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世界がまもなく直面する史上最大のリスク
情報コミュニティを敵に回し、第2のウォーターゲート事件懸念も
2017.1.20(金) 渡部 悦和
米大統領就任式リハーサル、トランプ氏代役が「宣誓」
米首都ワシントンで、大統領就任式のリハーサル中の米連邦議会議事堂(2017年1月15日撮影)〔AFPBB News〕
ツイッターでの不適切な情報発信
ジョー・バイデン米国副大統領は、2016年11月8日の大統領選挙の勝利以降もツイッターを使い問題の多い情報発信を繰り返すドナルド・トランプ次期大統領に対して「ドナルド、大人になりなさい」と諌めた。世界中の多くの人たちも同じ思いであろう。
トランプ氏が米国の内政問題に関して何をツイートしようと「お好きなように」であるが、日本企業のトヨタ自動車に対して「メキシコでの新工場建設は問題だ」と突然ツイートすることは異常である。
1月20日の大統領就任式の直前になってもツイッターで不適切な情報発信をするトランプ氏は、世界における最大の不安定要因、最大のリスクになっている。
「トランプ氏はツイッター依存症である」と指摘する人は多く、1月20日の大統領就任後、トランプ氏がツイッターを封印することを望む人は多い。
トランプ氏が最大のリスクであるという評価は、イアン・ブレマー*1氏の評価でもある。彼が社長を務めるユーラシア・グループ(eurasia group)が、2017年の世界におけるトップリスク「TOP RISKS 2017」*2を1月3日に発表した。
2017年における最大のリスクはトランプ次期大統領の米国であり、第2のリスクが中国であると喝破している。経済的にも軍事的にも世界第1位と第2位の国がリスクと予想される2017年は大変な年になりそうである。
パクスアメリカーナの終了
パクスアメリカーナ(大国アメリカによる平和)について、多くの識者が第2次世界大戦直後から続いてきたパクスアメリカーナは終焉を迎えたと述べている。
例えば、イアン・ブレマー氏は、自らのツイッターで「パクスアメリカーナは1945年から2016年11月8日(注:米国大統領選挙でトランプ氏が勝利した日)までの間で、11月9日以降はG-Zero(ジー・ゼロ)の世界となった」と書いている。
G-Zeroの世界は、ブレマー氏のベストセラー本*3で紹介された語句で、「世界の諸問題を解決しようとする国も組織もない世界」を意味する。
アメリカ・ファースト(America First)を主張し、「米国はもはや世界の警察官にはならない」「世界の諸問題には関与しない」という意思を明確にしたトランプ氏の大統領選挙の勝利により、明らかにG-Zeroの世界に入った、というのがブレマー氏の主張である。
中西輝政氏は、その著書*4においてトランプ氏の米国を「普通の国」と呼び、米国は特別な国や例外的な国(American Exceptionalism)でなくなったと書いている。別な言い方をすれば、米国は大国であることの責任(ノブレス・オブリージュ)を放棄した国になったということであろう。
G-Zeroの世界は特別な世界ではなく、国際政治で言うところの「アナーキーな世界」(主権国家の行動を制限したり、強制する世界政府がない世界)そのものである。
アナーキーな世界における国家の最大の責務は生き残ること(サバイバル)だ。アメリカ・ファーストは、露骨な米国中心主義の表明であり、他国もまた「チャイナ・ファースト」や「ロシア・ファースト」と露骨な自己中心主義を主張するのであろう。
2017年以降は、今まで以上に各国が生き残りをかけた自己中心の戦いの時代になったことを認識しなければいけない。
アナーキーな世界において日本もまた生き残りを追求しなければいけない。その際に不安定なトランプ氏の言動は、日本にとってプラスの場合もあるし、マイナスの場合もある。トランプ氏に対しては日本の国益を中心として是々非々で対処すべきであろう。
ユーラシア・グループが予測する2017年10大リスク
●10大リスク
ユーラシア・グループが予想する2017年の10大リスクは影響力の大きさの順番に次の通りである。
(1)独立した米国(Independent America)
(2)中国の過剰反応(China overreacts)
(3)弱いメルケル(A weaker Merkel)
(4)改革なし(No Reform)
(5)技術と中東(Technology and the Middle East)
(6)中央銀行の政治化(Central banks get political)
(7)ホワイトハウス対シリコンバレー(The White House versus Silicon Valley)
(8)トルコ
(9)北朝鮮
(10)南アフリカである。
以下、最大のリスクである「独立した米国」について説明する。
*1=イアン・ブレマーは、地政学的リスク分析を専門とする世界最大のコンサルティング会社ユーラシア・グループの社長(President)
*2=“TOP RISKS 2017: The Geopolitical Recession”, eurasia group
*3=“EVERY NATION FOR ITSELF Winners and Losers in a G-Zero World”
*4=日本人と知っておきたい「世界激変」の行方、PHP新書
●「独立した米国(Independent America)」について
トランプ氏の「米国第一(America first)」や「再び米国を偉大にする(make America great again)」は、「独立(independence)」にその根拠を置いている。
つまり、トランプ政権下の「独立した米国」とは、世界の諸問題における米国が果たすべき不可欠な役割や責任からの独立であり、国連などの組織や同盟国によって米国に課せられる重荷からの独立を意味する。
ユーラシア・グループの分析によると、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」の主張は、孤立主義の表明ではなく、単独主義の表明であるという。
この単独主義は、孤立主義が示唆する「孤立して引きこもる米国」という弱いイメージではなく、世界で最も力のある米国として、国益を擁護するためにより直接的にそのパワー(軍事力、経済力など)を使用することだという。
「独立した米国」は、軍事力の使用を厭わない。米国の中核的な国益を擁護するために、他国に与える結果を考慮することなく、米国単独でも軍事力を断固として使用する。
この点は、軍事力の活用に極めて消極的で弱い大統領と批判されたバラク・オバマ氏との大きな違いである。トランプ氏の外交政策は、オバマ氏の外交政策よりもずっとタカ派である。
このタカ派の対外政策を成立させるために発表したのが大軍拡計画である「力による平和(Peace through Strength)」であり、陸軍の現役兵員数約49万人から54万人への増加、海軍の主要艦艇276隻を350隻に増加、海兵隊の23個大隊を36個大隊に増強、空軍の戦闘機数1113機を1200機に増強するという提案である。
増強した軍事力を使い、世界の諸問題の解決ではなく、米国の利益のためにのみ使用するというのが国家通商会議代表に指名されたピーター・ナヴァロ氏などのトランプ氏側近の考えである。
米国第一と中国第一の衝突
トランプ氏がツイッターなどで発信する中国批判は注目に値する。
彼は、過去のしがらみにとらわれることなく、台湾の蔡英文総統と直接電話連絡したり、中国が長年主張し歴代米国大統領も認めてきた「1つの中国政策(One China Policy)」にとらわれないと発言した。
「1つの中国政策」を認めない一連の言動は、中国の面目を丸つぶれにする強烈なものであり、オバマ氏の中国への寛容すぎる政策とは一線を画すものである。
トランプ氏の対外政策の中で、この厳しい対中姿勢を肯定的に評価したいが、米中軍事衝突の可能性を秘めていることも指摘しなければいけない。
●中国ファースト
一方、トランプ氏の厳しい対中政策は、秋に予定されている中国の共産党第19回全国大会を控えた習近平主席にとって頭痛の種になる。
第19回党大会は、今後10年以上にわたり中国の政治および経済の方向性を決定する非常に重要なイベントである。習主席は、党大会に向けて自らの権力基盤の強化に集中している。
習主席の中国も「中国ファースト」である。中国の国益特に核心的利益に対する国外からの挑戦特にトランプ氏による反中国的な言動には断固として対応せざるを得ない。結果として米中の緊張は高まるであろう。
●中国の対トランプ報復シナリオ
ロイターは、12月13日の記事で以下のような対米シナリオを予想しているが*5、興味深いシナリオである。
いずれにしろ、トランプ氏の一連の対中批判に対して習近平政権がおとなしく屈服する可能性は低く、トランプ氏が中国を刺激すればするほど、米中の関係は悪化することになる。
・米国との断交
・台湾近辺での軍事的挑発
・南シナ海における対決姿勢
・台湾向け武器輸出に関与する米国企業への制裁
・保有する米国債の大量売却
・北朝鮮への圧力緩和
・米企業に対する圧力
・農産物調達先の乗り換え
・市場アクセス推進の停止
・サイバー問題に関する合意の見直し(2015年秋のオバマ・習近平合意の見直し)
*5=「焦点:トランプ時代の米中対立、想定される中国の報復シナリオ」、ロイター
ロシアによる2016年米国大統領選挙介入問題
●トランプ氏の常軌を逸したロシア擁護
トランプ氏は、米国大統領選挙におけるロシアによるサイバー情報活動(ハッキング)について、ロシアを批判するのではなく、米国の情報機関(CIAなど)を批判する発言を繰り返してきた。
彼は、米国の情報機関がロシアの仕業だと断定しているにもかかわらず、ハッキングに関するロシアの関与について、「馬鹿げている。信じない」、「犯人はほかの誰かかもしれない」と根拠なく一貫してロシアの関与を否定し続けてきた。
オバマ大統領は、米大統領選挙へのロシアの前代未聞の干渉に対する報復措置として、昨年12月29日、ロシア軍参謀本部情報局(GRU)の要員やロシア外交官35人を追放し、米国内にある2つのロシア情報機関関連施設の閉鎖を命じた。
この措置は当然の報復措置であるが、この措置にトランプ氏は批判的であった。
●トランプ氏による米国の情報コミュニティ批判
ジェームズ・クラッパー国家情報長官は、トランプ氏による度重なる情報コミュニティに対する批判に対し、「健全な懐疑心と誹謗中傷は違う」と指摘し、トランプ氏の米国情報機関に対する批判が単なる誹謗中傷であると不快感を示した。
共和党の議員さえ、「情報機関の重要性を理解してくれることを望む」(ジョン・マケイン上院軍事委員長)、「必要不可欠な場合を除き情報機関を批判すべきでない」(リンゼー・グラハム上院議員)とトランプ氏を批判している。
トランプ氏と情報コミュニティの間の亀裂は米国および世界の将来にとって悲劇である。指揮官の状況判断にとって良質な情報は不可欠である。正確な情報を無視するとトランプ次期大統領の状況判断は高い確率で間違うことになろう。
●ロシアの米国大統領選挙介入に関する米国情報コミュニティの報告書
クラッパー国家情報長官が1月6日に発表した「米国大統領選挙におけるロシアの活動と意図」に関する報告書*6は、ロシアの関与を否定し続けてきたトランプ氏の主張を完全に否定するもので、トランプ氏もしぶしぶロシアの介入を認めざるを得なかった。
米国の情報コミュニティの報告書の主要点は以下の通りであり、トランプ氏の過去の主張がいかに間違っていたかを証明している。
・ロシアの選挙への介入の意図は、米国主導の民主主義的秩序を傷つけることである。
・ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が米大統領選挙に介入し影響を与える作戦を指示したと判断する。
・ロシアによる米大統領選挙への介入は規模や多様な手段(筆者注:ハッキングや虚偽ニュースの拡散など)で前例のないものであった。
・攻撃の狙いについては、米国の民主的プロセスの信用を貶め、ヒラリー・クリントン氏を中傷し、大統領に当選する可能性を小さくすることだった。
・トランプ氏の当選する確率を高めようとした。
・ロシア軍参謀本部情報局(GRU)がハッキングで民主党全国委員会や民主党幹部らの文書等を入手し、ウィキリークスに与えた。
・同盟国(筆者注:特に今年重要な選挙が多い欧州諸国)も同様の危険にさらされる危険性がある
この報告を受けたトランプ氏は、「大統領選挙期間中のサイバー攻撃は選挙結果に全く何の影響も及ぼさなかった」と事実に反する内容をツイートした。
しかし、報告書は単に、選挙結果に及ぼした影響に関しての分析を避けただけであり、「サイバー攻撃は、選挙結果に全く何の影響も及ぼさなかった」というのはトランプ氏の捏造である。
●トランプ氏に関する不名誉情報の流出
ロシアがトランプ氏の不名誉な個人情報や財務情報を入手した疑いが出てきた。この情報の出典は、英国の情報局秘密情報部(MI6)の元情報員が書いたとされる報告書だ。
この報告書をニュースメディアのバズフィード(BuzzFeed)が公開している。そこには次のような記述がある。
「ロシアが西側同盟の弱化を狙って、プーチン大統領の承認のもと、5年以上トランプ氏を支援してきた」
「トランプ氏は、クレムリンから民主党やその他の政治的ライバルたちの情報をもらっていた」
「ロシア連邦保安庁(FSB)がトランプ氏を脅迫できる情報を持っていた。その情報にはトランプ氏のロシア滞在中における女性とのセックス情報も含まれている」
このBuzzFeedの報告書についてトランプ氏は、「情報は虚偽ニュースであり、政治的な魔女狩りだ」だと激しく反論し、「米国の情報機関がこの情報を漏えいした」と批判の矛先を米国の情報コミュニティにも向けたが、クラッパー長官は否定している。
さらにトランプ氏は記者会見において、CNNなどのマスコミにも怒りをぶつけ、マスコミとの関係も悪化させてしまった。
*6= Intelligence Community、“Assessing Russian Activities and Intentions in Recent US Elections”
●第2のウォーターゲート事件になる可能性も
ブルッキング研究所のシニア・フェローであるダニエル・ベンジャミン氏は、「いかなる大統領であろうと、情報コミュニティとの良好な関係なくして外交政策は成功しない」と指摘し、情報コミュニティを批判し続けるトランプ氏を諌めている*7。
両者の関係をさらに悪化させると、情報コミュニティの士気を低下させ、最も優秀な者は去り、大統領のために働きたいと思う者がいなくなり、情報を漏洩し不正を告発する者(whistleblower)が出てくるだろう。
情報コミュニティに対する過剰な批判は、トランプ氏自身を傷つけ、後々まで大きな悪影響を与える可能性がある。
トランプ氏のロシアとの不適切な関係は、第2のウォーターゲート事件に発展する可能性がある。ウォーターゲート事件は、1972年の民主党本部への盗聴侵入事件に端を発し、情報コミュニティとマスコミの両方を敵に回したリチャード・ニクソン大統領が退任せざるを得なかった事件である。
トランプ氏のロシアとの密接な関係や情報コミュニティとマスコミとの対立関係は、当時と同じ様な構図であるとも言える。
長官候補の上院公聴会などでの発言
トランプ氏が問題のツイートを連発している間に、彼が指名した国防長官候補や国務長官候補、CIA長官候補は、議会の公聴会で極めて適切な主張(トランプ氏の主張とは真逆な主張)を展開した。
国家の最高司令官(Commander in Chief)としての資質のなさを露呈する次期大統領と優秀な参謀の違いが明確になってきている。
トランプ政権内における意見の不一致が1月20日以降の政権運営にいかなる影響を及ぼすかが注目される。以下は、主要な候補の主張の要約である。
●国防長官候補ジェームス・マティス元中央軍司令官
国防長官に指名されたジェームス・マティス元大将は、米上院と下院の軍事委員会の公聴会で議員の質問に適切に答えた。
共和党議員はマティス氏の44年間の軍歴を高く評価し、民主党議員もマティス氏にトランプ次期大統領に対するチェック役を期待するなど評判は良く、上院は81対17の圧倒的多数でマティスを支持した。以下は彼の発言の要点である。
・我々は、プーチン対処の現実を認識することが最も重要である。プーチンは、NATO(北大西洋条約機構)を破壊しようとしている。
・ロシアは米国の戦略的な競争者であることを選び、鍵となる重要な分野で敵である。
・ロシア人とはつき合うが、ロシアと対決しなければいけない分野が増えている。
・NATOにおける米国の役割を擁護し、ロシアに対する抑止力としてバルト3国への永久的な米軍の配置を支持する。
・中国は、アジア諸国との信頼をずたずたにしている。中国は、米国の国益に反する行動をする可能性がある。
・イラン核合意は不完全ではあるが、その放棄を求めない。
●国務長官候補レックス・ティラーソン元エクソンモービルCEO
・日本、韓国、サウジアラビアが核兵器を保有することを望まない。
・南シナ海の人工島に中国がアクセスできないようにする必要がある。
・南シナ海における中国の行動はロシアのクリミアでの行動と似ている。事態に適切に対処してこなかったから、南シナ海で中国が許容範囲外の行動をとる結果になった。
・ウクライナの同意がない限り、ロシアのクリミア併合を認めない。
・TPP、イラン核合意、気候変動に関する合意を支持する。
●CIA長官候補マイク・ポンペオ共和党下院議員(元陸軍将校)
・情報コミュニティの報告書を受け入れ、プーチン大統領が米国大統領選挙に介入したことを認める。
・トランプ氏のロシアとの関係に関する調査において、事実を追求する。
・ロシアは、世界中で攻撃的に自己主張を再開している。澄んだ目でモスクワを見てきたし、今後も同じだ。
結言
多くの人が主張するようにトランプ氏のツイッターによる情報発信は、米国にとっても世界にとっても大きな不安定要因になっている。彼が次に何をツイートするかは多くの人を不安にさせているが、彼は大統領就任後もツイッターを使い続けるであろう。
また、彼のプーチン大統領とロシアに対する異常な支持は彼の主要なスタッフや米国の情報コミュニティの認識とは真逆である。トランプ政権が本格的に始動すると、政権内の意見の不一致が表面化するであろう。
最も影響力のある国家の最高司令官が米国のみならず世界の安定にとっての最大のリスクになっている現実にはため息が出る。
トランプ氏のカウンターバランスとしての議会、司法、優秀な閣僚、マスコミに期待せざるを得ないが、2017年以降の世界が2016年以上に不安定になることを覚悟せざるを得ないであろう。
*7=Daniel Benjamin、“How Trump’s Attacks on U.S. Intelligence Will Come Bak to Haunt Him”、Brookings FP
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48943
トランプの「防衛費増額」要求はこうして突っぱねよ
アメリカ軍も日本駐留で莫大な利益を得ている
2017.1.26(木) 北村 淳
嘉手納基地からネパールに向かう米海兵隊員ら
沖縄県の米軍嘉手納基地から大地震に見舞われたネパールに向かうため米軍の小型ジェット機セスナ・サイテーションウルトラに乗り込む米海兵隊員たち。米海兵隊提供(資料写真、2015年5月4日撮影・提供)。(c)AFP/HANDOUT/US MARINE CORPS/Lance Cpl. Makenzie Fallon〔AFPBB News〕
トランプ新大統領は就任演説で「私たちは古くからの同盟を強化し、新たな同盟を構築する」と述べた。そして、安倍首相はトランプ大統領への祝辞メッセージの中で、「日本とアメリカの同盟の絆をいっそう強化していきたい」と伝えた。
トランプ大統領も安倍首相も「同盟を強化する」と述べている。だが、両者が口にした「同盟を強化する」という表現の内容が果たして似通ったものなのか、それとも似て非なるものなのかは大きな問題である。
同盟はギブ・アンド・テイクの契約
いかなる国家間の軍事同盟においても、当事国は同盟を結ぶことが自国の国益、とりわけ国防戦略上の利益になることを期待して同盟関係を構築する。
それぞれの同盟国は、自国の国防戦略に必要な国防システムの弱点あるいは強化したい点を補強するために、同盟相手国が提供する条件を期待するのである。この事情は相手国にとっても変わらない。その意味で、それぞれの同盟国は相手国とギブ・アンド・テイクの関係に立脚しているわけである。
日米同盟に即していうならば、日本は世界最大の軍事大国であるアメリカから核抑止力の提供を受けるとともに、有事の際には、敵地を攻撃したり遠洋でのシーレーンを防衛したり水陸両用作戦を実施したりするといった自衛隊に不足している各種戦闘力を提供してもらう権利を有している。そして、その対価として在日米軍に土地やインフラサービスそれに諸必要経費などを提供する義務を負う。
反対にアメリカは、日本から在日米軍に対する土地やインフラサービスそれに諸必要経費などの提供を受ける権利を有し、その対価として核抑止力ならびに各種戦闘力を提供する義務を負っている。
日本もアメリカも、そのような同盟条約という契約上のギブ・アンド・テイクから互いになんらかの国益を手にしているのである。
日米同盟の構造
水陸両用戦力の配備、日米にとってのメリットは
具体的な例を挙げよう。
日本にアメリカの水陸両用戦力(アメリカ海兵隊第3海兵遠征軍ならびにアメリカ海軍第11水陸両用戦隊)が配備されていることによって、日本は自衛隊が保持していない本格的な水陸両用戦能力を有事の際には提供してもらえることを期待できる。その見返りとして、日本は沖縄や岩国の基地や沖縄や富士山麓の演習場などを海兵隊に提供し、佐世保軍港や沖縄ホワイトビーチなどを米海軍に提供している。
一方のアメリカは、有事の際にそれらの戦力を日本に展開し、各種防衛作戦に従事したり、大規模災害の際にはトモダチ作戦に見られるように水陸両用戦力を展開して日本を支援する。その見返りとして、アメリカ側は水陸両用戦力をアメリカ本土から太平洋を隔てた日本各地に安心して前方展開させておくことができるのである。
アメリカはこうして水陸両用戦力の前方展開態勢を確保することにより、東北アジア、東南アジア、南アジアから中東地域での戦闘から人道支援・災害救援活動まで、幅広い各種軍事行動に迅速に対応することができる。ひいてはこれらの地域に対するアメリカの国益の維持・伸長を図ることができるというわけだ。
損得勘定を弾くビジネスマンのトランプ氏
ここで問題となるのが、「アメリカが水陸両用戦力を日本に常駐させていることは日米どちらにとってメリットが大きいのか?」という条約上の損得勘定である。
(もちろん、日米安保条約によって日本に展開しているのは水陸両用戦力だけではなく、空母打撃群やその他の艦艇それに空軍戦闘機部隊や各種補給航空部隊など枚挙にいとまがない。したがって、水陸両用戦力だけで条約上の損得勘定はできず、以下はきわめて部分的な比較に過ぎない。)
大統領選挙期間中、トランプ大統領は「日本は米軍駐留費を全額負担すべきだ」と口にした。その論理は、アメリカが提供している水陸両用戦力の評価額に比べると、日本が提供している基地・訓練場をはじめとする土地、電気ガスなどのインフラ設備やその費用、基地内の従業員の人件費をはじめとする各種経費などを総合した評価額のほうが安い、という判断に基づいている。
日米同盟における基地問題に関して、ビジネスマンのトランプ大統領にペンタゴン側がブリーフィングする際、最も説得力があるのはこの種の同盟上のバランスシートの論法であろう。
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/9/1/420/img_9123a3f1d54b51b34003bd0b641a24e156622.jpg
莫大な金銭的利益を得ているアメリカ
アメリカから「我々(アメリカ側)の負担の方がはるかに大きい」という主張が飛び出してくるのも、うなずけなくはない。
少なからぬ米海軍や海兵隊関係者たちから、「もし日本が自分たちで第3海兵遠征軍ならびに第11水陸両用戦隊に相当する水陸両用戦力を自ら保持することになった場合、どれほどの国防予算が必要になるのか日本側は認識しているのだろうか?」という声をしばしば聞くことがある。
確かにその場合、主要な装備だけを考えても、自衛隊は最低でも強襲揚陸艦1隻、揚陸輸送艦2隻、揚陸指揮艦1隻、強襲揚陸艦に搭載する各種戦闘攻撃機60機以上、オスプレイ20機以上、重輸送ヘリコプター20機以上、攻撃ヘリコプター20機以上、水陸両用強襲車60輛以上、軽装甲車両60輛以上・・・と莫大な国防予算を投じる必要が生じる。それらの維持修理にも、やはり巨額の国防予算が必要になる。加えて、2万名以上にのぼる海兵隊員と海軍将兵も必要になる。このように、アメリカは水陸両用戦力の構築と維持に莫大な費用をかけているのだ。
ただし、アメリカにとってのメリットも巨大と言ってよい。水陸両用戦力(海軍・海兵隊)に限らず、空母打撃群(海軍)や戦略輸送軍(空軍)などにとっては、アメリカ西海岸から8000〜10000キロメートルも隔たった日本各地に前方展開拠点を確保できる戦略価値は莫大である。
また、多くの海兵隊や海軍将校たちが「文化水準が高い日本への駐留は、軍人にとっても家族にとっても最高」と語っているように、アメリカ軍が日本駐留によって得られる恩恵を金銭価値に評価すると、極めて巨額にのぼるものと考えられる。
軍事戦略面からみても、アメリカは日本に各種基地を確保することで莫大な金銭的利益を得ている。もし、日本に海兵隊基地、空軍基地、軍港を確保できない場合、アメリカ軍が東アジアから南アジアに前方展開態勢を維持するには、空母打撃群を少なくとも2セットは増加させなければならない。強襲揚陸艦を中心とする水陸両用即応部隊も2セットは増加させる必要がある。また、大型輸送機や爆撃機の運用にも深刻な支障が生ずることになる。日米同盟のおかげで、アメリカは空母打撃群や水陸両用即応部隊の建造費・維持費を節約することができているのだ。
日本からもバランスシートを提示せよ
トランプ政権は「日米同盟強化」の施策として、上記の強襲揚陸艦や戦闘攻撃機など金銭価値で評価しやすいアメリカ軍の戦力が日本の提供している“負担”よりも高額であると言い立てて、日本側にさらなる資金提供を迫るであろう。
日本政府は、そのような要求に唯々諾々と従う必要はない。アメリカ側が日本駐留から得ている戦略的価値を金銭的に見積もり、双方のバランスシートをトランプ大統領に示すところから、日米同盟強化に関する交渉をスタートさせるべきである。そうでないと、「日米同盟の強化」の名の下に日本国民の血税をアメリカに吸い上げられてしまうことになりかねない。
[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48999
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