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中国が南シナ海に原発を建設する意味
2016年04月26日(火)小原凡司 (東京財団研究員・元駐中国防衛駐在官)
2016年4月22日、南シナ海で行う活動に電力を供給するため、中国が海上浮動式の原子力発電所を建設する計画であると報じられた。原子力発電所は、もちろん、電力を供給するためのものである。どこに建設しても、かまわないように思える。
海上浮動式原子力発電所は実行段階に
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この報道とは別に、中国共産党機関紙人民日報傘下の国際情報紙は、中国船舶重工集団公司が、渤海船舶重工有限責任公司において、初となる海上浮動式原子力発電所の建造を計画していると報じた。渤海油田のエネルギー需要を満たすために、20基近くの海上浮動式原子力発電所を建設する計画であるとしている。中国の海上浮動式原子力発電所の計画は、すでに、実行段階にあるのだ。
浮体は、陸上から離れた海上に設置されるため、地震や津波の影響を受けにくく、海洋自体も応急冷却器の役割を果たし、深刻な事故が生起した状況下でも、海水を浮体内に取り込むことで、炉心溶融(メルトダウン)の過程を阻止することができ、原子炉の安全を保障する、とされている。良いことづくめに思える海上原子力発電所であるが、これを南シナ海という場所に設置することには、中国にとって大きな意味がある。
そもそも、南シナ海で、何のために大きな電力を供給する必要があるのだろうか? 一つは、渤海と同様に、油田等のエネルギー需要を満たすことだろう。電力供給が容易になれば、中国は、南シナ海における海底資源の採掘を本格化させることができる。
しかし、中国が一方的に海底資源の採掘を開始すれば、周辺各国との緊張が高まることになる。南シナ海では、中国以外の国々も、それぞれの海域に対する権利を主張しているからだ。実際に2014年5月には、南シナ海で、中国が、ベトナムも権利を主張している海域にオイル・リグを展開して試掘を行い、両国海軍や法執行機関の数十隻にも上る数の船舶がにらみ合う状況に陥った。
中国が、南シナ海における十分なエネルギー供給を可能にするということは、大規模な海底資源開発を開始することを示唆するものでもある。南シナ海において中国と領土紛争を抱える周辺各国は、中国の動きに神経をとがらせることになる。
もう一つは、国際秩序に対する挑戦という意味では、より重要な問題である。それは、南シナ海の軍事施設に電力を供給するという目的である。中国は南シナ海で軍事演習を行うばかりでなく、パラセル諸島(西沙諸島)やスプラトリー諸島(南沙諸島)の岩礁や暗礁を埋め立てて建造した人工島上に、飛行場等の施設を建設している。
例えば、パラセル諸島のウッディー島には、三沙市議事堂が設置されているばかりでなく、2015年11月1日に、中国メディアが、J-11戦闘機がミサイル等を搭載して展開したと報じ、2016年2月には、米国メディアが、地対空ミサイルが配備されたと報じている。パラセル諸島の軍事拠点化が進んでいる状況を確認できるのだ。
約束を反故にした中国
中国政府は、南シナ海における建築物の大半は、灯台など民間利用が目的であると主張している。また、習近平主席は、2015年9月の米中首脳会談において、「スプラトリー諸島を軍事化しない」と言明していた。この後も、王毅外相らが、スプラトリー諸島を含む南シナ海全体について同様の見解を示してきた。
米国は、中国の南シナ海における行動が、これらの約束を反故にするものだと批判している。中国は、習近平主席が「軍事化しない」と言明したスプラトリー諸島においても、3000メートル級の滑走路を含む飛行場ばかりでなく、対空レーダー、対水上レーダーと思われる施設を建設している。
中国はまた、「固有の領土への防衛施設整備は軍事化ではない」と主張する。日本や米国にとって、この中国の主張はこじつけのように聞こえるが、中国が言う「軍事化」には、「軍事的緊張を高める行為」というニュアンスが含まれている。中国は、「南シナ海における軍事的緊張を高めているのは米国であって、中国は米国の軍事行動から自国を防衛するために仕方なく軍事施設を整備している」と主張しているのだ。
米中が双方ともに引かない状況下では、中国の人工島上の軍事施設建設を止めることは難しい。ここで問題になるのが、これら軍事施設に対するエネルギーの供給である。地盤の強度に問題があり、施設を建設可能な土地面積にも制限がある人工島上に発電所を建設するのは容易ではない。
軍事施設は大量に電気が必要
しかし、軍事施設を整備すれば、大量の電気を必要とする。まず、レーダー等のセンサー自体が大電力を必要とする。レーダーの探知距離を伸ばしたければ、大きなアンテナ面積と、大電力を必要とするのだ。
さらに、スクランブルや航空優勢確保のための作戦を想定した戦闘機部隊を展開するとなると、数百人の人員を配備する必要がある。航空機を運用するために必要なのは、パイロットだけではない。航空機の運航を準備し整備する整備員、航空機の管制官、気象予報官、基地の整備を行う基地員等も必要である。航空機の運用は、多くの人員によって支えられているのだ。航空機の運航や整備のための彼らの業務や生活のためにも大きな電力を必要とする。
海上浮動式原子力発電所は、南シナ海における軍事施設を運用するための前提条件となるエネルギー供給に関する問題を解決するだろう。中国は、南シナ海をコントロールするための実力を着々と高めていく。
さらに、日本や米国に対するコストは、中国の実際の軍事行動だけではない。原子力発電所が南シナ海に出現すること自体が、艦艇や航空機の航行や飛行に制限を加える可能性を有するのだ。
日本の航空法は、「航空機は、国土交通省令で定める航空機の飛行に関し危険を生ずるおそれがある区域の上空を飛行してはならない」と定めているものの、原子力発電所上空の飛行を明確に禁止している訳ではない。
航空法を読む限り、原子力発電所は「人又は家屋の密集している地域」ではないため、150メートル以上の空域であれば飛んでも良いと理解できるが、原子力発電所上空を飛行することの危険性が認識されていなかったわけではない。
運輸省(当時)は、原子力発電所上空の飛行をできる限り避けさせるよう、通達を出している。また、福島第一原発事故やドローン技術の向上、テロの脅威等を受けて、関連県知事から成る協議会が、「原子力施設周辺上空の飛行禁止及び飛行禁止区域周辺の航空機の飛行に係る最低安全高度の設定について、法制化を図ること」を含む要請書を政府に提出している。
中国は、自国の主権を主張する海域における原子力発電所の上空を飛行禁止にするかもしれない。また、規制がなくとも、通常、パイロットは、原子力発電所上空を飛行しない。航空機は、原子力発電所に墜落する場合だけでなく、部品等を落下させるだけでも、大惨事を引き起こす可能性があるからだ。
中国の過分の主権を認めない
米国は、「中国の過分の主権を認めない」という立場を変えることはないだろう。しかし、南シナ海を飛行する搭乗員たちには、心理的な圧力がかかる可能性もある。東日本大震災の際に生起した福島第一原発の事故は、改めて、原子力発電所の事故の影響の大きさを世界に知らしめた。
中国は、南シナ海に原子力発電所を設置することで、哨戒飛行を行う航空機にコストを強要することができ、もし、上空を飛行された場合に、「危険な行為」として非難するだろう。しかも、海上に浮いて移動できる原子力発電所は、中国にとって都合の良い場所に設置し、その場所を変えることもできる。
中国が南シナ海に原子力発電所を設置することによって、日本や米国が考慮しなければならなくなることがさらに増えることになる。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6649
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