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昔話はいろいろあるが、今回は私の住んでいる忠清南道に伝わるものをご紹介しよう。タイトルは「仲むつまじい兄弟」。写真は東京・新宿。
<コラム>日韓の現代人も見習うべき?韓国の昔話「仲むつまじい兄弟」
http://www.recordchina.co.jp/b195426-s116-c30.html
2017年11月2日(木) 0時0分
昔話はいろいろあるが、今回は私の住んでいる忠清南道(チュンチョンナムド)に伝わるものをご紹介しよう。タイトルは「仲むつまじい兄弟」。
昔ある村に仲むつまじい兄弟が住んでいました。兄と弟は朝早くから夜遅くまで一生懸命仕事をしました。秋が来て、兄と弟は収穫した稲束を等分に分けました。ある日の夜、兄はじっくり考えました。「弟は新しく所帯を持ったばかりだからどうしてもコメがたくさん要るはずだ。密かに稲束をもっと持っていってやらなくちゃ!」兄は自分の稲束を密かに弟の稲束に差し込みました。
ところでその夜、弟も兄と同じ考えをしました。「お兄さんは家族も多い。コメがたくさん要るからお兄さんに内緒で稲束を持っていってあげなきゃ!」弟も自分の稲束を兄の稲束に重ねました。
次の日、兄と弟は起きるとすぐに自分の稲束を見に行ってみました。でもなぜか稲束が少しも減ってないのです。「変だ、どうしたことだろうか?」兄と弟は首をかしげました。
その夜また、兄は稲束を弟の稲束の上にこっそり置いてきて、弟も稲束を持って兄の稲束の上にそっと載せておきました。そしてお互いに、「このくらいなら弟の方がもっと多いはずだよな!」「このくらいならお兄さんの方がもっと多いよね!」と喜びました。
翌日になって再び兄弟は自分の稲束を確認してみました。奇妙にも稲束はまた、そのままになっています。
夜になって、またお互いに稲束をこっそり置きに行く時に、兄と弟は鉢合わせすることになりました。
「俺の家に稲束を置いたのはおまえ(弟)だったのか!」
「僕の家に稲束を置いた方はお兄さんだったんですね!」
こうして兄弟はしっかりと手を握り合いました。お月様が音もなく、兄と弟を明るく照らしていました。礼山(イェサン)の仲むつまじい兄弟の話でした。
忠清南道の礼山という土地に伝わる実話だ。毎年秋にはこの兄弟を記念した祭り「ウィチョウンヒョンジェ・チュクチェ」(義理深い兄弟祭り)が開催されている。親の財産分配のことで相手をあやめたり裁判沙汰になったりと、日本でも韓国でも最近は兄弟といえども他人以上に距離のある関係が多々みられるが、この礼山の兄弟、現代社会にも多くのことを語り掛けているのではないだろうか。
■筆者プロフィール:木口政樹
イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。三星(サムスン)人力開発院日本語科教授を経て白石大学校教授(2002年〜現在)。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。
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