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北朝鮮、軍優先を転換する“親政クーデター”
混迷する朝鮮半島
資金不足解消のため日本と接触へ
2016年7月4日(月)
重村智計
北朝鮮は、6月29日に行われた最高人民会議(日本の国会に当たる)で憲法を改正して国防委員会を廃止。代わりに国務委員会を設置する「体制転換」を決定した。軍部が主導するこれまでの政治をやめ、金正恩をトップに戴く朝鮮労働党が指導する政治へ変える。金正恩による「親政クーデター」とも言うことができる歴史的な変化である。
金正恩氏が、国務委員会の委員長に就任した(写真:KCNA/新華社/アフロ)
利権と権限を奪われる軍部の不満が高まるだろう。背景には、経済制裁による資金不足がある。在日朝鮮人とともに運用してきた合弁企業を国有化するなどして資金源を確保しようとしているのが現状だ。この状況を打開するには日本から資金を導入するしかない。年末から来春に向け、北朝鮮が日本への接触を試みる可能性が高い。
国防委員会を廃止――軍部が主導する政治の終わり
北朝鮮の報道機関は29日夜に、「国防委員会廃止」ではなく、「国防委員会を国務委員会に改める」と淡々と報じた。金正恩国防委員会第一委員長が、国務委員会委員長に就任したとだけ伝えた。体制の歴史的な大転換であるにもかかわらず、国内の動揺を抑えるために、まったく問題がないかのように報道した。
その意図が、発表文の行間から伝わってくる。
金正恩国務委員長の父である金正日総書記が、軍人と軍部に多くの権限と利権を与える先軍政治を進めた。金正日総書記がトップに立った時、党には金日成時代からの幹部が残っており、思うように機能しないことに同総書記は不満を持っていた。先軍体制の中心機関が、国防委員会だった。だから、国防委員会の廃止は軍部優先政治の終わりを意味する。同時に、軍部優先政治の終了は、父親の業績を否定することを意味する。そうなると、金正恩委員長の指導者としての正統性が失われてしまう。
北朝鮮の政治は、指導者の条件として(1)正統性(2)大義名分(3)偉大な業績――を求める。儒教思想と文化の影響が背景にある。祖父の金日成、父親の金正日と続く血統が(1)正統性の源である。また、この二人が残した革命の偉業と思想を継承することが(2)大義名分になる。このため、最高人民会議の発表文は、金正日総書記の「偉業」を強調し、息子の金正恩委員長が革命偉業と思想を継承している、とあえて強調した。
しかし、父親が推進した「先軍政治」という表現は一切使わず、「軍事優先」との表現を使った。「先軍」と「軍事優先」では何が違うのか。「先軍」は、「軍部と軍人優先」で、彼らに権限を与えるとの意味である。具体的には、軍部と軍人による利権独占を意味する。一方、「軍事優先」の「軍事」は軍の作戦や兵器の調達などを指す。これは、金正恩委員長が進める「並進政策」――「核兵器開発」と「経済政策」推進の二兎を追う――に合致する表現だ。こうした違いがあるにもかかわらず、それでも金正恩委員長は、「軍事優先」を自身の政策としては言及しなかった。
北朝鮮は、5月に開いた労働党大会と今回の最高人民会議を通じて「先軍」と「軍事優先」政策を封印した。金正日時代には頻繁に使われた「先軍政治」の言葉を無視し、金正日総書記が推進したのは「軍事優先政治」であった、と強調した。事実とは異なることをわざわざ強調するところに、金正恩政権が軍部優先体制を変更しようと苦心している様子がうかがえた。「先軍」でなく「軍事優先だった」と、懸命に表現を変更したのだ。
さらに、金正日時代に「軍事優先」は歴史的な成果を上げた、と強調した。これは、成果を上げたので「これで終わりにする」との意味だ。「軍事優先」政治を「発展的解消」すると強調した。ここにも、なかなか苦労していることが見て取れる。
金正恩の新たな側近たち
国防委員会の国務委員会への変更は、当然、人事の変更を伴う。軍の長老であった呉克烈(オ・グンリョル)と李勇武(リ・ヨンム)の二人の国防副委員長が更迭された。国務委員会の副委員長には、崔竜海(チェ・リョンヘ)と朴奉珠(パク・ホンジュ)の党政治局常務委員が任命された。明らかな軍人排除で、党人材の登用である。
呉克烈氏は、軍の元老で金正日総書記の片腕であった。党作戦部の特殊部隊、約6000人を握るとともに、良質の金を算出する金山を資金源として与えられた。この部隊は、最新鋭の武器を揃えた精鋭の親衛隊。最近は3000人に削減されたが、それでも強大な兵力を有していた。金正恩委員長は、この部隊と金山を呉克烈氏から奪ったのだろう。
北朝鮮の軍隊は、抗日戦闘と朝鮮戦争に参加した軍人を英雄視する。解任された呉克烈氏と李勇武氏はそうした軍人で、軍部の反乱を抑える「重石」の働きをしてきた。二人の解任により、軍を絶対的に抑えうる元老がいなくなる。
軍元老の退場と同時に表舞台に登場したのは、金英哲(キム・ヨンチョル)軍事委員(党政治局員、副委員長)である。同氏はもともとは軍人で、特殊部隊を担当する偵察総局長の要職にあった。南北共同事業の開城工業団地を管轄する板門店司令官を務めた経験も持つ。板門店司令官時代の金英哲氏に何度も会談した韓国側の要人は、「ものすごく頭が切れ、人を魅了する話術がある」とその能力を高く評価した。金英哲氏は、偵察総局長に就任してから数年のうちに五段跳びの出世を実現しており、金正恩委員長の側近中の側近と言っていいだろう。
ちなみに金英哲氏と呉克烈・国防副委員長は犬猿の仲と言われている。金英哲氏が偵察総局長時代に、呉克烈氏が握る作戦部の部隊と兵器を奪い取ろうと試みたからだ。これは失敗に終わり、半分しか渡されなかった。
新たに国務委員に任命された李秀勇(リ・スヨン)元外相(党政治局員)と李容浩(リ・ヨンホ)外相(政治局員候補)も新たな側近だ。李秀勇委員は、金正恩委員長がスイスに留学していた時のスイス大使で、留学中の面倒をみた。また、金正日総書記の海外隠し口座の管理人としても知られている。
軍部の反発は必至
李容浩・外相も異例の出世だ。父親のリ・ヨンチョル氏は軍人で、かつて党組織指導部副部長として金正日総書記に使えた。金正恩委員長を後継者に決定する過程では、反対勢力との戦いで重要な役割を果たした。このため、金正恩委員長は李容浩外相の父親について、党大会の場で「党功労者」として言及した。
金正恩委員長は、党大会と最高人民会議を利用して、軍人を権力の中枢から巧みに退け、「党優先」「文民優先」の体制に移行する「親政クーデター」に成功した。社会主義の基本である「党が全てを指導し、軍も政府も従う」という、金日成主席時代の体制に「先祖返り」したわけだ。だが、世界的に失敗した社会主義システムの下で、経済発展や体制維持がうまくいくはずはない。
日朝交渉再開へ
北朝鮮は、なぜ「先軍政治」をやめたのか。それは資金不足に直面しているからだ。最近では、在日朝鮮人との合弁企業を突然国有化した。これは大小合わせて1000社ある。事実上の没収である。北朝鮮の利権は、陸上は陸軍が開発権を握り、海上は海軍が握っていた。石炭はもとより鉄鉱石、希金属、金鉱山などの収入を、指導者と分け合った。この利権が、軍の資金源であり兵器の購入や兵站、ミサイル開発、核開発に使ってきた。
軍部は、金正日時代にその利権を拡大した。このため経済開発には資金が回らない。特に外貨は、軍と金正日総書記が握り、政府や金融機関には回らなかった。朴奉珠・国務副委員長(首相)はかつて、軍の資金を政府に回すよう直訴し、軍幹部から反発を受け更迭された。金正恩委員長はそれを知った上で、朴奉珠氏を国務副委員長(首相)に復帰させたのだから、軍部の反発は強い。
北朝鮮は、外貨不足に悩んでいる。韓国政府が最近実施した調査では、国連が経済制裁を始めて以後、北朝鮮から中国への輸出は40%、海外への武器輸出も80%減少した。北朝鮮の総貿易高の80%以上が中国向けだから大変だ。さらに、毎年100億円もの外貨収入を上げていた開城の工業団地は、韓国政府が閉鎖してしまった。
この金額がいかに大きいかは、次の数字からあきらかだ。韓国の金融機関の推計では、北朝鮮の国内総生産はわずか3兆円、日本の中小県の水準だ。この数字でも大きすぎるとの分析もある。実際には、2兆円以下とも指摘される。
貿易赤字は、毎年約10億ドルだった。中朝貿易が、毎年10億ドル水準の赤字だった。国家予算額は明らかにされないが、韓国金融機関の推計によると、日本円にして7000億円程度と推測されている。一方、北朝鮮の公式為替レートを適用すると70億円程度となる。原油輸入量はわずか毎年50万トンだったが、経済制裁により減少している。
米国は北朝鮮のドル送金を制裁対象にしている。さらに、海外への労働輸出も国連経済制裁の対象にしようとしている。
数字は、北朝鮮経済が大きな資金難に直面している事実を示す。経済発展は、軍部が保有する利権と外貨資金を政府が回収しないことには実現が難しい。ただし、強行すれば、クーデターが起こる危険がある。
北朝鮮のシステムでは、軍部から利権を引き剥がし資金を回収しても、金正恩委員長の財布に入るだけだ。先軍政治を廃止する大手術をしても、普通の国家のように政府が金融、経済システムを管理するのは容易でない。米朝の関係正常化や南北対話の再開が不可能な現在の外交事情では、日朝対話に向かわざるを得なくなる。横田めぐみさんのご両親が孫娘(めぐみさんの娘)と面会した写真が最近公開されたのも日朝対話への環境作り工作とみていいだろう。孫娘との写真が公開されれば、日本国民の雰囲気がなごみ拉致問題への関心が弱まると計算した。
このコラムについて
混迷する朝鮮半島
朝鮮半島の動向から目が離せない。
金正恩政権は、事実上のミサイル実験と見られる「人工衛星打ち上げ」を計画。
この成否は、日本に対する核の脅威を変質させる可能性がある。
金正恩氏の政治基盤の安定にも影響する。
一方、韓国では4月に議会選挙が、12月に大統領選挙が予定されている。
現・李明博大統領は日米と緊密に連携している。
しかし、次期政権が同様とは限らない。
韓国の動きも、北朝鮮の変化も、日本の政治・経済・社会に直接の影響を及ぼす。
その変化をウォッチし、専門家の解説をお送りする。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/230558/070100008
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