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フィリピン・マニラ湾沖で行われた、海上保安庁とフィリピン沿岸警備隊による海賊を想定した日比合同演習の様子(2016年7月13日撮影、資料写真)。(c)AFP/TED ALJIBE〔AFPBB News〕
仲裁裁判所の裁定に反撃する中国の「情報戦」の中身 本格的灯台の設置で人工島の軍事基地化に拍車
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47395
2016.7.21 北村 淳 JBpress
オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が、南シナ海におけるフィリピンと中国の領有権に関する紛争に対して、フィリピン側の申し立てを支持した。
中国による「南シナ海の『九段線』内部は歴史的に見て中国の主権的領域である」という主張は、認めることができないとして退けられた。
また、九段線の考え方をもとにして南沙諸島のいくつかの環礁の低潮高地(満潮時には海面下に水没し、干潮時には海面上に陸地として姿を現す土地)を埋め立てて建設が進められている人工島に関しても、「人工島周辺海域は中国の領海とはなり得ない」と仲裁裁判所は判断した。根拠となったのは、国連海洋法条約にある「本土から12海里以上離れた海域にある低潮高地の周辺は領海とは認められない」という規定である。
もっとも、国連海洋法条約には「海洋の境界画定に関する紛争に関しては、紛争当事国は解決手続きを受け入れないことを宣言することができる」となっており、何らかの拘束力ある解決策が提示されても、国連海洋法条約自体には強制力はない。同様に、仲裁裁判所の裁定に関しても、裁定を当事国に強制する手段は存在しない。
したがって中国政府は、「仲裁裁判所が提示した裁定なるものには拘束力はなく、そもそも無効なものであり、中国は受け入れない」として裁定を無視する姿勢を明らかにしている。
中国の地図に明示されている九段線
■「国際世論は中国の味方」と主張
もちろん「無視する」といっても、中国としては何らかの反撃を開始しなければならない。「中国の九段線の主張は認められない」「中国の人工島は単なる岩礁で領海の基準にはなり得ない」といった裁定が、国際機関によって国際社会に公表されてしまったからだ。
そこで中国は、早速「情報戦」(人民解放軍のいう「輿論戦」)分野での反撃を開始した。例えば、国営メディアをはじめとする英語版メディアは次のように力説する。
フィリピンの主張を公式に支持している政府は、黒幕のアメリカをはじめとして、その片棒を担いでいる日本、それに南シナ海で中国と敵対しているベトナムなどごく少数に限られている。反対に中国の主張を公に支持している政府は枚挙にいとまがない。
このような国際社会の実態は、仲裁裁判所の判断というものがいかに国際常識から乖離した空虚なものであるかを如実に物語っている──。
「中国の立場を多数の国が支持している」ことを主張する人民日報英語版に掲載された資料
■「日本の資料も中国の主張を裏付けている」
それだけではない。中国メディアは、アメリカとともにフィリピンを公に支持している日本の資料をも宣伝材料に使っている
中国メディアは、南京市の歴史学者により発見された日本の資料を、中国側の言い分の正当化のために持ち出した。その資料とは、1937年に日本で発行された『世界の処女地を行く』(信正社)の記述である。
著者である探検家の三好武二氏は、1933年夏に探検隊を率いて南沙諸島を偵察した。その際に、南沙諸島に中国人漁師たちが居住し、漁業や水産加工業それに耕作などを行っていた状況を観察し、漁民たちの生活や家屋の状況などを本書で紹介している。
中国メディアは「日本人が目撃し書き記したこれらの事実は、歴史的に見て南沙諸島が中国の領域であったことを具体的に物語っている。よって、南沙諸島は無主の地であったというフィリピンの主張は事実に反している」と“日本の資料”の価値を高く評価している。
■軍事的優勢を是が非でも確保したい中国
中国が日本の書物まで引っ張り出して仲裁裁判所の裁定に反撃を加えようとしているのは、すでに莫大な費用を投入している南沙諸島人工島建設に、フィリピンやベトナムの抵抗、アメリカの干渉といった現存の障害に、“国際社会の反駁”という新たな障害を加えたくないからである。
中国が人工島を建設している最大の理由は、軍事拠点、すなわち南沙諸島基地群の設置と確保に他ならない。
人民解放軍、中国海警局そして海上民兵などにとっては、南シナ海に突き出した前進拠点である海南島からさらに600〜700海里も南方海域にある人工島基地群という“不沈”拠点を手にすることは、海洋戦力が弱体なフィリピンやマレーシアに対してはもちろんのこと、空母を中心とした遠征部隊を展開させなければならないアメリカに対しても優勢を占める可能性が高くなる。
3カ所の3000メートル級滑走路を有する7つもの人工島からなる海洋基地群を人民解放軍が手にして、本格的に稼働し始めてしまった場合(まもなく確実に手にするのだが)、いくら世界最強の移動海軍基地と自認する空母戦闘群を擁するアメリカ海軍といえども、南シナ海において人民解放軍を威圧することはできなくなってしまう。
米海軍戦略家の中からは、実際に次のように警戒を強める声も聞こえてくる。「南沙諸島人工島基地群は米海軍空母数隻分の戦力に相当する。そのうえ、アメリカ軍は近くても横須賀やグアムから中国の前庭的海域に遠征しなければならない。そうした“距離の不利”を考え合わせれば、万一の場合に人民解放軍が優位に立つことは避けられない」
■民間施設の仮面をかぶった軍事拠点
中国政府は仲裁裁判所の裁定と前後する形で、ミスチーフ礁に建設していた大型灯台が稼働することを公表した。すでに中国はクアテロン礁、ジョンソンサウス礁、スービ礁、ファイアリークロス礁に灯台を開設しており、これで海洋基地群に5つの大型灯台が設置されたことになる。
中国当局は、海難防止のための「AIS」(船舶自動識別システム)を備えた本格的灯台の設置は、南沙諸島周辺海域で操業する漁民だけでなく、世界各国の多くの船舶がひっきりなしに航行している南シナ海の海上交通の安全を確保するためにも有用であり、「大きな国際貢献だ」と自画自賛している。
もちろん、AISは船舶間の衝突の回避をはじめとする航行の安全や海洋環境保全を主な目的として開発されたシステムである。しかし海軍的視点から見ると、AIS設置の目的は「状況把握のため」以外の何物でもない。
南沙諸島の5つの人工島の灯台に設置されたAISによって、南沙諸島周辺の広大な海域を航行するすべての船舶・艦艇(潜航中潜水艦は別だが)の識別と追跡が可能となる。そして、そのような貴重なデータを、人民解放軍、中国海警局、海上民兵、そして特殊部隊偽装漁船が手にして各種作戦を遂行することになるのだ。
施設された灯台は、一見すると非軍事的な、海難防止のための施設であるが、人民解放軍にとっては、アメリカや日本などの艦艇や船舶の動向を掌握することのできる極めて有用な軍事的センサーの役割を担っているのである。
そして、中国は人工島に、灯台だけではなく飛行場や港湾施設、気象観測所や海洋研究所なども建設している。これらの施設は「民間用」の体裁を装っている以上、いくら軍事的価値が高いからといって、有事の際といえどもそう簡単に軍事攻撃に踏み切ることはできない。
■混沌とした国際情勢に助けられた中国
中国当局は、領域紛争当事国や日本、アメリカ以外の、これまで南シナ海問題に積極的な関心を示さなかった諸国に関心が拡大してしまうことを懸念し、上記のように仲裁裁判所の裁定に対する様々な「情報戦」を展開している。
しかし、その裁定がヨーロッパやNATO諸国などで真剣に取り沙汰されたかもしれなかった時期に、またしてもフランスでテロ事件が発生し、さらにトルコではクーデター未遂事件が勃発したため、南シナ海問題どころではなくなってしまった。
同様に、本来ならば仲裁裁判所の裁定を振りかざして、さらなる「FONOP」(航行自由原則維持のための作戦)やそれ以上の強硬的態度に打って出たであろうアメリカも、ただでさえ大統領選挙の年であることに加えて、国内での人種差別問題などが浮上し、それこそ南シナ海での中国の動きなど、米国世論にとっては「どうでもいい」問題となってしまっている。
このように、仲裁裁判所の裁定が中国に圧力をかけるとみられた矢先のヨーロッパやアメリカの情勢は中国の立場を助けてしまい、このままいくと、中国による「情報戦」を勝利に導いてしまいつつあるようである。
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