポイントをまとめてみよう。
彼は、ハイパーインフレーションで政府の累積債務を解消しろ、とは言っていない。
またハイパーインフレーションを起こせ、とはまったく言っていないだけでなく、実際にも起こらないことを想定しており、ただ、そのリスクは存在し、それが起きるのは、中央銀行に対する政府の資本支援がない場合であり、政府は資本注入を必要な場合にはするべきである。
物価水準の「発散」とは
中央銀行が形式的な独立性にこだわることには意味がない。債務超過に陥った場合に、中央銀行自身だけで、それから回復しようとすることは難しく、かつもっとも危険である。その場合だけ、物価水準は決定されず、どのような物価水準も自己実現的に均衡となりうる。中央銀行がインフレによるシニョレッジ(通貨発行益=通貨の原価と価格の差)で債務超過を解消しようとしているという予想が経済主体の間で自己実現すると、物価水準が「発散」(右肩上がりで上昇し続けること)してしまう可能性が出てくる。ハイパーインフレーションにならない場合でも、必要以上に高いインフレーションが起きてしまい、望ましくない。
そもそも、名目金利のコントロールによって実質金利をコントロールし、その結果、実需に影響を与えるというルートが機能していない場合には、物価水準は金融政策によってコントロールできないから、その役割は財政に任せるべきだ。正確に言えば、金融政策により物価に影響を与えることができる場合でも、それは常に財政的な効果によるものであるから、インフレにするためにゼロ金利制約の下でバランスシートを膨らませることは無理がある。そもそも、財政的なバックアップがなくては、金融政策は実体経済には効果を持たないのである。
次のページ 金融政策には財政が必要
前述したように、中央銀行がバランスシートを膨らませることはもっとも危険であり、金利の上昇によってそれは行き詰まり、財政的なコントラクション、つまり、利払いの増加により、実需に対する財政支出は縮小することになるから、金利は上昇して景気は悪化する。最も危険なのは、中央銀行が債務超過になり、それをまかなうためには、結局財源が必要で、そのためにはインフレが起こり、それにより金利が上昇し、さらに債務超過は大きくなり、インフレが必要以上に大きくなってしまうことである。
したがって、金融政策を考える上で、財政的効果を考慮に入れないことは誤りであり、金融政策と財政の相互依存を踏まえたうえで、財政的な(財政支出的な)効果を利用して、インフレをコントロールすることが重要である。
これがシムズの近年の主張のポイントである。
*この記事は「小幡績PhDの行動ファイナンス投資日記」からの転載です
http://www.newsweekjapan.jp/obata/2017/01/post-15.php
2017.01.31
小幡 績
<経済政策大全>第2回 なぜ専門家の政策提言は経済を悪くするのか
これには短期的な問題と深遠な問題とがあるが、今日は短期的で単純な問題を議論する。
人々が目の前の果実を欲しがって、目先の景気対策を求めるのは理解できる。それに迎合する政治家たちも、目先の選挙がすべてであれば当然であろう。
問題は、経済の専門家たちまでもが、なぜ短期志向の政策提言ばかりするのか、ということだ。
第一に、エコノミストと呼ばれる人々は四半期のGDP予測を1つのメインの仕事としているために、四半期のGDPの予測という仕事から一歩はみ出して、それを引き上げる提言をするということだ。GDPを短期的に増やすのは短期的な景気対策に限られるため、すべてが景気対策になる。
第二に、より深刻な問題として、政策提言者の下心がある。政策提言をする人々には、政権に受け入れられたい、メディアで受けたい、という下心がある。政権かメディアに受けなければ、提言は日の目を見ないから、それは合理的であるが、これが政策をおかしくする。
すぐにGDPを上げたい政治家はこれを受け入れる。もっと単純に次の選挙で票を取りたいから、減税、バラまきを提言されれば、飛びつく。そうして、ポピュリズムは有権者から政治家という単純な構図から、有権者から受けた政治家の意向を専門家が増幅し、実現するための武器を与えるという構図に“進化”する。
このような下心に支配されているアドバイザーや有識者が、ポピュリストである政治家の理論武装を担い、経済政策は堕落し“進化”してきたのである。
この結果、政策マーケットは短期的にバブルとなり、様々な人が出入りするようになる。バブルにおける最大の問題点は、正しいものよりも単純なもの、わかりやすいものが勢いを得て、膨らんでいくことである。まさに悪貨が良貨を駆逐するのである。
この帰結は、近年は頻繁に観察されるようになった。トランプ現象、ブレグジットが顕著な例であるし、経済政策ではリフレ政策が象徴的だ。
リフレ政策の最大の問題点は、短期の景気志向で、コストを先送りし、長期の成長力に対してはマイナスの影響がある、というごく普通の短期志向の政策のデメリットだけでなく(これは政治的な歪としてある程度許容せざるを得ない、というのが現実だ)、長期の大きなリスクを膨らませていることになる。
それは、アドバイザーや有識者が、単純な政策を求める政治家に対し、わかりやすいだけでなく、これだけで全部解決できます、と、政治家や人々の「一挙解決願望」を満たす政策を提言したことだ。デフレがすべて悪い、デフレさえ解決すればすべてはうまくいく、という単純明快な論理、「デフレ脱却」というそれに乗った政治的キャッチフレーズ、政治家にとっては理想的な武器、おもちゃの武器を与えたのである。
アドバイザーとして生き残らなければ、良い政策を抱えていても、取り入れられなければ、結局実現できなくなってしまうから、ある程度の妥協は必要であるが、下心はありつつも良心の残った有識者のアドバイスは、受け入れられることにすべてを賭ける人々のアドバイスに負けてしまう。
トランプ政権内でも、そのようなことが起きている気配もあるが、ここでは、ノーベル経済学受賞者のクリストファー・シムズの「物価水準の財政理論」がそのような使われ方をされそうな気配があり、これは、おもちゃの武器としては強力すぎて、あまりに危険だ。次回はこの理論と政策について議論したい。
※第3回へ続く。本日1月31日(火)更新予定です。
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小幡績(おばた・せき)
1967年生まれ。慶應義塾大学ビジネススクール准教授。個人投資家としての経験も豊富な行動派経済学者。メディアなどでも積極的に発言。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。著書に『リフレはヤバい』(ディスカバートゥエンティワン)、『成長戦略のまやかし』(PHP研究所)、『GPIF 世界最大の機関投資家』(東洋経済新報社)などがある。
http://www.gentosha.jp/articles/-/7152
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