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※関連参照投稿
「IS最高幹部死亡 米主導の有志連合が空爆と発表:シリアとイラクの「IS騒動」はまもなく幕引き、死人は捜索不要」
http://www.asyura2.com/16/warb18/msg/544.html
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流動化する中東
(下)シリアの混乱、収束みえず
トルコへ波及懸念高まる
池内恵 東京大学准教授
中東の地域秩序の流動化が進む。2011年の反政府運動「アラブの春」が口火を切ったアラブ諸国の国家と社会の動揺が続く。シリア内戦の激化と地域紛争化に伴い、欧州と中東にまたがる地域大国トルコにも影響が及び始めた。
背景には米国の中東での覇権の希薄化がある。オバマ政権の中東から距離を置く政策により広がった力の空白にロシアが入り込み、米国と敵対的だったイランだけでなく、トルコやサウジアラビアなど米国と同盟関係にある国も自律性を高めた。それぞれの国益から各地の地域紛争に関与して紛糾の度を高めている。
そのためシリア、イラク、イエメンなどの内戦・地域紛争の当事者が多元化・多極化し、対立の構図が極めて複雑になり、問題解決の困難度が一段と増している。
現在の中東の混乱は、内側からの要因としては「アラブの春」を発端とする変化が、政権の動揺や退陣にとどまらず、国家機構の溶解へ至ったことで生じている。強権的支配で維持されてきた政権は社会からの異議申し立ての噴出に対して、政治の自由化や多元化で包摂できず、常軌を逸した武力弾圧・人権弾圧で応じるしかなかった。
シリア、イエメン、リビアなどの国民社会は分裂し、民族や宗派、地域主義、地縁・血縁などの原初的つながりを再活性化させて結集する。それぞれが武装し民兵化するとともに、政治的利害の一致や宗教・宗派・民族などの類縁性を頼りに、地域大国や域外大国の支援を引き入れて紛争が過熱している。国家の一体性が大幅に損なわれている。
この状況はシリア内戦で北部の情勢に集約される。北部の最大都市アレッポの中心部は、西部がアサド政権派、東部が反体制派に占拠され、それぞれが各種の民兵集団を繰り出して消耗戦を展開している。アサド政権はロシアから空爆支援を受け大規模な人道的悲劇を生じさせる一方で、イスラム主義系の諸民兵勢力にはその他の反体制派も合流して膠着状態となっている。
アレッポの西南方面のイドリブ付近が反体制派の主要な勢力範囲であり、そこからアレッポ北方のトルコとの国境に至る地帯が物資や人員を補給する回廊となっている。この回廊を、トルコが中心になって支援する反体制派諸派や過激派組織「イスラム国」(IS)、クルド人の民兵組織である人民防衛隊(YPG)、それと連合する諸組織がつくる「シリア民主軍」(SDF)が競って占拠する状態だ。
混乱がトルコにも及びかけていることが危惧される。トルコのエルドアン政権は、アラブ諸国で主要な野党勢力であったイスラム主義組織「ムスリム同胞団」のネットワークに肩入れして失敗した。エジプトでは同胞団出身のモルシ大統領が軍のクーデターで地位を追われ、チュニジアでも穏健なイスラム主義「アンナハダ」主導の内閣が退陣した。シリアでは同胞団系の勢力が、過激派を含む多様な反体制派の中で埋没した。
さらにシリア北部では米国に支援されたクルド人勢力、民主連合党(PYD)が台頭し、自治政府を宣言したことで、トルコ国内で武装組織、クルド労働者党(PKK)の活発化が危惧される。そうした折、トルコを経由してシリアやイラクに武器、人員、資金を投入してきたISへの締め付けを厳しくすると、自爆テロが相次ぐようになった。
不穏な情勢下で7月にはクーデター未遂が勃発し、直後からエルドアン政権は軍・警察・司法を中心に大規模な粛清を進めている。「手負い」の状況でトルコはロシアへの急接近を図り、イランともシリア問題を巡って協議するなど方向転換を図っている。
そして8月24日以降、トルコ軍はシリア内戦勃発後初めて、公にシリアに大規模に地上部隊を侵攻させ、アレッポ北方からトルコ国境に至る「回廊」の要衝ジャラブルスを制圧した。町を占拠していたISはトルコ軍の侵攻に目立った抵抗をみせず、事前に退去したとみられる。
トルコ軍の作戦は「ユーフラテスの盾」と名付けられた。これは作戦の実態を示す。ISとの対峙よりも、クルド人勢力YPGがシリア北東部から勢力を伸長させ、トルコが「踏み越えてはならない一線」としていたユーフラテス河を越えてマンビジュを制圧したことを受け、シリア・トルコ間の回廊を奪われるのを阻止する狙いがあるとみていい。
トルコ政府はシリア北東部のクルド人勢力PYD・YPGを、トルコ国内で反政府武装闘争を繰り広げるPKKと不可分と認定している。一方、米国はPKKについてはトルコと見解が一致するものの、シリアのPYD・YPGについては同盟勢力とみなしている。米国はトルコとクルド勢力への支援を両立させる困難なかじ取りを迫られている。
米ロはシリア内戦を巡って協調を図っているが、シリア内戦は米ロなど域外大国がつくり出したものではない。米ロが「手打ち」をしたとしても、アサド政権は大規模な弾圧を続ける以外に存続の方法がなく、反体制派も投降すれば過酷な扱いを受けると考えるがゆえに抵抗をやめない。
ここでトルコが完全にシリアへの物資、武器、人員の流入を差し止めることはないだろう。ISには対峙する姿勢をみせていくにしても、「シャーム征服戦線」と名称を変えて国際テロ組織アルカイダからの分離を宣言したヌスラ戦線など、その他のイスラム系武装勢力への補給・支援は維持されるだろう。
トルコにとってはトルコ・シリア・イラクにまたがるクルド民族運動を封じ込めることこそが優先課題であり、そのためにロシアやイランにも一時的に接近するだろう。
現地の民兵組織から、地域大国、域外大国までの当事者のすべてが、自らにとって都合の悪い解決策が実施されることを妨げる能力、いわば「拒否権」を持っている。しかしどの当事者も問題を解決する能力を持っていない。
一方、米国はブッシュ政権期の過剰介入の反動で、オバマ政権は中東への関与を極力目立たないよう控えている。ドローン(小型無人機)による局所的攻撃や、隠密裏の特殊部隊による作戦など、米国民の強い反発を招かないように配慮した手法を駆使している。これは米国民に広がる厭戦(えんせん)気分には合致しており、おおむね支持を得ているが、中東諸国の政権は米国の力の実効性とその政策の信頼性への期待を低めた。
次期大統領も基本的な政策を引き継ぐと思われる。ヒラリー・クリントン候補は国務長官時代、シリアへの積極介入に前向きだったが、オバマ大統領をはじめ政権主流派に阻まれたとされる。しかし実際に当選しても、シリア情勢を大きく変えるほどの大規模な地上部隊を派遣しうるとは考えにくい。一方、ドナルド・トランプ候補の政策に関する発言には一貫性や根拠が乏しく予想しにくいが、中東に本腰を入れて取り組む姿勢をこれまではみせていない。
中東各国の政権や体制の安定や、新たな地域秩序がいつどのように定着するのか、予測するのは難しく、近い将来の紛争解決は望みにくい。米国の中東への関心や関与の度合いは今後も引き続き低下していく可能性が高い。一方で、中東にエネルギー資源の多くを依存する日本としては、中東から目をそらして距離を置き続けることが困難な局面がいずれ訪れかねない。
ポイント
○民兵・地域大国・超大国が地域紛争に関与
○トルコはクルド民族運動封じ込めを優先
○次期米大統領も中東介入に慎重な公算大
いけうち・さとし 73年生まれ。東京大院博士課程単位取得退学。専門はイスラム政治思想
[日経新聞9月1日朝刊P.31]
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