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路上暮らしには、どこに布団を敷くかなど、“住民”同士の暗黙のルールがある。西成ならではの秩序があるのだ (写真:秋山謙一郎、以下同)
500円売春に不正入手薬…西成あいりん地区の貧困とカオス(上)
http://diamond.jp/articles/-/115782
2017年1月28日 秋山謙一郎 [フリージャーナリスト] ダイヤモンド・オンライン
路上生活者たちが大勢集う大阪市西成区の「あいりん地区」。年末年始、真冬の寒空の下でも、多くのホームレスたちが暮らしている。彼らの暮らしぶりは、どのようなものなのだろうか?(フリージャーナリスト 秋山謙一郎)
■ブルーシート暮らしが
許されるのは特権階級!?
大阪市西成区北部にある「あいりん地区」。通称・釜ヶ崎、または“西成”とも呼ばれるこの一帯は、寒風吹きすさぶ真冬であっても路上生活者たちがそこら中にいる。
人が寝ている路上には、乾いた吐瀉物、未だ乾いていない立小便の跡、そして明らかに人のものと思われる糞便があちこちにある。辺りには、これらにアルコールとタバコが入り混じった、むせぶような匂いが立ち込めている。
数年前に比べると随分と薄くなったといわれるその匂いは、鼻腔と喉の奥からしばらくの間、取れることはない。何度すすいでも丸一日残っていた。もちろん服にもこびりつく。記者の場合は2度洗濯してやっと取れたくらいである。だが今、その時着ていた服を見る度に、あの「西成の匂い」が鼻腔の奥から蘇ってくるのが不思議だ。
“西成”は、大阪の新名所・あべのハルカスのあるJR「天王寺」駅から、大阪環状線外回りに乗ること約2分、一駅目のJR「新今宮」駅西口を降りてすぐだ。日雇い労働者や路上生活者の求職の場である「あいりん労働福祉センター」や簡易宿泊所がある。今では随分と整備され、その街並みはかつてとは比べ物にならないほど綺麗になったという。それでも、一歩足を踏み入れると、まるで中学校の歴史の教科書に出てくる「戦後すぐの日本」のような光景が目に飛び込んでくる。
ブルーシート暮らしは、ベテランのみに許される特権だ
公園に目をやればブルーシートで作られたねぐら、路上で布団を敷いて寝ている人、酒盛りをする人、ゴミを漁って食料を求める人、仕事を求める人…、とても平成の日本の今とは思えない。
このうちブルーシートのねぐらに暮らせるのは、長年、西成で暮らす“ベテラン”のみが許される特権だという。路上で暮らすにしても、どこに布団を敷くか、暗黙のルールがある。従わなければ「身ぐるみ剥がれても文句は言えない」(路上生活者・50代)のだそうだ。
■熟女AVから児童ポルノまで
泥棒市のカオス
そうした西成ならではの“秩序”に従えない者が、「(生活)保護に日和る」(前出・路上生活者)のだという。そのため、このあいりん地区では生活保護受給者は侮蔑の対象となっているという。
泥棒市に並ぶ衣類や靴はどれも中古品ばかり。児童ポルノや不正入手した医薬品も売られている
労働者と路上生活者の街・西成の朝は早い。早朝4時頃、住民の間では“センター”と呼ばれる「あいりん労働福祉センター」脇の路上では露店商が所狭しと並んでいた。かつては、「もっと大勢の露天商がいた」(地域で暮らす路上生活者・60代)というが、今では行政や警察による取り締まりもあってか、その数はめっきり減ったという。
この露天商は、「昨日奪われた服を、今日売っている」という、冗談とも本気ともつかぬ戯言から、“泥棒市”と呼ばれている。ここでは労働者の街らしく作業着や作業用ヘルメット、安全靴といった建設道具各種のほか、洋服、靴、時計、CDにDVDなども売られていた。
地域住民によると中古車が売られていることもあるという。露天商の1人に写真撮影はいいかと尋ねると、真顔で「100万円出せ」と言う。もし隠し撮りがバレると「誰かにボコボコにされるで!」と忠告された。周囲の人たちも黙って頷く。
そんな泥棒市を廻っていると露天商の1人から声をかけられた。
「お兄ちゃん、DVDどうや?若いのは高いけど熟女やったら1000円でええで!」
手作り感溢れるそのDVDには、「綾乃・71歳」というタイトルが付けられている。「若い子のないの?」と記者が問うと、その露天商は心なしか困惑した表情を浮かべ、「ちょっと高いで…」と言いながら鞄の中からDVDを取り出す。「2500円や!」と露天商は言う。
そのタイトルは、「こころ・10歳」と書いてある。あきらかに10歳前後と思われる女児の全裸写真がDVDに貼り付けてあった。これは違法DVDではないか。記者がそう問うと、この露天商は記者に諭すような静かな口調でこう言った。
「ここに法律なんてあらへんわ。堅いことゆうたらあかん。ストレス溜まるで!」
■泥棒市では風邪薬から
勃起薬まで手に入る!
そんな会話をしていると、病院で処方された薬ばかりと思われる薬品各種を並べ出す露天商が現れた。その品を見ると、「ロキソニン(鎮痛剤)」「PL(風邪薬)」などに交じって、「タダラフィル」という薬も並んでいた。これを記者が手に取ると、店主がすかさず語り掛けてきた。
「それか?バイアグラみたいなもんやな。効能はいっしょやで。(生活)保護受け取る奴がやな、病院で『小便が出にくい』ゆうたら、まず『前立腺肥大』ちゅう診断が下される。それで処方された薬がコレちゅうわけや。2000円でええで。元気なるで!」
ロキソニンは500円、PLは800円。これら病院で処方される薬品の仕入れ先は「すべて生活保護受給者だ」(西成を根城にする露天商)という。医療費・薬代無料の生活保護受給者のなかには、小遣い欲しさに病気でもないのに病院を受診、そこで処方された薬品を転売する。こうして正規の医薬品が泥棒市に並ぶのである。
朝5時過ぎ、泥棒市をひやかすことなく、パリッとアイロンを効かせた作業服を着た人たちが、センターや新今宮駅の方向へと歩いていく。彼らは何者なのか。露天商に風邪薬を買い物に来たという路上生活者(60代)が教えてくれた。
「あれは、“白手帳持ち”やな。手に職のある職工が多いんや。ご苦労さんなことやで……」
一般土工のみならず、手に職を持つ「白手帳持ち」ですら、十分に報われる給与額とはとても言えない。
ここ西成では、「日雇労働被保険者手帳(通称・白手帳)」を持つ労働者は、もっとも尊敬される存在だ。彼らの多くは長年現場で地道に働き、電気工、給排水衛生工、昇降機工、空調工…と、何がしかの専門性高い技術を身に着けている。
だが路上生活者たちは、心なしか投げやりな物言いで白手帳持ちを語る。それもそのはず、西成の超・エリート、白手帳持ちですら、その給与額は決して高いものではなく、彼らの真面目な仕事ぶりが十分に報われることがないからだ。
ここ10年で「高くても1万5000円だった」(日雇い労働被保険者手帳を持つ日雇い労働者・50代)という白手帳持ちの職工の給与は、今では平均して日給1万2000円くらいだという。
朝5時にマイクロバスに乗り建設現場などに赴き、概ね7時から日が暮れるまで作業に従事する。昼食時に1時間、午前と午後にそれぞれ15分程度の休憩があるものの、体力的にはとてもきつい仕事だ。
■缶ジュース1本50円でも
西成では「贅沢品」
「雑工」や「土工」と呼ばれる、手に職を持たない(白手帳持ちではない)日雇い労働者となれば、その給与額は「1日当たり7000円から1万円」というのが相場だ。“白手帳持ち”と3000円から5000円程度の開きがある。
ラーメンやうどんは200円。西成にある食堂は、労働者たちの低賃金を反映した値付けになっている
それに宿泊を伴う現場であれば、そこから食費・住居費合わせて1日当たり3000円から3500円程度が差し引かれる。そうすると日給7000円といってもその手取り額は4000円程度にしかならない。
「疲れてるから一杯飲むにしても、コンビニで130円で売られてる発泡酒が、200円とか、ひどい現場やったら500円ゆうところもある。手元にいくらも残らんわな」(西成を根城にする路上生活者・60代)
西成から「通い」で行ける現場にしても、朝、現地にはマイクロバスで連れて行ってもらうにせよ、帰りは自腹を余儀なくされることがほとんどだという。もっとも、そうそうそんな「通い」の現場はない。
「せやから路上で寝てるのがいちばんええんや!炊き出しもあるし。週に1日か2日働けば1週間は何とか食うてけるしな」(前出・路上生活者)
缶ジュースも「西成価格」。なんと1本30円のジュースもあった
実際、西成では1日働いてもらえる手取り額の4000円もあれば、路上生活なら贅沢しなければ1週間は暮らせる額だ。先に触れたあいりん地区内にある公園で行われる炊き出しなら無料、うどんやラーメン、弁当も100円から200円だ。時折、車で売りに来る「コンビニ廃棄の弁当」であれば、100円で弁当に加えて「(コンビニ販売の)おにぎり」が5つ付く。
「ここでは缶ジュースが1本50円で売ってるけど、それでもこの辺りで暮らす人にとっては、その値段でも高いんや。1本30円でも高いかもしれん。贅沢品なんよ…」(コンビニ廃棄の弁当を売る業者)
住民たちが仕事に出払う朝8時を超えると、あいりん地区にも静寂が訪れる。残っているのは仕事にアブレた人たちか、はなから仕事をするつもりなどない人たちだ。
500円売春に不正入手薬…西成あいりん地区の貧困とカオス(下)
http://diamond.jp/articles/-/115785
2017年1月28日 秋山謙一郎 [フリージャーナリスト] ダイヤモンド・オンライン
■生活保護は受けたくない…
申請を拒む人の理由
仕事にアブレた人たちの過ごし方は様々だ。
「白手帳持ち」たちが泊まるドヤ。一泊1200円でも、西成では“高級ホテル”扱いだ
お堅い勤め人である白手帳持ちたちが、ここ西成では“高級ホテル”の扱いである1泊1000〜1500円のドヤ(簡易宿泊所)で作業服を洗濯してアイロン掛けし、次の派遣先での仕事に備えるのに対し、手に職を持たない路上生活者たちは、朝からあいりん労働福祉センターで寝袋や布団を敷いて寝るか、近隣の飲み屋で一杯引っ掛ける。そして西成のメインストリートである「三角公園」や「四角公園」で仲間たちと憩いの一時を過ごす。
その三角公園に集う、路上生活者の1人で「たぶん、今年、65歳やと思う」と語るシゲルさん(仮名・本人によれば鹿児島県出身)に話を聞いた。
「兄弟も多いし家は貧乏やった。中学出てすぐ大阪に出てきたんや。ヤクザの使い走りもやったけど、根性のうて続かなんだ。もうこの年やから体もきつい。せやから(生活)保護受けよかて思うこともあるんや。でもな、それしたら“家族やった人”に迷惑かかるやろ?」
生活保護受給申請を拒み、路上生活を送り続けるのは、このシゲルさんのように残された家族・親族に行政から連絡が行くことを恐れているというケースの他、路上生活者間でのコミュニティから逸れてしまうことを嫌ってというケースもある。シゲルさんの路上生活者仲間のカズオさん(仮名・70)は言う。
「(生活)保護受けたら、“福祉アパート”ゆう名のドヤで暮らすことになる。そしたらもう仲間とは会いにくいわな。それがな…。辛いんや」
実際、寄る年波に勝てず、路上生活を諦めて生活保護受給を申請、「福祉アパート」を兼ねる簡易宿泊所に住んだはいいが、かつての仲間たちとの連絡を断ち、孤独死に至ったという話は西成ではよく耳にするところだ。
一方、受給したくとも申請できないケースもある。俗に「“手配”がかかっている」と呼ばれる状態にある人だ。
この“手配”には2つの意味がある。ひとつは何らかの犯罪に関わり警察から指名手配されているというもの。そしてもうひとつは、暴力団組織と関わり、そこで下手を打ち(失敗し)、逃げているというケースだ。
「警察、暴力団どちらを問わず、手配がかかっている人は、足がつくことを嫌い生活保護受給を申請することはまずない。また警察や暴力団の目に付かないよう、西成でもおとなしく暮らしていると聞く。そういう人が路上で亡くなると、もう家族はその人の行方を探すことはまずできない」(大阪市関係者)
■西成の最危険区域は
なんと警察署付近!
西成の住民たちの多くは、行政や警察といった“官”を毛嫌いする。夜のあいりん地区で、もっとも治安が悪いのは、この西成警察署付近だという
静かに暮らす“手配中”の住民とは違い、多くの住民は行政や警察といった“官”を毛嫌いし、徹底的に反抗する。過去、幾度となく警察相手の暴動も起こしてきた。
「西成署の警察官が暴力団から賄賂をもらっていた」(1990年)、「大阪市による資金貸付を資金枯渇を理由に中止」(1992年)、「飲食店への支払いを巡るトラブルで日雇い労働者が警察に連行されたこと」(2008年)などなど、暴動のきっかけはさまざまだが、いずれも行政や警察への不満を露わにしたものだ。
今でも、1990年の暴動時、テレビの全国ニュースでも放映された、怒る住民たちに土下座する西成署員の姿を捉えた映像が残されている。その西成警察署の建物は、こうした西成の住民性に配慮したのか、まるで要塞のような作りだ。地域住民らによると、夜、あいりん地区では、この西成警察署付近がもっとも危険な場所なのだという。
「公園でモノ盗られたとかチンコロ(密告)しよるヤツがおる。その前にいてまえ(やってしまえ)ってことやな」(70代路上生活者・日雇い労働者)
年が明けてすぐのある日の夜19時過ぎ、その西成警察署付近を歩いていると、「ウー」「ワー」と叫ぶ声が聞こえた。地域住民は、「シャブ中(覚せい剤中毒)やろう」と、何をごく日常のことを聞くのかという口調で記者に話す。
この地域住民によると、あいりん地区周辺のあるコンビニのトイレには、「便器に注射器を捨てないで下さい」という張り紙がしてあるという。
事実、覚せい剤とあいりん地区は“相性がいい”。同じ日の夜21時過ぎ、西成警察署裏の路上を歩いていると、目が合った60代と思しき男性が「元気になるもんいる?」と声掛けしてくる。記者が「もしかしてシャブ?」と問いかけると、こう返ってきた。
「いや、バイアグラの代用品やけどシャブがええん?せやったら今週はあかんな。来週くらいにまたこの辺いてくれるか」――。
真に受けていい話なのか、それとも西成ならではの“ジョーク”なのかはわからない。それでも住民たちの話によると、ここ西成に何度も夜通っていれば覚せい剤を手に入れることはさほど難しくはない、ということで一致していた。
■1000円の売春婦に遭遇
「それでも吹っかけている」
深夜23時を超えて、四角公園近くの路地を歩いていると、70歳は優に超えていると思われる女性に出くわした。その化粧はまるでドラマで描かれる戦後すぐの時代、米兵を相手にしていた「日本の売春婦」のようなド派手なものだ。だが服装は、年齢相応の地味で質素ないで立ちである。ただ洗濯していないのか、どこか薄汚れた感じが暗い夜道でもわかる。甘苦い体臭、そこに風呂に入っていないのか垢と安もの化粧品の匂いが入り混じっている。
ホームレスたちの家が集まる三角公園や四角公園。その付近の路上では年配の売春婦が活躍していた。
「お兄ちゃん、遊んでいかへん?“1本”でええで。お正月やんか。温めあおうや!」
記者が、「1万円?」と問うと、「1000円や!」と言う。諸説あるものの、地域住民らの話では、西成で“立ちん坊”と呼ばれる路上売春婦の相場は、路上での行為で500〜800円だが、最初は1000円と吹っかけてくるのだそうだ。もっとも「350円まで値切ることができる」(路上生活者・64歳)という声もあった。その路上売春婦に遭遇したというわけだ。ちなみに350円という額は、西成ではカレーライスを食べてもお釣りがくる額である。
この立ちん坊女性の申し出を記者は丁重にお断りしたが、それでも「800円でもええ!」「もう、正月やから大サービス、500円でええで!遊んだって」と必死で営業してきた。
記者はその営業を振り切り走って逃げたが、その立ちん坊女性はすぐに息を切らし、路上にへたり込んでいくのがわかった。後になって振り返ると、取材費の名目で500円渡し、何か話でも聞けば良かったと悔やまれる――そんな記者の思いを、三角公園にいることが多いという路上生活者(43)に打ち明けると、予想もしなかった話を聞くことになった。
「その婆さんも行為しようとは思うてへんと思うよ。ただ寄って行って、それだけで500円もらえれば御の字、350円もらえればよしゆうとこちゃうかな。それに話なんて聞いたら後ろにどんな人間がついとるやわからん。きっとその500円か350円にも“ショバ代”がハネられるとるはずや。逃げるのが正解やで」
年末年始、ここ西成・あいりん地区にいるのは、生活保護のみならず、この時期だけ用意される行政からの宿泊施設への斡旋も拒み、「頑張っている人たち」(支援NPO関係者)ばかりである。
西成ではヒエラルキー上位に位置する超エリートの白手帳持ちや、逆に最底辺にランクされる生活保護に“日和った”者たちが、年末年始、暖房の効いた部屋で温かい料理を食べて過ごすなか、路上生活者たちは彼らなりに周囲に迷惑をかけず、必死で生きているのがわかった今回の取材だった。
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