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フィリピン・マニラの中国領事館前で抗議活動をするスカボロー礁を漁場とする漁師たち(2016年7月12日撮影、資料写真)。(c)AFP/TED ALJIBE 〔AFPBB News〕
レッドラインを超えた?中国がスカボロー礁基地化へ アメリカの対応は相変わらず口先だけなのか
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47818
2016.9.8 北村 淳 JBpress
9月2日、フィリピン国防当局は、南シナ海のスカボロー礁周辺海域でフィリピン沿岸警備隊が中国のバージ(平底の荷船)を多数視認したことを報告した。
フィリピンと中国、それに台湾が領有権を争っているスカボロー礁は、現在のところ中国が軍事力を背景に実効支配中である。そのため、バージがどのような作業をしているのかまでは確認していないようである。しかし、中国がいよいよスカボロー礁の人工島化に本格的に着手したことは間違いないと見られる。
かねてよりオバマ大統領は、「中国がスカボロー礁を埋め立てて軍事基地化することは、レッドライン(最後の一線=平和的解決と軍事的解決の境界線)を越えることを意味する」と中国政府に対して強い警告を発してきた。それだけにスカボロー礁周辺での新展開に、米海軍関係者たちは高い関心を寄せている。
マークの付いた場所がスカボロー礁。スービック海軍基地はルソン島の西岸にある(Googleマップ)
■スカボロー礁は“レッドライン”だ
本コラムでも繰り返し取り上げているように、中国は南沙諸島の7つの環礁での埋め立て作業を急ピッチで進め、2年足らずのうちに7つの人工島を建造してしまった。そのうちの3つの人工島には、戦闘機はもちろんのこと爆撃機まで発着可能な3000メートル級滑走路も造り上げた。
そして、それぞれの人工島にはレーダー施設や港湾施設をはじめとする明らかに軍事的設備と思われる様々な建造物も確認されている。まさに南沙諸島中国基地群の誕生である。
(参考記事)
・2014年6月26日「着々と進む人工島の建設、いよいよ南シナ海を手に入れる中国」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/41041)
・2015年3月12日「人工島建設で南シナ海は中国の庭に」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43161)
・2015年6月4日「南シナ海への認識が甘すぎる日本の議論」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43933)
・2015年9月24日「人工島に軍用滑走路出現、南シナ海が中国の手中に」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44833)
・2016年1月14日「中国が人工島に建設した滑走路、爆撃機も使用可能に」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45748)
それに加えて、中国が武力を背景に実効支配を続けるスカボロー礁にも軍事基地が建設されるという情報が流布していた。
アメリカが南沙諸島の7つの人工島以上にスカボロー礁の軍事基地化に神経をとがらせているのは、スカボロー礁と、アメリカがフィリピンでの軍事拠点として再び利用するであろうスービック海軍基地とが、わずか260キロメートル程度しか離れていないからである。
南シナ海での米中軍事対決を想定する場合、南沙諸島の中国人工島基地群がアメリカ軍にとってきわめて大きな障害となることは言うまでもない。そのうえ、スービックに近接しているスカボロー礁に人民解放軍の前進拠点が設置されてしまうと、アメリカ海軍の作戦行動には深刻な脅威が生じてしまう。日本やハワイからスービックへ向かう米艦艇や補給船舶の航路帯の土手っ腹に、匕首(あいくち)が突きつけられる形になってしまうのだ。
■スカボロー礁の埋め立て開始か?
すでに今年の3月に行われたオバマ大統領と習主席による米中首脳会談の席上において、オバマ大統領は「スカボロー礁の軍事化はレッドラインと認識している」との強い姿勢を表明していた。それ以降も、南沙人工島をはじめとする南シナ海問題に触れる際には「スカボロー礁はレッドライン」というアメリカ政府の認識が繰り返し表明されてきた。
今年の7月には、ハーグの国際仲裁裁判所が中国による南シナ海における主権的権利(いわゆる九段線)の主張を退ける裁定を下したが、中国当局はこのような裁定はそもそも無効であり中国としては無視すると公言した。それに関連して、アメリカ政府は再度「スカボロー礁はレッドライン」との警告を発している。
しかしその裁定以降、中国側はこれまで数隻の海警巡視船などを展開させていたスカボロー礁周辺海域に200隻以上の“漁船”と十数隻の海警巡視船や漁業取締船などを送り込み、示威行動を実施している。
そして今回、フィリピン沿岸警備隊が、中国によるスカボロー礁埋め立ての兆候をとうとう確認したのである。
■空手形に終わっている“レッドライン”警告
中国による人工島の建設作業が確認される以前から、少なからぬ米海軍関係者などは、中国の南シナ海支配の目論見に対抗できるような、軍事的圧力をも含んだ強い姿勢を打ち出すべきであると主張していた。
しかし、2015年秋になってようやくオバマ政権が始めた“軍事的圧力”は、「公海自由航行原則維持のための作戦」(FONOP)だけであった。それも、対中強硬派の海軍戦略家たちが提唱していたような、中国側をある程度威嚇するようなFONOPとはほど遠い、南沙諸島や西沙諸島の環礁から12海里以内の海域を駆逐艦や哨戒機がただ通航するだけという中国側に遠慮したFONOPにすぎなかった。
(参考記事)
・2015年10月15日「アメリカの軍艦派遣は打つ手が遅すぎた〜南シナ海の軍事バランスはもはや圧倒的に中国が優位」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44978)
・2015年11月5日「遅すぎた米国『FON作戦』がもたらした副作用」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45163)
・2016年2月4日「それでも日本はアメリカべったりなのか?」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45947)
・2016年5月19日「米軍の南シナ海航行で中国がますます優位になる理由」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46862)
今回、フィリピン当局がスカボロー礁周辺海域で中国のバージを多数視認したという情報に接しても、アメリカ政府は何ら積極的な反応を示していない。
そのため対中強硬派の人々からは、「オバマ政権は『スカボロー礁はレッドライン』と言い続けてきたが、結局はシリア(シリア政府が反政府側を化学兵器で攻撃した事件)やウクライナ(ロシアがウクライナのクリミアを編入した事件)の際にオバマ政権が警告した『レッドライン』と同じく、口先だけに過ぎないことになるのではないか?」との危惧が高まっている。
■米軍は日本の“ちっぽけな岩礁”を守るのか?
日本の政府首脳やメディアの一部には、「尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲内」というアメリカ政府高官などのリップサービスを真に受けて、「中国が尖閣諸島を奪いに来ても、米軍が立ちはだかってくれる」と信じ切って安心している風潮がある。
しかしアメリカ政府は、尖閣諸島への態度よりもさらに強い「レッドライン」という表現をシリアとウクライナに対して用いながら実質的には何もしなかった。そして、スカボロー礁でも、中国の動きを封殺しようとする行動には出ていない。
スカボロー礁と同じく尖閣諸島周辺海域にも、200隻以上の漁船群と10隻以上の海警巡視船や漁業取締船などが出没している。これらの“漁船”の多くは海上民兵であり、海軍特殊部隊も混じっていることは、もはや公然の事実である。
ウクライナ紛争の際にも、ロシアの多数の民兵や特殊部隊がクリミアに潜入していた。そのことを考えると、中国によるスカボロー礁や尖閣諸島に対する“漁船”の投入は、ウクライナの状況とオーバーラップする。
そして、ウクライナでの「レッドライン」でもスカボロー礁の「レッドライン」でも、友軍や友好国や同盟国に対して強力な軍事的支援を行わなかったアメリカ政府が、いまだに「レッドライン」を表明していない東シナ海で、日本の“ちっぽけな岩礁”(アメリカではそう認識されている)を守るために中国軍と対決すると期待するのは、あまりに現実の認識が甘すぎるというものだろう。
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