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[2290]アフリカとは何か? ボコ・ハラム の意味
投稿者:副島隆彦
投稿日:2018-03-22 03:32:01
http://www.snsi.jp/bbs/page/1/
遠く、アフリカの一国 ナイジェリアで、また「少女の集団誘拐事件」が起きていた。
○「ボコ・ハラム、再び集団拉致か 学校襲撃で少女111人不明」
2018年2月23日 AFP ダマツル/ナイジェリアである。日本でも知られるようになった、ボコ・ハラム Boko Haram という過激派集団は、一体、何者なのか。
私は、暫(しばら)く前から、「アフリカとは何か。今のアフリカ(諸国)を大きく日本人が分かること」 ということで、書きたいと思っていた。私が、日本人のアフリカ理解の中心に置きたいと、ずっと思っていたのは、ナイジェリア国のこのボコ・ハラムである。
この 「ボコ・ハラム」とは、「ボコ(白人)・ハラム(悪魔)」という意味らしい。私は、4年前の少女たちの誘拐事件が起きたときに、英文で記事を読んでいて、その中の、一本に、この真実が、サラリと書かれていた。そのことが、ずっと自分の頭の中で気になっていた。
「ボコ・ハラム」が「白人は悪魔」というだと知って、私は、びっくりした。日本政府のJETRO 機関などの解説文では、「ボコ・ハラムとは、『西洋式の教育(ボコ)は罪(ハラム)』という意味だ」と、書いてある。こういうことをするから、日本人のアフリカ理解が進まないのだ。
ボコ・ハラム Boko Haram というのは、「ヨーロッパ白人どもは悪魔だ」という意味で有り、「ヨーロッパから、アフリカ諸国に、キリスト教の伝道者としてやってきた白人宣教師どもと、白人の貿易商どもは、自分たちアフリカ人 を騙しに来て、私たちに悪(わる)さをする悪魔(ハラム)である。だから撃退して、討ち滅ぼしてしまえ」という意味である。
私は、下の方に、3本、AFPの記事を載せるが、2014年4月に起きた、少女たち(中学生たち)の集団誘拐事件の 「276人のうち57人は拉致直後に脱出し、これまでに106人が解放されたか発見されている」と、以下の記事にある。
私が、衝撃を受けたのは、この時、BBCのニューズ報道を、たまたま見ていたら、この「3年ぶりに解放された少女たち」というのが、みんなで、喜びのダンスを踊っていたシーンである。まわりには親たちが集まっていた。
そして、この少女たちの中には、赤ちゃんを抱えている者たちがいて、仕合わせそうに踊っていた。きっとボコ・ハラムのゲリラとの間に生まれた子供だ。
副島隆彦です。私は、このときの、少女たち、といっても、もう堂々とした体格の、両親たちよりも背の高い、大きな立派な体格の少女、いや、女性たちが、集団で、楽しく踊っている様子を見て、「あら? なんか、違うな」という気がした。
この少女たちは、みんな元気なのだ。イスラム教の過激派の収容所から、命がけで、ぼろぼろに成りながら、必死で逃げてきた、という感じではないのだ。みんな嬉しそうに踊っていた。
もしかしたら、ボコ・ハラムは、現地では、暴力事件 を除いたら、その思想だけは、人々に尊敬されているのではないか。下に載せる ボコ・ハラムの今の指導者の兄(にい)ちゃん、兄(あん)ちゃん の顔が、ものすごくいいのだ。
この集団誘拐された少女たち、というのは、どうも、国立(こくりつ)の中学校に通っている、地元では、裕福な家庭の、立派な家の子供たちらしい。だから、人質にされて、政府に捕まっている過激派のゲリラたちの指導者たちとの、「人質交換」用に、連れ去られたのだ。
私、副島隆彦は。分かったぞ。「ああ、そうなんだ。このボコ・ハラムというナイジェリア国の北部の マイドゥグリ Maiduguri という砂漠地帯の中の都市を中心に、ゲリラ活動をしている、イスラム教の過激派は、どうも、日本の、幕末の頃の、尊王攘夷(そんのうじょうい)の人間たちと同じじゃないか」と、分かった。
攘夷思想とは、排外主事(はいがいしゅぎ。ショウビニズム chauvinism 。 外国人恐怖症 xenophobia ゼノフォウビア )である。
1850年、60年代の、幕末に、西洋白人 たちが、日本に開国を迫って、押し寄せてきた。それに対して、 「あの恐ろしい毛唐(けとう)どもに、この神州不滅(しんしゅうふめつ)の国土を踏ませてはならない」という、強烈な、民族防衛感情が、ほとばしった。
世界の動きを知らない、単純な思考をした攘夷派の 過激派の武士たちが、激情に駆られて、暴れ出して、毛唐(けとう=西洋白人)を見たら、その場で襲撃して斬り殺してしまえ、という 思想を直情的に実行した者たちがいた。 ・・・彼らは、必ず、そのあと、幕府と各藩に捕まって死刑、斬首(ざんしゅ)された。
私、副島隆彦の思想と歴史の研究からは、今のアフリカのナイジェリア国の北部にいる、元気いっぱいの ボコ・ハラム集団は、日本の幕末(1867年まで。翌年が明治元年)の尊王攘夷の サムライたちと、まったく同じ、だと分かった。
自分たちアフリカ人に、キリスト教という おかしな洗脳宗教を押しつけに来た、この西洋白人どもは、まさしく「白人は悪魔(ボコ・ハラム)」だ、という、切実な課題を、今のアフリカ人たちが、抱いているのだ。160年前の日本とまったく同じなのだ。この真実は、私たちの血の中の、民族防衛感情に、今も、深いところで訴えかけてくる。
攘夷(じょうい)思想 の純粋な愛国感情を 抱き、一番、腹の底から信じ込み、実践したのは、土佐の勤王党(きんのうとう)の武市瑞山(たけいちずいざん)たちと、水戸の天狗党(てんぐとう)だ。このふたつの集団が、幕末・維新史の中で、一番、かわいそうで悲劇の集団だ。
私は、この、「民族を守らなければ」の 純粋の思考のために、哀れに殺されていった、土佐勤王党と、水戸の天狗党のことを、思うと、今でも涙が流れる。このことは、私は、自分の『思想劇画(マンガ本だ)属国日本史幕末編』(2004年刊)に書いた。
私、副島隆彦は、今日は、もう、今の日本国民に、たった一言(ひとこと)、この「ボコ・ハラム Boko Haramとは、白人は悪魔」という意味だ、と教える。それが、大きく、大きく物事(ものごと)を分かる、ということだ。アフリカとは何か、を私たち日本人が、大きく知ることだ。
ナイジェリアという国は、世界地図帳を開いて見ると、分かるが、アフリカの中央部分にあって、他の赤道の上方の国国と並んでいる、大きな国だ。
ナイジェリアは、アフリカ諸国の中で、今、一番、大きく成長してる国だ。私は、知識人だから、いろんな本を読むから、この世界規模での事実を知っている。 人口は、1億5千万人ぐらいいて、と、今、最新の資料を調べたら、あらら、もう、1億9千万人だよ。たった6年ぐらいで、ものすごい人口の増大だ。
ナイジェリア、と書いて、その北の方にある(地中海沿岸の)アルジェリアと書くと、「ナイとアル」で、赤ちゃんをあやすときの、「イナイ、イナイ、バー」みたいで、本当は、みんな自分でひとりで笑ってしまうのだが。
ナイジェリアは、アフリカの中心部にある、成長と発展の著しい大きな国だ。このことはもう説明しない。 ニジェール河 という大きな河が、ぐるーっと回り込んで、いくつもの国を横断して、西の方にまで流れていて、、私は、「ニジェール河をゆく現地の人たちを満載した、大騒動の、この国際河川をゆく定期航路の大型船」の様子を、NHKの番組で見たことがある。
「ああ、すごいものだな。おお、乗客が、自分の食料用のニワトリまで持ち込んでいるよ。みんな元気で、ごった返しているなあ 」と感動した。
もう、これぐらいでいいや。みんな、いいですか。「ボコ・ハラム って、白人・悪魔 と言う意味なんだってさ」と、口コミで、広げてください。それが、私たちが、皆で真に賢くなる、世界の真実が分かる、ということだ。
副島隆彦 記
(転載貼り付け始め)
○「ボコ・ハラム、再び集団拉致か 学校襲撃で少女111人不明 」
2018年2月23日 AFP ダマツル/ナイジェリア
ナイジェリア北東部ヨベ(Yobe)州で今週、イスラム過激派組織「ボコ・ハラム(Boko Haram)」が学校を襲撃し、111人の女子生徒が行方不明になっていることが分かった。
同州警察が21日発表した。同国ボルノ(Borno)州チボク(Chibok)で2014年に起きた事件に続き、ボコ・ハラムが再び女子生徒を集団拉致したのではないかとの懸念が広がっている。
今回の事件は19日夜、ヨベ州ダプチ(Dapchi)にある国立の女子中等教育学校で発生。地元住民は当初、生徒と教師らは現場から避難したと語っていたが、行方不明となっている生徒らの安否に対する懸念が高まっている。
ヨベ州警察当局は州都ダマツル(Damaturu)で開いた記者会見で、同校の生徒926人のうち815人が学校に戻ったことが確認されたが、残る111人が行方不明になっていると発表。ただし、拉致されたかどうかの確認は取れていないと述べた。
ボコ・ハラムは2014年4月、チボクの学校から276人の女子生徒を拉致した事件で世界に名を知られた。被害生徒のうち57人が直後に脱出したほか、昨年5月以降、107人が脱出したり、政府との交渉で解放されたりしたが、残る112人は現在も拘束されたままになっている。
映像は、今回、女子生徒が行方不明となった学校。22日撮影。(c)AFP/Aminu ABUBAKAR, with Phil HAZLEWOOD in Lagos
○「ボコ・ハラムから解放された82人の少女、両親と涙の再会」
2017年5月21日 AFP 発信地:アブジャ/ナイジェリア
ナイジェリアの首都アブジャで両親との再会を前に喜ぶ、ボコ・ハラムから解放された少女たち(2017年5月20日撮影)。
(c)AFP/PGDBA&HND MASS COMMUNICATION/SUNDAY AGHAEZE
ナイジェリアで5月20日、 2014年にイスラム過激派組織「ボコ・ハラム(Boko Haram)」に誘拐され今月解放された82人の少女たちが首都アブジャ(Abuja)で両親と再会した。
父親たちは娘をきつく抱きしめ、母親たちはあふれる涙を拭いながら、喜びの悲鳴を上げた。娘を抱き上げたまま、ぐるぐると回って感動を表現した父親もいた。
ナイジェリア北東部に厳格なイスラム国家の樹立を目指すボコ・ハラムは拉致を戦争の道具として、大勢の女性や少女らを誘拐してきた。
都市部から離れたナイジェリア北東部ボルノ(Borno)州チボク(Chibok)で女子生徒276人が拉致されたのは、2014年4月のこと。世界中で非難の声が上がり、ボコ・ハラムによる凄惨(せいさん)で破壊的な暴力行為に注目が集まった。
276人のうち57人は拉致直後に脱出し、これまでに106人が解放されたか発見されている。
今月解放された82人は、スイス政府と赤十字国際委員会(ICRC)が仲介した何か月にもわたる交渉の末に、ナイジェリア政府が収監していたボコ・ハラムの指揮官5人と身柄交換された。ナイジェリア政府は、残り113人の解放についても交渉を継続中だとしている。
チボクでの女性生徒誘拐以降、ナイジェリア政府はボコ・ハラムが支配していた地域のかなりの部分を奪還した。
しかし、ボコ・ハラムによる8年に及ぶ争乱で少なくとも2万人が死亡、260万人以上が家を追われたナイジェリア北東部にとって、ボコ・ハラムは依然として脅威であり続けている。(c)AFP
ナイジェリアのイスラム過激派組織ボコ・ハラム(Boko Haram)の指導者であるアブバカル・シェカウ(Abubakar Shekau)容疑者が2日、動画メッセージを公開し、ナイジェリアで昨年末に発生した一連の襲撃事件を起こしたのはボコ・ハラムだと主張した。
ナイジェリア政府はボコ・ハラムを打倒したとしている一方、暴力事件が増加する中、数か月ぶりにシェカウ容疑者が公開した動画は、政府の主張に対し疑問を投げかけるものとなった。
シェカウ容疑者は31分間の動画の中で、ナイジェリア北部で使われるハウサ語で「われわれは無事で、われわれに起こったことなど何もない」と語った。
さらに「ナイジェリアの軍や警察、われわれに損害を与えようとする者らは、われわれに対し何もできなければ、何ら得られもしないだろう」と述べ、「われわれは、マイドゥグリ(Maiduguri)やガンボル(Gamboru)、ダンボア(Damboa)で攻撃を実行した。これら全ての攻撃はわれわれが行ったのだ」と強調した。
動画には、マイドゥグリ郊外の村にある軍の検問所に対し、先月25日のクリスマスに実施された攻撃の様子も収録されている。軍はこの攻撃について、1 時間にわたる交戦の後に阻止したと発表していた。(c)AFP
(転載貼り付け終わり)
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