「科学最先端国アメリカ」に見る特異な後進性 斎藤 彰 (ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長) https://wedge.ismedia.jp/articles/-/23070 医療技術の最先端を行くアメリカで、安全面の不安と宗教上の理由からコロナ・ワクチン接種を拒否・躊躇し続ける市民が全体の35%にも達していることがわかった。バイデン政権は「ワクチン接種の徹底こそがコロナ収束の最重要措置」だとして、積極的に接種に応じるようPRや説得に腐心している。
新型コロナ感染が国境を越え「パンデミック」(世界的大流行)となった昨年春以来、各国は一斉にワクチン開発にしのぎを削り始めた。その中で、最も信頼性の高いワクチン開発で他国をリードしたのが、アメリカの各大手薬品メーカーだった。
実用化に向けて先陣を切ったのが、米ファイザー社であり、独ビオンテック社との共同開発チームは、すでに昨年11月30日に後期臨床試験データを全面公表、94.1%の高い有効性を提示した。 そのすぐ後を追う形で米モデルナ社が続き、今年初めからは米ジョンソンエンドジョンソン(J&J)も開発にこぎつけ、量産化を発表している。 このほか、英製薬大手アストラゼネカ、仏製薬大手サノフィ、英製薬大手グラクソスミスクラインなどが続く。 中国、インド、ロシア、イスラエルなどでも開発ずみとされているが、安全性、有効性などの面で国際的評価は定着しておらず、今のところ、アメリカが他国に大きく水を開けていることだけは確かだ。 わが国政府も大規模ワクチン接種開始にあたり、ファイザー社から真っ先に大量買い付けに乗り出した。 アメリカは医学面のみならず、航空宇宙、物理・化学などサイエンスのあらゆる分野でも先端を走り続け、今日に至っている。ノーベル賞受賞者もこれまで、文学、平和、経済部門以外の各サイエンス分野合わせ約300人にも達し、世界断トツ1位をキープしている。その背景に、アメリカ人特有の旺盛な探求心、失敗を恐れない不屈の開拓精神の伝統、惜しみない研究開発資金投入などがあることも衆知の事実だ。 しかし、先月末までの各種世論調査結果によると、米政府のワクチン供給が急ピッチで進む一方、一般市民の間ではいまだに「接種躊躇者vaccination hesitater」が全体の20%、接種拒否者vaccination refuser」が15%にも達していることが明らかにされた。この結果、州によってはワクチンが余る地域もあり、いまだに届けられていない医療施設に州をまたぎ転送されるケースも出てきているという。 とくに、「拒否者」の中には、宗教上の理由を挙げる市民も少なくない。際立つのが、「キリスト教伝道派」信者たちの反応だ。 去る2月下旬の「PewResarch」世論調査によると、全米の白人伝道派信者white evangelists4100万人のうち、45%がワクチン接種を拒否しており、イリノイ州のイートンカレッジ「人道災害研究所」のジェイミー・アテン所長は「とにかく、彼ら白人信者たちに何とか接種を受けるよう説得できないかぎり、パンデミックとの格闘はさらに続くことになる」と懸念を表明している(4月5日付けニューヨークタイムズ紙) 依然接種に応じていないことについて、信者たちは同紙に対し「コロナ・ワクチンには胎児の細胞が含まれる」「完全治癒は神のみができるのであって、ワクチンは救済者saviorになれない」「神が創造した人間には本来、自然治癒能力が備わっており、十分な栄養と休養により克服できる」などと、いずれも科学的根拠を欠く理由を挙げている。 このほか、一般市民の常識では理解しにくい宗教組織として、キリスト教から派生した全米信者数130万人の「エホバの証人Jehovah’s Witnesses」があり、信者たちは今日も輸血を拒否するほか、ワクチンについて「神の意志に反する」として躊躇する人も少なくないという。 20世紀半ばの全盛期には信者数も100万人近くにまで達した「クリスチャン・サイエンス」組織は、「キリスト教信仰そのものが科学」だとの立場から、不治の病も祈祷により克服できるとの信念を布教してきたことで知られる。 非科学的価値観 アメリカでは、非科学的価値観が他の先進諸国にくらべ一般市民の日常生活の中でも、ことのほか大きなウェイトを占めている側面も見逃せない。
その最たるものが、人間がサルから進化したことを科学的に論じたダーウインの「進化論」の否定だ。 有力誌「The New Yorker」はすでに2012年6月に「なぜ、われわれは科学を信用しないのかWhy We Don’t Believe in Science」と題するエッセイを掲載、アメリカの一般市民生活の中に見られる非科学性について論じているが、その中で以下の点を指摘している: 最近の「ギャラップ」世論調査によると、アメリカ人の成人のうち45%が「今から1万年ほど前に神が人類を創造した」と信じ、対照的に「聖なる力の導きとは無関係に進化し今日の形の人間になった」と回答した人はわずか15%にとどまった。 驚くべきことに「ギャラップ」社は30年前にも同じ質問をしているが、当時も44%のアメリカ人が「進化論」ではなく「天地創造」説を支持しており、実態は以前からほとんど変わっていない。 メリーランド大学のケブン・ダンバー博士(心理学)はなぜこのように多くの人が非科学的な考えを持つかを調べるため、一般教養の学部生と物理学専攻の学部生を対象にした実験で、大きさと重さの異なる二つの鉄玉を比較し、上から同時に落とした場合どちらが早く地面に落下するかを尋ねた。物理学専攻の学生たちは全員が「二つとも同時落下」と正しく回答したが、一般教養の学生たちは「より大きい鉄玉が先に着地する」と答えた。 脳の働きを詳しく調べたところ、一般教養の学生たちには予めプログラムされた「思い込み」「直感」が支配し、科学的発想を阻害していることが分かった。 このことは、早くから染みついた宗教的思想や偏見が後々まで残り、コペルニクスの「地動説」が広く受け入れられるようになるまで長い時間がかかったのと同様に、ダーウインの「進化論」がアメリカにあまねく普及するにはまだ相当の時間を要することを例示している。 この記事も指摘している通り、アメリカでは子供のころから日曜日に家族で教会に出かけ、「神の子イエス・キリスト」の教えに対する信仰が根付いており、そのことが「進化論」否定につながっているとする指摘もある。 また、アラバマ、ミシシッピーなど南部諸州では今なお、理科の時間に生徒に「進化論」ではなく「天地創造」説を教える小中学校が少なくない。 一般市民の世論調査でも、回答者の16%が学校で「天地創造」説を教えるべきだと回答している( People for the American Way poll, 2000)。 気候変動も否定 さらには、他のほとんどの先進国で受け入れられている「地球温暖化」「気候変動」の原因についても、アメリカでは人為的要因との関係を否認する人が少なくない。 米エール大学「気候変動コミュニケーション・プロジェクト」が今年初め実施した世論調査によると、回答者の16%が、気候変動が起こっていること自体は認めたものの、その原因は「自然現象によるもの」と答えたほか、10%が、気候変動の存在そのものを認めなかった。国民の4人に1人が、自動車排気ガスや工場排煙と地球温暖化との関係を否定していることを示唆している。 さらに「ギャラップ」社が4月初め、政党支持別の意識調査を実施したところ、民主党支持者の82%が「地球温暖化は始まっている」と回答したのに対し、温暖化の現実を認めた共和党支持者はわずか29%にとどまった。ただ、共和党支持者のうち、18-29歳のヤング世代の場合、75%近くが温暖化の存在を認める一方、50-64歳代で14%、65歳以上では11%と、年齢が上がるにつれて温暖化問題への正しい認識が極端に低下していることもわかった。 政治家たちの偏見 しかし、こうした一般市民の意識以上に、社会に及ぼす影響という点で深刻なのが、政治家たちの偏見だろう。
とくに、トランプ大統領は在任中、「温暖化には科学的根拠がない」との非科学的主張を一貫して繰り返してきたことで知られているほか、それにひけをとらないのが、連邦議員たちのかたくなな態度だ。 在ワシントン有力シンクタンク「The Center for American Progress」は去る3月30日、これまで連邦議員たちが環境問題について本会議、委員会などを通じ発言してきた内容分析結果を公表した。 それによると、上下両院議員合わせ535人中、139人が「人間活動とは無関係」だとして「地球温暖化」に疑念を表明、または問題そのものを否定していることが明らかになった。内訳は下院議員109人、上院議員30人となっている。 これを党派別に見ると、下院109人の52%、上院30人の60%が共和党議員だった。 また、両党合わせこれら議員たちのほぼ全員が、これまで石炭、石油、天然ガス業界から政治献金を受けてきており、受け取った総額は6100万ドル以上に達していることも明らかにされている。 科学以外の分野でも、政治家たちが、法支配そして社会的通念を踏みにじり深刻な問題となったのが、トランプ陣営による2020年大統領選の結果否認であり、今年1月6日の、トランプ支持暴徒たちによる連邦議事堂襲撃事件だった。 各州における選挙開票結果は、超党派の選挙管理委員会により最終的に認定されたのみならず、司法省が刑事捜査含め徹底調査の結果「選挙不正はなかった」と結論づけ、共和党系判事が多数を占める連邦最高裁も「バイデン大統領当選」の正当性をダメ押しする裁定を下している。 それにもかかわらず、大統領選から半年以上たった今もなお、上下両院共和党議員の実に70%近くが「選挙の不当性」を主張し続けている。 教会で「進化論」を認めず、「地球温暖化」をフィクションだと主張する白人キリスト教徒たちと、まったく理不尽な「選挙不正」説を撤回しようとしない共和党議員たち―。両者の間に共通する部分は決して少なくない。 ついでに、迷信“感染者”が多いのも、アメリカの特異性のひとつだろう。昨年1月のIpsos世論調査で、UFOが実在すると回答した人が、全体の45%にも達していることが明らかにされた。国民の半数近くがUFO信者ということになる。毎年、UFO「目撃者報告」も年間5800件に上っているという(「全米UFO報告センターNational UFO Reporting Center・2019年データ」) 科学最先端国は、同時に“迷信先進国”でもあるようだ。
|