経済統計が悪いから? 韓国で統計庁長が突然更迭 「青瓦台の言うことをよく聞かなかった」─爆弾告白も 2018.8.30(木) 玉置 直司 北朝鮮、韓国大統領府のレプリカを建造 演習に使用か 韓国・ソウルにある青瓦台(大統領府、2015年11月4日撮影、資料写真)。(c)AFP/STEPHANE DE SAKUTIN〔AFPBB News〕 このところ韓国では、経済に関するニュースが連日、メディアの大きな話題だ。雇用や経済に関する「最悪」とも言われる統計発表が相次ぎ、政府の経済政策に対する批判の声が高まっている。 そんな中、8月26日の日曜日に、意表をつく統計庁トップ交代人事があり、その背景が大きな話題になっている。 韓国の新聞やテレビは、8月後半以降、連日のように「経済ニュース」を大きく報じている。国民の最大の関心事である雇用が最悪の水準なのだ。そんな統計が相次いで発表になっているのだ。 8月17日には、過去最悪といわれる「7月の雇用動向」が発表になった。就業者数は前年同月比5000人増という低水準だった。 相次ぐ悪材料 さらに、23日には「2018年第2・4半期(4〜6月)家計動向調査」が発表になった。 所得分布で下位20%の家庭の所得が前年同期比で7.6%減少した一方で、上位20%の所得は同10.3%増加して「格差拡大」という結果が出てしまった。 政府にとっては「忌々しい」発表だが、いずれも、統計庁発表だから、致し方がないはずだ。 就業者が増えずに失業率が上昇する。おまけに庶民層の所得が減少して格差が拡大するということになれば、「経済失政」という批判が出てきてもおかしくはない。 かねて文在寅(ムン・ジェイン=1953年生)政権の経済政策を批判してきた保守系のメディアなどは、厳しくこれまでの政策を批判している。 文在寅大統領や青瓦台の幹部は、これまでの「所得主導成長路線」を堅持することを確認した。これをまた保守系メディアが批判する。経済ニュースが、最大の話題になっていた。 次官人事を日曜日に発表 そんな最中の8月26日、政府は「次官人事」を発表した。6人の次官、または次官級人事を発表した。 その中でメディアもびっくりの人事があった。統計庁のトップの交代が発表になったのだ。 「どうしてこの時期に?」 韓国メディアからは、こんな驚きの声が上がった。 というのも、統計庁長を辞めることになった黄秀慶(ファン・スギョン=1963年生)氏は、今の政権発足後に「政治人事」として就任した。就任からまだ1年2か月。これといった「失策」もなく、無難に役職をこなしてきた。 「この時期に急に交代するということは、更迭であることは間違いない」(韓国紙デスク)という見方が強い。 では、何があったのか? 大過なく務めたのに・・・ 上の言うことをよく聞かないから・・・ 本人の、8月27日の離任式での発言は意味深長だ。 「これまで統計庁の独立性、専門性を最優先に考えて任務にあたってきた。統計が政治的な道具にならないように心血を注いできた。この間、大過なく庁長職を務めてきた」 いかにも「不本意な突然の退任」であることを滲ませたうえで、「統計が政治的な道具になる」という危惧を抱いて任務にあたっていたことも示唆した。 さらにこの直後に、一部韓国メディアからの「どうして交代なのか?」という質問に対して「私は知らない。人事権者(青瓦台=大統領府)の考えだ。どちらにしても、私は、上の話をよく聞いてあげた方ではなかった・・・」と答えた。 「上」はもちろん人事権を持つ青瓦台のことだ。 青瓦台と何らかの意見の相違があったことが原因だと受け止められても仕方がない発言をしたのだ。 悪い統計に戸惑う青瓦台 このあたりの事情を韓国紙デスクが解説する。 「大統領周辺は、統計庁から相次いで出てくる『悪いニュース』に戸惑っていた。数字が悪いのは仕方がないにせよ、その意味づけなどで統計庁がもう少し政府の政策に配慮してくれてもいいという声があった」 これが黄秀慶前統計庁長の「上の話をよく聞いてあげた方ではなかった」という意味だというのだ。 更迭された黄秀慶氏は、ソウル大化学工学科を卒業後、ニューヨーク州立大で経済学博士号を取得した。労働問題が専門のエコノミストとして研究機関で勤務した。いわゆる「進歩系エコノミスト」だ。 就任当初は、「政府の政策に合うような統計解析をするのでは」との懸念も一部であったが、在任中は、本人が言うように大きな問題はなかった。だが、逆に言えば、それが政権中枢の不満だったのかもしれない。 後任者も話題の人物 では、黄秀慶氏を更迭してまで起用した後任者は誰か? 姜信c(カン・シンウク=1966年生)氏は、ソウル大経済学科を卒業したエコノミストだ。分配重視の社会政策などを長年研究してきた。 進歩系のエコノミストである点では前任者と同じだが、2018年5月に韓国メディアを騒がせたことがある。 経済政策で思ったような成果が上がらないことに対する批判が強まり、韓国メディアは「2018年1月に最低賃金を16.4%も一気に引き上げたことが大きな要因だ」と指摘していた。これに対して文在寅大統領が「最低賃金引き上げの肯定的な効果が90%はある」と反論した。 「いったい、大統領は何を根拠に90%という数字を話したのか?」 こんな疑問を当時の青瓦台の経済首席秘書官が後で補足説明した。その時に使った統計資料を用意したのが政府系のシンクタンクの研究員だった姜信c氏だったといわれた。 本人は後日これを否定したが、「統計の加工や解釈」が得意で、青瓦台の経済政策スタッフと親密な関係であることは間違いないという。 そういう人物を起用したことから、保守系メディアや野党からは「経済統計が悪いのを統計庁のせいに転嫁し、統計を都合の良いように加工しようという目論見だ」という批判が出ている。 青瓦台はこれに対して「文在寅政権は、統計庁の独立性に介入する考えは全くない。統計庁の独立性を損なわせるような指示を出したことも全くない」と全面的に反論する。 統計庁長の人事についても「どんな組織でも活力を吹き込むためには人事は重要だ。特定の問題のための特定の人物の人事などではない」と説明した。 政府の経済政策に合わせた統計を作らせるための人事であるはずがないと強調した。 いくら大統領が強大な権限を持っていても、統計庁の発表統計をいじることなどできるとは思えない。 どうしてこんな時期に人事をしたのか? では、いったい、どうしてこんな「誤解」を招くような人事を、芳しくない経済統計が統計庁から次から次へと出てくるこの時期に断行したのか? 韓国紙デスクも首をかしげる。 「確かに、政府にとって見たくもない統計がどんどん統計庁から出てきた。だが、それが統計庁のせいでないことは誰もが分かっている。こんな形で人事をしたら、統計に対する信頼性にも影響が出かねない」 今の政権は、「経済状況は年末以降に好転するので少し待ってほしい」と国民に要請している。万一、そうなって良い統計が出てきても、今度は、野党などから必ず「統計の信頼性」に対する指摘が出ることは間違いない。 統計庁は1990年に独立し、いまや3000人を超える職員がいる大きな組織だ。直接作成する統計だけでも60種類ある。 そのほかに、統計庁の承認を得て各省庁が作成する統計が385種類あるという。こんな重要な組織のトップ人事なのだ。 前庁長が言うとおり、独立性と専門性がきわめて重要だ。果たして今後どういうことになるのか。 「経済」が頭痛の種。支持率急落 「経済」は今の政権にとって頭の痛い問題だ。 韓国ギャラップ研究所が毎週実施している世論調査では、8月23日に発表になった「8月第4週」分で、「大統領支持率(大統領職務遂行評価)」が56%にまで下がってしまった。 5月第1週には83%だったが、最近はほぼ一本調子で下がっている。 大統領が職務を「よく遂行していない」と回答した理由は、「経済/民生問題解決不足」が45%、「最低賃金引き上げ」が11%で経済政策に対する不満が高まっている。 こうした国民の不満が、統計庁長への「八つ当たり人事」になったのかもしれない。 ちなみに、同じ日、気象庁長も交代になった。 当たらない天気予報に対する不満は韓国内では高い。つい最近も、台風の進路が事前予想とは異なり、「どうして日本の予報は当たるのに韓国の予報は当たらないのか」という批判を浴びたばかりだ。 こちらに関しては、人事に対する批判はメディアでもほとんど聞かれない。
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