●シリアには外国は介入すべきではないという主張の根拠は、近代になって欧米で成立した政治理念である「主権国家論」である。この「主権国家論」では、各国が個別に自己武装することを許すので、各国の主権は守られやすいのだが、一方では、各国の軍が他国を疑心暗鬼しながら対峙する関係が続くので、戦争が起きやすい。そこで、戦争を防ぐために国連のような国家を超えた国際組織が結成された。 おそらく将来は、この「主権国家論」も放棄され、世界政府=世界共和国が創られると思うが、その前には、アジアでもEUのような国家を超えた「アジア共同体」が創られるだろう。 なぜなら、世界政府の元で、世界が一つのルールで統御される統一市場になることが、現在の世界を支配する<巨大資本>の意思でもあるからだ。<巨大資本>には祖国などない。だから、<巨大資本>は世界中の租税回避地を利用して税金さえも払わずに、ただひたすら蓄財に励むのである。 ●現在のアジアの民衆は欧米製とは言え、この主権国家論を受け入れていることは間違いない。また、この主権国家論は、現在のイスラム諸国政府は、おおむね認めているのも間違いない。 しかし、イスラム諸国には専制政治の国が多いので、各国のイスラム教宗教界や、イスラム教徒の民衆までもが主権国家論を認めているのかどうかは不明である。 というのは、イスラム教には、全てのイスラム教徒が参加するイスラム教徒の共同体=ウンマの建設という理想があるからだ。だから、イスラム世界が主権国家論を承認するということは、イスラム教のウンマの建設という理想に抵触すること、矛盾することになるからである。 これが、ISやアルカイダのような武装集団には、傭兵や犯罪者ばかりではなく、イスラム世界のエリートたちも、大挙して参加する理由である。 ●現在のイスラム諸国政府はウンマ建設に消極的である。なぜなら、ウンマが創設されると、現在保持している権力を失うからだ。しかし、イスラム世界のエリートも含めて、熱心なイスラム教徒はウンマ建設を希求している。それがイスラム教の教義であるからだ。 しかし、何といっても18世紀半ば頃から、事実上のウンマだったオスマン帝国が衰退→崩壊し、その後、イスラム世界は欧米の侵略に晒され続けていることが動機としては大きいだろう。 彼らは、侵略国家イスラエルのような存在まで造られてしまったので、欧米に対抗するには、かつてのオスマン帝国のような巨大なイスラム教徒の統一国家を建設するしかないと考えているのだろう。 ●とはいえ、現在のイスラム世界には、トルコやインドネシア、シリア、イラク、エジプトなどのような世俗主義のイスラム教徒が多い国もあるし、国民意識=民族主義も育っている。また、少数だがイスラム以外の人々もいる。 現在のイスラム世界の人々の帰属意識=アイデンティティーは、血縁や民族、人種を超えたイスラム教徒であるということと、それぞれの国の国民、あるいはアラブ系やトルコ系、クルド系、ペルシャ系といった民族の一員ということとの間で、激しく揺れている。 また、イスラム教徒はシーア派とスンニ派の対立だけでなく、スンニ派もアッラー以外の聖者崇拝を認める同胞団のようなスーフィズム派と、サウジに多いサラフィー主義=ワッハーブ派、それに、レバノンのドゥルーズ派やリビアのサヌーシー教団のような各地の土着的なイスラム教徒に分裂しているので容易ではない。 ●しかし、全ての人はイスラム教徒であるアダムの子だから、全人類は潜在的なイスラム教徒と見なすイスラム教は、イスラム教徒が国家や民族、人種の壁を越えて大同団結することを信者に強く求める宗教である。 だから、イスラム共同体=ウンマの建設は、イスラム教の核心的教義なので、ISやアルカイダのような武装集団を武力で消滅させることは不可能であり、イスラム世界各国の政府がより強く団結して、イスラム教徒の統一国家建設を目指して本気で協議を始めない限り、彼らは武装闘争を止めないだろう。 ★イスラム世界も「主権国家論」を認めるべきというのは、日本や欧米のような国民国家化し、宗教が弱体化した近代社会の良識=コモンセンスに過ぎないのであり、肝心の「主権国家論」にも、各国が勝手に武装して対峙するので、戦争が起きやすいという重大な欠陥がある。 ★明確なのは、イスラム世界以外の欧米諸国やロシア、中国、日本などは、イスラム世界の出来事を批判するだけなら良いが、これまでのように、武器を供給したり、軍事介入することはすべきでない。 ★なぜなら、それで一時的に平和になっても、相互に敵対する勢力を外国勢力の手先とか宣伝して憎悪を増幅し、対立を激化させてしまうからである。基本的に、イスラム世界のことはイスラム世界にまかせ、和平の仲介や難民の救助だけすべきである。
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