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2019年 8月 8日
<田畑光永(たばたみつなが):ジャーナリスト>
中国の動きを観察し続けるのを、勝手に自分の仕事と決めて、これまでやってきたのだが、じつは最近、それが苦痛になってきた。その理由は追い追い読んでいただくつもりだが、去年から続いている米中摩擦をめぐる両国の交渉を見ていると、両国というより、トランプと習近平という2人の国家指導者の目をそむけたくなるような浅はかな振る舞いが延々と続いて、いい加減にしたら!と目を背けたい気分にかられる。
今回は、ことの顛末をたどって、私の欲求不満を聞いていただきたい。
去る1日、米トランプ大統領は例によって自身のツイッターで、交渉がまとまらなければ中国からの輸入品のほぼ3,000億ドル(約33兆円)分に9月1日から10%の関税を上乗せすると表明した。その前日まで上海で両国の閣僚による交渉が行われていたのが、思うほどの進展がないままに次回は9月と決めただけで終わったことに腹をたてて、一方的に次の一手を公表したのだろう。
米の中国からの輸入額は年に5,400〜500憶ドルに達し、一方、米から中国への輸出額は1,200〜300憶ドルだから、その差(米の貿易赤字)は3,000億ドルをこえている。これがトランプにとっての癪の種である。そこで去年の春から何が何でもこれを減らせと騒いでいるのだが、考えてみれば赤字が多いからと言って、相手をなじるのはそもそも筋違いである。
ものの売り買いが成立するかどうかはほとんどの場合、買い手がきめるものである。例外的に特定の商品が品薄になって、かつてのオイル・ショックのように売り手の立場が強くなることもあるが、それは例外であって、通常は買い手が買うと決めたところでトランプの言う「ディール」は成立する。
だから赤字が大きすぎるなら、買わなければいいのである。それを相手に「売りすぎるな」と難癖をつけているのが、米中対立のこと貿易に関する部分の姿である。
しかも、そのやり方がふるっている。今の世界の大勢は、なるべく仲間を作って、その中では関税など貿易障壁を減らして自由にものを行き来させようという方向である。それが果たしていいか悪いかの議論はあるにしても、世界中に思い思いの自由貿易圏の輪がはりめぐらされている。トランプ自身、日本にはたとえば牛肉の関税もっと下げて、たくさん買えと言っている。
そこでトランプは去年の春始めた中国との交渉が進まないのにいらだって、7月に第一弾として農業機械や電子部品など中国からの輸入品340憶ドル分に25%の追加関税をかけ、翌8月の第二弾では半導体や化学品など160憶ドル分を追加して同様に課税、さらに第三弾の9月には家具や家電製品など2000憶ドル分に10%を追加課税した。
中国側も直ちに報復措置として、第一弾、第二弾に合わせて、7月、8月に米と同額の輸入品、7月には大豆や自動車、8月には古紙や鉄くずなどに同率の追加関税をかけた。しかし、もともと中国の輸入額は1,200〜300憶ドルしかないから、第三弾の2000憶ドルにはついていけず、LNGや木材など600憶ドル分にとどまった。だから今度の第四弾、「今年9月から新たに3000憶ドル分に10%追加関税」が実施されても、中国側にはもはや報復の手段がない。
こうした関税合戦が続く中で、去年12月1日にはブエノスアイレスでトランプ・習近平の首脳会談が開かれた。ここでは交渉の仕切り直しがおこなわれ、貿易不均衡の是正に止まらず、中国による知的財産(技術)の移転強要、政府補助金による企業競争力強化なども交渉の議題に加えることになり、この日から90日間は9月に課税された10%の関税を25%へかさ上げすることを保留することになった。
またこの日、首脳会談とまさに時を同じくして、中国の通信機器製造最大手「華為(ホアウエイ)」の孟晩舟副会長がイラン制裁違反にかかわった容疑で、米の要請を受けたカナダ当局によってバンクーバーで身柄を拘束されるという「事件」も発生して、両国間の対立面が拡大した。
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こうしたトランプからの攻勢に対する中国側はどう対応してきたのか、それが本文の主題である。昨年を振り返ると、貿易不均衡については、関税には関税でという構えで対抗しながら、自由貿易の旗を振っていれば、大義はこちらにあるからしのげるとみていた節がある。春から夏にかけて問題になった、中国の国有通信機器メーカー「中興通訊(ZTE)」がイランへの制裁破りに関与した疑惑を理由に、米商務省が米企業に同社との取引を禁止した件を、習近平が直接、トランプに電話して、きつい条件ながらとにかく同社の延命に成功したことも、米側の姿勢を甘く考えさせた可能性がある。
ところがブエノスアイレス会談を受けて今年2月から北京とワシントンで交互に開催された閣僚級交渉では、米側はブエノスアイレス合意に基づいて貿易赤字のみならず、あらためて、取り引きにからめて中国の官民が外国企業に技術供与を求めることとか、中央や地方の政府が企業に様々な補助金を出して競争力を強めて居ることとか、さらにはハッカー攻撃で技術情報を盗んでいるのではないかといった問題まで含めて、一言で言えば、貿易のみならず幅広く中国の台頭を押さえつけるという態度に出た。これには米ペンス副大統領が昨年10月の講演で、全面的に中国と対抗する立場を打ち出して、対決ムードが高まったことも背景にあるだろう。
これに対して中国はどう出たか。中国側からそれを直接明らかにする材料は出ていないが、米側のムニューシン代表(財務長官)の言によれば、今年に入って1月から3月までの4回の交渉で、約150頁にのぼる包括的協定がほぼ合意に達し、最終的にまとまるのも近いと思われるところまで来たのだが、4月にワシントンで行われた交渉で、中国側がにわかにそのうちのほぼ3分の1を白紙にもどしたいと言い出したという。
そしてその後、トランプは例のごとくツイッターで「中国が態度を変えた、約束をほごにした」と中国を攻撃し始めた。
そんなもやもやした状態で約1か月が過ぎた5月初め、中国側首席代表の劉鶴副首相が交渉継続のためにワシントンに赴いた。しかし、この時彼の身には一つの変化が起きていた。それまで劉鶴には国務院副首相、中国側首席代表、そして習近平国家主席特使という3つの肩書がついていたのが、この時は中国側の報道から「特使」の肩書が消えていた。
たんに肩書の問題ともいえるが、国家主席の特使となれば、まさに国家主席の信任を受けて交渉していることを内外に示す効果はあるだろう。ところが、交渉の途中でこの肩書が消えたとなれば、その意味は大きくなる。始めからなければいいが、あったものが外されるというのは、これまでの交渉の結果あるいは進め方になにか問題があったのかと誰しもが見る。
ワシントンに現れた劉鶴は、米側の「中国が最後に態度を変えた」という批判については、「交渉というのは終わるまでは、何が起きても不思議はないのだ」と受け流し、一方で中国の記者団には「交渉で最も重要なのは、国の主権を守ることだ」と強調した。
中国国内でなにかあったことは間違いない。それがなにかはまだはっきりしたことは言えない。しかし、そういう目で見ると、6月末の大阪での首脳会談、それを受けての7月末の上海交渉、それに業を煮やしたトランプの9月からの巨額関税予告という一連の動きの意味が分かるような気がする。 (続く)
初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4630:190808〕
http://chikyuza.net/archives/95982
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