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南シナ海のスカボロー礁沖で活動する中国の監視船の写真(フィリピン外務省が公開、資料写真)。(c)AFP/DFA/PN〔AFPBB News〕
パールハーバー並みに大きかった中国の人工島基地 オバマ政権が考えている以上に中国軍のA2/AD能力は強力
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47991
2016.9.29 北村 淳 JBpress
「南シナ海の大部分が中国の“主権的領域”である」とする「九段線」(本コラム2016年7月21日「仲裁裁判所の裁定に反撃する中国の『情報戦』の中身」参照)は、ハーグの国際仲裁裁判所によって「国際法的には認められない」と裁定された。だが、この裁定によって、ますます国際的にその名が浸透してしまっている感が否めない。
■一笑に伏せなくなった“怪地図”
中国では南シナ海の九段線にとどまらず太平洋の広大な海域をも中国の“主権的領域”であるとする境界線が引かれた世界地図が出回っているという。この世界地図が実際に中国国内でどの程度浸透しているかは分からない。しかし、インターネットを通して国際社会に向けて発信されていることは確かである。
この種の“怪地図”はこれまでにも繰り返し登場しており、かつては米軍やシンクタンクの中国専門家たちの多くはまともに相手にしなかった。しかしながら、今回は少なからぬ人々が問題視しており、議論が続いている。
差し当たって中国の覇権がこの地図の通り実現するとは考えられていないものの、「中国の戯言」として一笑に付している段階は過ぎ去ったと考えねばならなくなった。
■人工島の軍事的価値を軽視する“主流派”陣営
もっとも、現在進行中の中国による南シナ海(九段線内部領域)での覇権確保作業に関しても、対中専門家たちの間での評価、そして対応構想が一致しているわけではない。
どちらかというとオバマ政権に近い軍首脳や“大手”シンクタンクの論調などの多くは、中国が完成を急いでいる南沙諸島人工島基地群を含めて人民解放軍の南シナ海覇権確立能力に関して、「空母打撃群を擁する米海洋戦力にとって、まだ必要以上に脅威論を振りかざす必要はない」といったスタンスである。
これに対して、直接中国戦力と対峙する責を負っている第一線に近い戦略家や、より柔軟な戦略眼を持つ(これまでの戦略に拘泥しない)研究者などの多くは、アメリカ軍の介入に対抗すべく構築された中国A2/AD能力(接近阻止領域拒否戦略とそれを実施するための海洋戦力)は「巷で思われているよりも、より強力で効果的である」と考えている。
このような中国A2/AD能力に対する評価の違いに加えて、中国人民解放軍に対する基本的スタンスも「関与(取り込み)」政策と「抑制(封じ込め)」政策とに分かれている。そのため、対中戦略の基本方針はますます混沌としている。
オバマ政権下では“主流”ともいえる関与陣営が、過度な脅威論に慎重な姿勢をとるのは論理的に自然である。一方の抑制陣営が、中国のA2/AD能力を重大なる脅威であり、ますます脅威が増大しつつあると認識する傾向が強いのは言うまでもない。
ただし、人民解放軍のA2/AD能力に対する評価軸と対中軍事政策に関する基本姿勢軸は単純には一致していないため、話はますます複雑になっているのだ。
複雑な対中軍事戦略の立場
■思われているより巨大な人工島基地
中国が巨費を投じて南沙諸島に建設した7つの人工島のうち、ファイアリークロス礁、ミスチーフ礁、スービ礁に3000メートル級滑走路が姿を現したことは本コラムでもたびたび紹介した。ただし、それらの環礁を埋め立てた人工島や滑走路の航空写真を見ただけでは「洋上に浮かぶちっぽけな航空基地に過ぎないではないか」との声が上がりかねない。
対中戦略研究者としてそのような受け止め方に強く警鐘を鳴らす米海軍将校のトーマス・シュガート氏は、興味深い写真をインターネットで公開した。それによると、ファイアリークロス礁に誕生した“航空基地”は、たとえば中国空軍の遂渓航空基地(第2戦闘機師団第六航空連隊、スホイ27/J-11を保有する)の規模に匹敵する面積である。すなわち、“ちっぽけな”と考えられがちな人工島航空基地には、航空連隊(航空団)1個部隊が常駐可能なのである。
縮尺を同じくしたファイアリークロス礁と遂渓航空基地(シュガート氏作成)
ということは、南沙諸島に航空連隊3個部隊が展開可能ということになる。そして、それらの人工島航空基地には爆撃機や大型輸送機までもが発着できる。さらに、滑走路を有する3つの人工島にはもちろんのこと、7つすべての人工島には、高性能レーダーシステム、地対艦ミサイル、地対空ミサイルそれに対地攻撃巡航ミサイルや弾道ミサイルまでもが配備可能である。そのため、人民解放軍はアメリカ海軍原子力空母よりも強力な航空戦力を南シナ海洋上に展開できることになるのだ。
■役に立たないどころかきわめて強力な人工島基地
ただし、空母と違い人工島は移動できない。そこで、「精密攻撃手段が発達した現在、いくら人民解放軍が人工島という固定基地に各種ミサイルを多数配備しても、米軍や同盟軍によるピンポイント攻撃により沈黙させられることになる」といった楽観論がまことしやかに語られている。
しかしながら、人工島基地は意外と広いことを忘れてはならない(再びシュガート氏の比較写真を見れば一目瞭然である)。
たとえば3000メートル級滑走路があるスービ礁には、他の人工島同様に航空施設だけでなく軍艦や輸送船が使用できる港湾施設も併設されている。その広がり(面積ではない)はアメリカ太平洋艦隊の本拠地であるパールハーバーの海軍基地と匹敵する。また、ミスチーフ礁の広がりに至っては、ワシントンDCの主要部がすっぽり収まるくらいの距離がある。
縮尺を同じくしたスービ礁とパールハーバー海軍基地(シュガート氏作成)
南沙諸島人工島に設置される各種ミサイルシステムは、地上移動式発射装置(TEL)から発射される。TELに搭載された地対艦ミサイルや地対空ミサイルは、そのような広がりを持つ人工島内を動き回ることができるのだ。したがって、いくら高性能精密攻撃兵器を有していても、容易に攻撃目標を特定できない。
皮肉なことに、TELを攻撃することがいかに困難な作戦であるのかは、アメリカ軍自身がイラクなどでの実戦経験を通して“実証”している。それゆえ、米軍の動向から多くを学び取っている人民解放軍がTEL発射式の各種ミサイル戦力を充実させているのである。
さらに攻撃側にとって問題なのは、人工島には軍事施設とともに、研究施設や気象測候所、それにホテルやリゾートビーチなどの観光施設も併設されることである。非戦闘員である民間人が滞在する人工島の、それも生来的に攻撃が困難なTELを沈黙させることは、現在アメリカ軍が保有する高性能ピンポイント攻撃兵器といえども不可能に近いのだ。
■敵を見くびった方が負ける
「巷で考えられているより、実は人民解放軍のA2/AD能力は強力と考えねばならない」という事実は、上記のような人工島基地に関して以外にも枚挙にいとまがない。
古来より言われているように「敵を知り、己を知る」を実践しつつ構築されている人民解放軍の南シナ海A2/AD能力(そして東シナ海A2AD能力も)を決して見くびってはならない。古今東西の戦史は、敵を見くびった側が敗北していることを豊富に物語っている。
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