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米海軍がフィリピン・ルソン島中部のクラーク空軍基地に配備した電子戦機EA18グラウラー。中国による南シナ海の軍事拠点化の動きをけん制する狙いがあると見られる。米海軍提供(2016年6月5日撮影、16日公開)。(c)AFP/US NAVY/BOBBY J. SIENS〔AFPBB News〕
中国が東シナ海で日本を威嚇する本当の理由 緊張レベル高まる南シナ海情勢、窮地に陥る中国
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47213
2016.7.1 阿部 純一 JBpress
世界は今、英国のEU離脱問題で揺れている。いずれこの問題が、「レファレンダム」(住民投票)という政治的意思決定の手段と意義に関わる形で、香港や台湾に影響が及ぶこともありうるだろう。
それは、広義において、法治社会のあり方をめぐる問題につながる。香港や台湾で住民の意思が問われることになれば、中国の対応が改めて注目されることになるのは明らかだ。
英国政府はレファレンダムの結果を厳粛に受け止めたが、政治民主化を否定する中国政府あるいは共産党指導体制が「民意を問う」こと自体ありえない。とはいえ、例えば台湾のように共産党の統治が及んでいない場所で、かつて陳水扁政権が試みようとして実現しなかった住民投票が本当に実施されて中国に不利な結果が出た場合、中国はどう受け止めるのか。それを無視するのは勝手だが、国際社会の厳しい目を覚悟しなければならない。
■いよいよ常設仲裁裁判所が裁決
そしてまさに今、同様なことが問われようとしている。中国が主張する南シナ海の主権をめぐって、2013年にフィリピンがオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所に提訴した。いよいよその裁決が7月上旬に出される時期を迎え、俄然南シナ海をめぐる情勢が緊迫してきたからだ。
習近平政権は国内で盛んに「法治」を強調してきたが、国際社会における行動準則たる国際法にどう対応するのか。
中国は、例えば国連海洋法条約の「排他的経済水域」の設定基準の曖昧さを突いて、東シナ海の「排他的経済水域」の設定で「中間線」でなく「大陸棚延長論」を主張し、自分に都合のいい部分だけ「つまみ食い」しようとしてきた。だが、南シナ海の事例でそれは通用しそうもない。
常設仲裁裁判所から中国にとって不利な裁決が出されることは広く予想されている。それに対して中国は一切を無視する姿勢を崩していない。常設仲裁裁判所の裁決は強制執行する手立てがない以上、評決そのものに拘束力があるわけではない。
しかし、中国に裁決無視の対応を許せば、南シナ海は「無法地帯」になりかねないことも事実である。
■中国に明白な警告を発したカーター米国防長官
6月18日から20日にかけ、米海軍が南シナ海に隣接するフィリピン東側海域で、「ジョン・ステニス」と「ロナルド・レーガン」の2隻の原子力空母を中核とした海軍戦力を集結させ、中国に米軍の戦闘力を誇示する形で軍事演習を行った。先週は、同じ西太平洋海域で、「ジョン・ステニス」も参加した米・日・印の3カ国演習「マラバール」を行ったばかりであった。
6月18日付けの「ニューヨーク・タイムズ」の記事によれば、空母2隻による演習は予定を前倒しして行われたという。前倒しの理由は何なのか。
6月3日から5日にかけて、シンガポールでアジア安全保障会議、通称「シャングリラ・ダイアローグ」が行われ、アシュトン・カーター米国防長官が6月4日にスピーチを行った。カーター米国防長官はスピーチの中で、南シナ海で人工島建設など拡張主義的行動を取り続ける中国に対し、「不幸にも中国がこうした行動をとり続ければ、自らを孤立させる万里の長城を築いてしまうことになるだろう」と牽制した。また、質疑応答で、中国がスカボロー礁の埋め立てを開始した場合の対応を問われ、「そうならないことを願うが、もしそうなったら米国と地域の諸国がともに行動を起こす結果になり、それは地域の緊張を高めるのみならず、中国を孤立させることになるだろう」と答えた。米国による中国に対する明白な警告である。
これに対し、翌5日に中国代表の孫建国副参謀長(海軍上将)は、米国海軍の「航行の自由作戦(FONOP)」は明白な軍事的挑発であると非難し、フィリピンの常設仲裁裁判所への提訴の不当性を訴え、「我々がトラブルを起こすつもりはないが、トラブルを恐れるものでもない」という強気の発言を繰り出した。
しかし、中国がいくら強弁しようと、南シナ海における人工島建設など、一方的な現状変更を強行し、かつ国際法などの裏付けのない「九段線」をあたかも「海上国境」のごとく主張し続けることで、中国は外交的に「孤立感」を強めてきたことは間違いない。
カーター米国防長官の発言は正鵠を射たものであった。さらに今度は空母2隻を中国の近海で展開するという米海軍の露骨とも言える軍事力の誇示に中国は晒されたわけだ。
中国はオバマ政権の対中慎重姿勢をいいことに、人工島建設に代表される「一方的な現状変更」を継続的に行ってきた。これに対し、米国はそれを阻止するための具体的行動を取りあぐねてきたことも事実である。しかし、常設仲裁裁判所の裁決を機会に、中国の南シナ海における行動に懸念を深める国々を糾合し、国際的な圧力で中国を抑えこもうという米国の意思は証明されたと言っていいだろう。
■中国の南シナ海問題への対処法、ポイントは3つ
ここで問題を整理しておきたい。中国にとって南シナ海問題への対処は、
(1)域外国、特に米国、日本等の干渉排除、
(2)関係国、特にASEAN諸国の分断、
(3)域外国と関係国との連携による中国包囲網の形成阻止、
が重要となる。
(1)については、昨年来、米国による「航行の自由作戦」が展開されると中国はこれに強く抗議し、対抗策として西沙諸島に対空ミサイルを配備するなど、南シナ海の軍事化に拍車をかけつつ、「海軍艦船を南シナ海に入れた米軍への対抗措置だ」として自己正当化を図っている。中国にとって許容できないのは、米軍と連動して日本の海上自衛隊が南シナ海で哨戒活動をすることであろう。
(2)については、中国の“息のかかった”国を味方につけることである。南シナ海で中国と領有権を争っているのはフィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイだ。中国としては領有権争いに加わっていない国々、とりわけ中国の経済援助に依存するラオスやカンボジアを味方につけ、分断を図りつつ、領土問題については中国が優位に立てる二国間交渉に持ち込むことが基本的な戦略となる。カンボジアやラオスなどが中国の主張を支持すれば、「コンセンサス」を重視するASEANとして、中国に厳しい統一見解を出すことは難しくなる。
(3)は、中国にとって最悪のシナリオを回避することであり、これは(2)を成功裏に進めることによって可能となるように見える。しかし、米国とベトナムの関係改善による武器供与の解禁や、米国とフィリピンとの軍事協力の進展、さらには日本とフィリピンやベトナムとの海上警察行動における協力などによって、事実上の「対中包囲網」が形成されつつあると言える。ただし、フィリピンの次期大統領に就任予定のドゥテルテ氏は嫌米親中とされており、今後のフィリピンの「立ち位置」が問われることとなる。
■東シナ海での領海侵犯は南シナ海から注意をそらせるため
こうした状況のもとで、6月14日、中国雲南省玉渓で中国の主催によるASEAN・中国特別外相会議が開催された。
南シナ海における領有権問題をめぐる常設仲裁裁判所の判断が近く示される見通しの中での開催である。この会議が注目されたのはいわば当然のことであった。
しかし、会議の結末は唖然とさせるものだった。ASEAN側の複数の外相が中国に対し「深刻な懸念」を訴えた(バラクリシュナン・シンガポール外相)ものの、結局ASEAN側の共同声明は取り下げられ、中国・ASEANの共同記者会見もキャンセルされたのだ。
この結末から垣間見えるのは、ASEAN側が「対中懸念」で結束しそうなところを中国が圧力をかけて反故にした構図である。領土問題では当事者ではないシンガポールやインドネシアなどのASEANのメンバーにしても、中国の「仲裁裁判そのものが無効」という姿勢に対して議論が紛糾したことが窺える。
現状から言えることは、中国は、(1)の域外国による南シナ海への関与を有効に封じ込めることに失敗し、(2)についてのASEAN諸国間の分断も、現状では「かろうじて」凌いでいるレベルであろう。
そうなれば、(3)の対中包囲網をいかに防ぐかが中国にとって課題となる。中国海軍戦闘艦の尖閣諸島の接続水域への侵入や、中国海軍情報収集艦のトカラ海峡での領海侵犯事例は、今後の海上自衛隊艦艇の南シナ海での哨戒活動を阻止すべく、東シナ海、南西諸島など日本周辺海域に注意を集めさせる(踏みとどまらせる)ための「陽動作戦」と解釈することもできよう。
尖閣諸島海域に中国海軍の戦闘艦が侵入した事案は、もちろんこれまでの緊張レベルが一段上がったことを意味するわけで、今後は海上保安庁と海上自衛隊とのより一層の緊密な連携をもって対処せねばならないだろう。ただし、中国が海軍情報収集艦の領海侵犯について「無害航行」を主張し、「航行の自由」に言及したことは、今後、海上自衛隊が南シナ海を航行するときにも同じことを言えることになる(中国は排他的経済水域での他国海軍艦船の航行については事前の承認を求めている。すなわちダブルスタンダードである)。また、米海軍同様に「航行の自由」を標榜することによって日中の対等をアピールすることもできる。問われるのは、日本政府の「中国を刺激したくない」という消極姿勢であろう。
中国は南シナ海問題で、はっきり言えば「窮地」に陥っている。尖閣諸島など東シナ海に手を出したのは、関心をそらせるためである。フィリピン次期大統領という不確定要素はあるものの、中国包囲網の形成は着実に進展していると言ってよいだろう。窮地に陥った中国が今後どのような手を打つのか、予断を許さない。
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