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三谷流構造的やわらか発想法
【第156講】 2017年1月19日 三谷宏治 [K.I.T.虎ノ門大学院主任教授]
アルファ碁が神の領域に。AI進化速度は予測を超える
SFに学ぶAI「シンギュラリティ」の超え方(中)
アルファ碁、たった1年2ヵ月で人智を越える神となる
この年末年始、またもや囲碁界に激震が走りました。
Googleのアルファ碁が、囲碁界の最強棋士のひとりイ・セドル九段を破ったのが昨年の3月のこと。それから9ヵ月、アルファ碁はさらなる進化を遂げ、囲碁界に降臨したのです。
・2016年12月29日〜30日、囲碁サイト「東洋囲碁」で30戦
・2017年1月1日〜4日、同「野狐囲碁」で30戦
「Master」というハンドルネームで登場したその正体不明の棋士(?)は、井山裕太六冠を含む日中韓のあらゆる強豪を打ち倒し、なんと60戦無敗で去って行きました。多くのプロ棋士たちが「Master」を、人智を越えた存在と評しました。1月5日、Googleは「Masterはアルファ碁の進化形である」「テストは終わった」と公表しました。
新生アルファ碁の凄さはその圧倒的強さ(だけ)でなく、その「進化スピード」と「打ち手の独創性」にあります。
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アルファ碁の進化スピードは超絶的で、プロ二段(欧州チャンピオンのファン・フイ)を破ってから、イ・セドル九段を圧倒するまで5ヵ月。それからこの神の領域まで達するのに9ヵ月しか掛かっていません。
この世の誰が一体、この進化スピードを予測していたでしょうか?
ヒトはAI進化速度を予測できない
打ち手がほぼ無限にある囲碁は、もっともAIが苦手な分野だと長く信じられてきました。状況判断(その時点で優勢か劣勢か)の判断が難しい上に、何手も先の先を読むプログラムをつくるのは至難の業でした。
しかし2005年に「モンテカルロ法」をベースにした「Crazy Stone」が開発されて、状況は一変します。その名の通り、とにかく多くのサイコロを振る(打ち手をランダムにシミュレーションする(*1))ことで、その勝ち負け予測をして手を決めていきました。
モンテカルロ法は並列処理に向いているので、マルチコアCPUをフルに活かせますし、コンピュータを増やすことでいくらでも性能を上げられます。
それでも多くの棋士や学者たちは懐疑的でした。2008年頃の常識は「プログラム(AI)がヒト(トッププロ棋士)に勝つにはあと50年は掛かる」でした。実際には8年でした。
その力が急激に高まり、当初アマ三段レベルだったものがアマ六段レベル(もうすぐプロレベル)に上がった2014年ですらそうでした。「コンピュータが人間に勝つのは10年後」という認識でした。実際には2年でした。
そして、ついに2016年イ・セドル(当時の世界ランク5位)が負けたときでも「アルファ碁にはまだ接近戦での凡ミスや、攻め合いの大勝負に弱い」「人類はまだ負けてない」という意見が根強くありました。でもそれも9ヵ月の命でした。
独自に自己を変異させられるAIの進化スピードは、世代毎の突然変異と自然淘汰を待つ、われわれ生命の進化スピードとはまったく異なります。ヒトはAIの進化スピードを予測できないのです。
そして、その到達レベルも。
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*1 2006年トリノで用いられたCrazy Stoneでは1秒あたり約5万件の対局シミュレーションがランダムに実行された。
アルファ碁の打ち手の独創性
アルファ碁も含めて、従来の囲碁AIには共通の弱点がありました。大橋拓文六段の観戦記に曰く、
・長手順の読み(死活(*2)、攻め合い、正確さが必要)
・複雑な手順(左右両側から絡めるようなもの)
・コウ(*3)(無限循環に陥りがち)
などです。しかし新生アルファ碁は、それらを克服しただけでなく、さらに多くの「新手」を繰り出していました。それらはトップ棋士たちにも「悪手」と映るほどの常識外れの斬新な手であったと言います。
「人間では理解できない手が30手以内に出てくる。しかし、後にそれが良い場所になってくる不思議、マジックのようだった」(J-CASTニュースでの大橋六段のコメント)
アルファ碁はまずヒトから学びました。過去の思索の結晶である棋譜を3000万局分読み込み、それを手本としました。しかしその後は独学です。自らを相手とした強化学習で鍛え上げ、人智の及ばぬ領域に到達しました。たった1年余りで。
「私たちが永遠に変わらないと考えていた囲碁の真理が破壊された」(中国の古力九段のTwitterコメント)のです。
リバースエンジニアとしての人類?
「創りだしてしまった神」とわれわれ人類はどう付き合えば良いのでしょうか?
2008年にモンテカルロ法の囲碁AI「Crazy Stone」と対戦した王銘エン九段は、その真の潜在能力を見抜いたひとりでした。関係者みなが囲碁AIの弱点をあげつらう中、彼は言い切りました。
「運動能力という点では、モンテカルロ囲碁は人間とぜんぜん違う原理の筋肉で動いている」「その潜在能力はすでに人間を遥かにしのいでいるかもしれない」
「モンテカルロ囲碁は柔軟だ」「本気で研究され出して2、3年にもかかわらず、もうこんなところまできている」「プロレベルまで10年以内で来るのではないか」
まさに慧眼といえるでしょう。そして彼はその先についても語っています。
「モンテカルロ囲碁恐るべしと、身構えなくてもいい」「敵はしょせん完璧ではなく、つねにリベンジ可能」「そのときこそ、碁打ちが神の道を目指す本当の旅が始まる」
アルファ碁に、「真理の探究」という概念は(今のところ)ありません。しかし、AIが人間の常識を超えた新手を示してくれるからこそ、ヒトはそれを辿って、囲碁の真理を解き明かせるのでしょう。一種のリバースエンジニアリングです。
*2 打たれた石が「取られない生きた石」なのか「取られる死んだ石」なのかの判断。
*3 互いが交互に相手の石を取り、無限に続きうる形。さまざまなルールによって、無限反復は禁止されている。
SFに学ぶ「創られた神」との付き合い方
本業がテクニカルライターだと言う、寡作のSF作家 テッド・チャンが2000年に発表した『人類科学の進化(The Evolution of Human Science)』は、たった4頁半の小品です。
そこには、圧倒的な知力を持つ超人類を生んでしまった人類の物語が、科学者の立場から描かれています。
遺伝子操作によって生まれた超人類は、新しい言語を開発し、それで思考しコミュニケーションします。その研究成果が発表されても、人類はそれを理解どころか読みこなすことすら困難です。そこで、人類は単独での独創的研究を諦めますが、2つの領域での科学探究を頑張ります。
・超人類「文献」解釈学:新言語で書かれた文献の翻訳を試みる
・超人類「製品」解釈学:つくられた製品の解析(リバースエンジニアリング)によってその動作原理や未知の物理法則を解き明かす
アルファ碁は自らの戦い方について論じてくれないので、当面できることは後者のみ。これからの数年、プロ棋士たちはアルファ碁の残した棋譜を解析し、そこに潜む囲碁の真理を解き明かしていくでしょう。
それによってアルファ碁に一矢報いることもあるかもしれません。そしていつか、アルファ碁とその真理について語り合う日が来るのかも。もしアルファ碁がそうしたいと思ってくれればの話ですが。
さて「最初のシンギュラリティをどう生むか」についてはいよいよ次回。J・P・ホーガンのSF『未来の二つの顔』、山本弘の『アイの物語』を取り上げます。
参考情報・サイト
・「コンピュータ囲碁」Wikipedia
・「第30話 かんぱいモンテカルロ」王銘エン(メイエン事件簿 2008.09.08)※エンは「王」へんに「宛」
・「コンピュータ囲碁について、王銘エンの危惧」福地 健太郎(2008.9.8)
・「プロ棋士はもはや囲碁AIに勝てない 進化型アルファ碁「Master」の衝撃」(J-CASTニュース 2017.01.06)
・「Googleの囲碁ソフトがプロ棋士に初勝利」たろちん(ねとらぼ 2016.01.28)
・「AlphaGo の論文をざっくり紹介」(technocrat 2016.03.14)
・「Masterの正体」大橋拓文(ひろふみのブログ☆ 2017.01.08)
・『あなたの人生の物語』テッド・チャン(早川書房)
(K.I.T.虎ノ門大学院主任教授 三谷宏治)
お知らせ
1/22(日)はなんと1日で3つの講演・研修となりました。
・10:00〜 どんぽぽ(親向け)@千葉・船橋
・14:20〜 MBA4校合同説明会@KIT虎ノ門大学院
・18:00〜 Globis講義@新大阪
千葉、虎ノ門、大阪の強行軍ですがガンバリます〜。大雪とかになりませんように……。お時間ある方は「MBA4校合同説明会@KIT虎ノ門大学院」に是非お立ち寄りください。虎ノ門ヒルズのお隣です。
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http://diamond.jp/articles/-/114597
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