宇野功芳さんとの和解 2016年06月13日 https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1953389990?org_id=1953541938 クラシック音楽評論家の宇野功芳が亡くなった。 不死身かと思うような活動ぶりだったのではあるが、不死身ということはないとわかる。
他所のコメントで書いたのだが、けっこう個人的な内容なので、自分の日記に移すことにした。 私のクラシック音楽観の49%ぐらいはこの人と共有してきた気がする。 講談社現代新書で出た名曲名盤的な本が大ブレイクしたのではと思うが、私は諸井誠の「交響曲名曲名盤100」がバイブルだったので、諸井氏が推すカラヤン・ショルティ・アバド・レヴァインあたりの権威を、現代風の無機的なものだと、アクの強い文章で一刀両断した宇野氏はどうしても許せなかった。 大学時代に、気取ったクラシック青年と知り合いだったが、彼が宇野氏の信奉者で、ハイドシェックなどの怪しい?CDを持っているのにも失笑していた。 とはいえ、カラヤンのスタジオ録音のベートーヴェンがつまらないとか、小沢征爾より朝比奈隆の不器用さに感動するとかいうのは、同意できたので、どうにも気になって、隠れて何冊も読んでいた。 高校生から大学生にかけて読んだため、自分の発想自体が評論家的・アマチュア主義的になったところもあり、そういう意味では、自分を不良(ワル)くした大人の一人かもしれない。 アバドの若手室内オケとのハイドンを褒めるなど、嫌いな演奏家をたまにもちあげるとよい味があった。 亡くなったことで、単純に和解した気がする。 こういうことはあるのだなと思う。 こういう、精神が自由で、権威におもねらず、一生懸命活動してる人は本来的に好きだったのだ。 宇野評価軸のひとつで、カルロス・クライバーは「真の天才、ただし、深みは往年の巨匠たちに及ばない、指揮姿が美しすぎて音楽が過大評価を受けている、オペラのほうが良い」みたいなことになっている。 私はクライバーの信奉者なので、この「ただし」以降が許せなかったし、気にもなっていた。 最近、クライバーとシカゴ響の「運命」海賊盤を久々で気まぐれに聴いて、強い印象を受けた。 これはマスターテープを変な加工なしで発売できたら、有名なスタジオ録音を、ラディカルさでは一蹴するだろう。 気になっていた「大地の歌」(1967年ライブ録音で、初期海賊盤はひどい音)の正規?盤と、椿姫(1985年あたりの客席録音?)を購入。 「大地の歌」は、聴ける程度の音になっている。 「椿姫」も、割れているが臨場感のある音で、流れるような音楽性は伝わる。 調べると、クライバーの演奏記録は、ほとんどがオペラで、オケコンサートは数えるほどしかない。 宇野氏の言うように、オペラが本領の人だったのは確かだと、はじめてわかった。 オペラはわからず、再生環境もよくなかったので、聴かずにとっておいていた。 ミュージカルを聞き込んだことで、オペラがわかるようになった。 もう、若いころのように、クライバーや宇野氏のようなカリスマに強い影響を受けることもないだろう。 演奏は、それこそ世界に一つだけの花であって、ベスト盤を競うことにさほど意味もないとも気づいた。 しかし、まだ未聴の名曲名盤の宝庫がオペラにたくさんある。 クラシックの趣味のよいところかもしれない。 コメント
mixiユーザー2016年06月13日 20:43 カルロス・クライバーはフェスティバルホールで観ました(ベト4,7)。 あんな美しい指揮姿を見たことはなかったし、これからもないでしょう。 演奏は必ずしも最高ではなかったのですが。 「指揮姿が美しすぎて音楽が過大評価を受けている」 というのは、たしかにそうだと思いました。 あくまでナマ体験の話ですが。 そういう体験をすると、宇野氏のコメントはうなずけるものがあります。 mixiユーザー2016年06月13日 22:45 > mixiユーザー 生で聴かれたのはうらやましいの一言です。 私は、クライバーもバーンスタインも、チケットは持っていて、キャンセルです。オーディオにはまった原因でしょう。のちに、ニューヨークのブロードウェイで、生で聴いたが吐き気でフラフラだったということもあります。そういう人生みたいです。 クライバーは、椿姫やこうもりやらで、軽やかな響きで胸に染み入るみたいなのが芸風なのだと思います。 ファンにとってはベートーヴェンもブラームスも大事ですが。 mixiユーザー2016年06月14日 03:06 BSのNHKでクラシックコンサートを見ると、時間合わせに演奏家のドキュメントをよく放送してます。「Traces to nowhere」というのがクライバーで、ウィーンフィルとの確執とか、バイエルン時代のうっとりするような演奏している姿とか、「欠点があるとすれば女癖の悪さだけね」とかいう歌手の話とか、テンコモリで面白かったです。 私は彼のスタジオ録音はあんまり好きでなくて、ライブのベートーベン4番とか、最近聞いた「こうもり」がとても好きです。彼はおそらく自殺で、奥さんの死がその引き金だったようです。奥さんは、なんであのクライバーがこの人と、と皆が驚くほどに静かな人でした。売れないオペラ歌手だったか。 想像ですけれど、彼の内面はその奥さんに惹かれたのでしょう。外では、美し過ぎる指揮姿、と言われ、浮名も流してそれもクライバーの確かな一面ながら、晩年につながる種と言うのか本質は、若い頃からあったのかなと思います。確か、とても指揮を嫌がる人だったと、ドキュメントでも言ってました。「冷蔵庫がカラにならないと指揮しない」と、カラヤンに揶揄されてますが、本当に指揮は嫌だったのでしょう。 それやこれやを考えると、クライバーは天才という部類に入ると思います。フルトヴェングラーも。世間との不適合と言う意味で。トスカニーニとカラヤンは入らないと思います。あくまでも私の主観ですが。「Traces to nowhere」とは、行き場がない、ですね。クライバーとしては。 mixiユーザー2016年06月15日 02:16 > mixiユーザー ドキュメンタリーはもうひつありますが、思い切ったタイトルだなと思います。 全盛期を知ってる人は、あんなに幸福で生気に満ちた人はいないと思うでしょうが。 私は、シューベルトの「未完成」とか、最晩年のスロヴェニアフィルとのブラ4なんかは好きです。 まさにTraces to nowhereって感じがします。 mixiユーザー2016年06月20日 16:19 われわれの世代は多感な時期に例のベストセラーにたいそう影響を受け、中には信奉といえるまで入れ込む者もおりました。ちょっと滑稽でしたね。個人の趣味のスタイルを完全に影響下に置くようなインパクトのある評論だったとも言えます。 今ふりかえると「フルトヴェングラーかワルターか」という次元の話なのですが、兎に角、今のシーンは随分遠いところに来たものだと思います。 mixiユーザー2016年06月22日 02:16 > mixiユーザー 最近、地下鉄のトイレで、「そういえば、ベストCDとかって考える必要ないのでは?」と思いました。ベストCDとかを決めねばならない、という思い込みをここまで与えられていたとは・・・ あっぱれです。 https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1953389990?org_id=1953541938
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