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米海軍大学で行われた第1次世界大戦中のユトランド沖海戦を再現する演習。中央は図上演習部の上級軍事アナリスト、ピーター・A・ペレグリーノ氏(2016年5月10日撮影、資料写真、出所:米海軍大学)
中国「三戦」に対抗する米海軍の頭脳戦 戦わずして勝つ〜米海軍大学が進める3つのシーパワーとは
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47168
2016.6.28 下平 拓哉 JBpress
中国の南シナ海における岩礁埋め立てや軍事拠点化に代表される、力による現状変更や国際的な規範無視が顕著である。それとともに、中国は“アジアの安全はアジアの人々が守る”とした「新安全保障観」や、海路と陸路の経済の活性化を図る「一帯一路」といったスローガンを掲げ、アジア太平洋地域における主導的立場を採ろうとしている。
2011年11月、米国は、中国の軍事的能力の向上と軍事的行動の拡大を踏まえて、「リバランス」政策を掲げ、アジア太平洋地域をその最優先事項の1つとした。厳しい財政事情下にある米国は、すでに世界の警察官とはなり得ないとは言え、依然として、同地域に大きな影響力を及ぼす主導的立場にあることは間違いない。
このように、現在のアジア太平洋地域は、地域秩序を揺るがす挑戦がなされ、これはまさに「火が立たない戦争」と形容することができよう。この平素からの戦いという視点から想起されるのが、中国特有の戦争形態である「三戦」である。
「三戦」とは、国内外の世論に訴える「世論戦」、相手の心を揺さぶる「心理戦」、行動の正当性を主張する「法律戦」からなり、2003年の『中国人民解放軍政治工作条例』により、人民解放軍の任務として加えられている。
「三戦」を通じ、中国の考えが国際社会に浸透、拡散していく影響力は計り知れないものであり、特に、南シナ海や東シナ海等の海洋における影響力の行使が顕著である。特徴的なことは、軍事的行動が活発化、広域化し、それとともに高圧的な主張が伴っていることである。中国は、「三戦」を駆使してアジア太平洋地域における主導的立場を確保しようとしており、つまり、主張しつつ行動するのが「三戦」の実態と考えられる。
ロード・アイランド州ニューポートにある米海軍大学(U.S. Naval War College)。創立は1884年
このような中国の海洋における主張と行動に対し、米海軍は「航行の自由作戦」やASEAN諸国との連携などによって影響力の行使を維持し続けている。その米海軍を強力に支えているのが、「米海軍大学」である(上の写真)。
(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の写真をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47168)
米海軍トップのリチャードソン(John M. Richardson)海軍作戦部長は就任後3週間を待たずして米海軍大学を訪れ、1884年の創立以来、米海軍大学が米海軍の知的基盤であることを強調した。これは、米海軍大学の特別な位置づけと、米海軍がいかに米海軍大学に信頼を置いているかを示す出来事であった。
実際に米海軍大学は、長きにわたって米海軍の戦略構築に大きな影響を与え、とりわけアジア太平洋地域の平和と安定に長く寄与してきた実績がある。それでは、中国の主張と行動に対して、米海軍大学はどのようなシーパワーを行使しているのであろうか。
■図上演習が生み出す3つのシーパワー
世界最強の米海軍を支える米海軍大学と言えば、『海上権力史論』で名を馳せたシーパワーの権威、A.H.マハン(Alfred Thayer Mahan)が教鞭を執っていたことでつとに知られている。
米海軍大学の最大の特徴は、130年以上の長きにわたって、「シーパワーをいかに行使するか」を問い続けてきた図上演習にある。太平洋戦争が、米海軍大学における図上演習を踏まえて作られた対日戦争計画「オレンジ計画」とほぼ同じような作戦展開がなされたという実績を尊重し、現在も年間50回もの様々な図上演習が繰り返されている。
米海軍大学の図上演習生みの親であるW.マッカーシー.リトル(William McCarty Little) 大尉に次ぐ永続勤務を誇る現在の図上演習部長のデラボルペ (David DellaVolpe) 教授は、過去の膨大な教訓から、作戦を成功に導く大きな鍵は、「コンセプト、図上演習、訓練、実際」のステップにあることを強調している。
つまり、図上演習が生み出すシーパワーとは、研究を通じて、コンセプトを作り出し、それを発信し、そのコンセプトに基づく図上演習を繰り返すことにより、徹底的な検証を行う。そして、最後に艦隊レベルの実動訓練を実施しなければ、実際の作戦はできないという考えに基づく影響力の行使と言える。この発信力、検証力、訓練力という3つのシーパワーを通じて平素から影響力を行使することは、まさに中国の「三戦」に対する「頭脳戦」である。
主張と行動からなる中国の「三戦」に対して、米海軍大学の3つのシーパワーとは、次の3つのステップによる影響力の行使である。
第1に、中国の主張に対する「主張の発信」。
第2に、中国の行動に対する「行動の計画」。
そして第3に中国の行動に対する「行動の実施」である。
中国の世論戦、心理戦、法律戦に有効に対応するためには、米海軍大学はこれらの3つステップを有効に進める「頭脳戦」を実施しているのである。
それでは次に、米海軍大学が展開する「3つのシーパワー」、すなわち発信力、検証力、訓練力についてそれぞれ分析し、中国の「三戦」に対してどのような影響力が期待できるかその有効性について明らかにしてみよう。
■第1のシーパワー「発信力」
「南シナ海における中国の軍事拠点化は、戦略的安定と地域のパワーバランスに変更をもたらしており、これに対しては法と力によるアプローチが必要である」
これは、「米海軍大学中国海事研究所」(CMSI:China Maritime Studies Institute:)所長ピーター・ダットン(Peter Dutton)教授の言葉であり、国際法を遵守した主張とともに軍事力による影響力の行使の重要性を端的に表している。
国内外の世論に訴える中国の世論戦に対しては、CMSIの発信力が有効であり、これが米海軍大学の第1のシーパワーである。これは、中国の「三戦」に対する第1ステップである「主張の発信」段階に該当し、主張の次の段階に当たる行動に対し正当性を与える極めて重要な位置づけにある。
CMSIは、2006年、中国の海洋における台頭を踏まえ、米海軍大学においてすべての海上作戦を研究し、米海軍作戦部長等への戦略的提言を実施している「海戦研究センター」(CNWS:Center for Naval Warfare Studies:)内に設置された。世論戦に対しては、戦略、作戦、歴史、国際法等含んだ学術的なアプローチが必要であり、研究を重ねて論理的な発信をすることできて初めて効果が期待できるのである。
中国海事研究所(CMSI)所長 ピーター・ダットン教授(左)と筆者
興味深いのは最新の研究テーマの設定要領である。米太平洋艦隊司令官等、世界の現場に展開している地域軍司令官等のリアルなリクエストを踏まえ、CMSI所長が数名のコアメンバーとともに議論して、短期的・中長期的なテーマ設定をしている。そして、細部のより専門的な事項については、米海軍大学の教授陣が支援する態勢ができており、またテーマによっては国内外のシンクタンク等との新たな協力関係を構築している。
渉猟している資料やデータベースも広範かつ膨大である。CMSIが活用しているデータベースには、1万以上の専門学術雑誌や500種類以上の新聞情報が納められており、その量は1テラバイトを優に越える。また、データベース化されていないものについてはハードコピーで入手し、1000冊を超える海事問題書籍や120以上の専門学術雑誌について徹底した分析を加えている。
CMSIの最近の研究領域は、米中関係、近海/遠海海洋戦略、宇宙ミサイル技術、潜水艦戦/対潜水艦戦、通商貿易、民軍関係、造船等であり、文字どおり中国の海事を扱っており、今や、アジア太平洋地域における安全保障問題とは、軍事に限らず、経済、エネルギー、法律を含んだ、まさに学際化していることを表している。
研究テーマのなかでも特に重要性の高いものは、毎年企画しているCMSI会議やCMSIワークショップにおいて、国内外の専門家を交えて議論を深めている。そして、それらの成果をまとめ、一層の分析を加えたものを『中国海事研究(China Maritime Studies)』(通称「レッドブック」)として発刊しており、米海軍大学のホームページ上でも紹介している。これまで近海作戦能力、機雷戦能力、海洋法執行能力、軍民関係、教育訓練等を扱っており、学術的質の高さと影響力の大きさは、文字どおり海洋安全保障を含む中国の海事に関する研究として他を凌駕している。
このように、中国が実施する国内外の世論形成に対して、CMSIは膨大な資料を分析し、米海軍大学のみならず、国内外の協力を得つつ、国際法を遵守した主張の発信を継続している。CMSIによる国際法を遵守した主張の発信は、国際社会をはじめ、特にASEAN諸国等、アジア太平洋地域における信頼を得るためにも死活的に重要な第1のステップである。
■第2のシーパワー「検証力」
「太平洋戦争中、日本との戦いは、ここ図上演習室で多くの人々と様々なやり方で行った図上演習の再現であり、太平洋戦争中驚くべきことは全くなかった。終戦間近のカミカゼを除いては。カミカゼは我々にとって想像だにしていなかった」
これは、太平洋戦争中、米太平洋艦隊司令官のニミッツ(Chester William Nimitz)大将が、米海軍大学の図上演習について語った言葉である。ニミッツは、様々な図上演習を経験していたからこそ、太平洋戦争中生起したカミカゼ以外の事象に驚くことなく、冷静に対応できたと言われている。
このように、相手の心を揺さぶる心理戦に対しては、図上演習が非常に有効である。米海軍大学の図上演習部において発揮される検証力が、米海軍大学の第2のシーパワーである。これは、中国の「三戦」に対する第2ステップである「行動の計画」段階に該当し、実際の行動を起こす前に必要な準備として洗練された計画を練ることが重要なのである。
米海軍大学の図上演習の歴史は長い。創立3年後の1887年には既に開始され、これまで歴史的に多くの実績を積んでいることから、米海軍において非常に高い評価を得ている。図上演習の本質は、様々なアクターが、様々な想定に対して、様々な議論を重ねることにある。そこでは、作戦におけるあらゆる状況を検討し、相手の戦略・作戦・戦術を考え抜き、我の戦略・作戦・戦術を練り上げることが必要であり、図上演習を徹底して実施することによって、不測の事態という漏れをなくすことできる。したがって、相手に心を揺さぶられることを局限できるのである。
最近の特徴的な図上演習としては、中国の「接近阻止・領域拒否(Anti-Access/Area Denial: A2/AD)」能力に対して、米国が2015年1月から採用している「国際公共財におけるアクセスと機動のための統合 (JAM-GC) 構想」の検証や、A2/AD環境下における将来の水上艦艇の戦い方とされる「武器分散(Distributed Lethality)」コンセプトの検証などが実施されている。また、2015年3月に改定された『21世紀の海軍力のための協力戦略』の実効性を検するための図上演習やLCS(沿海域戦闘艦)の運用等、実に広範なレベルの図上演習が実施されている。
このように、図上演習のやり方は常に進化しているが、130年以上にわたる普遍の原則は、様々な議論を重ねることにより、考え得る選択肢を網羅し、漏れをなくすことである。近年活発化する中国の主張と行動によって心を揺さぶられないようにするためには、その戦略・作戦・戦術について、あらゆる議論を重ね、「行動の計画」を検証し、備えることが必要である。
図上演習部長 デラボルペ教授(右)と筆者
■第3のシーパワー「訓練力」
「将来どのように武器が進歩しても、海軍作戦における最も重要な要素は依然、人間である」
これは、海上自衛隊の創設に貢献した太平洋戦争中の猛将アーレイ・バーク(Arleigh Albert Burke)提督の有名な言葉である。
海上作戦における人間、すなわちリーダーシップ教育を担当しているのが「米海軍大学戦略・作戦統率部」(COSL:College of Operational and Strategic Leadership)である。
戦略・作戦統率学部長 ジェームス・ケリー学部長(左)と筆者
現在の危機に対応し、将来に備えるためには、行動の法的正当性が担保されなければならず、それを身につけるためには不断の訓練が必要である。行動の正当性を主張する法律戦に対しては、COSLの訓練力が不可欠であり、これが米海軍大学の第3のシーパワーである。これは、中国の「三戦」に対する第3ステップである「行動の実施」段階に該当し、実際の作戦を行うために欠かせない最終段階である。
COSLは、2007年、実際に世界に展開している地域軍への常続的な訓練指導により、戦闘能力の維持、向上に寄与するために設置された。現代の戦争形態は、平時から有事まで様々な作戦様相が考えられ、作戦領域も陸海空、宇宙、サイバーと多様である。またアクターも多彩であり、統合軍のみならず、各省庁や民間団体も関係する。複雑さを増す現代の作戦において効果的に任務を達成していくためには、行動の法的正当性が担保されていることが不可欠である。
COSLでは、訓練において実施できて初めて実際の作戦を行うことができるとの認識の下、実際の現場を担っている部隊の構成員に対し、計画的な訓練を指導し、作戦計画の策定やリーダーシップの発展等に大きく寄与している。
COSLは、様々な対象のレベルに合わせた訓練を実施している。指揮官である将官級を主対象とした「統合/連合海上構成部隊指揮官課程(Joint/Combined Force Maritime Component Commander: J/CFMCC)」、スタッフの取りまとめ役である大佐級を主対象とした「高級オペレーター課程(Executive Level OLW Course: ELOC) 」、大尉から中佐級を主対象とした中級レベルの「海上作戦計画課程(Maritime Operational Planners Course: MOPC) 」、そして海上作戦センター等において実務を握る大尉・少佐級を主対象とした「海上オペレーター課程(Maritime Staff Operators Course: MSOC) 」等がある。また、COSLには、これらの課程を行いながら、評価支援チーム(Assist and Assess Team: ATT)を編成し、現場の艦隊司令部等に少人数のスタッフを直接派遣し、そのリクエストに基づく実際的な教育と訓練にも携わっている。
このように、中国が実際に行っている軍事的行動に効果的に対応するため、あらゆる力を結集した訓練を継続することによって、行動の正当性を担保しつつ実戦に備えているのである。
■中国とどう接していくべきか
2015年4月29日、米連邦議会上下両院合同会議において、日米はともに力を合わせて未来を拓く「希望の同盟」を確認した。日本の「積極的平和主義」と米国の「リバランス」政策により、日米が協働して安全保障分野における主導的立場を採ることを宣言したことは、アジア太平洋地域及び世界における安全保障上、劇的な転機となった。
アジア太平洋地域における平和で安定した地域秩序を維持していくためには、日米が一体化した「頭脳戦」を展開する必要がある。そして、中国の主張と行動に対して、国際法を遵守した主張と行動を示すことが、ASEAN諸国との連携強化の礎となる「信頼」関係を構築することができるのである。
一方、「三戦」を駆使しつつ、アジア太平洋地域の地域秩序をめぐり計り知れない影響力を行使しはじめている中国は、日本と戦略的互恵関係にある。日本にとって中国とは、安全保障分野、非安全保障分野を問わず、非常に重要な隣国であることは間違いない。2015年4月22日の日中首脳会談において、安倍総理は、東シナ海を「平和・協力・友好の海」としていくことを確認した。そこでは、日米が中国とともに様々な分野において協力できる分野を少しずつ拡大させる努力が必要である。
まずは、非伝統的安全保障分野である災害救援/人道支援活動や海賊対処活動、そして捜索救難といった分野から進めるべきである。そして、非伝統的安全保障分野における協力を通じて相手を知り、安全保障分野における協力に結びつけることによって、アジア太平洋地域の平和と安定を維持していくことが必要である。
孫子曰く「彼を知り己を知れば百戦危うからず」
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